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アンカサにて
ルドの独り言
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部屋に誰もいなくなったのを確認して、ルドはため息を吐いた。
「またやってしまいました」
氷づけのマリアを横目にもう一度ため息。
「……オネットの怒る顔が目に浮かびます。あの子、普段は温厚なのですが怒るとちょっと怖いのですよね。殺される事はないと思いますが、念のために対策を練らなければなりませんね」
ルドは氷に触れる。
「可愛らしいですね。ですが……」
忌々しげにうなる。
「悪いのはあなたたちですよ。初対面の人間に武器を構えたりタメ口を利いたり。僕にタメ口を利いていいのは、僕が対等かそれ以上と認めた人間だけです。マルドゥク様、イアン、フレイ、そしてオネットだけです。フレイは死んでいますけどね。近衛兵たちの命があっただけ幸運に思ってください」
無言の相手にまくしたてて、一呼吸置く。
「一度氷ついた人間が助かった事例はありませんけどね。無礼の罰というものでしょう」
一人で納得して、大仰に頷く。
そのあとで失態に気づく。
「……時間指定を忘れていました。いつ頃ここにオネットが連れてこられるのでしょう」
スキル持ちにとって、あらかじめフィールドを有利に変えておくのは定石だ。
しかし、強烈な冷気など、本来なら存在しない条件を付与するには集中力が必要だ。戦闘となった時に集中力が切れてはしゃれにならない。
かと言って、この部屋を一旦出て、オネットを待たせるのは愚策だ。どんな仕掛けを組まれるのか分からない。
ルドのやる事は一つ。
「早く来るはすです! きっと!」
自分を鼓舞しながら待ち続ける事であった。
しかし、心細さは否めない。
「マリアがいるし、誰かを呼びにいけませんし」
ルドは額を押さえた。
「暇つぶしは得意ではないのですよね」
「ルド様、よろしいでしょうか」
部屋の入り口に、壮年の貴族がいる。
心細さを隅っこに追いやり、穏やかな雰囲気で迎える。
「ガルーダさんですね。どうしましたか?」
「近衛兵たちがオネットの居場所が分からないと言っているのですが、どうしたものかと」
「すぐに教えてあげてください!」
「もし見つかったら、オネットをすぐに連れてきてもよろしいのですか?」
「もちろんです。早くお会いしたいのです!」
ルドの口調はいつもより高揚していたが、気にする余裕はなかった。
ガルーダは低く笑った。
「どのようなお考えか分かりませんが、私たちにも有利になりますよね?」
「ええ、心配いりませんよ」
こんな会話をしている時間はもったいないと思っていたが、ルドは顔には出さないようにした。
空は暗闇が広がりつつあった。星が光り始めている。
銀色に力強く光る星を眺めて、ミカエルは呟く。
「マリア王女は無事だろうか」
「分からない」
オネットが口を開いた。
「ルドには気をつけた方がいいという話はしたな。『永久凍土の堕天使』と呼ばれている。”コールド”のスキルを持っている。マルドゥクの手下の中で最も恐れられている男だ。そいつが暗躍している気はする」
「何故そう思う?」
ミカエルの疑問に、オネットが答える。
「やり方が回りくどい。たしかガルーダはマルドゥクの関係者と知り合ったと言っていたはずだが、イアンなら堂々と名前を出すだろう。他の人間がソール大陸に派遣されるほどマルドゥクから信頼があるとは思えない」
「マルドゥクの手勢は意外と少ないのか」
「心から忠誠を誓っているのはごくわずかだと思う。ルドの悩みでもあったな」
ミカエルは眉をひそめた。
「ルドの?」
「あいつはマルドゥクに忠誠を誓っている。そのせいか、なかなか友達ができないと愚痴をこぼしていた事もあった。おまえの性格のせいだと言っておいたが」
「容赦ないな」
「マルドゥクに心から忠誠を誓う人間が少なすぎるともボヤいていた。あいつはマルドゥクを尊敬しているらしい。本当は自分の憂さ晴らしのためなのに、戦争の大義をマルドゥクのためだとすり替える事もあった」
「それ、マルドゥクはいいように利用されていないか?」
オネットはぶんぶんと首と片手を横にふる。
「マルドゥクは意気揚々と戦争に参加していた。なんと素晴らしい祭りだと大喜びしていた」
「どっちもどっちだな」
「振り回さる方は命がけだ」
「そりゃ苦労するな」
オネットは両目をパチクリさせた。
「おまえから同情されるのは珍しいな」
「悪いか?」
「いや、ありがたい。だが、ルドがいるなら火源石をもっと持ってくるべきだった」
「少しなら持っているのか? あれは調理用の道具のはずだが」
「友情の証とか言って、ジャックが分けてくれた。ルドは炎が苦手だ。火源石は役に立つはずだが、足りないかもしれない」
オネットは既に戦闘を覚悟しているようだ。
「それとミカエル。俺たちの状況は分かっているな」
「どうした?」
「囲まれている」
オネットが警戒を促す前に、獰猛な目つきの獣たちが襲いかかってきた。
ガァブの集団だ。
細長い体躯を持つ四足の獣だ。俊敏な動きとコンビネーションが特徴である。一体が派手な動きや遠吠えで気を引けば、他の一体が牙をむき出しに襲いかかる。
「噛まれると嫌だな」
オネットは短く息を吸う。
獣たちは見えない糸で宙吊りになり、四足をばたつかせるが、身動きが取れないでいた。
事態はあっと言う間に収束した。
その時に、不適な拍手が聞こえた。
「素晴らしい。これが”マリオネット”か」
よく通る声だ。見れば、壮年の貴族がいた。
「君が『マルドゥクの殺戮人形』か。噂はかねがね聞いている」
灰色の髪にやせこけた頬と不釣り合いな威厳を放っていた。
ミカエルは苦々しげに男を呼ぶ。
「ガルーダ……なんでこんなところに?」
「またやってしまいました」
氷づけのマリアを横目にもう一度ため息。
「……オネットの怒る顔が目に浮かびます。あの子、普段は温厚なのですが怒るとちょっと怖いのですよね。殺される事はないと思いますが、念のために対策を練らなければなりませんね」
ルドは氷に触れる。
「可愛らしいですね。ですが……」
忌々しげにうなる。
「悪いのはあなたたちですよ。初対面の人間に武器を構えたりタメ口を利いたり。僕にタメ口を利いていいのは、僕が対等かそれ以上と認めた人間だけです。マルドゥク様、イアン、フレイ、そしてオネットだけです。フレイは死んでいますけどね。近衛兵たちの命があっただけ幸運に思ってください」
無言の相手にまくしたてて、一呼吸置く。
「一度氷ついた人間が助かった事例はありませんけどね。無礼の罰というものでしょう」
一人で納得して、大仰に頷く。
そのあとで失態に気づく。
「……時間指定を忘れていました。いつ頃ここにオネットが連れてこられるのでしょう」
スキル持ちにとって、あらかじめフィールドを有利に変えておくのは定石だ。
しかし、強烈な冷気など、本来なら存在しない条件を付与するには集中力が必要だ。戦闘となった時に集中力が切れてはしゃれにならない。
かと言って、この部屋を一旦出て、オネットを待たせるのは愚策だ。どんな仕掛けを組まれるのか分からない。
ルドのやる事は一つ。
「早く来るはすです! きっと!」
自分を鼓舞しながら待ち続ける事であった。
しかし、心細さは否めない。
「マリアがいるし、誰かを呼びにいけませんし」
ルドは額を押さえた。
「暇つぶしは得意ではないのですよね」
「ルド様、よろしいでしょうか」
部屋の入り口に、壮年の貴族がいる。
心細さを隅っこに追いやり、穏やかな雰囲気で迎える。
「ガルーダさんですね。どうしましたか?」
「近衛兵たちがオネットの居場所が分からないと言っているのですが、どうしたものかと」
「すぐに教えてあげてください!」
「もし見つかったら、オネットをすぐに連れてきてもよろしいのですか?」
「もちろんです。早くお会いしたいのです!」
ルドの口調はいつもより高揚していたが、気にする余裕はなかった。
ガルーダは低く笑った。
「どのようなお考えか分かりませんが、私たちにも有利になりますよね?」
「ええ、心配いりませんよ」
こんな会話をしている時間はもったいないと思っていたが、ルドは顔には出さないようにした。
空は暗闇が広がりつつあった。星が光り始めている。
銀色に力強く光る星を眺めて、ミカエルは呟く。
「マリア王女は無事だろうか」
「分からない」
オネットが口を開いた。
「ルドには気をつけた方がいいという話はしたな。『永久凍土の堕天使』と呼ばれている。”コールド”のスキルを持っている。マルドゥクの手下の中で最も恐れられている男だ。そいつが暗躍している気はする」
「何故そう思う?」
ミカエルの疑問に、オネットが答える。
「やり方が回りくどい。たしかガルーダはマルドゥクの関係者と知り合ったと言っていたはずだが、イアンなら堂々と名前を出すだろう。他の人間がソール大陸に派遣されるほどマルドゥクから信頼があるとは思えない」
「マルドゥクの手勢は意外と少ないのか」
「心から忠誠を誓っているのはごくわずかだと思う。ルドの悩みでもあったな」
ミカエルは眉をひそめた。
「ルドの?」
「あいつはマルドゥクに忠誠を誓っている。そのせいか、なかなか友達ができないと愚痴をこぼしていた事もあった。おまえの性格のせいだと言っておいたが」
「容赦ないな」
「マルドゥクに心から忠誠を誓う人間が少なすぎるともボヤいていた。あいつはマルドゥクを尊敬しているらしい。本当は自分の憂さ晴らしのためなのに、戦争の大義をマルドゥクのためだとすり替える事もあった」
「それ、マルドゥクはいいように利用されていないか?」
オネットはぶんぶんと首と片手を横にふる。
「マルドゥクは意気揚々と戦争に参加していた。なんと素晴らしい祭りだと大喜びしていた」
「どっちもどっちだな」
「振り回さる方は命がけだ」
「そりゃ苦労するな」
オネットは両目をパチクリさせた。
「おまえから同情されるのは珍しいな」
「悪いか?」
「いや、ありがたい。だが、ルドがいるなら火源石をもっと持ってくるべきだった」
「少しなら持っているのか? あれは調理用の道具のはずだが」
「友情の証とか言って、ジャックが分けてくれた。ルドは炎が苦手だ。火源石は役に立つはずだが、足りないかもしれない」
オネットは既に戦闘を覚悟しているようだ。
「それとミカエル。俺たちの状況は分かっているな」
「どうした?」
「囲まれている」
オネットが警戒を促す前に、獰猛な目つきの獣たちが襲いかかってきた。
ガァブの集団だ。
細長い体躯を持つ四足の獣だ。俊敏な動きとコンビネーションが特徴である。一体が派手な動きや遠吠えで気を引けば、他の一体が牙をむき出しに襲いかかる。
「噛まれると嫌だな」
オネットは短く息を吸う。
獣たちは見えない糸で宙吊りになり、四足をばたつかせるが、身動きが取れないでいた。
事態はあっと言う間に収束した。
その時に、不適な拍手が聞こえた。
「素晴らしい。これが”マリオネット”か」
よく通る声だ。見れば、壮年の貴族がいた。
「君が『マルドゥクの殺戮人形』か。噂はかねがね聞いている」
灰色の髪にやせこけた頬と不釣り合いな威厳を放っていた。
ミカエルは苦々しげに男を呼ぶ。
「ガルーダ……なんでこんなところに?」
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