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アンカサにて
剥き出しの悪意
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「こわいこわいこわいこわい、あんなに怖い子でしたっけ?」
扉のそばで、ルドは怯えていた。
「あの糸は絶対に僕を殺すためのものでした。蹴られるのを覚悟して、すんでの所で凍らせましたが、危なかったです」
実際にかなり際どかった。
オネットの蹴りに気を取られていたら糸に気づかずに首をやられていただろう。かといって首に意識を集中しすぎていたら蹴られた時に意識を失い、同じ運命を辿っていただろう。
ギリギリの駆け引きであった。
「生き延びたのは僕の経験とセンスですね」
自画自賛をして、自らを鼓舞する。
「僕はきっと死にません。たぶん、きっと……」
鼓舞するほどに言葉尻が情けなくなる。
世の中に絶対などないのはよく分かっているからだ。
「オネットとは、できればマルドゥク様がいらっしゃる場所でご一緒したいものです」
次に一緒に行動する時にはどちらかの命がなくなっているかもしれない。
それがマルドゥク率いる殺し屋たちの定めとも特徴とも言えた。
「まあ、僕が好き好んで近づかないかぎりそうそう一緒になる事は……船の上ですか」
ルドは肩を落とした。
マーニ大陸に帰るには船を使う。この時、オネットを一人で帰らせるわけにはいかないだろう。船員を脅して好きな場所に逃亡する恐れがある。
「結局、僕はまた命をかけなければならないのですね」
ルドは涙声になって全身を震わせる。
「どうせ死ぬなら趣味に生きてやります。オネットにはいろいろやってもらいますよ」
決意を新たに扉を開く。
そこにはマリアと見つめ合うオネットがいた。
「行きますよ」
声を掛けると、オネットはためらいがちに頷いた。
オネットは立ち上がり、ルドのもとまで歩く。
「もう行くのか」
「そうですよ。みんながあなたを待っているので」
ルドはほくそ笑んだ。
「マーニ大陸で活躍していただきますよ」
「マーニ大陸!?」
マリアは顔面を蒼白させた。
「殺し屋の巣窟よね。オネットに何をさせるの!?」
「お答えする義務はありません。氷づけにされたくなければ黙っていなさい」
「待ってお願い、オネットと話をさせて!」
「聞き分けのない子は嫌いですよ」
ルドの周囲に凍てつく空気が宿る。
数本の氷の矢が出現した。
「痛めつけないと分からないようですね」
ルドの瞳に残虐な光が宿る。獲物をいたぶり、もてあそぶのを楽しむ悪魔の微笑を浮かべている。
『永久凍土の堕天使』と呼ばれる青年が、無力な少女を餌食にしようとしていた。
マリアは剥き出しの悪意に震えた。
屈してはならないと自分に言い聞かせたが、目元に涙が浮かぶ。
ルドには恩情や良心に訴える言葉は効かない。自分を守る近衛兵も騎士団もいない。マリアはどうしようもなく怯えていた。
一方的な虐待が始まろうとしていた。
そんな中で、オネットがルドに向けて礼をする。
胸に片手を添えて頭を下げていた。品があり、誰もが目を奪われるほどであった。
虐待の現場から礼節を整えるべき場へと、明らかに雰囲気が変わった。
「マリアの無礼は俺が詫びます。申し分ありません」
オネットが淡々と謝罪を口にする。
「約束は守ります。怒りをお納めください」
マリアには背中しか見えない。どんな表情をしているのか分からない。
ただ、ルドが満足そうに微笑むのが悔しくてたまらない。
「オネット、どんな約束をしたの!? 私は大丈夫だから、変な事を言わないで!」
「行こう、ルド」
オネットが顔を上げて、そっとルドの手を取る。
氷の矢が空気中に溶けるように消えていた。
二人で歩き出す。
マリアはふらふらと立ち上がる。
「ねぇオネット、嘘でしょう!? 嘘だと言って!」
返事はない。
マリアは声を震わせた。
「お願い、何か言って!」
オネットが振り返る。
その表情は生気がない。まるで人形のようだった。
「マルドゥク様に仕える。それだけだ」
「もしかして『マルドゥクの殺戮人形』になると言うの? 絶対にダメ! 人を殺してはダメだからね!」
マリアが涙目になって訴えるが、オネットは何も言わない。
静かな足取りでマリアから更に離れていく。
いつの間にか姿が見えなくなった。
扉のそばで、ルドは怯えていた。
「あの糸は絶対に僕を殺すためのものでした。蹴られるのを覚悟して、すんでの所で凍らせましたが、危なかったです」
実際にかなり際どかった。
オネットの蹴りに気を取られていたら糸に気づかずに首をやられていただろう。かといって首に意識を集中しすぎていたら蹴られた時に意識を失い、同じ運命を辿っていただろう。
ギリギリの駆け引きであった。
「生き延びたのは僕の経験とセンスですね」
自画自賛をして、自らを鼓舞する。
「僕はきっと死にません。たぶん、きっと……」
鼓舞するほどに言葉尻が情けなくなる。
世の中に絶対などないのはよく分かっているからだ。
「オネットとは、できればマルドゥク様がいらっしゃる場所でご一緒したいものです」
次に一緒に行動する時にはどちらかの命がなくなっているかもしれない。
それがマルドゥク率いる殺し屋たちの定めとも特徴とも言えた。
「まあ、僕が好き好んで近づかないかぎりそうそう一緒になる事は……船の上ですか」
ルドは肩を落とした。
マーニ大陸に帰るには船を使う。この時、オネットを一人で帰らせるわけにはいかないだろう。船員を脅して好きな場所に逃亡する恐れがある。
「結局、僕はまた命をかけなければならないのですね」
ルドは涙声になって全身を震わせる。
「どうせ死ぬなら趣味に生きてやります。オネットにはいろいろやってもらいますよ」
決意を新たに扉を開く。
そこにはマリアと見つめ合うオネットがいた。
「行きますよ」
声を掛けると、オネットはためらいがちに頷いた。
オネットは立ち上がり、ルドのもとまで歩く。
「もう行くのか」
「そうですよ。みんながあなたを待っているので」
ルドはほくそ笑んだ。
「マーニ大陸で活躍していただきますよ」
「マーニ大陸!?」
マリアは顔面を蒼白させた。
「殺し屋の巣窟よね。オネットに何をさせるの!?」
「お答えする義務はありません。氷づけにされたくなければ黙っていなさい」
「待ってお願い、オネットと話をさせて!」
「聞き分けのない子は嫌いですよ」
ルドの周囲に凍てつく空気が宿る。
数本の氷の矢が出現した。
「痛めつけないと分からないようですね」
ルドの瞳に残虐な光が宿る。獲物をいたぶり、もてあそぶのを楽しむ悪魔の微笑を浮かべている。
『永久凍土の堕天使』と呼ばれる青年が、無力な少女を餌食にしようとしていた。
マリアは剥き出しの悪意に震えた。
屈してはならないと自分に言い聞かせたが、目元に涙が浮かぶ。
ルドには恩情や良心に訴える言葉は効かない。自分を守る近衛兵も騎士団もいない。マリアはどうしようもなく怯えていた。
一方的な虐待が始まろうとしていた。
そんな中で、オネットがルドに向けて礼をする。
胸に片手を添えて頭を下げていた。品があり、誰もが目を奪われるほどであった。
虐待の現場から礼節を整えるべき場へと、明らかに雰囲気が変わった。
「マリアの無礼は俺が詫びます。申し分ありません」
オネットが淡々と謝罪を口にする。
「約束は守ります。怒りをお納めください」
マリアには背中しか見えない。どんな表情をしているのか分からない。
ただ、ルドが満足そうに微笑むのが悔しくてたまらない。
「オネット、どんな約束をしたの!? 私は大丈夫だから、変な事を言わないで!」
「行こう、ルド」
オネットが顔を上げて、そっとルドの手を取る。
氷の矢が空気中に溶けるように消えていた。
二人で歩き出す。
マリアはふらふらと立ち上がる。
「ねぇオネット、嘘でしょう!? 嘘だと言って!」
返事はない。
マリアは声を震わせた。
「お願い、何か言って!」
オネットが振り返る。
その表情は生気がない。まるで人形のようだった。
「マルドゥク様に仕える。それだけだ」
「もしかして『マルドゥクの殺戮人形』になると言うの? 絶対にダメ! 人を殺してはダメだからね!」
マリアが涙目になって訴えるが、オネットは何も言わない。
静かな足取りでマリアから更に離れていく。
いつの間にか姿が見えなくなった。
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