マルドゥクの殺戮人形

今晩葉ミチル

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マーニ大陸にて

爆炎の狼

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 フレイは”フレイム”の使い手だ。炎を自在に操る。
 『爆炎の狼』と呼称されるにふさわしいスキル持ちであった。
 逆立つ赤髪が特徴的な少年だ。
 現在は目立つのを警戒して村人の服装をしているようだが、明るくはつらつとしたオーラを隠せないでいた。
 大空を指差し、高笑いをあげている。
「天が呼んだ地が呼んだ。闇よりさらに深い闇を蹴散らすために。『爆炎の狼』フレイ、見・参! フランクフルトを食べていたらレーベン王国が破壊されていてショックだぜ」
「さっさとか弱い俺たちを助けてくれないか? スーパーヒーロー」
「そうだった! スーパーヒーローは高い所から飛び降りないとな!」
 フレイは両手をぽんっと合わせた。
 手近な木に登り始める。
 オネットが呆れてルドが目を点にして、ジャックはポカンと口を半開きにして、マルドゥクは苛ついていた。
「また殺されたいらしいな、狼」
「大ピンチからの大逆転はヒーローの醍醐味だからな」
「そうか、そのまま死ね」
 マルドゥクが光線を放つ。
 フレイは慌てて他の木に飛び移る。最初に登っていた木は跡形もなく焼き尽くされいた。
「あっぶねー。早く登らないと」
「木登りは後にしてくれ、か弱い俺たちからのお願いだ!」
「オネット、切羽つまってんな。安心しろ。俺は死なない! たぶん何度でも蘇ると思う」
「無駄に命を使うな!」
 フレイとオネットのやり取り聞きながら、ルドは唖然としていた。
「フレイは何をしたいのですか……?」
「どうでもいい。さっさと殺す」
 マルドゥクはどす黒い殺気を放っていた。
「正義やヒーローなどを名乗っていいのは俺だけだ」
 マルドゥクの言葉に、ジャックは両目が丸くなり、悶絶したくなったがこらえた。今、目立つ行動をするのは得策ではない。
 マルドゥクの肉体に変化が表れた。徐々に硬度が増し、全身が鋼鉄の刃となる。
 ”アイアン”を発動させていた。
「イアンのスキルは接近戦において最強だからな。ゴミ掃除にうってつけだ。ルド、オネットの世話をしていろ」
「はい」
 ルドは微笑みながら”コールド”を発動させた。
 オネットの足元と左手が、氷づけにされる。
 マルドゥクは口の端を上げていた。
「いい具合だ。人形は仲間の死を見届けろ」
「フレイなら大丈夫だ、問題ない」
「……ジャックを助けようとした必死さをどこへやった。まあいい、後で始末する」
 マルドゥクはオネットから手を離し、深呼吸をした。
 ルドは勝ち誇った笑みを浮かべている。
「本気になったマルドゥク様は誰にも止められません。遊んでいましょうか、オネット」
「そんなに暇なのか?」
「暇人扱いされるのは心外ですね。ちょっと気分転換をしたいだけですよ」
 ルドはしゃがみ、オネットの顎をつかんだ。
「フレイはマルドゥク様を相手にあがくのがせいぜいでしょう。僕はあなたを痛めつけて遊ぼうと思います」
「チューはだめだあぁぁああ!」
 突然、ジャックが騒ぎ始めた。
「チューするなよ、絶対だぞ!」
「そんな生ぬるい行為で終わると思うのですか?」
「オネットを助けてやってくれ! そいつ、女の子との経験が絶対に無いんだ!」
「それはそれは楽しみですね。僕は性別で差別をするつもりはありません」
「オネットを巻き込まないでくれえぇぇええ!」
 ジャックは魂から絶叫していた。
 その絶叫に応えるように、木の上の人物が高笑いをあげる。

「天が呼んだ地が呼んだ、闇よりさらに深い闇を蹴散らすために。悪ある所にさらなる悪あり。『爆炎の狼』フレイ、見・参! オネットをイジメる悪い奴を退治してやるぜ!」

 フレイが木から飛び降りるのと同時に、もといた木がマルドゥクに爆破されていた。背景が爆発していて絵面はカッコいいが、その場にいる全員が白けていた。
 ルドはせせら笑う。
「あなたが僕に何かすれば、オネットを巻き込みますよ」
「おぅ、一箇所にとどまってくれるのか。こいつは楽勝だぜ!」
「え?」
 ルドがフレイの言葉を理解する前に、周囲の温度が異常に上昇し、ルドたちのいる辺りに業火が生まれた。
 ルドは大慌てでその場を飛び去り、震える。炎はどんどん広がっていく。
「あ、あなたには血も涙もないのですか!?」
「ルド、おまえが空気読んで燃えるところだろ」
「ヒーローのセリフとは思えませんね!」
 燃え盛る炎を見つめながら、ジャックは呆然とした。
「オネット……?」
 ジャックの脳内で、オネットとの思い出が走馬灯のようにかけめぐった。
 最初はクゥガを食べるのを拒否したが、結局は食べてくれた事。友達と認めてくれた事。そしてマルドゥクたちから自分を助けようとしてくれた事。
「嘘だろ」
 ジャックの両目からとめどなく涙が溢れていた。

「返事をしてくれ、オネットー!」

「ああ、あいつらはいつか殺す」

 淡々とした声が聞こえたのは背中からだった。振り向くと、オネットがいた。両目を吊り上げ、口元を引きつかせていた。
「フレイも手遅れだな」
「おいおい、助けてやったのに。他に言うべき言葉があるだろ?」
 フレイは片手をあげて笑顔を浮かべていた。
 オネットのこめかみに四つ角が浮かんでいる。
「そうだな。おまえはもう殺してやる」
「命の恩人を殺すのか!?」
「言葉の彩だ。それより、ジャックを運ぶのを手伝ってほしい。左腕だけじゃ無理だ」
 オネットの右腕はマルドゥクに押さえ込まれていた影響のためか、自由がきかなかった。
 フレイはオネットの胸をどんっと叩いた。
「おし、スーパーヒーローに任せろ。おまえは先を走れ!」
 そう言って、ひょいとジャックを抱えた。
 オネットは両目を丸くした。
「たまには役に立つな」
「スーパーヒーローはいつも良い事をしているが、評価されるのはごくわずかだ。炎でマルドゥクたちが俺たちを見失っている間に、行こうぜ」
 オネットの走る方向に先駆けて、攻防一体の炎のトンネルができあがっていた。
 外から入ろうとすれば燃えさかる炎だが、中からは眩しい光のトンネルになっている。
「熱を操れるのが”フレイム”の真骨頂だぜ。外から入ろうとすれば何でも燃やしちまう」
 フレイは得意げに笑っていた。
「すげぇぜ! これならマルドゥクたちに捕まることはねぇぜ。よっさすがスーパーヒーロー!」
 ジャックは興奮気味にフレイを褒め称えた。
 先を走るオネットも感嘆のため息を吐いていた。
「随分と便利な能力だな」
「だろ?」
「念の為に確認するが、トンネルはいろんな方向に伸ばしているな? 一方向だけ伸びていては、どこを走っているか外から丸わかりだ」
「あ……」
 フレイは言葉を失った。
 オネットは呆れ顔になる。
「さすがはフレイ。いつもどおりだな」
「うるせぇ! スーパーヒーローは窮地に落ちるのが仕事だぜ」
「もう一つ確認するが、マルドゥク自身は近づけなくても、マルドゥクの光線がトンネルを貫通することはないな?」
「えーっと……」
 フレイは冷や汗をだらだら流していた。
 遥か後方から、マルドゥクの雄叫びが聞こえる。
 フレイは笑顔を輝かせた。
「さあ走ろうぜ。俺たちの明日を勝ち取るんだ!」
「安定のヒーロークオリティだな」
「うぎゃああ死にたくねぇぇええ!」
 オネットたちは全力で走る。
 マルドゥクたちは猛追していた。
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