蜜餐〜一途な狼騎士は塩対応の妖精娼婦を堪能する〜

AIM

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6 granitéー氷菓子ー

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【エレノア視点】



 何で?

「ああエリー、ちょうどよかった。紹介するよ、僕の新・し・い・恋人のララだ」
「あ、ジェイの恋人ってエリーだったの? そっか! じゃあエリー、今日から私がジェイの恋人だから」

 全然意味がわからない。
 いや、本当はわかってる。だってこんなの小さい頃からずっと見てきた、とてもありふれた光景だったから。

「どうしたの、エリー? ……もしかして別れたくないとか?」
「えーまさか!」

 恋人と友人を見つめながら、何も言葉が出てこない。
 心の中ではブワーっと感情が渦巻いていて、今にも口から溢れ出しそうなのに、実際に口から出たのは乾いた笑い声だけ。

「……さよなら」

 こんなことで泣くなんておかしい。こんなにも辛いなんてただの幻想。
 一途な相思相愛を夢見てるのなんて、きっとこの世界で私だけ。

 ずっと、物心ついてからずーっと感じていた孤独感を目の前に突きつけられた気がして、心の中心に塞ぐことのできない大きな穴が空いている気がして、目の前の光景なんかどうでもよくなった。
 足元がふらついていたし、背後から恋人だった人の心配そうな声が聞こえた気がしたけれど、これ以上その場にいることができなくて、泥沼に沈み込みそうになる体を引きずって家に帰った。



「やっほー! ねぇエリー、ジェイと別れたんだって? ちょうどエリーのこと紹介してって友達から言われてたんだよねー! どう? これから会ってみない? なかなか面白いやつだよ」

 誰とも話したくなくて昨日から部屋にこもっていたのに、勝手知ったる幼馴染の家とばかりに押しかけてきたサラの猛攻にうんざりする。
 ベッドの上で突っ伏したまま、顔も見ずに返す。

「気分じゃない」
「えー勿体ない! せっかく初体験も済ませたんだし、もっと積極的になればいいのにー! あたし、心配してたんだよ? なかなか恋人作らないし、セックスもしないし」

 サラの言っていることは間違ってない。私が生まれ育った妖精族の村では極々一般的な、誰しもが持ってる考え方だ。

 恋愛と性交渉だけが娯楽のこの村で、私はどこか異質らしい。そのことに気づいたのはいつだったか、もう忘れてしまうほど幼い頃で、何となく恋愛や性交渉に嫌悪感を抱いて生きてきた。
 思春期を迎えて続々初体験を済ませる同年代を尻目に、私は16歳まで純潔を死守した。でも他人と違うことに何だか疲れてしまった。だからそんなに好きではないけれど、ジェイと関係を持った。そんなに思い入れはないはずだったのに、体の関係を持って情が湧いたのか、昨日は思った以上にショックを受けてしまった。
 恥ずかしい。こんな自分がものすごく情けない。

「じゃあ、あたしが誘っちゃうけどいい?」
「好きにして」
「もー!」

 ぷっくり頬を膨らませる可愛いサラの表情が想像できたけれど、体が重くて顔を上げることもできない。
 きっと私はどこかおかしいんだ。恋人と別れてこんなに落ち込むなんて聞いたことがない。そう思うともっと体が重くなる。

「あ、そうだ! ねぇ、ニッキーが帰って来てるって聞いたよ? 仲良かったよね? 会いに行ってみたら?」
「……うん」
「じゃ、また明日ねー!」

 そう言い捨てると嵐のように去って行く。
 ちょっと煩わしいと思う時もあるくらい元気だけれど、いつも私のことを気にかけてくれる心優しいサラ。それなのに何を言われても乗り気になれない私って……。

 自己嫌悪のループに嵌って動けずにいたら、すっかり窓の外が夕暮れに染まっていた。
 そろそろ夕飯の時間だ。母さんが呼びに来るかもしれない。

「エリー、夕飯よー!」

 やっぱり。今日の母さんの恋人は誰かな? ジョージ? それともブライアン?
 母親の恋人が頻繁に変わるのは普通だし、自分の父親が誰かわからないのも普通。それなのに、そんな当たり前のことがどうしても受け入れられない。
 私はきっとどこかおかしいんだ。多分、何かが決定的に欠けている。

 重たい体を引きずってどうにか一階へ降りると、見知った顔があった。まさかこんなすぐに会えるなんて。

「お姉ちゃん……?」
「お、エリーじゃん! 元気してた……って」

 家が隣同士でよく一緒に遊んでいたお姉ちゃんことニッキーが、私の顔を覗き込んでくる。

「どーした、そんな暗い顔して?」
「……何でもない」

 そんなに心配されるくらいひどい顔をしているだろうか。まぁ、母さんとサラには散々心配されてるんだけど。

「この子、昨日初彼と別れて落ち込んでるのよぉ。悪いけど励ましてあげてくれない、ニッキーちゃん?」

 余計なことを! 
 母さんをキッと睨むけれど、本人はどこ吹く風。様子を見に来た恋人に手を引かれてキッチンに戻って行った。
 気をきかせてお姉ちゃんを夕飯に呼んだのかもしれないけど、正直あまり話す気分になれなくて辛い。

「へぇ? 初彼だったんだ?」
「ま、まぁ色々あって……」

 お姉ちゃんが村を出て行ったのは四年前で、その頃はまだ同年代がちらほら付き合い始めたくらいだったから、私もそんなに悩んでなかった。だから恋愛の価値観について相談したこともなかった。

「と、とりあえず夕飯食べよ?」

 無理矢理笑顔を作る。
 お姉ちゃんは右の眉毛を器用に上げただけで、何も言わないでおいてくれた。

 夕飯後、母親と恋人がイチャイチャしている家の中で話す気になれなくて、外へ出る。
 久しぶりに星を見ようって誘われたから、少し肌寒かったけれど、弦月げんげつの光を頼りに村を見下ろせる小高い丘まで飛んだ。そのまま柔らかい草の上に二人して寝転ぶ。

「ねぇ、エリー」
「……何?」
「ボクがどうしてこの村を出たのか、聞きたい?」

 今さらどうして? そう言いかけた言葉を飲み込む。

 あの時は、お姉ちゃんがいきなりいなくなって寂しくて、毎日のように泣いていた。どうして急に村を出て行ったのか手紙で聞いても、大人になったら教えてあげる、としか言われなくてすごく悲しかったし腹立たしかったのに。
 ……私が大人になったってことなのかな? 何だか嫌だなぁ。

「あのままこの村にいたら、死ぬと思ったからだよ」
「え……?」

 死ぬ、って……どういうこと?
 相当私が戸惑った顔をしていたのか、お姉ちゃんが困ったように笑う。

「死ぬって言っても、別に体が死ぬわけじゃない。……心がね、保たないと思ったんだ」

 月影に照らされた中性的で神秘的な横顔を見つめる。

「だからもし、助けが必要だったらボクのとこへおいで。最高の環境とは言えないけど、ここで死ぬのを待つよりよっぽど自由だと思うよ」

 雲が流れて月を隠す。でもそれは一瞬だけで、気づいた時にはお姉ちゃんの懐かしい碧眼に見つめられていた。
 ついさっきまで少し肌寒いと思っていた風が、少しだけ和らいでいる。

「これが住所だから」

 そう言って渡された小さな紙を、私はそっと胸ポケットにしまった。



 村を出ることをすぐに決心できたわけじゃない。だって私は、生まれてからずっとこの村を出たことがなかったし、外の世界に憧れがあったわけでもないから。
 みんなここが世界で一番素晴らしい場所だって言ってる。ここ以上に自由な場所なんてないって。
 お姉ちゃんがあの小さな紙をくれるまで、私も心のどこかでそう思ってたんだと思う。確かに私は馴染めないけれど、やっぱりここが一番。私が生きていくのに一番適しているのはここ。

 だから、もうちょっと頑張ってみようと思って、サラの紹介で何人かと関係を持った。相手は一時的な恋愛感情しか持っていないってことを理解して割り切ってしまえば、誰とでもそこそこ気持ちよくなれることに気づいた。
 だから私も他の人みたいになれたんだってホッとしていた。なのに、回数を重ねるごとになぜか、今にも息ができなくなって死んでしまいそうな、おかしな病気みたいな発作に見舞われる回数がどんどん増えていって、日に日に外出するのが苦痛になっていった。

「ニッキーちゃんのところへ遊びに行ってみたら?」

 そう母さんが言った時、ああ、今よっぽどひどい顔してるんだろうなって思った。だって母さんはハッキリ言って村至上主義というか、村以上にいい場所なんてないって普段から言ってるタイプの妖精だったから。だからまさか村の外へ出てみることを提案されるなんて思ってもみなかった。
 そう素直に言うと、母さんは心底心外そうな顔をした。

「村が一番なのは当たり前でしょ? それを確かめるために外へ出てみるのよ」

 なるほど。やっぱり母さんはブレない。



 意を決して、住所を頼りにお姉ちゃんのところへ行ってみたのはそれから一週間後のこと。

「久しぶりー、っても二ヶ月ぶりか。まさか本当に来るとはね」

 なんて、嬉しそうに言いながら案内された勤め先。

「娼館……って?」
「あーその反応懐かしいわ。まぁ簡単に言うと、雌が身体を売って雄が好みの雌を買う場所よ」
「なんでそんなことするの?」

 ニッとお姉ちゃんが得意げに笑う。

「そりゃあ、面倒な恋愛感情無しに体の関係を楽しみたいからよ」

 そう言われた瞬間、私の中に雷が走った。
 なんと言うことだ……なんて素晴らしいシステムだ!

「なんで……なんで村には無いの!?」
「恋愛至上主義の妖精族には合わないからじゃない?」
「でもみんな……すぐ恋人取っ替え引っ替えするし……」
「んーまぁそういう言い方もできるかもしれないけど、基本的にみんなピュアだから。自分の感情に正直なんだよ。一瞬でも飽きたと思ったら、それは恋の終わり。新しい恋を探すのは『普通』……でしょ?」
「……よくわかんない」

 ポロッと本音が出てしまった。慌ててお姉ちゃんの顔色を伺うけれど、お姉ちゃんは何も言わず微笑んでいただけだった。


 私はそのまま村を出て、お姉ちゃんと一緒にリンドールで暮らすことにした。
 母さんには手紙で知らせた。反対されるかと思ったけど、意外にあっさり受け入れられて拍子抜けしてしまった。ただ、どう説明したらいいのかわからなくて娼館で働いていることは言っていない。

 生活自体はとても快適で、まさに自由を謳歌しているって感じだ。

「エリーちゃん、久しぶり!」

 ただ、誤算だったのは……。

「はぁ、会いたかったよ。この一週間、エリーちゃんに会うためだけに頑張ったからね」

 そう言って馴れ馴れしく腰を抱く男。
 そう、身体だけの関係と聞いていた娼館での仕事だけれど、実際はちょっとした恋愛関係を楽しむ客もそこそこいたのだ。しかも、客だけでなく娼婦も疑似恋愛を楽しみ、客を上手く溺れさせられる娼婦の方が給金が良いと知った時には、ちょっと残念な気持ちになった。
 いや、他人のやり方に口出しするつもりはない。ただ私が嫌なだけ。だって折角村から出たのに、同じような空虚な気持ちはもう味わいたくない。

 その気持ちを共有したくてお姉ちゃんの部屋を訪れる。

「お姉ちゃんも疑似恋愛するの?」
「ボク? まさか。なんだかんだ言って妖精族だからね、自分の気持ちに正直なんだよ。嘘はつけない」

 そうは言いつつもそこそこ人気のあるお姉ちゃん。感情を見せないところが中性的な容姿と相まってミステリアスに感じるとか何とか。方や私は無愛想で塩対応と評判。
 何なんだ、この違いは。見た目か? 私が地味だからか!

「そんなに気にすることはないさ。どうせ、ボクにとってもエリーにとってもここは仮の棲家。運命の相手が見つかるまでの、ね」

 娼館で働くようになって、お姉ちゃんと過ごす時間が増えたことで色々話をするようになった。仕事のことだけじゃなくて、もっと個人的な、恋愛の価値観だとか。
 お姉ちゃんは、一度恋人を作ったらその人と長く時を過ごしたいと思っているタイプの妖精だった。だから村の価値観に馴染めなくて街に出る決意をしたと聞いた。私と同じ価値観の妖精族に出会ったのは初めてだったから驚いたけど、それがお姉ちゃんだったことがとっても嬉しかった。

 だから、お姉ちゃんの運命の人を紹介してもらった時、自分のことのように喜んだ。その感情に嘘はない。
 ただ、茫洋とした疑念が浮かんだだけ。
 私なんかにお姉ちゃんみたいな奇跡は起きないんじゃない? って。

「エリー、次は君の番だよ」

 可愛らしいウサギ族の少女の肩を抱きながら微笑んだお姉ちゃんを見て、なぜだか泣き出しそうになったのは秘密。幸せそうに寄り添いながら娼館を去っていく二人の後ろ姿を見て、心に空いた大きな穴に呑み込まれそうになったのも、私だけの秘密。


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