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結城凛子

独占欲

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 久しぶり、と言っても二週間ぶりくらいだけれど、幼馴染の桜子に会った。ここ最近、私は羽野くんと過ごすことが多かったし、桜子は彼氏の白河くんと一緒に過ごしていたらしい。ちなみに今日は白河くんが部活の合宿で他県へ行っているとのことで、私の家で桜子おすすめのアニメ映画を見ている。

「りんりんは夏祭り行くの?」
「あーもうそんな時期かぁ・・・」
「早いよねー!私は勇くんと一緒に行こうと思って」
「そうだよね、楽しんできて」
「うん!」

 桜子は昔からモテたので、中学生になったあたりから一緒に夏祭りに行くことは無くなった。今年も彼氏と一緒に行くということで特に驚きはない。

「なんか・・・りんりん、ちょっと雰囲気変わった気がする。何かあった?」
「え・・・?」

 アイスを頬張りながらニヤリと口角を上げて尋ねる桜子に、一瞬言葉に詰まる。羽野くんのことが頭に浮かぶけれど何となく言いにくい。

「・・・なんで?」
「なんかちょっと女の子らしさが増したと言うか・・・もしかして恋してる?」

 恋。
 その言葉に胸がドキリとする。

「ふーん・・・まぁ、りんりんは色々考えちゃうからな~。もっと気楽でいいのに。ほら、私みたいにさ」

 黙り込んでしまった私を見て何か察したのか、それ以上踏み込まずに元気付けてくれる桜子に胸が温かくなる。可愛い容姿で自分の意見をはっきり言うため誤解されることもあるけれど、桜子はとても優しい気遣い屋さんなのだ。

「・・・ありがと」
「うむ、何かあれば遠慮せず桜子さんに相談しなさい!」

 頼もしい言葉に少し気持ちが軽くなる。
 そうだ、羽野くんを夏祭りに誘ってみようかな、なんて考えながら残りのアイスを口に含んだ。



 羽野くん宅にて、おやつの時間。
 今日のおやつは羽野くんのお母さんの手作りクッキーだ。オートミールを使っていて健康志向な上とっても美味しい。それを有り難くちびちび食べながらチラッと羽野くんの様子を伺うと、バッチリ目が合ってしまった。反射的に目を逸らしてクッキーに集中しようとするけどできなかったので、観念してもう一度羽野くんを見つめる。

「あの、羽野くんって・・・今年の夏祭り行くの?」
「んー・・・実は、この部屋から少し花火が見れるから最近行ってないんだよね。小さい頃は親と一緒に行ってたんだけど」
「そっか・・・」

 羽野くんが夏祭りに行かない派と言うことでちょっとガッカリしたけれど、誘って断られなかったのでホッとした。ちょっと複雑な気持ちで相槌を打つ。

「その・・・よかったら、一緒に見ない?」
「え?」
「僕の部屋で、花火見ない?」

 まさかのお誘いに思考が一瞬停止した。でも羽野くんが頬を染めながら、固まってしまった私を見つめて再度問いかけてきたのでなんとか頷く。あまりにも予想外の展開だ。

「よかった・・・多分親も家にいると思うんだけど、友達が来るって伝えとくから」
「・・・あ、・・・そうだね。ありがとう」

 友達。確かに、私と羽野くんは恋人同士ではない。それなのに、友達という言葉に弾んでいた気持ちが一気に萎んだ気がした。何もおかしなことはないのだけど、なぜだか胸が苦しい。

「じゃあ続きしよっか」

 嬉しそうに笑って課題に取り掛かる羽野くんが遠く感じる。元はと言えば、私が羽野くんのことは好きじゃないと言って始まった関係だったはず、なのに。
 今更こんな気持ちになるなんておかしいのかな。羽野くんは私のことをただの友達としか思っていないのかな。
 色んな感情がぐるぐる混ざって気持ち悪くって、結局その日はほとんど課題を進めることができなかった。



「凛ー!浴衣用意したよー!」
「え?何で?」
「何でって、これからデートでしょ?夏祭りには浴衣、これ鉄則!」

 夏祭り当日。なぜか私より張り切っている母がいました。
 何度もデートじゃないって言っているのに、母親の勘なのか、私に彼氏ができたと信じ込んで可愛らしいピンクの浴衣を買ってきた。ピンクなんて柄じゃないのに恥ずかしい。そう言っても私の言葉を無視してせっせと準備を進めている。
 基本的に私の意見を尊重してくれる母だけど、たまにものすごく強引なところがある。私には迷惑と感じる母の性格も、父にとってはとても魅力的に見えるらしいので、夫婦とは不思議なものだと思う。
 そんなことを考えて現実逃避していると、いつの間にか着付けが完了していた。しかもヘアアレンジとメイクまでしようとしていて、流石に恥ずかしくなったので止めようとしたけれど、可愛い方がいいに決まっているという母の一言で一気に押し切られた。
 別に、羽野くんに可愛いとか思われたいわけではない。

「はい、できた。・・・うん、上出来よ!」

 母の自信満々な様子を訝しげに思いながら鏡を覗き込むと、いつもより垢抜けた印象の顔が目に入った。正直、母の腕を舐めていた。こんなの自分では到底できない。

「すごい・・・」
「でしょ?ま、あんたは元々化粧映えする顔だからそれほど難しくなかったわ」
「本当に?こんな地味顔なのに?」
「失礼ねー!可愛く産んであげたのに」
「それ、お母さんしか思ってないよ・・・」

 母に可愛いと言われても親の欲目にしか感じない。でも普段から容姿に自信の無い私にとっては、母の言葉であっても少し励みになる。

「お母さん、ありがとう」
「いえいえ。あ、そろそろ彼、来るんじゃない?」
「だから彼氏じゃ無いって・・・」

 無駄だと思いつつ否定していると、インターホンが鳴った。今日は遅い時間に会うということで、羽野くんがわざわざ迎えに来てくれることになっていた。母が目線で促してくるので緊張しつつ玄関へ向かう。
 羽野くんなんて思うかな。いきなり浴衣でびっくりするかな。
 心臓が口から飛び出しそうで今すぐ自分の部屋に逃げ帰りたかったけれど、あまり待たせるのも悪いと思い頑張って玄関の扉を開けた。

「あ、結城さ・・・ん・・・?」

 羽野くんの笑顔が見えたと思ったら、驚きの表情に変わった。

「あ、羽野くん、来てくれてありがとう。えっと、これは、その、うちのお母さんが夏祭りには浴衣を着ていくものだって言ったから、えっと・・・」

 動揺のあまり、言い訳めいたことをつらつら並べてしまう。気まずい雰囲気に頭が真っ白だ。
 やっぱりやりすぎだったかな。そう言えばこの格好だと自転車乗れないや。どうしよう。
 
「可愛い・・・」
「え?」
「その、結城さん、可愛いね」

 ちょっとはにかむような、恥ずかしそうな顔で放たれた言葉に胸を撃ち抜かれた。

「あらーこんにちは。凛の母ですー」
「初めまして、羽野智樹です」
「まぁ!いつもうちの娘と仲良くしてくれてありがとね!」
「いえいえ、そんな、僕の方こそ・・・」

 母と羽野くんが何かやり取りしているけれど、それどころではない。羽野くんに可愛いと言われた。感情が忙しくて脳が正常に機能しない。

「帰りもきちんと送り届けますので。・・・結城さん、行こうか。」
「いってらっしゃい!楽しんできてね」

 羽野くんのことを気に入ったのか、思いっきりニヤけた母の顔が視界に入る。きっと後で根掘り葉掘り聞かれることになるんだろうな・・・。

 挨拶もそこそこに家を出て、しばらく無言のまま二人並んで歩いていると気持ちが落ち着いてきた。そう言えば、普段は自転車で移動している距離を徒歩で移動することになってしまったことを思い出して、口を開く。

「あの、羽野くん・・・歩きになっちゃってごめんね」
「そんな、謝らないで!むしろその・・・浴衣姿を見れて嬉しいというか・・・」

 ボソボソと呟いた羽野くんの言葉が耳に入ってきて、思わず俯いた。頬が熱くなるのを感じながら下駄を履いた自分の足を見つめて歩く。
 夜道に下駄の音と、羽野くんの自転車の車輪の音だけが響いていた。


 結局ほとんど会話の無いまま羽野くん宅へ到着した。
 恥ずかしさですっかり忘れていたけれど、これから羽野くんのご両親に会うと思うと急に緊張感に包まれる。

「結城さん?どうかした?」
「ううん、何でもない!・・・おじゃまします」

 何度も訪れたことがあるはずなのに、羽野くんのご両親が在宅しているというだけでまるで別の家みたいだ。下駄を揃えていると、いつも遊びに来るときは素通りしているリビングの扉が開いた。

「あら、いらっしゃい」
「は、初めまして。結城凛です」

 素早くお辞儀して顔を上げると、にこやかな表情を浮かべた女性が立っていた。歓迎されていることにホッとしつつ、あまり見たことのない個性的なファッションに身を包んでいることに気づく。羽野くんが以前、お母さんは陶芸家と言っていたことを思い出す。

「可愛い浴衣ね!自分で着たの?それに髪もメイクもとっても素敵!」
「ありがとうございます。母が全てしてくれたんです。その、普段あまり髪の毛とかメイクとかしないのでちょっと落ち着かないのですが・・・」
「そうなの?・・・凛ちゃんって言ったわね?今度、私と一緒に買い物に行かない?」

 

「え?・・・あ、はい。私でよければ・・・」
「ちょっと母さん、何勝手に結城さんのこと誘ってんの?」
「あら智樹。可愛い子の予定は早いとこ押さえておかないとすぐに埋まってしまうのよ?気をつけなさいね」
「いえ、そんな・・・」
「はぁ・・・結城さん、行こ」

 いきなり買い物に誘われたことには驚いたけれど、無事受け入れてもらえたみたいだ。若干羽野くんの機嫌が悪くなったような気がするけれど、取り敢えず後を追って羽野くんの部屋まで向かう。
 見慣れた部屋に入ると、自然とため息が出た。

「あ、そう言えば、羽野くんのお父さんにご挨拶してなかった」
「あーいいよ、別に」

 どことなく投げやりな調子で羽野くんが言った。さっきから急にどうしたのだろう。何か言ってはいけないこととか言ってしまったのだろうか。
 何と話かけていいのかわからず立ち竦んでいると、羽野くんが振り返った。ちょっと落ち込んだような表情をしている。
 
「ごめん・・・・・・その・・・今日の結城さん、すごく可愛くて・・・」

 先程うちの玄関で告げられた言葉をもう一度聞いて、頬が火照る。可愛いなんて、時にしか羽野くんから言われたことが無かったので、こうして平常心の時に言われると照れてしまって目線を合わせられない。
 ひっそり身悶えていると羽野くんが近づいてきた。これ以上ドキドキしたら死んでしまう。思わず後ずさると羽野くんの動きが止まる。

「やっぱり嫌かな?僕なんかじゃ・・・」
「え?」
「・・・結城さんのことが好きなんだ」

 気づいたら、一気に距離を詰めた羽野くんの腕の中に閉じ込められていた。心臓の音が、頭に響くくらいうるさく高鳴っている。

「結城さんは?・・・・・・僕のこと、どう思ってる?」

 耳元で震えるような声音で問われる。私と同じくらいかそれ以上に早い鼓動が響いてきて、身体が熱くなる。
 どうしよう。こんなことってある?
 驚きと嬉しさと恥ずかしさ。全てがごちゃごちゃになって頭が沸騰しそうだ。

「やっぱり・・・」
「好き、羽野くんが好き!」

 返事が無いことを不安に思ったのか、身体を離そうとした羽野くんを引き止めるように抱きしめ返した。
 羽野くんのことが好きだ。好きに決まっている。自分に自信がなくてずっと気持ちを認められなくて誤魔化し続けてきたけれど、図書館で見かけた時から羽野くんのことがずっと気になっていた。それに、こうして親密な関係になったのだって羽野くんが相手だったからだって今ならわかる。

「本当に?」
「うん」
「よかったぁ・・・」

 羽野くんの身体から力が抜ける。相当勇気を出して告白してくれたんだなと思うと、より一層愛しさが増した。

「結城さん、好き」
「私も羽野くんが好き」

 温かい感情が胸から溢れ出して溶けてしまいそうだ。こうして気持ちを共有できることが、こんなにも嬉しいことだなんて知らなかった。
 抱き合ったまま離れたくない。今までも離れ難いと感じたことはあったけれど、それよりもずっと強く離れたくないと思う。この気持ちをどう伝えたらいいのだろう。そう思いながら羽野くんの匂いに包まれていると、そっと身体を離された。
 何で、と言いかけた唇に柔らかい感触が降ってくる。

「んっ・・・♥」

 ただ押し付けるだけの口付けなのに、羽野くんの気持ちが痛いほど伝わってきてものすごく気持ちいい。
 ちゅっ♥と音を立てて離れていった羽野くんの唇を凝視してしまう。もっと、いつもみたいにもっとたくさんしてほしい。

「そんな目で見ないで・・・止まらなくなるから」

 はぁ、とため息をつく羽野くんがものすごく色っぽい。もっとキスがしたい。

「うっ・・・ダメだよ、今日は。結城さん浴衣着てるし、親もいるし・・・」

 苦しげに眉間に皺を寄せた羽野くんの言葉で、現実に引き戻された。そうだ、羽野くんのご両親が一階にいるんだった。
 羽野くんが止めてくれなかったら、私からキスしてそのままベッドへ・・・という流れになっていたかもしれない。ものすごく名残惜しいけれど、今日はこれ以上できない。

「あ、そう言えば花火ってもう始まっちゃったのかな?」

 今日は花火を見るために羽野くんの家にお邪魔していたのに、すっかり頭から抜け落ちていた。羽野くんも忘れていたみたいで、ハッとした表情をしてベランダに向かう。

「あ、もう始まっちゃってる・・・」

 二人とも花火のことを忘れていたことが可笑しくて、笑いながらベランダへ出ると河川敷の方角に小さく花火が見えた。光に遅れてドーンと言う音が響いてくる。

「綺麗だね」
「うん・・・・・・やっぱ、お祭りに行った方がよかったかな?」
「何で?」
「だって、折角浴衣着てきてくれたのに、家で花火鑑賞って勿体無かったなって思って」
「そんなことないよ。むしろ、ゆっくりできるからこっちの方が好き」

 羽野くんの気遣いに嬉しくなって横を向くと、羽野くんが柔らかく微笑んでいた。そっと手を握られて、手の甲に口付けられる。

「結城さん、僕と付き合ってくれる?」
「・・・うん」

 あまりにも自然な仕草に心臓が跳ねた。まるでお姫様かのような扱いに頬が火照る。
 今までこんなにも女の子として扱われたことが無くて、恥ずかしさが嬉しさを上回ってしまって今にも逃げ出しそうになる。でも羽野くんは逃がしてくれる気は無いようで、しっかりと手を握り直されると顔を近づけてきた。
 そのまま口付けられて、ゆっくり唇を食まれる。よく知った快感を求めて口を開くと、優しく唇をくすぐりながら舌が差し込まれる。このまま溶け合ってしまいたい。羽野くんと一つになりたい。そんな欲求が湧き上がってきて、口付けがどんどん深くなる。

 長い長い口付けが終わる頃には、羽野くんにしなだれかかっていた。

「そろそろ送ってくよ」

 無理矢理身体を離した羽野くんが、部屋に戻ろうと踵を返す。すっかり花火も終わってしまって家に帰る時間だということはわかっているけれど、もう少し羽野くんと一緒にいたい。
 わがままだってわかっている。だけど欲求が止められなくて、羽野くんの背中に抱きついた。

「もっと一緒にいたい」

 ひどく甘えた声が出て、羽野くんの動きが止まる。

「っ、ちゃんと送っていくって親御さんに約束したから・・・」
「・・・・・・ごめん」

 律儀な羽野くんを誑かそうと一瞬でも考えたことが恥ずかしくなって、パッと背中から離れる。罪悪感に駆られていると振り返った羽野くんに抱きしめられた。

「明日会える?」
「っ、うん!」

 夏休み中はほぼ毎日と言っていいほど会っているのに、明日会えることがとても特別なことに思える。

「はぁ、可愛い・・・」

 羽野くんが目元を赤く染めながら呟くものだから、こっちまで恥ずかしくなって顔を伏せると、名残惜しいと言うようにもう一度抱きしめられてきゅんとした。
 
 今までずっと自分の性欲を煩わしいものだと思っていたけれど、羽野くんと付き合うきっかけをくれたことだけに関しては、この厄介な衝動に感謝してもいいのかもしれない。


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