本好きゆめの冒険譚

モカ☆まった〜り

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本好きゆめの冒険譚 第零頁

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「生まれたって!よくやった!ありがとう!」

 騒ぎ立てているのは保育器の中にいる娘を妻の肩を抱きながら涙ぐんでいる男だ。

 実はこの夫婦は子宝に恵まれず、何年も不妊治療を施していた中年と言うかは初老の年代に入る二人である。

 念願かなってやっとの天からの授かりもの。

「名前はどうしよう?」妻は娘と夫を交互に見ながら話している。
「ああ、もうきめてある!《夢想》と書いてゆめだ!僕たちの夢と想いをかなえてくれた天使だからな!」

 母親になった妻はクスッと笑い「夢を持って想いを成す。そんな意味もいいわね。」
「ああ、そうだな。」肩を抱いた手に力が入る。
 妻もその力に体を委ねるように寄りかかった。

 そこに担当医師がやって来て「この度は出産おめでとうございます。」
 深々と頭を下げるので二人もつられたように頭を下げる。

「少し、言いにくいのですが・・・。」
 医師は二人に赤ん坊の状態を話した。

「今の赤ん坊の状態は非常にまずい事になっています。高齢出産に伴い、早期の出産でまだ未発達なのですよ。我々も万全を尽くしますが障害が残る可能性も覚悟してください。」

 二人は落雷を受けたかの衝撃を受けたが、すぐさまに医師に答えた。
「どんな障害が残っても、私たちの娘です。絶対に育て上げて見せます!」



 ゆめが退院するまで10か月が経った。
 幸い障害は認められず、少し虚脱体質なのを除いては健康体だ。
 これからは、娘を中心に考え、生活をしていこう。
 絶対に娘を幸せにするんだ。
 2人は決意を新たに、今後の生活を考えるようになった。

 娘が退院してもすぐに風邪をひいたり、熱をだしたりする。
 その度に病院に駆け込むのだが、どうやら空気が悪いらしい。
 都会ではなく空気が良い地域に引っ越すことを提案された。





 男の職業は東京の役所の実は管理者でそこそこの立場にある。
 ではあるが娘の為に田舎の役所への転属届を提出した。

「いいのか?今のままでいけば、もっと高い地位に立つことも出来るんだぞ?地方に行ってもそれなりの立場にはなるが、収入は今まで通りにはいかないぞ?」
「覚悟しています。しかし娘の命には代えられません。」
 男の決意は固かった。

「解った。考慮しよう。」



 それから3か月後、地方への転属事例を受けた。
「やった!やったぞ!」と男は喜びながら自宅の扉を開ける。

「シー!今、ゆめが寝た所だから、あまり大きな声を出さないで!」
 妻は小声で男を制した。

「ごめん。やっと辞令が下りたんだよ。これで、ゆめの体に良い環境で育てることが出来るぞ!」と辞令証を見せた。
「やった!今夜はお祝いね!早速、美味しい物を作るわ!」
 妻は台所に向かって行った。

 この夫婦が住んでいるところは、役所の「社宅」であり余り広くはない。
 しかし、地方の社宅は気を回してくれたのか、一軒家である。
 家を紹介してくれた上司にお礼を言った際に、気になることを言われた。

「見た目・内装は新築そのもの。庭付きだ。しかし、変なことも言われてな。どうもこの家は不思議な事が起こると言われている物件なのだよ。」
 男は不思議な事?幽霊?と考えるが幸いにして2人とも霊感はない。

「大丈夫ですよ。そこに住みます。」

「今までお疲れさまでした!」と花束を渡してくれる女性社員がいた。
「これで、ゆめちゃんも安心ですね!」
「ああ、ありがとう。ごめんね、仕事を中途半端にしてしまって。」
「何言ってるんですか、私たちに任せてください!」

 赴任までは時間があるのだが、一刻も地方に行きたい。それが夢の為なのだから・・・。
 男は有給を出来るだけとってこの街を出ようと思ったのだ。

 家に帰ってからは、荷造りや掃除で忙しかったのだが、その間は病院で娘の面倒を見てもらう事にした。当然、保険未対応である。それでも娘にはチリひとつ吸わせたくないのだ。

 ご近所に一通り挨拶を済ませ、いよいよ明日出発となったよる。
「今夜は《引っ越しそば》よ!」と鴨難波を出してきた。
「あれ?引っ越しそばって、引っ越した先の近所の人に配るんじゃなかったっけ?」

 妻はそれが何か?という顔でそばを啜っている。

「まっ、いいか。明日は早いから、早めに休むとするか。」
「あなた、まだやることがあるわよ。」
・・・もう、荷造りも終わった、掃除も終わった。他に何かすることあったっけ?

 男は頭を悩ませていると一つの事に気が付いた。
「あっ、車の掃除を忘れていた!」

 慌てて、掃除機を片手に外に飛び出そうとすると
「あなた!そばを食べてからにしたら?」
 男は玄関口でなかなか入らない靴を履きながら
「帰ってからでいいよ!伸びてても構わない!君の作った料理は世界一だからね!」男は出て行った。

 妻はため息を吐きながら、でも少し嬉しそうに
「ゆめちゃん、パパは慌てものね。あなたの事になると、周りが見えなくなるみたい。私もそうだけど。パパが帰ってきたら新しくそばを作り直しましょ。」

 そして翌日、引っ越しの日。
「それでは 僕たちと夢の幸せに向けて出発!」

 白いセダン車はウィンカーを点け、ゆっくりと走り出した・・・。

ー完ー
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