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◎二年目、六月の章

■少女回帰線

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 真鈴は五分袖のシャツにデニムのパンツというごくシンプルな服装にした。

 その服装でも尚久遠がたまに照れたような視線を向けてくるのは何ら自分の魅力を損ねていない証左であると思っていた。

「雨だとほとんど人の姿がないよね」

「今日みたいな日は濡れますからね」

 雨の日に外でログインして狩りをする人間は少数だ。つまり、多くの人間は室内にこもっている。

「ねえ、やっぱり相合い傘しようよ。私が持ってあげるから」

 なぜだか妙に寂しく不安に感じるようになって久遠に提案をする。

「昨日みたいに濡れるじゃないですか」

 何を言っているんだと久遠は半目で視線を向けてくる。

「じゃあ、昨日より密着して」

「あんまり変わんないでしょ」

 久遠は冷静にツッコミを入れてくる。嫌とかそういうわけではないのだろう。妙なところで雰囲気とかより合理性を重視する節がある。

「それより遊び倒すとか言ってましたけど、アテはあるんですか?」

 そういえば勢いでそんなことを宣言したのを思い出す。

「ごめん。ない」

 真鈴は正直に答えると、久遠が仕方ないなという困ったような笑みを浮かべる。

「近くに屋内遊園地があるんですが、そこへ行ってみますか?」

 案内しますよと久遠が提案してくる。もちろん手放しで「行く」と即答してもよかったが、確認しておくことがあった。

「久遠くんはその遊園地に行ったことあるの?」

 我ながらまわりくどいなと真鈴は感じる。

「ありませんよ。サーチで引っかかったんです」

 そうなんだと真鈴は気をよくすると、いきなり傘を閉じて久遠の差している傘へ入ると、その傘を奪ってしまう。

「ちょっ――」

「だーめ。それより私にもっと引っつかないと濡れるよ」

 久遠は大仰にため息をつく。

「真鈴さんもでしょ」

「さあさ。案内してくれたまえ」

 雨だというのに真鈴の気分は不思議といい。

 理由はよくわかっていた。だけど、それは誰にも言ってやらないと誓っていた。
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