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⑫
しおりを挟む「フジ」
測量作業を中断させないようにフジ両手を握り「そのままでいい」ゴーグルを外そうとする彼の動きを止めた。外からフジの目は見えないが、ゴーグルの中では液晶画面いっぱいに様々な数値とエルが写っている。
先ほどから子豚の姿がないと思っていたが念の為に張ったおいた糸が揺れている。何かが捕まった証拠だ。大きさと振動の数からファイだけではないとわかっていた。エルとしては別にそのまま放置しても問題ないのだが、蜘蛛に食われ骨だけになった哀れな子豚にフジはきっとほろほろと涙を流すだろう。そんな彼を想像するだけでエルは心が張り裂けそうになった。
「ファイの姿が見えないので探してくる。もし何かあれば大きな声で呼んでくれ、すぐに戻る」
「わかりました。私は大丈夫ですからファイをお願いしますね」
「わかった」
どこまでも他者を気遣う優しいフジと離れ難い。手をを掴んだまま動かなくなったエルにフジは首を傾げる。
森には助けを求める子豚の鳴き声が木霊していた。
筋肉質で不味そうな肉だった。そんなものをフジに与える訳にはいかないので蜘蛛達にそのまま食わせてやれば大きなヤモリのような生き物はあっという間に骨と化した。張っていた糸が緩み音を立て落ちて来た巨大な骨にファイは跳ね上がる。
「ぷぎ…」
「お前のような子豚すぐにコイツらの獲物だ。あまりウロチョロするな」
「ぷぎ!ぷぎ!」
「念の為の防御だ。半径500mの範囲で張っている」
「ぷぎ…!ぷぎ、ぷぎぷぎ!」
「毎日あれだけ騒いでたら嫌でも言葉を覚える…もう行くぞ、フジがひとりだ」
なんとエルはファイの言葉を覚えたらしい。これまで誰かと会話をしたことがなかったファイは驚きながらも置いて行かれないよう慌てて追いかけようとして、頬を何かが掠めた。遅れてピリリとした痛みがやってくる。真上からファイ目掛けて飛んできたそれは真っ直ぐ地面に突き刺さっていた。
濃い茶色の大きな羽。ファイは怒りを露わにした。
「ぷぎ!」
「あっれ~?やっぱこの前の豚じゃん!なぁんで生きてンの?」
1mはゆうに超える太さの枝をガッチリと趾で掴みエルとファイを見下ろす人影があった。全身を覆うまるでコートのような羽根は黒からまだらな濃い茶色へと変化し、胸元から嘴にかけて白が走っている。頭部の側面と首裏には穏やかな臙脂色、そして特徴的な真っ黒な羽冠をピンと立たせ金色の目でこちらを興味深そうに覗いていた。
その姿は人型の猛禽類。
ぷぎぷぎ!とファイは口汚く怒鳴り散らすが言葉の通じない者にはただ子豚が鳴いているだけにしか聞こえない。枝の上の者もファイの言葉がわからないようでケラケラと笑うだけだった。
「なに、後ろデカブツ引き連れて仕返しってワケ?」
「ぷぎ!」
「違う。私は関係ない巻き込むな」
木から降り立ったソイツは3mはあるだろか、小さな豚と向かい合うとより大きさが際立った。ファイは警戒するようにじりじりと後退し、ぷぎ!エルの足元へ隠れる。ファイは強くて勇ましい豚だが負け戦はしない主義なのだ!
「おい」
「ぷぎ!ぷぎぷぎ!」
「知るか。自分で戦え」
「ぷぎゅ~…」
「置いて行くぞ」
冷たく去って行くエルの足を必死に掴みなんとか止めようとするもズリズリと引き摺られ、最終的にはクンッと背中が引かれたかと思えば勢いよくどこか遠くへ飛ばされた。ぷぎゃ~~~!子豚の鳴き声がまた森に木霊した。
「あれれ行っちゃった」
ファイの行方を特段気にした様子もなく鳥は笑うとエルに話しかけた。
「アンタ…遂にここまで来たンだね」
「…私は貴方を知らないが」
「オレは知ってるよ~ずっと見てたからね、時々ここに人間と来てるでショ。そんでそいつら見殺しにする癖に最期まで見守る意味わかんねーヤツ!」
「気持ち悪い視線を感じると思ってはいたが貴方だったか」
ここ数年の探索で0番を越えてから感じていた見られている感覚。罠を張ってもかかりはしないし蜘蛛達にも見つけられない、時折りどこか遠く離れた場所からジッと観察されているのは気付いていた。だが特に攻撃してくるわけでもなく相手の居場所も特定出来なかったためとりあえず放置していたがこの男だったとは。
「私に何か用か」
「アンタじゃなくて人間にちょっと、ね。今回の人間はどうしたの?もう死んじゃった?」
「関係無いだろう」
「別に取って食おうってワケじゃないよ!お話ししたいな~って思ってるだけ!ホント!」
嘘か本当か朗らかに笑い「ふむ」と大きな羽を顎にあて考えるような仕草をする。
「そーいやあの豚、キズが治ってたね。アンタの態度見てるとわざわざ治してやりそうにないし~さっきから何か気にしてる様子を見ると」
大きな趾でトントンと地面を叩き言う。
「いるんだな人間」
言うが早いかそいつは大きく羽ばたき一気に上昇した。その速度はエルが糸を飛ばすよりも遥かに速い。そして真上に森を抜け空中を舞うと気配のする方へ急降下、速度はおよそ時速300km。
世界最速とも呼べるスピードだった。
木々を抜け人間の姿を見つけた。勢いのまま地面へと降り立てば自分へのダメージも計り知れない。クルリと急旋回し、スピードを緩め降り立とうとしてキラリと光る糸が目に入った。
(あ、やば)
止まろうにも止まれない。そのまま糸に飛び込めば流石のスピードにぐーーっと糸は伸び、何本か千切れ体に纏わり付き最終的に蓑虫のような格好でぶらぶらと揺れながらフジの前へと現れることになった。
「え、わ…!」
一方、大きな鳥が糸にくるまり真上から逆さまに降りて来た光景にフジは声を上げた。驚きから仰け反り、後ろに転びそうになったところで背後から支えられる。
「エル!」
「フジ、下がっていろ」
フジの前に立つエルにそいつは慌てて声を上げた。
「ちょっと、ちょっと!タイム!俺、ホントに人間とお話がしたかっただけなんだって~!ちょーっと前に人間に世話になったからその話をしたかったンだよ!」
「そうか」
「ちょーーーー!ヤーメーテー!助けて人間~!ホントに、ホントにお世話になったの~!第一探索隊のマキオって医者に~!」
「待って下さいエル」
その名は聞いたことがある。第一探索隊の名簿に載っていた名だった…名は槇尾ダイスケ、確か軍医だ。
止めに入るフジにエルは大人しく従いながらも警戒は緩めなかった。万が一にもフジに攻撃するような素振りでも見せたら即殺してやるつもりだ。
「世話になったって言いましたよね…?第一探索隊はまさかここまで来たんですか?」
「サァ~?俺が出会ったのはマキオだけだからそこら辺はわかんないけど逸れたって言ってたしここまで来たんじゃないかなあ」
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父が6番まで来ていたのならあんな風になってしまった原因がここにあるんじゃないだろうか。それを知れば、もしかしたら父は…。
「まァとりあえずさ!ゆっくりお話ししない~?」
にこりと笑う鳥にフジは頷くしかなかった。
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