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⑪
しおりを挟む8年と6ヶ月の間エルの生活は大陸探索とそれが終われば軍施設内にある自室という名の監獄で次の渡航まで待機する日々。外には出られない。人と会話をする機会もなかった。寝て起きて食べて、それだけだ。たまにエルの事情を知らないであろう研究者から手紙が届いた。生物研究の進捗とエルへの感謝と体を心配する言葉が綴られていた。相変わらず読みにくい字だなと少し笑えた。その手紙を読んでいる時だけ生きている意味があったのだと実感できた。
全てを話し終えたエルにフジは顔を伏せ黙り込んでしまった。暗い話をした自覚はある。どれだけ人類が足掻いても大陸移住は恐らく不可能だ。エルが長年探索し続けても第五区画の全てを見て回れていない上に対処できない生物が潜んでいる可能性は十分にある。
火力で制覇するか、エルのような人ならざる生き物に協力を仰ぐか、何にせよ今のままダラダラと探索を続けることに意味はない。ただそれを訴えたところで変わる政府ならとっくに次の手立てを考え実行している。腐敗した国に未来はない。愚行により滅びた土地で人類は共に沈むしか道はないのだ。
エルの唯一の幸せはフジと出会えたことだ。
短い未来だが最期までフジと共にいられればエルはそれだけで良かった。
「ひとついいですか?」
「なんだ」
フジは真剣な面持ちだった。
「あの…エル…貴方いくつなんです…?」
「………ん?」
「この大陸にいた時は赤ちゃんだったってことですよね?それじゃ、え…まま、ま、ままさか10歳…!?」
「フジ」
「子どもじゃないですか!!」
「待てフジ」
「おお、俺、子どもにあんな、ええ…!つ、捕まる…!」
「捕まらない。フジ落ち着け」
「うえーん!ショタコンの現行犯で逮捕なんだー!」
えんえんと泣くフジに驚いたのか腕の中のファイはオロオロと手足をバタつかせ、ぷぎゅ!とエルを威嚇するもそれ以上に慌てたのはエルだった。
「フジ泣くな、私は人間ではないのだからその年齢はあてにならない」
「ほんとに…?」
「ああ」
「なんだ良かった」
冗談だったのかケロリと泣き止みピタリとエルに体をくっ付け笑うフジに彼は八つの目が潰れるかと思った。フジが可愛すぎるのだ、今日の朝から。いやずっと可愛らしい人だとは思っていたが心が通じ合ってから自分の頭がおかしくなったのかと思うほどフジが輝いて見えた。
「フジ、駄目だ」
「あ、すみません…近付き過ぎましたか?」
「違う。ああ、駄目だ離れないでくれ、違うんだ」
「??」
「私は…子どもではないが生まれてまだ10年だ。初めてなんだ、何もかも…だから貴方に触られたり近付かれたりすると心がおかしい。恐らくこれは発情している。だから危険だフジ。湖でも我慢出来ずに貴方の体を好き勝手しまった…すまない…今の私は思春期の人間の男と同義だと思ってくれ」
「つまり?」
「貴方をずっと性的な目で見ている」
「あらま」
真っ直ぐな下心にフジは思わず感心した。
「あまり近付き過ぎると危険なんだが離れて欲しいわけではないんだ。…難しいんだな人を好きになるのは」
「そうですね。私も何もかも初めてなので二人でお互いのペースを探って行きましょう?」
そう提案してくれる姿は年上のカッコ良さがあるのに、ギュッと手を握り笑う姿は可愛らしく愛おしさが溢れた。
「でも良かった、湖の後エルが少し素っ気ない感じがしたので引かれたのかと思ってたんです」
「それは違う。興奮して貴方を襲ってしまわないように視界から外そうとしていたんだ」
「あはは!紳士的ですね!じゃあこれからは大丈夫だ」
大丈夫、とは何がだろうか。
フジの言葉の意味がわからず足を止めると彼は振り返って悪戯に笑った。
「襲っても大丈夫ってこと!」
頭がおかしくなった己の幻聴かと思った。
◇
草原を抜けるのに2日、やっと最終目的地にまで到着した。最北区画6番は山脈の麓に広がる原森林だ。これまでの若い自然林とは違い、成熟し苔むした木々が鬱蒼と繁り森全体を薄暗くしていた。人の手が加わっていない太古の自然はどこか神聖な場所のような気がして緊張したが、ぷぎぷぎ声を上げ楽しそうに駆けているファイを見るとフジは少し落ち着いた。
エルに預けていたリュックから測量機を取り出し動作確認を行う。防水対応の物を用意したがこれで壊れていたら…まあ物理的か測量で行くしかない。先人の知恵、歩幅で距離を測るだ。
液晶が嵌められたゴーグル型のヘッドセットを被るとGPSはやはり受信出来ていないが、高さ、角度、距離、高低差などを測ることは可能だ。記録モード、録画モードも問題は無い。あとはバッテリーが持つかどうかが心配だが、まあやってみるしかないだろう。
「よし!」
気合いを入れるフジをファイは見上げた。なんだか見たこともない物が出てきて興味津々だった。なんだろうこれ、面白いのかな、何をするのかな、今から楽しいことが始まるのかな。ぷぎ!ぷぎ!と嬉しそうに鳴き、期待からフジとエルの周りを駆け回った。
つまらない。
ファイは大樹の根本で項垂れていた。フジが全く動かないのだ。いや、動いてはいるのだがよく分からない目元を隠したものでキョロキョロと周辺を見渡しては少し移動して、また見渡しては少し移動しての繰り返しだ。じゃれて足にしがみつけば、あの面倒な男が引っぺがしにやってくる。仕方がないのでそいつと遊んでやろうにもその男は何が楽しいのかフジずっと見つめていた。
探検でもしよう。
ファイは大陸奥地まで来たことがなかった。大陸の奥へ行けば行くほど『ヤバい』生き物がいるのを本能的に理解していたからだ。それでもここまでフジたちに着いてきたのはひとえにフジがお気に入りだからという理由と、エルが『ヤバい』分類の生き物と同じ気配がするから。虎の威を借る狐ならぬ蜘蛛の威を借りる豚。多少のことが起きてもアイツがいるなら大丈夫だろうとの見立てもあった。まあオレもそこそこ強いが?とファイは胸を張る。やる時はやる子豚なのだ。
トコトコと歩いて行くファイの前にはちっちゃなちっちゃな赤と白と黒の虫や、ウニョウニョと蠢くスライム状の物質、甘い香りのするキノコ、ヒラヒラと羽ばたく金色の羽。
あれはなんだろう…?
光るそれに釣られてトコトコと追いかければ大木の根本にぽっかり空いた大穴へとヒラヒラと飛んで行く。追うように穴へと顔を覗かせ、豚は脱兎の如く駆けた。
「ぷぎぃ!ぷぎぷぎぷぎィ~~!!」
巨大なヤモリのようなそれが全身をくねらせて大穴から出てきた。背中から尾にかけて棘があり、鋭い鉤爪と長い舌の先には細い糸と金色の羽、あれは獲物を誘き寄せる罠だったようだ。見事に引っかかった子豚をその何十倍も大きな体の生き物が追いかける。この体格差だ捕まるのは時間の問題だった。
ファイは泣いた。迂闊に探検などするんじゃなかった。まだ復讐を果たせていない。フジにより一命を取り留めたが、ファイを傷付けた奴にひと泡吹かせてやらねば死んでも死にきれない。こんな危ない所まで着いて来たのはフジが好きだから、それは間違いない。でも最大の理由はファイを殺そうとした奴が恐らくここにいるからなのだ。
飛び跳ねた気配がする。背中に生暖かい息を感じた。大きく口を開けたヤモリがファイに向かって襲い掛かる。しかしここで黙ってやられる子豚ではない。
「ぷぎ!」
振り返り自慢の尾をヤモリに向け構えた。噛みちぎられる前になんとか目か、喉か、どこでもいい!届くところに刺しダメージを与えてやる!
意気込むファイだったがその尾がヤモリに届く前に奴は空中で何かに引っ掛かりそのまま動かなくなった。耳障りな声を上げ体を動かそうと蠢くがそこから離れることが出来ないようで、ただ宙に浮かび暴れているだけだった。
なにがあった?
迂闊にも様子を見にヤモリに近付いてファイも体が動かなくなってしまった。手足をバタつかせても凄い力で元に戻される。顔も体も尾も動かない。ぷぎ!ぷぎ!となんとかフジに届けと叫ぶが悲しいかな遠くまで来過ぎたようだ。
体が揺れた。恐怖から震えているわけでない。何か、ファイを縛り付ける何かが振動してファイの体を揺らしているのだ。
小さな足音が聞こえた。カサ、カサ、カサカサカサ、カサカサカサカサカサカサ。小さな音はやがて数を増やし大きな音へと変わって行く。カサカサと音を立て黒い波が木の上からそれを足場に降りて来た。
同心円状に引かれた糸の罠、蜘蛛の巣だ。
大木と大木の間に張られた大きな糸を伝って小さな小さな大量の蜘蛛がヤモリを飲み込み、そこからまたカサカサとファイの元へ。
「ぷ、ぷぎ…」
もうダメだ!
「何してる」
むんずと掴まれどれだけ暴れても抜け出せなかった体がいとも簡単に引き剥がされる。エルだった。ファイは泣いた。お前いい奴だな!フジを必要に追いかけじっとりと舐め回すように見つめる変態だと思っていた自分を叱った。エルはいい奴だ!
「ぷ、ぎゃ!」
べちゃりと地面に落とされる。
いい奴じゃなかったかもしれない。
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