測量士と人外護衛

胃頭

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エッチするまでの話⑧

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 カチリとキャップを回して中身を吸い出せば味気のないジェル状の液体が喉を通って胃に収まる。満腹感は微塵もないが、栄養は取れているはず。
 普段なら一本で終わらせるところだが最近周りからの小言が多い。仕方なく二本目を飲み終えて、よしと仕事を再開しようとすればデスクに影が覆う。チラリと目をやれば、信じられないもの見たような顔をした亜希が書類を抱えこちらを見下ろしていた。
「…まさか2本飲んだから昼はもういいだろうとか思ってませんよね」
「で、でも2本で360カロリーも摂れてるし」
「朝ごはんは?」
「……食べてない…けど…」
「食堂行きますよ」
「いやだ!」
 やーだー!やーだー!と子どものように駄々こねる中年男性に亜希は困った顔をしながらも、諦める気はないようでぐいっと宇月の腕を引いた。
 そんな細腕に負けるものかと思ったが案外力が強いらしい。しがみついていたデスクからいとも簡単に引き離され、弱過ぎる自分にしくしくと泣いた。
 ――コンッ、コ、ガチャ。
 ノックの途中で扉の開く音がして、それはもはやノックの意味があるのだろうか?そもそもその独特のノックはなんだといつも思う。
 我が物顔で部屋に入って来た弘信は上司を引き摺る恋人と、メソメソと泣きながら腕を引かれる上司を見て驚いた顔をしながらも状況を察したらしい。
「また食堂行きたくないって駄々こねてるんすか」
 呆れた声に宇月は泣きながら答えた。
「だって人が多くて…見られるの嫌なんだもん」
「俺らが両端に座るっすよ」
「恋人の間に席を陣取るおじさんなんて最悪じゃないか!」
「そうっすか?天馬さんは気にしないっすけど」
 横並びの席でも堂々と若いカップルの真ん中に座る美丈夫を想像して、アイツはそういう男だとどこか腑に落ちた。
「まあそんなことだろうと思ってこれ持って来たんすけどね!」
 地面に伏せた宇月の前に置かれたやけに大きいショッピングバッグ。体を起こして中身を覗くと、大小様々な箱が入っている。高価そうな紙袋と箱に贈り主の検討はなんとなくついた。
「日高?」
「さっき下に届いたって連絡が入ったんで取って来たっす。なんか食べ物だって」
 パカリと箱を開けていけばインスタントの野菜やきのこがゴロゴロ入ったスープや、雑炊、茶漬け、リゾットに、パスタ。他にも健康に気遣ったお湯や水で溶かすだけの粉末ドリンク、洋菓子、和菓子といろんな食料品が揃ってた。
 これならば食堂に行かなくてもここで食べられる。
「良かったですね」
 箱に施された細かで美しいデザインを撫でるように手を添えた亜希に微笑まれ、宇月はぼんやりと頷いた。
 宇月の為に送ってくれたのだろうか。
 そんな気遣いがくすぐったくて少し恥ずかしい。
「ほ、ほら、でも、みんなにじゃないかな!だって忙しいから!ここでパッと食べれるようにアイツからの差し入れだよ!だから亜希くんも一緒に食べよ!」
 顔を真っ赤にした宇月が次々と箱を渡してくるのを亜希は少し笑って受け取る。
 明らかに宇月宛なのだが、それを指摘すればもっと顔を赤く染めて午後は使い物にならないくらいポヤポヤとし始めるのであえて何も言わなかった。
「あ、でもこれだけじゃ亜希くん足りないかな」
「私は大丈夫ですけど」
 チラリと亜希の視線を追えば、食べ盛りの若者がフルフルと首を振る。
「俺は全然足りねぇんで食堂行って来るっす」
 んじゃと軽快な足取りで出て行った弘信に、ふたりの時間を奪ってしまったと青褪める宇月を見て亜希はおかしそうな顔をした。
「家でも会えるからいいんですよ」
「でも恋人同士ならずっと一緒にいたいものだろ!」
「…所長って結構甘えたなタイプなんですか?」
「な、ななんで、そうなる!」
「あはは。恋バナでもしながら食べましょうか」
 お湯を準備しながら茶目っ気に笑う彼女に「恋バナ!」と裏返った声が所長室の外まで響いた。
 その声を聞きながら部屋から出た弘信はくすりと笑って、それから臀部への振動に気付きポケットにしまっていた携帯を取り出す。
『明日、迎えに行く』
 端的なメッセージを読むとそのまま消去し食堂へと向かった。

 ◇

 眼下に広がる街の夜景はボヤける視界でも分かるほど煌びやかなものだった。広範囲に撒かれた光の粒に、車のヘッドライトが川のように流れて行く。
 真っ暗な室内で窓の外を眺めていれば、ドタドタと騒がしい足音が近付いて来る。様子を伺っていたのでこちらに来ることは分かってはいたが、予想していたよりも焦ったような足取りに真面目な男なのだなと思った。
「LS副局長!」
 バンっと勢いよく扉が開かれた音に振り返れば、深く下げられた頭が目に入る。
「すみません!こんな時間まで放置したままで!」
「いや、問題ない」
「なんも食べてないですよね!すみません、すぐに戻る予定だったんですけどトラブルというか色々ありまして」
 白鶴が出て行ってからすでに十時間以上は経っている。その間エルはずっとこの部屋で小蜘蛛を通して監視と盗聴を行っていた。昼前には一度顔を出すと彼は言っていたが、もう日はどっぷりと暮れて夜と呼べる時間だ。
「言い訳にしかならないですね。すみません」
 白鶴の行動も勿論見ていたのでここに顔を出せなかった理由もエルは知っている。地元警察とICPO、そして公安の中を取り持っているのはこの男だ。多言語を操り、組織全体の行動を把握している彼はだがしかし公安の中では下っ端のようで、あっちに呼び出されこっちに呼び出され多忙を極めていたのを見ていた。
「私は構わない。貴方も忙しいのだろう」
 この言葉は本音だった。食事など分身である小蜘蛛たちが取ればそれで補えたのでエル本人が食べなくてもなんら問題はない。
 気を遣った訳ではないが、その言葉をどう受け止めたのか白鶴は縮こめた体をますます縮めてしまった。

 この建物のすぐ隣にある高層ホテルを宿にと案内された。そのホテルもアーウィン・フォードの持ち物だそうで、今は一般客は出払っているらしい。
 自由に過ごしてもらって構わないと言われたが観光に来た訳ではないのだ。特に何かをするつもりはなく、充てられた部屋で監視を続けるつもりだったエルに白鶴が声をかけた。
「地下にバーがあるんですが、食事も取れるんです。今日のお詫びに奢らせてもらえませんか?」
 エルは少し考えて、頷いた。
 もちろん人前で食事をするつもりはないが、飲料くらいなら大丈夫だろう。それに白鶴には聞きたいこともあった。
 部屋に空のキャリーケースと手荷物を運び、エレベーターで地下まで降りる。扉が開けばすぐに薄暗い店内が広がり、壁際にズラリと並べられた色とりどりの酒瓶とそれを後ろから照らすようなライトアップはいつか読んだ美術書に載っていたステンドグラスを彷彿とさせた。
 バーは宿泊客以外も利用できるようで地元住民らしき男女客が何人かいたが、店の雰囲気もあってみな静かにグラスを傾けて談笑しているだけだった。
 カウンターの向こうに立つ男は店に入って来た白鶴を見ると奥へと案内した。カウンターの横を通り廊下を抜けた先、隠し扉を開けるとローテーブルにソファーが置かれただけの個室。
『とりあえずガッツリ食べれる物を三品ほど。あと、俺はビールで』
 店員に注文した後の白鶴にメニュー表を渡されてエルは困った。行きの機内でこの国の言語は覚えて来ているので文字は読めるが、肝心の酒の種類を知らない。アルコール類の知識を入れてくれば良かったと少し後悔したが、誰かと飲みに来ることなど想定していなかった。
 適当に頼むかと考えていれば白鶴がトンと指を差す。
「これと、これとこれならばストローが付きますよ」
「………ならこれで」
 最初に指差したそれを頼みながら白鶴を見やるも、にこりと微笑みを返されるだけだった。
 数分もしないうちに酒と料理が運ばれて来る。
 かつては五十カ国以上の国々が集まっていたこの大陸の食文化は多彩で、当たり前だが日本と新大陸しか知らないエルにとっては見たことないものばかりだった。
 穀物と小麦から作られた餅とパンの相中のような生地が主食のようで、米は見当たらない。ミンチにスパイスを加え焼いたものや、大きめの肉と野菜をワインで煮たシチューのようなもの、パイ生地に野菜を包み揚げたもの。テーブルに並べられたそれらを眺めながら豪華さに驚く。
 (一般市民も入れるバーでこれほどの食事が提供されるのか)
 バブルが弾け、国が衰退したといっても日本とは比べ物にならない豊かさに、だがしかし遠く離れた島国の現状などこの国の民は知らない。
 自分たちが世界と比較してどれほど恵まれているのか。
 朝から何も食べていないと嘆いていた白鶴が黙々と食べる横で、目の前に置かれたグラスを見る。
 細長いグラスの底に沈む緑の葉と輪切りされた果実。透明な飲料はぷくぷくと泡だった様子から炭酸が含まれているのだろう。白鶴の言う通りストローは刺されていたが、数は二本。
 (どうして二本も?)
 少し考えてエルはハッとした。
 いつか漫画雑誌で読んだカップル飲みというやつだろうか。
 愛し合う恋人同士が同じグラスから二本のストローで中身を分かち合う行為。
 そういえばここは密室。ローテーブルに合わせて置かれたローソファーはやけに広く、例えば人間が寝っ転がっても大丈夫なほど。
 まさか、こいつ。
「言っておくが私には恋人がいる」
 先制するが如く宣言してやれば、肉の塊を口に入れていた白鶴は目を丸くしてこちらを見た。
「だから貴方の要望には応えられない」
「んん!?んぐ、ごほっ、ちょ、ちょっと待って!なんの話です!?」
「貴方とは性行為は出来ないという話だ」
「待て待て待て!落ち着いて!」
「私は落ち着いているが」
「ならなんでそんな話になるんですか!」
「最初から好意的だと思っていたがまさかそんな狙いがあったとは」
「そんな狙いってなんだよ!」
「だからセックスの話だ」
 そう言えば白鶴は固まって、ぷっと吹き出すと腹を抱えて笑い出す。
 なかなか収まらない相手の笑いに暇になったエルは、目の前のストローをメットの下から差し込んで一口飲んでみる。口に広がるさっぱりとした味は蒸し暑い日にピッタリだった。
 だがスーッと香る爽やかな匂いはあの日、新大陸でクレスにハメられたあの植物と酷似した匂いだ。確かM23だったか。こちらの大陸ではミントと呼ばれるそれは、苦手ではないが嫌な記憶をエルに思い出させた。
 案外喉が渇いていたようでゴクゴクと半分ほど飲み終えて、まだヒーヒーと笑う白鶴を放置しながらテーブルに並べられた料理を眺めていればようやく落ち着いたらしい。
「………はぁ、落ち着きました」
「そうか」
「あの、訂正しておきますけど別にアンタを口説くためにこの部屋に連れ込んだ訳じゃありませんから。俺にも想い人がいますんで!」
「なら何故ストローが二本もあるんだ」
「…?これはミントの葉やライムの果肉が詰まった時のための予備ですね」
「さもヤリ部屋みたいなこの部屋はなんだ」
「いやぶっちゃけバーで盛り上がった客用のヤリ部屋なんですけど。今は人に聞かれたくない話をする時とかに使わせてもらってます。あっちじゃ何かと人目につくでしょ」
 ゴホッと咳払いして泡の減ったビールを仰ぐと白鶴はベルを鳴らした。
「…………どこまで私の話を聞いているんだ」
 無音の個室にノック音が響き注文を伺いに来た店員に『ビールを』と追加して、白鶴は頬杖を付いた。
「別に、何も。日高さんからは諜報に長けた人材を送るとしか言われてない」
「では…」
「ストロー?そこまで徹底して隠してたら誰でも気付くさ。肌を見られたくないんだろうなって」
 どうやら誤解だったらしい。ぷくっと泡立つ炭酸と少し溶けた氷がカラリと崩れる。
 硬い紙の表面を擦る音がして隣からかすかな熱を感じた。むわりと煙たい臭いと共に白い霧が天井へと立ち昇り、空調に吸い込まれ消えていく。
 テーブルに置かれた灰皿にタバコを置くと、白鶴はもの珍しそうにそれを見るエルに笑った。
「この国じゃタバコも合法なんだ」
「…そうか」
「なんかタメ語になっちゃったな」
「別に何でもいい」
「んじゃこのままで。副局長…って呼ぶのも堅っ苦しい気がするし、周りになんて呼ばれてる?」
「エルだ」
「エルね」
 改めてよろしく、差し出されたグラスにエルは少し躊躇いながらもカチンと音を立てた。

「この個室、俺以外は使ってないんだよ。昔の日本を知ってるおっさん連中はやけに潔癖で面倒臭いよな。俺なんて生まれた時から汚い世界しか見たことないから別にヤリ部屋だろうが掃除されてたら全然飯なんて食えるけど」
 五杯目になるビールを飲み干してテーブルにグラスを置いた白鶴にエルは頷く。
「年齢層の高い連中がやれ埃っぽいだの、やれ臭いだの口煩いのは昔の日本を知っているからなのか」
「日本人は清潔志向だって海外じゃよく言われる」
 確かに昔の日本の風景を切り取った写真誌などではゴミひとつ落ちていないきれいな街だった。
「そういやアンタ若そうに見えるけど、いくつ?」
「……いくつに見える」
「なにそれ合コン?」
 茶化すように笑って「そうだなぁ」とエルを上から下まで眺め、少し考える顔をした。
「役職を度外視するなら10代。まあそれは現実的じゃないから20後半から30はいってないってとこ?でもアンタ大人びてるから40、50って言われてもなんか納得するかも」
「なるほど」
「で、いくつなの」
「20代後半にしておこう」
「なんだそりゃ」
「貴方は?」
「俺?35。年上だね」
 エルも三杯目のアルコールを飲み終えて、酒に弱いわけではないがシラフよりも多少は高揚感が増す。自分の正体を知らない人間の前でこんなにも飲料を口にしたのも、話すのも初めてだ。
 元々エルは人間に好意的な生き物だ。
 それをことごとく利用され、拒否され、裏切られてきた過去から人間不信に陥っていた。フジと出会い世界が広がり、それでも親しい間柄と呼べるのはフジと宇月、後はクレスに…あの子豚も入れてもいいか。それくらいだろう。
 媚を売るわけでも、下心があるわけでもない、ただ対等な関係の会話がとても新鮮だった。
「んで、なんか俺に聞きたいことがあったんじゃないの」
「貴方は心が読めるのか?」
「あっはは!何だそれ!そんな訳ないじゃん!」
「ならば私は分かりやすいのか」
「フルフェイスで分かりやすいもクソもないだろ。分かりにくいよ。そのせいで接しにくいし、人付き合いに慣れてないって感じがする。だからこそ俺の食事の誘いに乗ったのは何か用があるんじゃないかって思ったんだよ」
 やはりこの男はよく見ているのだなとエルはどこか感心した。公安とやらは皆こうなのだろうか。
「貴方はすでに内通者に目星を付けているんじゃないか?」
「その根拠は」
「人員の配置だ。ここ二週間の捜査記録を見る限り組織間で揉め事にならないようにこの街を細かく区切って、日ごとに捜査範囲を割り振っているのは分かった。だが地元警察の中でも一部の人間はこの街にすら置かれていない。まるで排除するようにここから遠く離れた街に調査に行かせている」
 地元警察三十八名の内その半数は国の南東、海岸沿いの街にずっと閉じ込められていた。仮に警察組織の情報を得たとしても、味方と接する機会が訪れなければその情報は意味をなさないだろう。
「だがこれでは内通者がバレていると奴らに教えているようなものではないか?」
 その問いに白鶴はトントンとタバコの先をテーブルに叩きながら難しい顔をする。
「あえてバラしてるんだ。そんな下っ端使っても意味ねぇぞってね」
「下っ端というと」
「三十年もの間教祖を捕まえられないのは…まあ、朝も言った通り公安とICPOに裏切り者がいるからだ。信じたくはないけど現状を鑑みればそうとしか思えない」
「疑問なのだが、公安に内通者かいるからと言って教祖に対して有利にことが運ぶものなのか。ICPOならまだしも、日本の行政機関など他国での捜査権はたかが知れているだろう」
「日本警察は、ね」
 含みのある言い方に首を傾げれば、白鶴はまた火をつけ紫炎をくゆらす。
「俺らは一度国に捨てられた集団なんだよ」
「どういう意味だ」
「十三年前に新大陸が現れて世界規模の渡航禁止令が出ただろ?俺ら公安部外事四課にも帰国命令が下ったんだ。だけど、当時は上海にいたか…数人以外は取り残されてね。現地残留及び捜査継続を希望する名誉捜査官なんて馬鹿みてぇ、ただの口減らしさ」
 食糧難に陥った国は渡航禁止令を好機とばかりに出国者を捨てた。突如として帰る場所を失った白鶴たちはそれでも黒崎逮捕への執念を失うことなく、同じく国に捨てられた各国の警察官を仲間に入れながら独立した組織として黒崎の動向を追った。
 とにかく金が必要で、あまり大きな声で言えない仕事を警察でありながらこなして生きてきた。途中で捜査を断念し何とかして帰国した者も、その国で腰を据え生涯を終えることを決めた者もいる。
 世界は終わりへと向かうのに、どこにいるかも分からない犯罪者をただ追いかける狂気は理解し難いだろうが、彼らには曲げられない信念があった。
「日高さんも俺らと同じ海外任務だったけど、あの人はエリートだったから口減しから外されて帰国してたんだ。それが三年前、突然俺にコンタクトを取って来て『大統領になったから』なんて耳を疑ったよ。昔の先輩が大統領になってるんだぞ?首相じゃなくて、大統領。意味わかんねーじゃん」
 世界的犯罪者を秘密裏に追う元日本警察として、教祖が現れる国では一定の捜査権を与えられた。長年追い続けて来た功績もあるが、正直もう法的組織が崩壊して捜査を行う人間がいなかったり、国に資金力が無く無償で働く白鶴たちは単純に都合が良かったのだろう。
 日高が国のトップに立ち白鶴たちは正式に公安部へと戻ることになった。当たり前だが納得いっていない者もいる。それが内通者かどうかは分からない。ただ、面白くないと思う気持ちは白鶴にも分からなくはなかった。
 この数十年泥水を啜って必死に生きて、教祖を逮捕しようと駆け回った我々の手柄を横取りしようとしているとしか思えない、と。
「けど、まあ…こうして鎖国状態のこの国への入国手配も、教祖の居場所を見つけ出したのも日高さんだし、俺らにはメリットしかないから日本から寄越された追加の捜査官と合わさって表面上はワンチームしてるってわけ」
「つまり公安にも派閥があると」
「そんな感じ。捨てられた烏合の衆と日高一派の即席公安に内通者だらけの反日地元警察、二人だけのエリートインターポール…を仲介する俺」
「貴方は中立なんだな」
「俺は元々あの人の直属の部下だったから」
「苦労が偲ばれる」
「そりゃどーも」
 酒だ!とまたベルを鳴らす白鶴だったがドアを開けたのは店員ではなく、大柄のスキンヘッドだった。鋭い目つきでジロリとエルを睨み、そのあと視線を滑らせ白鶴を見つけるや否や舌打ちをした。
「こんな汚ねぇ部屋使ってんじゃねーぞ白鶴」
「別に精液まみれってわけでもないですし、良いじゃないですか赤松さん」
「うるせ!喧嘩だ、来い」
「ええ?また?今度は誰が」
「地元警察の連中とうちだ」
「いい加減この国の言葉覚えてくださいよ…」
「誰も彼もテメェみてぇに一週間やそこらで言葉なんて覚えられねぇんだよバカ!」
「馬鹿じゃないから覚えてるんですけど」
 はぁとため息を吐いて立ち上がった白鶴はエルへと振り返る。
「お話の途中ですみませんでした。お代は払っておきますので好きなタイミングでお帰りください。明日また迎えに上がります」
 貼り付けた笑顔でペコリと頭を下げて出て行く姿は、先ほどまで軽口で話し合っていたのは夢だったのかと思うほどの豹変ぶりだった。
 宇月も豹変する男だが、それとはわけが違う。
 場面によって顔を使い分ける。それは人間以外には理解できない行動心理だった。
 少し残った料理をもったいないと思いながらも食べる気にはなれず、エルは立ち上がる。
 たくさん並べられた頭の中の画面から白鶴を追えば、揉め合う地元警察と日本人を取り成していた。
 もっと単純ならば良かった。
 新大陸のように弱肉強食が是とする世界ならば、一瞬でことを終えれたのに。
――改めてよろしく
 カチンとガラスを打ち合わせた音が頭から離れない。
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