ツいてるなんて聞いてない!

水無月

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3「もしかして心霊現象なんじゃない?」

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 事故物件に住んでいる立場で、お隣さんに文句なんて言えそうもないし、気にしないでいようと思っていた。
 ただ正直なところ、毎日気が気じゃないから少し控えて欲しい。
 いまなら言えそうな気がして、俺は話を切り出した。
「あ、あの……俺も挨拶できてなくて、それは申し訳ないんだけど……少し、お隣さんとして気になることがあって」
「なに?」
 俺が借りているのは角の部屋。
 物音を立てているのは悠斗くんの部屋に違いない。
「夜……ちょっと、物音が激しいっていうか……」
「激しい?」
「その……ベッドの音……かな。さすがに飛び跳ねたりはしてないよね。俺が悠斗くんの部屋と離れた部屋で休めば済む話なんだけど」
 気まずいながらも伝えると、悠斗くんは、なぜか嬉しそうに口の端をあげて俺を見た。
「ベッドの音かぁ。その話、もっと詳しく聞きたいな」
「いや、詳しくもなにも……俺より悠斗くんの方がわかってるんじゃ……」
 起きているのは悠斗くんの部屋の出来事だ。
「だいたい何時ごろ? 毎日?」
 だいたいいつも、うとうとしているタイミングで、ちゃんとした時間までは覚えていない。
 ベッドに寝転がった後、しばらくすると聞こえてくる。
 まるで自分のベッドが揺らされているような錯覚に陥ることもあった。
 これはたぶん、俺が半分、寝ぼけてるんだろうけど。
「ほぼ毎日、0時か1時くらいかな。誰かと騒いでる……?」
 一応、濁して聞いてみる。
 聞こえない日も、もしかしたら俺が先に寝ているだけで、音は鳴っているのかもしれない。
「まあ、俺以外にもいるはいるけど。悠真っていう……講義前、俺に声かけてきたやつ。あいつと同居してるんだよね」
「え……」
 思いがけない事実に、一瞬、固まってしまう。
 たしかに、俺の部屋と同じ間取りなら、二人でも十分な広さはあるし、家賃も半分で済む。
 あのいかにも悠斗くんの仲間みたいな男……悠真くんと一緒に住んでいるというのも、とくに不思議じゃない。
「そういう……」
 うっかり知ってはいけない関係を知ってしまったみたいで、思わず動揺してしまう。
 ただの同居ならルームシェアで済む話。
 けれど俺はついさっき、夜な夜な軋むベッドについて指摘してしまった。
 濁したとはいえ、いまさらごまかせそうにない。
「悠真とは仲いいけど、別に一緒にベッドでなにかをする仲ではないから、そこは誤解しないでくれる?」
 俺が戸惑っていると、くすくす笑いながら、悠斗くんが言葉をつけ足す。
「あ……違うんだ」
 どうやら勘違いらしい。
「寝室は別だよ」
「じゃあ……」
「ちなみに女の子呼んでるとか、そういうことでもないから。玲矢が聞いてる音って、もしかして心霊現象なんじゃない?」
 耳元で、まるで囁くように呟かれる。
 俺は反射的に身震いした。
 悠斗くんの吐息がくすぐったかったのか、悠斗くんの言葉に恐怖を覚えたのか、どっちなのかはわからない。
「心霊現象……」
 そんなこと、あるはずがない。
 まったく信じていないわけじゃないけど、関わりたくなくて、無意識のうちに目を背けていたのかもしれない。
 ふと、昨日自分が取った行動を思い返し、俺は手の平で顔を覆った。
 あまりにもお隣さんのアレが激しくて、あろうことか自分も興奮してしまったのだ。
 ……昨日がはじめてというわけでもない。
 隣人……しかも同じ講義を受けている学生の行為を盗み聞いて興奮するのもどうかと思うけど、それが心霊現象だったなんて、立ち直れない。
「玲矢? 大丈夫?」
「う……うん……」
 ゆっくりと顔から手を退かす。
 そもそも俺自身ベッドを軋ませていたかもしれないし、もしその音が隣の部屋まで届いていたのなら、相当恥ずかしい。
 確認するのはやめておこう。
 そういえば、ベッドの音は聞こえてくるのに、声は聞こえてこなかった。
 声を押し殺せるタイプの人たちなんだと勝手に想像してたけど、いろいろ間違っていたようだ。
「大丈夫? 顔、真っ赤だよ。怖がらせちゃったなら謝る。ごめんね。こういう話、平気だと思って……」
 心霊現象のことを言ってるんだろうけど、それよりいまは、羞恥心の方がすごい。
「俺のせいで怖くなっちゃったんなら、泊まりに行くよ」
「だ、大丈夫! そっか、心霊現象か。なるほど」
 全然なるほどじゃないけど、いやらしい音と勘違いしたことに関して、突っ込まれたくはない。
「そういえば悠斗くん、俺のことマンションで見かけたんだよね? それでよく講義まで一緒だって気づいたよね」
 なんとか取り繕いながら、さりげなく話題を逸らす。
「そりゃあ、気づくよ」
 悠斗くんはそう言うけれど、俺は悠斗くんや悠真くんみたく目立つタイプでもない。
 挨拶したわけでもないし、少し見かけただけの俺を覚えているなんて、やっぱりモテる男は違うということか。
「さすが、悠斗くんだね」
「玲矢みたいな子……一度見たらなかなか忘れられないからね」
 俺みたいな子?
 悠斗くんは、なぜかまた、うっとりした表情で俺を見つめる。
 勘違いかもしれないけど……っていうか、絶対勘違いだけど、好意を持たれているような気がして、鼓動が激しくなってしまう。
 男の俺にまで、そんな色目を使わなくてもいいのに。
 俺に免疫力がなさすぎるだけ?
 恥ずかしいし、照れくさい。
 悠斗くんのことが見ていられなくて、俺はそっと視線を逸らした。
「そういうの、誰にでも言ってる?」
「え?」
「勘違いしちゃう人、いると思うよ。俺は別にしてないけど」
 少しだけ間をおいて、悠斗くんがふっと笑う。
「もしかして、口説いてるみたいに聞こえた?」
「ち、違うのはわかってるけど! なんか……うっとりしてるみたいなしゃべり方するから!」
 しゃべり方だけじゃなく表情もだ。
 そんな風に見てしまっている自分もどうかと思うけど。
「うっとりか……しちゃってるかもしれないね」
 顔をあげて、チラッと悠真くんを窺う。
 悠斗くんは、蕩けるような瞳で俺を見つめていた。
 いったい、なにを考えてるんだろう。
「体、苦しくない?」
「え……?」
「たとえば肩とか……重くない?」
 肩ってなに?
 突然過ぎる悠斗くんの言葉が理解できず、俺はただ首を傾げる。
「触っちゃうのは……さすがにまずいかな」
 そう言いながらも、悠斗くんは俺の方へと手を伸ばしてきた。
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