無自覚な感情に音を乗せて

水無月

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7「なんの話してたの?」

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 翌朝――
 俺は自分のありえない行為を思い返しながら、自己嫌悪に陥っていた。
 性的なものを匂わすボイスドラマで、体を熱くする人がいてもいいと思うけど、拓斗のあれは、女性に向けられたものだ。それなのに、なんでされる側に感情移入しちゃったんだろう。それだけじゃなく、あれをオカズに抜いてしまうなんて……。

 午前9時過ぎ。俺は少し緊張しながら、大学の教室を覗いた。拓斗はまだ来ていないみたいで、ホッとする。
「はぁ……」
 適当な席について、ついため息を漏らしていると、蒼汰と慧汰がやってきた。
「おはよ。なに実琴。寝不足?」
「顔が疲れてんぞ」
 モデルみたいな2人がわざわざ地味な俺に声をかける姿は、はたから見てすごく不自然だろう。2人は俺と仲良くできて喜んでるんじゃないかって拓斗は言ってたけど……やっぱりいまいちピンとこない。
「俺はもともとこういう顔だよ」
 そう告げると、蒼汰と慧汰は意思を確認するように、お互い顔を見合わせた。
「もしかして、バイキングんときのこと気にしてる?」
 そういえば金曜日、4人で行ったバイキングで、嫌な思いをしたんだったっけ。
「気にはなったけど……」
「あんな酔っ払いの言うこと気にすんな」
 慧汰が力強い口調で告げる。
「ああいうのとは、関わり合いたくないね」
 蒼汰も、呆れた様子で嫌悪感を露わにしていた。
「ありがとう。大丈夫だよ。店員にも言ってくれたみたいだし……」
「まあ、俺ら以上に拓斗もキレそうになってたしね」
「え……」
 拓斗は、スープを取りに行った俺を、すぐに追いかけてきてくれたと思ってたけど。
「そりゃあ俺もむかついたよ? 友達に見えないなんて言われてさ。でも実琴と俺らは、まだ一か月の付き合いじゃん?」
「拓斗と実琴は十年以上だろ。あいつ、マジのトーンで反論しそうだったから、声かけたらハッとした様子で実琴のこと追いかけてったけど」
 蒼汰と慧汰が口々に教えてくれる。
 拓斗が怒ってくれて嬉しいと同時に、妙な胸騒ぎを覚えた。拓斗は、キレそうになるくらい俺のこと友達として見てくれている。でも俺は、拓斗の声を聞いて、友達には抱かないはずの感情を抱いてしまった。欲情……した。俺のこの感情は間違っている。絶対、悟らせないようにしないと。
「2人は、あんな風に声かけられることってよくあるの?」
 これ以上、拓斗のことを聞かれないようにと、さりげなく話題を変える。
「あるけど俺は苦手。人見知りだし」
「慧汰、人見知りだったんだ?」
 ここにきて意外な事実を知らされる。
「見えない?」
「見えないっていうか……慧汰って、いつもいろいろはっきり言葉にしてるから、そういうの平気なのかと思ってた」
「蒼汰とか拓斗とか、慣れた人の前でしかそんなはっきり言葉にしてないよ。実琴は、拓斗の紹介だから、安心してたけど」
 どうやら人見知りにも関わらず、拓斗のおかげで俺にも心を開いてくれていたらしい。そんな風に思われているだなんて、まったく考えてなかったけど。
 いつも2人でいるから、他の人とは仲良くし辛いなんてこともあるんだろうか。
「あ、でも、蒼汰は結構、人に声かけてるよね」
 慧汰よりも先に俺に話しかけてきたし、別の生徒と話しているのを見たことがある。
「それなりに俺も初対面相手には緊張はしてるんだけど、こいつに比べたらマシかな」
 もしかしたら4人の中で一番、人見知りしないのは拓斗なのかもしれない。そんなことを考えていると――
「ちょっと気になったんだけど」
 慧汰が俺を窺う。蒼汰も頷きながら、じっと俺の顔を覗き込んできた。
「……なに?」
「実琴って、俺とこいつの区別ついてる?」
 隣の蒼汰を親指で示しながら、慧汰が俺に尋ねる。
「区別って、慧汰か蒼汰かってこと?」
 思いがけない問いかけに戸惑いながら、俺は目線を合わせながら2人の名を告げた。
「慧汰に……蒼汰でしょ」
「今日、蒼汰の服着てきたんだけどなぁ」
「俺だって慧汰のピアス借りてるし、髪のセット変えてきたんだけど」
 双子で入れ替わりみたいなことをしていたのだろうか。だったら、ここは間違った方がよかったのかもしれない。
「ご、ごめん。俺、ファッションとか疎くて、髪型とか、そこまで気にして見てなくて……」
「いや、謝るとこじゃないから。外見で判断してないってことだろ」
「でも、入れ替わろうとしてたんじゃ……」
「ただ蒼汰のもん借りたいとか真似したいとか、ときどき思ってするだけ」
「そうなんだ……」
 俺は、兄と服を貸し借りしようとは思わないけど、昔は兄がすごく大人に見えたし、真似をしたい気持ちも少しはあった。蒼汰と慧汰は、お互いから見てもかっこいい存在で、そういう気持ちになったりするんだろうか。
 そんなことを考えていると――
「やっぱり、拓斗が選んだだけあるな」
 蒼汰に突然、拓斗の名前を出されて、内心ドキッとする。
「え? なに?」
「こっちの話。ていうかどう判断してんの? 俺と慧汰、よく間違えられんだけど」
 たしかに顔はそっくりだけど、話し声のトーンとか速さとか、聞こえ方が結構違っていたりする。判断するってほどのことじゃないけど――
「しいて言うなら、声かなぁ。耳心地みたいなものが違って聞こえるんだけど」
「実琴、耳いいんだ?」
「どうだろう。考えたことないけど、聞くのは結構好きかも」
「へぇ、ラジオとか?」
「うん。昔はよく聞いてたかな」
 ネット上で配信されてる声優や漫画のラジオだけど。
 ふと、泊まった日、拓斗が話していたことを思い出す。
「あの……ちょっと気になったんだけど、2人とも漫画好きだって、拓斗が……」
 少し勇気を出して尋ねてみる。
「ああ、好きだよ。とくに俺ね」
 そう答えたのは慧汰の方。漫画好きなんて世の中たくさんいるだろうし、ジャンルによっては、全然、話が合わないこともあるだろう。
 それでも、少し2人と距離を縮められたような気がした。
 そこへ拓斗がやってくる。
「おはよー。なんの話してたの?」
 不意打ち気味の登場に動揺した俺は、思わず拓斗から視線を逸らしてしまう。もともと俺がため息をついていた理由はバイキングのことじゃない。拓斗の配信だ。
「えっと……漫画の話しようとしてたとこ」
 講義で使うテキストを鞄から取り出しながら、拓斗の問いかけに応える。自分の態度が不自然だと気づいた俺は、そっと拓斗に視線を戻した。
「ふぅん。漫画の話ね」
 拓斗はとくに気にする様子もなく、俺を見てにっこり笑う。ただその声色は、深夜の出来事を思い起こさせるには充分だった。
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