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8「俺、実琴になにかしちゃった?」
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講義中はとくに話すこともないし、移動中もいつも通り。
そもそも普段から、俺は拓斗や蒼汰たちの話を聞く側に回ることが多かった。なにを話せばいいのかわからないってのが本音だけど。
今日もただ聞いていれば変に思われることはないだろう。そう思っていたのに。
「俺、席取っておくね」
学食で、いつものように俺が席を取ろうとしたときのこと。
「俺も残るよ。蒼汰と慧汰で俺と実琴の分、頼んできてくれる?」
そう拓斗が提案する。いつもは俺1人が席番で、拓斗に俺のご飯を頼むんだけど。
「わかった」
蒼汰は、気にすることなく拓斗の提案を受け入れた。
「それじゃあよろしくな」
慧汰も、俺と拓斗の食券を取ると、受け渡し場へと向かう。
先週までの俺だったら、4人より拓斗と2人の方が気楽だって思ってただろうけど、いまは蒼汰と慧汰にいて欲しい。
「1人で4人分の席取っておくとか、気まずいかなーって思って」
むしろいまは拓斗と2人でいることの方が、気まずく感じるんだけど。
「ありがとう。席、探さないとね」
なるべく自然を装いながら、空いている席を探す。すぐに4人分の席を確保すると、俺と拓斗は向かい合わせで席に着いた。
「水だけでも、持ってこようか」
席を立とうと机に手を置いた直後、拓斗の手が、俺の手に重なる。
「蒼汰と慧汰が、持ってきてくれるよ。大丈夫。それより……」
なにか切り出される? そう察した俺は、うつむいたまま顔をあげられずにいた。拓斗の手は、俺の手の上に置かれたまま。
「俺、実琴になにかしちゃった?」
やっぱり、気づいてる。俺が変に意識してること。今朝、蒼汰や慧汰にだって気遣われたけど、拓斗のは違う。俺の意識の対象が、拓斗自身だってことまで見透かされているみたい。
「なんのこと?」
顔をあげた瞬間、拓斗とばっちり目が合ってしまった。あまりにもじっと見つめられすぎて、いまさら逸らせない。
拓斗が怒っている様子はなかった。そのまなざしはすごく優しくて温かい。もしかしたら本当に、なにか心配してくれているんだろうか。
「俺の家、泊まってくれたでしょ。そのとき実琴の気に障るようなこと、もしかしてしちゃったかな」
俺は、小さく首を振って否定する。
「なにもしてないよ」
心臓がバクバクと音を立て始めていた。大丈夫。バレるはずがない。仮になにか悟られたとしても、せいぜい配信していることを俺が知っちゃったという事実くらい。それ以上は、俺が黙ってさえいれば絶対にバレることはない。
「拓斗も昔のままなんだなってわかって嬉しかったし、ゲームもできて楽しかった」
俺は、なんでもないフリを必死に続ける。
「それならいいけど。その日、話そびれたことがあって」
もしかして、配信のこと?
「なに?」
「実はいま、声優にも興味が出て来たんだよね」
「そう、なんだ……」
だいたい予想はついてたし、すごく嬉しいことだけど。やっぱりうまくリアクションできない。
「声優に向いてるんじゃないかって、前に言ってくれたよね。覚えてる?」
「うん……」
「それまで自分の声嫌いだったから、その言葉に、めちゃくちゃ救われたんだけど」
「え……そうだったの?」
特徴的な声だとは思っていたけれど、まさか嫌ってるとは思ってなかった。
「小学生の頃のことだけど、風邪ひいてるみたいとか、いつ治るのとか、言われたこともあったし。正直、しゃべりたくないなーって思うこともあったから」
子どもは、素直すぎて残酷だ。
からかったわけでも、悪意があったわけでもないのかもしれない。
それでも拓斗は嫌な思いをして、俺の何気ない言葉が強く響いたらしい。
「いまは、嫌いじゃないってこと?」
「実琴のおかげでね。ねぇ、実琴は俺の声……好き?」
「好きっていうか……いい声だと思うし。そういう声、好きな人、多いんじゃないかな」
「多くの人が好きとか、そういうのはどっちでもいいよ。実琴が好きかどうか、聞いてるんだけど」
「声優なら、多くの人に好かれなきゃダメじゃない?」
「そうかもね。でも俺は、実琴の好きが気になるな」
「俺は……まあ、好きだけど」
いまここで、そうでもないなんて言えるはずがない。やっぱり拓斗はずるい……なんて思ってしまう。
普通の会話しかしていないはずなのに、心臓がバクバク音を立てていた。
そもそもこれって、普通の話……? だんだんわからなくなってくる。俺、やっぱり意識しすぎかも。
拓斗が俺と同じものに興味を持ってくれるのは嬉しいし、配信でセリフを読むことも賛成できるけど、その話には触れて欲しくない。うっかり色気のある拓斗の声を、思い出してしまう。
そんな拓斗の声を、俺は好きだと言ってしまった。
「……実琴。顔、赤いよ」
拓斗の囁き声は、雑音の中だというのに俺の耳まできれいに届いた。
いつもの声と違う。あのときの声。
「熱でもある?」
重なっていた拓斗の手が、今度は俺のオデコに伸びてくる。
「す、少し寝不足かも。でも大丈夫だから。やっぱり、水だけ先にもらってくる」
俺は強引に話を切り上げて、水を取りに行くことにした。
なんでこんな態度取っちゃうんだろう。
オデコに触れられるくらいなんてことないのに、あれじゃあまるで拓斗の手を拒絶したみたい。せっかく俺の好きなものの話をしてくれたのに。
あの声を思い出すからいけないんだ。配信なんて聞いたから。もう絶対、聞かないようにする。そうすれば、きっと忘れられるはず……。
蒼汰と慧汰が合流してからは、なんとかいつも通りに振る舞えた。もしかしたら、おかしいところもあったかもしれないけど、とくに指摘されることもなく、その日を終える。
明日も明後日も、この調子でごまかし続ければ、いつか俺の記憶は風化するだろう。
そもそも普段から、俺は拓斗や蒼汰たちの話を聞く側に回ることが多かった。なにを話せばいいのかわからないってのが本音だけど。
今日もただ聞いていれば変に思われることはないだろう。そう思っていたのに。
「俺、席取っておくね」
学食で、いつものように俺が席を取ろうとしたときのこと。
「俺も残るよ。蒼汰と慧汰で俺と実琴の分、頼んできてくれる?」
そう拓斗が提案する。いつもは俺1人が席番で、拓斗に俺のご飯を頼むんだけど。
「わかった」
蒼汰は、気にすることなく拓斗の提案を受け入れた。
「それじゃあよろしくな」
慧汰も、俺と拓斗の食券を取ると、受け渡し場へと向かう。
先週までの俺だったら、4人より拓斗と2人の方が気楽だって思ってただろうけど、いまは蒼汰と慧汰にいて欲しい。
「1人で4人分の席取っておくとか、気まずいかなーって思って」
むしろいまは拓斗と2人でいることの方が、気まずく感じるんだけど。
「ありがとう。席、探さないとね」
なるべく自然を装いながら、空いている席を探す。すぐに4人分の席を確保すると、俺と拓斗は向かい合わせで席に着いた。
「水だけでも、持ってこようか」
席を立とうと机に手を置いた直後、拓斗の手が、俺の手に重なる。
「蒼汰と慧汰が、持ってきてくれるよ。大丈夫。それより……」
なにか切り出される? そう察した俺は、うつむいたまま顔をあげられずにいた。拓斗の手は、俺の手の上に置かれたまま。
「俺、実琴になにかしちゃった?」
やっぱり、気づいてる。俺が変に意識してること。今朝、蒼汰や慧汰にだって気遣われたけど、拓斗のは違う。俺の意識の対象が、拓斗自身だってことまで見透かされているみたい。
「なんのこと?」
顔をあげた瞬間、拓斗とばっちり目が合ってしまった。あまりにもじっと見つめられすぎて、いまさら逸らせない。
拓斗が怒っている様子はなかった。そのまなざしはすごく優しくて温かい。もしかしたら本当に、なにか心配してくれているんだろうか。
「俺の家、泊まってくれたでしょ。そのとき実琴の気に障るようなこと、もしかしてしちゃったかな」
俺は、小さく首を振って否定する。
「なにもしてないよ」
心臓がバクバクと音を立て始めていた。大丈夫。バレるはずがない。仮になにか悟られたとしても、せいぜい配信していることを俺が知っちゃったという事実くらい。それ以上は、俺が黙ってさえいれば絶対にバレることはない。
「拓斗も昔のままなんだなってわかって嬉しかったし、ゲームもできて楽しかった」
俺は、なんでもないフリを必死に続ける。
「それならいいけど。その日、話そびれたことがあって」
もしかして、配信のこと?
「なに?」
「実はいま、声優にも興味が出て来たんだよね」
「そう、なんだ……」
だいたい予想はついてたし、すごく嬉しいことだけど。やっぱりうまくリアクションできない。
「声優に向いてるんじゃないかって、前に言ってくれたよね。覚えてる?」
「うん……」
「それまで自分の声嫌いだったから、その言葉に、めちゃくちゃ救われたんだけど」
「え……そうだったの?」
特徴的な声だとは思っていたけれど、まさか嫌ってるとは思ってなかった。
「小学生の頃のことだけど、風邪ひいてるみたいとか、いつ治るのとか、言われたこともあったし。正直、しゃべりたくないなーって思うこともあったから」
子どもは、素直すぎて残酷だ。
からかったわけでも、悪意があったわけでもないのかもしれない。
それでも拓斗は嫌な思いをして、俺の何気ない言葉が強く響いたらしい。
「いまは、嫌いじゃないってこと?」
「実琴のおかげでね。ねぇ、実琴は俺の声……好き?」
「好きっていうか……いい声だと思うし。そういう声、好きな人、多いんじゃないかな」
「多くの人が好きとか、そういうのはどっちでもいいよ。実琴が好きかどうか、聞いてるんだけど」
「声優なら、多くの人に好かれなきゃダメじゃない?」
「そうかもね。でも俺は、実琴の好きが気になるな」
「俺は……まあ、好きだけど」
いまここで、そうでもないなんて言えるはずがない。やっぱり拓斗はずるい……なんて思ってしまう。
普通の会話しかしていないはずなのに、心臓がバクバク音を立てていた。
そもそもこれって、普通の話……? だんだんわからなくなってくる。俺、やっぱり意識しすぎかも。
拓斗が俺と同じものに興味を持ってくれるのは嬉しいし、配信でセリフを読むことも賛成できるけど、その話には触れて欲しくない。うっかり色気のある拓斗の声を、思い出してしまう。
そんな拓斗の声を、俺は好きだと言ってしまった。
「……実琴。顔、赤いよ」
拓斗の囁き声は、雑音の中だというのに俺の耳まできれいに届いた。
いつもの声と違う。あのときの声。
「熱でもある?」
重なっていた拓斗の手が、今度は俺のオデコに伸びてくる。
「す、少し寝不足かも。でも大丈夫だから。やっぱり、水だけ先にもらってくる」
俺は強引に話を切り上げて、水を取りに行くことにした。
なんでこんな態度取っちゃうんだろう。
オデコに触れられるくらいなんてことないのに、あれじゃあまるで拓斗の手を拒絶したみたい。せっかく俺の好きなものの話をしてくれたのに。
あの声を思い出すからいけないんだ。配信なんて聞いたから。もう絶対、聞かないようにする。そうすれば、きっと忘れられるはず……。
蒼汰と慧汰が合流してからは、なんとかいつも通りに振る舞えた。もしかしたら、おかしいところもあったかもしれないけど、とくに指摘されることもなく、その日を終える。
明日も明後日も、この調子でごまかし続ければ、いつか俺の記憶は風化するだろう。
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