無自覚な感情に音を乗せて

水無月

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9『逃げないで、ちゃんと向き合って』

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 23時、俺はいつもより少し早めにベッドに入った。深夜0時になれば、きっとまた拓斗の配信を気にしてしまう。その前に、眠ってしまいたい。ただ、普段0時まで起きていることなんて当たり前だし、寝ようと思えば思うほど寝つけない。
「はぁ……」
 ベッドで横になりながら、なるべくなにも考えないようにしていると、スマホにメッセージが届いた。
「……拓斗?」
 拓斗からメッセージが届くなんて珍しい。なにか大事な用事だろうかと、メッセージを確認する。
「え……なんで……」
 拓斗から送られてきたメッセージには、動画配信サイトのアドレスが記されていた。それ以外のメッセージはない。配信を使って、なにか説明でもしてくれるつもりだろうか。
 見るべきか、見ないでおくべきか。
「……ああもう」
 時刻はもうすぐ0時になろうとしていた。迷った挙句、俺は拓斗のメッセージから動画投稿サイトに飛んだ。

 手繰り寄せたイヤホンをスマホに差し込んで、耳にセットする。
『こんばんは』
 0時を迎えると、画像の表示とともに音声が流れてきた。
『聞こえる? 初見さん、いらっしゃい。サクラって言います』
 このサクラが拓斗であることはもう間違いない。拓斗がいったい俺になにを聞かせたいのか、俺は緊張しながら耳を傾ける。
『不定期なんだけど、だいたい0時から配信してます。女性向けのセリフとか、読ませてもらってるよ』
 昨日とだいたい同じ説明……そう思っていたけれど、サクラが言葉を付け足す。
『もちろん、男の人も大歓迎だからね』
 なんだか俺も聞いていいって言われているみたい。そもそもアドレスを送ってきたくらいだし、俺に聞かれてるって意識して話しているに違いない。
『今日は、ちょっと男の子と仲良くしてもいいかな』
 突然切り出されたサクラの問いかけに、たくさんのコメントがつく。オッケーです、聞きたい、BL大好き……。肯定的な意見ばかり。それもそのはず。自分で聞きにきておきながら、わざわざ否定的なコメントを残す人なんてそうそういないだろう。
 ただ俺はどう捉えていいのかわからないでいた。わからないけど、聞いてみたい衝動にかられる。
『それじゃあ、まずはキスから……はぁ、ん……』
 俺が迷う隙もなく、スイッチが入った様子のサクラが行為を始めてしまう。
「ん……」
 吐息混じりの濡れた音は、思わず声が漏れるほどの衝撃だった。舌と唾液をたくさん絡ませているのか、昨日よりも荒々しく音を立てられる。
『はぁ……くちゅ……ちゅぅ……じゅちゅ……んぅ……』
 色っぽいを通り越して、いやらしい。経験はないけれど、たぶん、実際にキスをしてもこんな風には聞こえないだろう。
 マイクが、サクラの奏でる音を逃すことなく、すべて拾って俺に届けてくれる。
 男の子と仲良くしても……って言ってたからには、相手が男であることを想定しているはずだ。
 拓斗は、相手が男でもいいってこと……? それとも、BL好きの女の子に向けたサービスか。
 男の人も大歓迎だって言ってたけど……。
『今日……俺のこと避けてたよね……』
「え……」
 突然、自分に声をかけられたような気がして、一瞬、思考が停止する。思わず画面に視線を向けたけど、そこに映し出されているのはサクラの画像。この問いかけは配信であって、俺が拓斗と通話しているわけじゃない。
『逃げないで、ちゃんと向き合って……ね? ほら、服脱がすよ?』
 脱がされる。頭の中で、サクラに服を脱がされていく。
『恥ずかしくないでしょ。男同士なんだからさ。それとも、意識してくれてるの?』
 意識したくないのに、意識してしまう。サクラの……拓斗のせい。せめてサクラだと思いたいのに、拓斗の顔が思い浮かぶ。
『あー……すごい。キスしただけなのに、ここ……ほら、もうおっきくなってきちゃったね。触ってあげる』
 触られる……触られてる。耳に入り込んでくる擦れる肌の音に合わせて、俺もまた自分のものに直接手を這わす。
『触ってるだけじゃ足りない……? じゃあ、ちゃんと擦ってあげる。ほら……舌も、絡ませてあげるから……ん……ちゅ……』
「んんっ……」
 たくさん擦られて、舌を絡ませられている音が頭に響く。まるで脳が錯覚しているみたい。本当にたくさん触って舐められているような感覚……。
『はぁ……ん……気持ちいい? ふっ……気持ちいいね?』
 俺の気持ちを代弁するみたいに告げながら、拓斗はなおも音を立て続ける。どうやって出しているのかわからないけど、ぐちゅぐちゅと卑猥な音がして、いやらしいことしか考えられなくなっていた。
「はぁ……は……ん……!」
 流れてくる音に合わせて、手を上下に動かしていく。普段、自分でするより少し速い。俺の速度じゃない、拓斗の速度……?
『いけそう? はぁ……いって? いってよ。俺の手で、舌で……ちゃんと感じて……』
 また、たくさん舌で舐められる。どこをどう舐められているのか、よくわからないけど、だからこそ勝手に想像してしまう。絡みつく音が、振動が、俺の頭に指令を出す。
「んんっ……ん、くぅっ……!」
 体が跳ねて、そのまま果てた瞬間、拓斗の声が遠のいた。
「はぁ……はぁ……ん……はぁ……」
 自分の呼吸を整えるので精一杯になっていると、少し間おいて拓斗の声が戻ってくる。
『はぁ……トロトロだぁ……ん……気持ちよかった?』
 拓斗もいってしまったみたい。いつもに増して掠れた声が、すごくいやらしい。
『このまま入れるとこまでしちゃいたいけど……それは明日に取っておこうかな』
 どうやら、今日はここで終えるらしい。サクラのセリフを褒めるコメントがたくさん流れていく。みんなどうしてコメントを打つ余裕があるんだろう。
「俺だけ……?」
 こんな風に聞きながら1人でするなんて。
『はぁ……女の子のときより、興奮しちゃった』
 ぼそりとつぶやかれた拓斗の囁きは、まるで本心を語っているように聞こえた。
 もう聞かないでいようって思ったはずなのに。こんな簡単に決意が揺らぐなんて。
 それもこれも拓斗のせい。拓斗があんなメッセージを送ってくるからいけないんだ。
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