無自覚な感情に音を乗せて

水無月

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10「長年の付き合いだからね」

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 翌朝――
 俺はメッセージの返信をしていないことに気づく。アドレス以外なにも書いてないメッセージだったけど。
「はぁ……」
 拓斗とは、もうすぐ教室で顔を合わせる。いまさら返信しようもない。

 廊下から教室内を見渡してみたけれど、まだ拓斗の姿はなかった。蒼汰も慧汰も見当たらない。
 適当な席に座に着くと、少しして、蒼汰たちより早く拓斗が教室に現れた。
「おはよ、実琴」
「あ……おはよう。今日、早いね」
「たまにはね」
 そう言いながら、俺の隣の席に着く。俺は平静を装いながら、講義のテキストを鞄から取り出した。
「実琴。昨日、聞いた?」
「え……」
 見ないようにしていたのに、思わず拓斗の方を向いてしまう。
「なんのこと……?」
「アドレス送ったんだけど」
「あ……それ……えっと……気づくの遅れて、朝見ようとしたら見れなかった……」
 たしか拓斗の配信は、録画が残されていなかったはず。見ていないフリをすればいいとなんとかごまかす。
「すぐ既読ついたのに?」
 ごまかしたつもりだったけど、付け焼刃の嘘は、拓斗にすぐ見抜かれてしまった。
「ご、ごめん。気づくの遅れたってのは嘘で、メッセージは見たんだけど、アドレスだけだったし、サイト見るのは後回しにしちゃった」
 これなら問題ないはずだ。拓斗もどうやら納得したらしい。
「残念。聞いて欲しかったなぁ」
 なんで聞いて欲しかったんだろう。あんないやらしい配信。
「あれ……動画配信のサイトだよね?」
「うん」
「拓斗、動画配信してたんだ?」
 うっかり自分が変なことを口走ってしまったと気づいたのは、拓斗にツッコまれてからだった。
「なんで、俺が配信してると思ったの?」
「え……だって……」
「配信サイトのアドレス、送っただけだけど?」
 しまった。普通なら、ただのオススメの動画としか思わないだろう。サイトを見ただけでは、あのサクラが拓斗だとはまず思わない。拓斗は、企むように俺を見て笑う。
「えっと……」
 気づかれたかもしれない。俺が拓斗の動画を聞いてしまったこと。
「おはよー。拓斗、なにニヤニヤしてんだ」
 タイミングよく蒼汰と慧汰がやってくる。
「んー。別にー」
 2人の登場で、なんとか拓斗の追及からは逃れられたけど、なんの言い訳も思いつかなかった。

 そのまま、動画の件には触れることなく、昼休みを迎える。
 今日は、蒼汰と慧汰が場所取り。俺と拓斗で料理を取りに行く間も、とくに変な話にはならずに済んだ。この調子なら、なんとか今日をやり過ごせそうだ。
「2人とも、場所取りありがとう」
 お礼を告げて、俺は自分の分と、頼まれていた蒼汰の分の料理をテーブルに置く。
「どういたしまして。実琴もありがとう」
 そしてまたいつものように、蒼汰が高校の話を持ち出した。
「俺と慧汰、軽音部だったんだけど、実琴はなにか部活入ってた?」
「ううん。あんまり部活動が盛んな学校じゃなかったし、図書委員やってたくらい」
「俺も蒼汰も委員会には入ってなかったけど……拓斗は放送委員だったよな」
 俺の学校には、そんな委員会なかったけど、拓斗たちの高校にはあったらしい。
「こいつの昼の放送、結構好評でさ。流す曲紹介したりする程度だけど。めちゃくちゃウケ良くて――」
 そりゃあ拓斗のあの声が流れたら、ウケもいいだろう。わかってる。そんなことを思っていると――
「実は、俺いま配信してるんだよね」
 蒼汰と慧汰の話を遮るようにして、拓斗自ら配信者であることを暴露する。
「え……」
 直接、拓斗から聞いたわけではないけれど、配信していることを知っていた俺は、その事実よりこのタイミングでの発表に、内心動揺してしまう。
「放送委員みたいなノリでってこと?」
 おそらくだけど、配信内容を知らない蒼汰が尋ねる。
「みんなに聞いてもらうって点では、一緒かな」
 曲紹介とセリフ読みじゃ全然違う。放送から配信が連想できないわけではないけれど、俺には拓斗が話の流れをぶった切ったように思えた。
「実琴、知ってた?」
 慧汰に聞かれて、俺は首を横に振る。
「知らなかったけど、昨日、動画のアドレスが送られてきて……それ、だよね?」
 俺は改めて、拓斗に尋ねる。
「そう、それ」
「俺らにも教えろって。聞くからさ」
「んー、蒼汰と慧汰にはもう少し後で教える」
 慧汰に断りを入れながら、拓斗は俺を見てにっこり笑う。
「実琴とは、長年の付き合いだからね」
「う……うん」
 高校時代の友人より自分を優先してもらえて、嬉しい反面、俺は混乱していた。
 俺にしか、教えないんだ?
 そりゃあ、あんな配信してるだなんて、大っぴらに言えるものではないんだろうけど。俺は、信用してもらえてるんだろうか。
 ひとまず、拓斗の知らないところで配信の事実を知ってしまった後ろめたさはなくなったけど、俺にはもっとやましいことがある。
 拓斗は、友達なのに……。

 放課後――
 4人で外食でもしない限り、蒼汰と慧汰とは別方向だ。帰り道、俺と拓斗だけになってしまう。
「実琴。俺の配信、本当は聞いてるよね」
 俺が不自然な態度を取ってしまっていたせいか、拓斗は直接、ストレートに話を切り出した。そんな風に聞かれたら、さすがにごまかしきれない。
「……ごめん。聞いたけど、聞かれたくなかったかと思って、黙ってた」
「聞かれたくなかったら、アドレス送ってないよ。聞いてくれていいから」
 拓斗の配信は、女性に向けたものだろう。あれを俺に聞かせる意味がわからない。
「あれ……拓斗だよね? あんなの俺に聞かせてどうすんだよ。女の子に人気だってのはわかったけど」
 内容は、すごく恥ずかしいものだ。
「自分の活躍を友達に見て欲しいってだけだけど。なんでそんなに怒ってるの?」
「お、怒ってないけど……」
「俺が女にモテるの、気に入らない?」
「そういうわけじゃ……」
 たしかに、拓斗が女の子にちやほやされる姿は、あまり見たくない。俺とは違う世界を生きてるんだって思わされるから。でも、そんなことより、あんな情欲を煽るような配信を友人に聞かせるなんて――
「ん……? 拓斗、自分の活躍を見て欲しいって言った?」
 拓斗の言葉を思い返しながら、ふと足を止める。
「うん。そうだけど」
 俺は、自分の顔がかぁっと熱くなるのを感じた。
 拓斗は別にいやらしい気持ちで配信していたわけじゃない。ただ、ああいう配信の方が女性ウケがいいだとか、需要に合わせているだけで、それ以上でも以下でもないんだ。
 そもそも俺はメインターゲットでもないのに、勝手に意識して恥ずかしくなって、拓斗の活躍を素直に受け入れてなかったんだと気づく。
「実琴?」
 拓斗に声をかけられた俺は、慌ててまた足を前に出す。
「な、なんでもない。拓斗はモテるだろうなって思ってたし、別に全然構わないよ」
「よかった。それじゃあ、今夜も聞いてくれる?」
 隣から囁くように声をかけられて、俺はなぜか、考える間もなく頷いてしまっていた。
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