ちっぱい令嬢は美声魔王の甘いささやきに溶かされる

優月紬

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5.朝

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「おはよう、フィオーレ」

 誰かが私の名を呼ぶ声がしてゆっくりと目を開けると、レクスが優しく私の頭を撫でていた。

「……レクス様?」
「昨日はレクスって呼んでくれたじゃないか。戻ってるよ、フィオーレ」

 レクスが私を見つめてクスッと笑った。そして私はようやく思い出す。昨日、私はなぜかこの男性と、結婚することになったのだと。

「夢では、なかったのですね……」
「え、フィオーレ昨夜のこと全部夢だと思ってたの?」
「……今でも夢かと思っておりますわ」
「夢じゃないよ、ほら」

 レクスは唐突に、私の頬をむにっと軽くつねった。

「い、痛いですわ!」
「ほらね」

 面白そうに笑うレクスが、なんだか可愛く見えて、怒れなかった。

「身体、大丈夫?」

 私は自分の身体に残る違和感と気怠さに、昨夜のことが実際にあったことだと自覚せざるを得なかった。

「違和感はありますけど、大丈夫ですわ」
「そっか、今日はのんびりしていてね」

 レクスと話しているうちに、少しづつ目が覚めて頭が働くようになってくる。頭が働くようになってくると、どうしても昨夜の行為を思い出してしまい、私は恥ずかしさに悶えた。

「さて、僕はこれ以上ここにいるとフィオーレに何かしそうだから部屋の外に出るよ」
「……何かってなんですの?」
「見れば分かるよ」

 レクスはバサッと布団をめくり、自らの身体を私の前に晒した。私の目に飛び込んできたのは、彼の凛々しく立ち上がった熱。

「ほらね」
「し、しまってくださいませ!」

 レクスは楽しそうに笑いながら、起き上がってベッドの下に放ってあったナイトガウンを羽織った。

「後で一緒に朝食を食べよう。待ってるね」

 レクスは私のおでこの辺りにそっと口づけを落とすと、そのまま私の部屋を後にした。

「……夢ではなく、現実なんですわ。全部」

 一人になった部屋で、今の自分の状況を頭の中でゆっくりと整理する。昨日は怒涛の勢いで色々なことが起こり、頭を落ち着かせる余裕が全くなかった。
 けれど、今ある自分の下腹部の違和感と、頬をつねられたときの痛み、そして記憶。
 私は多分、本当に魔界に召喚されて、魔王様の伴侶となって、この部屋にいるのだろう。
 でも、本当にいいのだろうか、私なんかで。魔王ってもっと、怖い生き物だと思っていた。それなのに、実際はあんなにカッコよくて、キラキラしていて、甘くて、愛おしくて。

「ううっ……」

 それに昨夜だって。散々いろんな人に、あれだけ魅力がない、勃たないと言われ続けていた小さな胸を、あんなに愛してくれて。可愛いと言ってくれて、そして、あっという間に抱かれてしまった。
 思い出すとあまりの恥ずかしさに、私は布団に潜り込んで悶えてしまった。

「フィオーレ様、入ってもよろしいですか?」

 アミカの声が部屋の外から聞こえてきて、私は慌ててナイトドレスを整える。
 乱れていると思っていたそれは、しっかりと着せられていた。レクスが着せてくれたのだろうか。それでも、真っ白だったナイトドレスに、初夜が無事に終えられた証拠となる赤い痕跡がわずかに染み付いていた。
 まだ気怠い身体を起こして、私はアミカの声に応える。全てが夢ではないとしたら、私に出来ることを見つけなくてはいけない。
 だって、魔王の伴侶って、王太子妃レベルで重要な人物だと思うから。

「アミカ、大丈夫よ」
「おはようございます、フィオーレ様。お着替えのお手伝いをさせていただきますね」

 アミカが部屋の中に入ってきて、いそいそと朝の支度を整えてくれる。昨日アミカと一緒に見た素敵なドレスの一つを、彼女は私に着せてくれた。

「フィオーレ様、素敵です!」

 アミカに髪をセットしてもらいながら、私は彼女にひたすら褒められていた。

「魔王様も絶対驚きますよ。私こんなに綺麗な女性を見たことがありません」
「それは流石に言い過ぎだわ。でもありがとう。アミカのおかげよ」

 私がクスクス笑うと、アミカは嬉しそうな顔をした。侍女にドレスを着せてもらうのも、こうして髪を結ってもらうのも、いつぶりだろうか。牢獄の中に入れられた経験があるから、こういったことが当たり前ではないと分かり、侍女に対しての感謝も心からのものになる。

「さて、朝食に向かいましょう。魔王様はもういらっしゃっているようです」
「ええ、急ぎましょう」

 アミカに案内され朝食が用意されているという部屋に向かうと、すでにレクスはヘルトを伴ってそこにいた。
 レクスは私を見ると、ポカンと口を開けて固まってしまった。

「何か、おかしかったでしょうか……?」

 不安になって小さく声を漏らすと、レクスはハッとしたように動き出す。

「いやいや、あまりにもフィオーレが綺麗だからつい見惚れてしまって。何もおかしくないよ!」
「アミカのおかげですわ。それに、レクスの方がとてもカッコ良いと思います」

 自分で言っておいて赤面し、私はレクスから視線を外した。このあと仕事をするのであろうレクスの正装は、本当にカッコよかったので、そのまま口から出てしまった。
 なんだか妙な空気が流れたまま席に着くと、料理が運ばれてくる。
 スープとパンが目の前に置かれて、そういえば魔界の料理を口にするのは初めてだと気が付いた。

「食べ物は人間も魔族も変わらないと思うけど、もし食べにくかったら僕か料理長に言ってね」

 レクスに言われ、私はゆっくりとスープを口の中に入れる。口内に広がるスープの温かさと野菜の旨味が、私をそっと満たしていった。

「……美味しいですわ」

 とても、美味しかった。久しぶりに温かいものを食べたからだろうか。それとも、魔界の料理が私の口に合ったからだろうか。

「良かった、好きなだけ食べてね」

 レクスがニコニコして私の方を見ている。続いて食べたパンも、デザートも、紅茶も、全てがとても美味しかった。今まで生きている中で食べてきた、どんなものよりも。

「フィオーレ、所作も綺麗だし、とても美味しそうに食べるんだね。僕ずっと見ていたくなるよ」
「所作が美しいのはレクスの方ですわ。王族だってここまで完璧ではありませんでしたもの」

 私はつい王太子と彼を比べてしまい、そんな言葉が口から出た。レクスは少し不思議そうな顔をした後、そうなんだと呟き、微笑んだ。
 レクスとなんでもない話をしながら、私は、ああ、そうかと納得した。ご飯が美味しいのはきっと、誰かと一緒に料理を口にすることが久しぶりだからだ。それに、なんてことない会話を誰かと交わすことも。
 私は突然与えられた幸せを噛みしめながら、ゆっくりとデザートの最後の一口を頬張った。
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