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14.魔物
しおりを挟む目が覚めると、そこにレクスはもういなかった。既に起きて仕事をしているのだろうと、すぐに察する。
「フィオーレ様、おはようございます!」
「おはよう、アミカ」
私は朝の準備の為に訪れたアミカに返事をしながら、レクスが眠っていた場所に手を伸ばした。そこに彼の体温は残っていなくて、レクスが起きてからしばらく時間が経過していたことが分かる。彼はそれほどまでに、忙しいのだろう。
「レクスはもう、働いているのね」
「そうですね、魔王様は先ほど、演習場の方に向かわれました」
休まなければいけないのは、私ではなくレクスの方だ。それなのに、私の方が遅くまで眠ってしまっていたことに、罪悪感が湧いてくる。
昨夜だって、私はレクスを癒したいと口先で言うばかりで、内心では彼に抱かれたいと願ってしまっていた。彼が疲れていてすぐにでも眠りたいことなんて、ほんの少しでも考えれば分かることなのに。私はいつから、こんなに自分勝手になってしまったのだろう。
私がレクスの為にできることは、本当に何もないのかしら?そう思って、ふと、あることを思いつく。
「アミカに、聞きたいことがあるのだけど」
「はい、なんでしょう?」
「魔王の妃って、癒しであることと次代の魔王を産む以外のことは、何もしてはいけないわけではないのよね?」
アミカは突然何を言い出すんだと言いたそうだったが、フィオーレ様のお好きなことをして大丈夫ですよ、と答えてくれた。
「あと、もう一つ知りたいことがあるわ。魔界にも、孤児院ってあるかしら?」
「はい。ありますよ。ちなみに、私も孤児院の出身で、魔王様に拾っていただいてここにいます!」
アミカがニコニコしながら話すので、私は驚いてしまう。彼女にそんな過去があったなんて、全然知らなかった。
「魔王城の外に出られるようになったら、私もそこに連れて行ってくださる?」
「え、フィオーレ様、来てくださるんですか!ぜひ一緒に行きましょう、きっとみんな喜びますよ。最近は魔王様もなかなか顔を出せなくなってしまわれたので、皆とても寂しがっていて」
キラキラとした笑顔で話すアミカが、何だかとても眩しく見えた。それと同時に、孤児院への訪問も、レクスが行っていたことを知る。
元々いた世界では、孤児院への訪問や寄付、管理などは、王妃様を中心に貴族女性がするものだった。私も、公爵令嬢として何度も孤児院を訪問していた。
レクスの為にできることが何もないと思っていたけれど、探せば他にも私にできることはあるのかもしれない。
本当の意味でレクスの癒しとなれるように、自分から動いてみようと、心に決めた。
「アミカ、私、頑張るわ!」
「はい。よく分かりませんけど、私はいつでもフィオーレ様を応援しておりますよ!」
よく分からないけど応援するという言葉が何だかおかしくて、私は思わず笑ってしまった。
そんな私につられるように、アミカも不思議そうに笑っている。ただそれだけのことなのに、私はとても幸せだなと、そう思った。
♢♢♢
「フィオーレ様、ちょっといいですか?」
「……エクエス?」
朝食後、アミカと共に部屋で過ごしていると、いつになく護衛騎士のエクエスが話しかけてきた。
「魔王様が中庭でお呼びです」
「中庭で?」
「時間がないので急いでください」
言葉は敬語なのに、圧がすごい。本当は私と話したくなどないことが、ヒシヒシと伝わってくる。
「フィオーレ様、私も一緒に行きます。エクエスだけだと不安なので」
「ええ、お願いするわ」
声をかけてくれたアミカに答えると、エクセスはチッと舌打ちした。
「さっさと着いて来い、俺は忙しい」
「エクエス、フィオーレ様になんてことを!」
「時間がないんだよ、早くしろ。とにかく中庭に来い」
スタスタと歩いて行ってしまったエクエスを見て、私とアミカは顔を見合わせる。
「フィオーレ様、本当に行きますか?」
「レクスが呼んでいると言っていたわ。エクエスが、わざわざ私に話しかけてくるくらいだもの。嘘は吐かないのではないかしら」
アミカはまだ何か言いたそうだったが、私は急いで中庭に向かった。忙しいレクスのことだから、時間がないというのは本当だろう。少しでも私に会いたいと思ってくれているのなら、私はそれに応えたい。急がなければ。そう思って、私は部屋の外に出た。
「待ってください、フィオーレ様!」
アミカが少し遅れて私の後をバタバタと着いてくる。
私はこの時、もっとエクエスのことを疑うべきだった。そのせいで、あんなにも後悔することになったのだから。
♢♢♢
「誰も、いませんわ」
私が急いで中庭に行くと、そこには誰もいなかった。レクスもいなければ、先に向かったはずのエクエスもいない。
場所を間違えたのかもしれないと思って少し中庭の中を歩くと、視界の端で何か黒い物が動くのが見えた。
「……レクス?」
レクスが闇魔法を使うときに出す黒いオーラに似ている気がして、その黒い物が見えた方向に歩いてみる。
すると、ガサっと音がして、低木の隙間から黒い羊のような動物の姿が見えた。
少しだけ移動してその動物の姿が見える場所に行くと、そこには真っ黒い塊のような小さな羊がいた。私は思わず頬を緩ませる。何だかとても、可愛い。
小さな黒い羊のような動物は、私に気がついていないようだった。まだ少し距離があるからだろうか。
「フィオーレ様?どこにいらっしゃいますか?」
アミカの声が聞こえて、私はその小さな黒い羊から目を離す。
「アミカ!ここにいるわ。レクスはいなかったけど、なんだかとても可愛い生き物を見つけたの」
私はこのなんだか小さくてかわいい生き物をアミカにも見せようと、彼女を呼んだ。
けれど、アミカは私の姿を見つけると、急速に顔色を変えた。顔が真っ青になっていて、何かあったのかと不安になってしまう
「フィオーレ様、後ろ!」
真っ青な顔のアミカは私に向かって叫びながら、手を上にかざしスポットライトのような光を勢いよく放った。
私はアミカが突然使った謎の魔法に驚きながら、言われた通りサッと後ろを見る。すると、さっきまで小さかったはずの黒い羊が、グルルルルルと唸るような音を立てて肥大化していき、猛スピードで私の方に向かって突進してきていた。
「きゃああああっ!」
私はその肥大化したものを視界に捉えると、悲鳴を上げて逃げ出した。
血のように真っ赤に染まった黒い羊の目は、ギロリと光り明確に私の姿を捉えている。黒い羊はますます大きくなっていき、一瞬にして、もはや羊の形を保っていない、禍々しい何かと成り果てていく。
私は、その黒く禍々しい何かにグワリと取り込まれそうになり、後退りしながら到底自分のものとは思えない大きな悲鳴を上げた。
どうすることもできず、私はそのうちに逃げ場を失ってしまう。空間はあるはずなのに、どこに逃げていいのか分からないのだ。
必死にその場から動こうとしたけれど、禍々しい何かは更に肥大化して化物となり、私は遂に恐怖で足がすくんで全く動くことができなくなってしまった。
禍々しい黒い何かは、動けなくなった私を嘲笑うように、赤黒い瞳をニタリと動かし私に襲いかかってきた。
悲鳴を上げることを、助けを求めることも、逃げ出すことも、私にはもう、できなかった。
次の瞬間、いきなり目の前が真っ黒に染まり、鋭利なもので切り付けられたような痛みが全身を襲う。
私はそのまま、パタリと意識を失った。
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