ちっぱい令嬢は美声魔王の甘いささやきに溶かされる

優月紬

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17.目が覚めて

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「……?」
「フィオーレ様、目が覚めましたか!?」

 私はアミカの声に反応するように、ゆっくりと目を開けた。目に映ったのは、自分の部屋の天井と、心配そうなアミカの顔。

「……アミカ?」
「はい、アミカです!ああ、フィオーレ様、まだ起き上がらないでください。中庭で倒れられた後、丸一日意識を失われていたのですから」

 アミカに言われ、まだ完全には回りきっていない頭で思い出す。私は確か、黒い異質な何かに襲われていたはずだ。でも、どうしてか私は今、自分のベッドの上にいる。

「私、確か黒い何かに襲われて」
「そうです、記憶はきちんとあるみたいですね。安心しました」

 アミカは急いで私に柔らかい食事を持ってきてくれて、私はゆっくりと上体を起こされ、それを受け取る。渡されたスープを一口飲むと、温かさが身体に染み渡った。

「……そうでしたの。私、またレクスに迷惑をかけてしまったのね」

 アミカに私が意識を失った後の話を聞き、レクスに多大な迷惑をかけてしまった自分を恥じた。そして、私が襲われた黒い物の正体こそが、最近問題になっていた魔物だったことを知る。小さくて黒い羊のようでかわいいと、軽率に魔物に近づいてしまったことを思い出し、己の愚かさを痛感した。本で魔物について調べていたはずだったのに、すっかり忘れてしまっていたのだ。
 エクエスが魔物を中庭に連れ込んだことも、彼がレクスによって収監されたことも、全て聞いた。私が意識を失っているうちに、そんなにも状況が変わっていたことに驚くと同時に、情けなくなる。

「魔王様が、フィオーレ様に治癒魔法をかけてくださったんですよ!」
「レクスが?」
「はい、治癒魔法は自分の魔力を相手に渡すような行為なので、魔王様も滅多に使われないはずなんです。それだけ、大切にされてるんですよ、フィオーレ様」

 アミカがニコニコと、私に笑いかける。ふと自分の身体に視線を移すと、確かに魔物に襲い掛かられた時に痛みを感じた記憶があるのに、身体には傷ひとつなくなっていた。

「私、だから生きているのね」
「すみません、私がもっとしっかりしていれば」
「アミカが、レクスを呼んでくれたんでしょう?ありがとう。本当に」

 私が魔物に襲われる直前、アミカの手からスポットライトのような光が出るのを見たのは、彼女がレクスを呼ぶために魔法を使ったからだと聞いた。
 きっとそれがなければ、私の命は間違いなく、無かったはずだ。

「アミカ、今、レクスはどうしているの?」
「魔王様は、ヘルトと一緒に魔物の討伐に向かわれました。しばらく帰ってこれないそうです」
「そう……」

 本当は、今すぐお礼を言いたいし、謝りたかった。私がエクエスの言葉を鵜呑みにして中庭に行かなければ、こんなことにはならなかったのだから。
 それに、魔物の存在を身をもって体感してしまった以上、その討伐に向かうことが、どれほど大変なことか分かってしまう。無事に帰ってきてくれることを祈るしかないけれど、レクスのことを考えると、心配で胸が締め付けられるような思いがした。

「エクエスは収監されましたので、護衛がいない状態でして。代わりに魔王様が魔王城全体に結界を張ってくれていますが、城の外には出ないようにとのことです」
「結界?」

 アミカに言われて窓の外を見ると、城の周りが黒い霧のようなもので覆われていた。レクスの魔力だ。

「……綺麗」

 私はただ、その光景に圧倒され、見惚れた。レクスの魔力や魔法がすごいということは漠然と分かっていたはずなのに、魔法のことがよく分かっていない私ですらこの結界がいかに規格外なものか、分かるほどのものだったから。

「フィオーレ様のこと、それだけお守りしたかったのですよ。魔王様、討伐に向かわれる前にフィオーレ様のことを心配して、しばらく手を握っていましたし」
「そうだったの?」
「はい。フィオーレ様のことが大切だと、おっしゃっていましたよ」

 残念ながら、私にその記憶はない。けれど、レクスが私のことを助け、心配してくれたというだけで心が温かくなった。

「そういえば、レクスがいない間の仕事って、どうしているのかしら?」
「いつもならヘルトがやっているのですが、今回は魔物の討伐にヘルトも着いて行ってしまったので……」

 つまり、執務室でするような仕事は止まっているということだろうか。それなら、私にもできることがあるかもしれない。

「アミカ、執務室に行ってみてもいいかしら。私、これでも公爵令嬢で王太子妃候補でしたの。領地経営や経理は学んでいるから、できることがあるかもしれませんわ」
「本当ですか!?あ、でも、まだ目覚めたばかりですし、ゆっくりしていた方がいいのでは?」
「大丈夫ですわ。傷は消えているし、なんだかとても元気なの。きっと、レクスのおかげね」

 私はアミカに向けて微笑んだ。本当に、身体は元気なのだ。どうしてさっきまで眠っていたのか、自分でも分からないほどに。
 レクスが、頑張っている。私にも、できることを探したい。ただでさえ、迷惑をかけて、こうして倒れてしまっていたのだから。甘えっぱなしでいるのは、もうやめたい。
 さて立ちあがろうとしたその瞬間、私のお腹が、ぐーっ、と鳴った。私は一瞬静止して、慌ててアミカの方を見る。

「き、聞こえていませんわよね!?」

 私は恥ずかしさに顔を赤くして言い訳をすると、アミカがくすくすと笑っていた。

「すみませんフィオーレ様、聞こえてしまいました。先にもっとしっかりとしたご飯を食べましょうか!」

 さっきスープを飲んだばかりだというのに、安心したせいか、お腹が鳴ってしまうなんて。
 私は恥ずかしさに顔を赤くしたまま、まずはお腹を満たすところから始めることにしたのだった。


♢♢♢


「これなら、私にもできそうだわ!」

 食事が終わり、アミカに案内されて執務室に行くと、机の上には大量の嘆願書や帳簿が置かれていた。孤児院への寄付金についてや、魔界で行われている行事に関する書類もある。
 流石に私にはできないことも多いが、帳簿付けや嘆願書の仕分け、孤児院関係のことに関してなら、手が出せそうだった。
 でも、普段からこの量の仕事をレクスが一人でやっているとしたら、流石に働きすぎだと思う。
 私が帳簿を手に取って中身を確認している間にも、部屋の隅で何かの魔法を動力として送られてきているのであろう書類が、湧いて出てきていた。

「アミカ、帳簿って、これで全部かしら?」
「いえ、ヘルトがやっている分もあるはずです」
「そう、それってどこにあるか分かる?」
「見当はつくので、探してきます!」

 私は帳簿付けを後にして、他の書類を手に取る。自分にできる範囲のものを選び、可能な限り片付けていった。
 領地経営や経理、孤児院の管理について、かつて王太子妃候補の頃に勉強した知識が役に立って、純粋に嬉しかった。
 それでも、仕事の量は膨大で、これを毎日一人で管理するなんてとてもじゃないけど無理だ。レクスは、想像以上に一人で仕事を抱えすぎていた。
 ほんの少しでも、レクスの負担が軽くなればいい。レクスが無事に帰ってきてくれたら、今後も手伝わせてもらおうと、私は心に決めた。

「フィオーレ様、見つかりました!」
「ありがとう、アミカ。あの、他にやることがなければ、これも手伝ってくれないかしら?」
「もちろんです!」

 私は戻ってきてくれたアミカに指示を出しながら、渡された帳簿に目を通す。問題があるところに印をつけながら、アミカが探してきてくれた帳簿とも合わせ、高速で記帳した。
 昔から計算が得意で、帳簿付けは日常的に行なっていた。本来は父親がやるべきだった、公爵領のものも、私がやっていたくらいには。

「フィオーレ様って、もしかして、事務作業得意だったんですか……?」

 アミカは私の様子を見ながら、呆気にとられた顔をしていた。

「得意かは分からないけれど、社交よりも領地経営の手伝いをする方が好きでしたわ」
「そう、なのですね」

 アミカはまだポカンとした表情をしていたけれど、私は手元の帳簿と改めて向き合い、残っていた分を全て終わらせた。
 帳簿のノートを横に置いて、レクスの机の上に広がっていた嘆願書や、押印が必要そうな書類を仕分けていく。後でレクスが確認しなくてはいけないような書類は案外少なくて、私は安心した。仕分けただけではあるけれど、レクスの負担を少しでも減らせていたら、嬉しい。

「あれ?終わりましたわ」
「……ですね」

 私は他にもできることを見つけようと思い、あることを思いついた。

「アミカ、私に、魔法のことを教えてくださる?」
「あの、その前に少し休憩しませんか?フィオーレ様。ただでさえ起き上がられたばかりなのに、一気に動きすぎだと思います」

 大丈夫ですわ、と答えようとしたけれど、アミカが心配そうな顔をしていたので、私は彼女に言われた通り休憩することにする。
 自室に戻りアミカに淹れてもらった紅茶は、なんだかとてもホッとする味がした。
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