平凡なアラサー女子ですが、ハイスペ同期と元カレに溺愛されています

優月紬

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片付けよう

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 私は嶺二の家を出て、真っ直ぐ倉橋の家に向かった。倉橋は、家にいなかった。

「いない、か……」

 私は冷蔵庫を開けると、夕飯が入っているのを見つける。今日も作ってくれていたのかと思い、思わず笑みが溢れた。
 倉橋は今どこで何をしているんだろう。ふと視線を家の中全体に向けると、とても生活感に溢れていた。倉橋のことを意識してしまえば、私はどうしてこの家で平然と過ごせていたのか分からなかった。家の中全体を包む空気が、こんなにも倉橋を意識させるのに。
 私は倉橋がいない家で、用意された夕飯を温めて食べた。いつものようにキッチンにお皿を片付けようとして、気づく。

「……私、洗い物すらしてなかったんだ」

 倉橋にそこに置いといてと言われて、いつも放置していたことに気がつく。私、この家に来てから何の家事もしていない。知らないうちに、甘やかされて、それに甘えきっていた。
 よく考えてみれば、最初の日は火事で気が動転していたとはいえ、倉橋は最初から家事の分担とか、そんな話すらしたことがなかった。
 森川は休んでて、って、そればかりで。倉橋も忙しいはずなのに、私ばかりが甘やかされていた。

「片付けよう」

 私は、自分で使った食器と弁当箱を、自分で洗うことにした。倉橋が帰ってきたら、お礼を伝えよう。そう思って。
 洗い物をしながら、ふと別のことにも気が付く。自分が倉橋を好きだと気がついて、嶺二の家をそのまま飛び出してきてしまった。だから、まだ嶺二とは別れていない。
 これでは、あの頃と同じことを繰り返すだけだ。過去のことは謝ったかもしれない、思っていたことも伝えた。だけど、今の私が嶺二と付き合っていることに、変わりはない。
 嶺二の所に行くのではなく、倉橋の側にいたいと願うのなら、私はまず嶺二と別れなければいけない。合鍵も、返さなくては。
 私は倉橋に洗ってもらってた食器のように、ただ色々なことを散らかすだけで、何一つ片付けられていなかった。全部人任せで、流されて、自分と向き合うことから逃げた。火事で気が動転していたなんて、言い訳にもならない。
 私はその後、倉橋が帰ってくるのを自分の部屋で待っていた。いつもありがとうと、一言お礼を伝えたくて。だけど、気がつけばそのまま寝落ちしてしまい、目が覚めたら朝だった。
 倉橋とは、会えなかった。

「あ、森川さんちょっといいっすか」
「うん、大丈夫だよ」
「この前相談したいって言ったことなんすけど」

 家では倉橋に会えず、職場で彼の姿を探す。だけど、同じ職場に出勤しているはずなのに、倉橋は見つからなかった。仕事中もなんとなく視線を動かしては、倉橋の姿を探してしまう。自分で自分に集中しろと言いたくなった。
 谷口くんに声をかけられ振り向くと、彼は何やら神妙な面持ちをしていた。

「どうしたの?」
「俺、海外事業部に行きたいです」
「そうなんだ、じゃあ部長に話しておくね」
「……いいんすか?」
「企画部は推薦の枠一つしかないから、どうなるかは分からないけどね」

 頭から抜けかけていたが、海外事業部に行くメンバーの推薦をどうするか上司に聞かれていたことを思い出した。言われる前から私は谷口くんを選ぶつもりだったが、まあそれは言わないでおこう。なんとなく行きたいのは察していた。

「そういえば、倉橋先輩には会えたんすか?」
「会えてないよ。谷口くんは?」
「……いや、知らないっすね」
「そっか。倉橋ってさ、すごいよね。忙しくても根を上げないし、なんでも器用にこなすし。コミュ力もあって、人に好かれて。ハイスペックっていうか。かっこいいよね、本当に」

 谷口くんはやっていた作業の手を止めて、不思議そうな顔で私を見た。

「どうしたんすか、急に」
「倉橋ってかっこいいよなって思っただけ。顔もそうだけど、全てが。私みたいな平凡な人間とは、全然違うなって」
「へえ……」

 谷口くんは、何故か呆れたような顔で私を見ていた。私はどうしてそんな顔をするのか不思議に思い、そのまま谷口くんを見ていると、彼は視線を逸らして私のデスクの上を見た。

「どうかした?」
「森川さん、スマホ光ってますよ」

 谷口くんはそれだけ言って、自分の作業に戻ってしまった。
 スマホを開くと、メッセージが2通来ていた。一つは、倉橋から。もう一つは、嶺二からだった。
 倉橋からは、”森川、洗い物ありがとな!”と、ただそれだけ。嶺二からのメッセージは、”この前渡し忘れたものがあるから会えないかな?ここで待ってる”だった。
 嶺二に指定された場所をパソコンから検索すると、同窓会の後に嶺二が家に来るかバーに行くか、と言っていた、あの時のバーだった。
 嶺二から追加のメッセージが来る。”俺はもう着いてるから”
 まだ定時まで時間がある。でも、私はそれまで嶺二を待たせたくないと思った。私はいつも、嶺二を待たせてばかりだったから。それに、私も嶺二と話さなければいけないことがある。別れたいと、もう会えないと、伝えなくては。……少しでも早く。今度こそ、綺麗に終わらせるために。
 私は手元にあった仕事を一気に片付け、この後のスケジュールを確認する。問題ないと分かったので、早退することに決めた。

「谷口くんごめん、私早退するから、後よろしく」
「はい?いや、ちょっと待ってください、森川さん……」

 私は谷口くんの声を無視して、嶺二が待つバーに急いだ。
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