銀の細君は漆黒の夫に寵愛される

理音

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帝国・教国編

大聖女の話(ラファエリエ視点)

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大聖女であるラファエリエ・ルーミナリエ視点

ーーーーーーーーーー
敬虔なる聖主せいしゅ様のげぼくである私、ラファエリエ・ルーミナリエは、ひときわ眩い白の法衣を翻して、大聖堂の会議室に並ぶ一席に腰を下ろした。各国の教皇、修道母など十人の重鎮が円卓に集い、その奥に鎮座する玉座だけがいつも通り空席のままに沈黙を保っている。
そこにおわすはずの聖主様は、御声みこえを授けてくださることはあっても白亜の間から出てこられない。そのために、この円卓に座すうちの何人かはその存在を畏れながら、同時に沈黙を己の都合よく解釈しているのでしょう。

「円卓会議を始める。本日の主な議題は2つ、王国の状況と魔族領の動向だ」

会議の冒頭、聖教皇であるマルティーノ・ヴェスティアが、よく通る声で議題を告げた。
教国は、聖主様を不可侵の元首としながらも一応は彼の先導の元にある。淡い金髪を揺らし、眼鏡の奥にある紫瞳を鋭く辺りに巡らせて宣言するその姿は見慣れたものとなり、様になっている。
王国の教皇が立つ。手にした書類と刻まれる苦悶の表情から、状況はあまり芳しくないようね。

「明確な指示はないものの、王太子は距離を置こうと画策している。特に帰国後のここ数ヶ月間は内政のためとうそぶき貴族派・庶民派との結びつきを強め、王家からの寄進も来年の増額はできないとある・・・これは教国を、ひいては聖主様を軽んじる由々しき問題だ!」


重厚な紅のマントを揺らしながら、苛立ちを取り繕うともせず彼は書簡の束を机に放った。そこには各地での布教状況や報告、司祭たちからの愚痴でも記されているのでしょう。

「聖女失踪の賠償は済ませたとは言え、継続的な財政への影響も看過できませんな」
「強気な行動の背後には、冒険者ギルドの動きもあるやもしれぬ」

重鎮たちは口々に憂いを述べる。それら全てを私は、半ば耳を貸さずに瞳を閉じていた。
他国の王子がどうであれ、些末なこと。聖主様の前では権力、金銭などはただの容れ物にすぎない。
そして、一度も会うこともなく魔族領に行ったまま行方不明となった王国の聖女。すべての聖女は『聖主様からの贈り物』であり、私は常々教国で保護すべきだと考えていた。
何故なら、この国全体を覆う結界魔法は全ての魔を退けるから。教国が他の侵略を受けたことなどただの一度もない、純白の揺り籠なのだ。
次の議題は、魔族領。言うまでもないことですが、私たちはあの地を国とは認めていない。

「魔族領の動きについて報告する。とは言え忍び込ませた者たちは全員音信不通で、帰還した者は一人もおらん。また、我らの国境に現れた怪しい者はすべて捕縛して尋問済みだが、数が少なく末端のものばかりで成果は薄い」

一人の老枢機卿が苦々しい声で告げた。何人かは不快そうにため息をついている。

「魔族どもの浅知恵など我らの妨げにはならぬが、警戒は年々強まっておる。先の新年会とやらに乗じて事を運ぼうとしたが、城に侵入した後はなんの音沙汰もない・・・」
「斥候も、足跡ひとつ残さず消息を経っている。相手の力量が見えぬ以上、軽挙は許されん」
「・・・あの聖なる光は、この国にいても感じられるほどだったのに」

会議の空気は沈痛だった。だが、私の胸には逆に熱が満ちていた。
――やはり、生きている。主が与えた試練の地に、私の純粋な銀の花は咲いているのね。

淡く閉じた瞼の裏に浮かぶのは、いまだ会えぬ彼女の面影。きっと清らかに祈り、涙を堪えているであろう横顔。決して疑わず、一心に献身を紡ぐ銀光・・・それが『魔王の妃』として穢れた地に繋がれ、囚われ、辱められているを思うと胸が灼けるように痛んだ。
だって、そうでなければあんなに悲痛な光は放たないでしょう?
彼女は、聖主様に、私に、救いを求めているのだ。それが成らない歯がゆさに、血涙が溢れ出して止まらなくなりそうだった。

「よろしいでしょうか」

私は静かに手を挙げ、口を開いた。その声は澄み渡り、会議のざわめきを吸い込んでいく。

「魔族領には、私たちが救い出すべき者がおります。醜悪なる魔王に妻などと辱められ、それでも存在を、純然たる祈りを知らしめたかの聖女です。皆様も感じられた通り、かつてないほどに純粋で崇高なる力を持ちながら、不浄の地に根を下ろしてしまった花。さらに、王国の聖女も消息を絶ち、命あるなら囚われているはず」
「ラファエリエ様・・・」
「私は、彼女らを救出するための遠征の許可を、改めて申請いたしますわ」

卓上に、怜悧な緊張が走った。数名の枢機卿は視線を逸らし、数名は苦々しい顔でこちらを見てくる。

「大聖女よ」

聖教皇が重々しく応じる。眉をひそめ、その声にはほんのわずかな苛立ちが混じっていた。
それもそのはず。この提案を私がするのは、あの光があってからの会議毎だから。

「貴女の、並々ならぬ熱意は理解する。しかし我らはまだ相手との戦力差すら把握しておらぬ。斥候は全滅、捕虜からも目星しい情報は得られない。そんな中で、結界の維持も務めている貴女を国外に出すことは、国の行く末を丸ごと賭けるに等しい」

私は立ち上がった。白き法衣が光を受けて煌めく。

「一度だけ、一瞬の隙でいいのです! 攻撃の合間に監視の目が外れ、彼女たちが祈ることさえできれば・・・救えます」
「しかし、彼女たちがあの地のどこにいるかも定かではない・・・現状では、許可はできん」

ヴェスティアは、座したまま冷たく断ち切った。

「財政も、戦力も。無謀に費やす余裕はない。我らの務めは聖主様のおわすこの国を守ること。主は沈黙しておられる・・・ならば、まだその時ではないのだ」

持論を突きつけられた瞬間、胸を冷たい怒りが満たした。
―沈黙? 違う。あれは『お前が行け』という啓示なのに。
ヴェスティアは、確かに優れた聖教皇だ。彼の政策で福祉、教育が整い、教国に住まう子供たちの笑顔が増えた。金勘定が好きなことは今までの爺と変わらないが、彼はその数字を正しく使う。それは、金糸を一筋しか使わぬ法衣を見ても明らか。だから、信用できる。
でも。それでも彼を含めて私を見据える教皇派は、聖主様の真意を理解していない。理解できぬから、打算に逃げるのだ。

「・・・」

言を尽くしても、私に今できることは、ない。
着席し、沈黙したことで会議は粛々と進み、他の瑣末な協議が消化されていく。全てが空虚で、耳にはもう何も入らなかった。
やがて閉会の鐘が鳴り、席を立つとき、隣から柔らかな声がかけられた。

「大聖女さま・・・どうかご自愛を。貴女が焦れば、周囲はますます反発いたしましょう。いまは耐える時です」

私に声をかけたのは、グラディッサ修道母だった。会議中も名前を呼んでくれた、年老いた姿をしたその人は長く献身にあたった末の皺だらけの手をそっと私の袖に添える。
その瞳は深い森のように澄み、それでいて新芽のような光を秘めていた。一瞬、ホッとしたような気持ちになり、抗う気持ちを失う。

「・・・分かっております、修道母さま」

しかし心の奥では、彼女の優しい宥めの言葉は届かない。
私はただ、嵐を待つ。嵐こそが、花を救い出すきっかけになるのだ。
礼を言ってグラディッサ様と廊下に出ると、聖女見習いのひとりが駆け寄ってきた。

「大聖女様! 帝国の聖女様が到着されました。聖都へお迎えをとのことです」

一瞬だけ瞳を細め、そして微笑んだ。

「ようやく、外からの風が吹くのね・・・参りましょう。聖主様の御許、純白の籠へ迎えるにふさわしい方ならば、いかにしても」

修道母様に一礼して、法衣の裾を翻した。会議の余韻を振り切るように足を進める。
・・・背に刺す、複数の視線をなかったことにして。

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