銀の細君は漆黒の夫に寵愛される

理音

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王国の聖女編

事の顛末ーⅡ(レオフリート視点)

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客間の中にも常に複数の近衛が在中し、実質的に軟禁状態にあった私が外に出ることを許されたのは、あとわずかで日付が変わろうとする時刻だった。

「王太子殿下ご一行には、明朝をもってこの国よりご退出いただきます」

その言葉が、まるで凍てついた風のように謁見の間を走った。
宰相は、完璧に整えられた金縁の書状をこちらに差し出す。公印もあり、サインは先日見たものと同じ。
他国民である私たちにとって否応なく効力を持つ、無期限の国外追放命令だった。

「・・・これが、陛下の真意ということか?」

空の王座を仰ぎ見る。この場には私と宰相、近衛騎士しかいない。
私を部屋から導いてきた近衛は、謁見の場で魔王の後ろに控えていた長耳の者だった。今は宰相の後ろに立ち、油断なくこちらを見ている。

「無断で、事前に禁止された私室へ踏み込もうとした件。そして、不敬を働いた件。外交的配慮の限界です。聖女殿の件についても、捜索は打ち切られました」
「なっ・・・!」

私の声に宿る、抗議の気配に気づいているはず。だが、宰相は比較的若く見える顔にも、緑の目にも一切の情を見せなかった。

「彼女の身柄が確認されぬまま、王国の者が国内に長く留まるのも好ましくありません。どうぞお引き取りください」

取りつく島もない。その声色は平坦ながら、突き放されるような冷たさだった。

「だが、別に聖女の可能性のある人物が・・・!」
「では、貴殿が共にダンジョンを越え、今だに姿を隠している聖女殿は偽物だったと?」
「それは・・・そんなことは、ない」

マリアンヌはあれで、教会に所属して10年ほどになる。侯爵令嬢として生まれながら、人生の半分以上を教会で過ごし、聖魔法も、治癒魔法にも優れている。れっきとした、王国の聖女の筆頭候補だった。
それに、出立前。父王に頼み込んで見せてもらった教国からの書簡には、光魔法で押された神印があった。
マリアンヌを正式な聖女として認める内容とともに、淡く輝く2対の羽根の文様。あれを扱えるのはただ一人、教国にいるという聖主のみと聞いている。

「どちらにしろ、私たちには関係のないことです」

言い回しは丁寧でも、的確に痛いところをついてくる。これまでの対応からわかってはいたが、ずいぶん優秀な宰相だ。
明確な返答ができぬ私に、相手の口から深いため息が漏れる。

「ともかく。王太子殿下がなされたのは、名も知らぬ女性を己の国へ連れ去ろうとした明白な誘拐未遂。それがあなたの、王国の『聖女への敬意』なのですか?」

次々と降ってくる、刃のような言葉。私は作った胸の内の傷を再度自覚させられ、今度こそ返す言葉を失った。
―外套の下でもわかるほどに震えていた、銀髪の少女。宰相が言うまでもなく、彼女からの問いに答えられなかった私には資格がない。

「・・・本来なら、国の法で処罰しても良いものを。我が王の温情に、感謝こそあれ非難などあり得ない・・・あくまでも、私見ですが」

心の内では確かに、と声をあげる。もし王国内で同じことが起こったら、来賓と言えど秘密裏に処理される可能性すらある。

「勿論、他の方々も一緒にご退去を願います。監視を兼ねて、護衛をつけさせていただきますゆえ」
「護衛?」
「聖女殿の加護を欠いた今となっては、道中の安全もままならぬかと。隣国の将来を担うお方が、道に迷われては一大事と陛下も心配されています」

その瞳には、皮肉の色さえ浮かぶ。決定はどうあっても覆らないことは、自明の理だった。


△▼△


翌日、早朝に私たちはなすすべなく、ホテルにあった荷物と共に馬車へと押し込まれた。
カールも、ルイスも。マリアンヌ以外の仲間たちは、国外追放になった事実のみを知らされて事情も分からないまま、ただ沈黙していた。
来た時とは異なり、向こうの意向で1台に押し込められて。その中は不穏な重苦しさに満ちている。
全員が席について息をついた瞬間。ふと、胃が浮く様な感覚が襲った。おそらく、私以外は覚えのないことに全員が思わず外を見る。

「・・・っ! なんだ?」
「おい、飛んでるぞ!」

見れば、巨大なグライフが籠の上に取り付けられた取っ手を掴み、ふわりと離陸したところだった。
瞬間に鉄格子の窓から見えたのは、漆黒の羽を広げ黄金と見粉みまごう瞳を鋭くした空の覇者。羽ばたきの音もなく、ぐんぐんと高度もスピードも上げていく。

「おっと・・・」
「大丈夫か、ルイス」
「はい、王太子殿下。申し訳ありません」

対面して座る、顔を青くした聖騎士に声をかける。慣れぬ者には、いつまで続くか分からない浮遊感は堪えるだろう。
襟元を緩め、重心を低くするように伝えると感謝を返される。彼は口元を押さえ、背中を丸めるとゆっくりと息をついた。
謁見の時以外、常に被っていた兜をいつの間にか外していて、長い銀髪の隙間に見える赤い瞳を揺らしている。
羽音はなくとも、多少傾き揺れる籠の中で崩れてきた荷物を互いに支え合いながら、私はひとりごちた。
行きの歓待は、やはり心を尽くされていたのだ。私たちに合わせた移動方法、宿泊場所、食事に至るまで。
今更になって気づく。しかし、魔王の琴線に触れてしまった以上、全ては後の祭りだった。


△▼△


馬車で数日かかった道中は、たった半日で終わりを迎えた。
昨日の近衛騎士が先導する中、ドリアードの森をただ歩く。皆無言で、風もなく足音だけが響いている。
道すがら、ふと私は振り返った。視界に広がるのは、鬱蒼とした森の深緑。遠く見えるかと思った魔王城の尖塔さえ、木々に遮られて今はもう見えない。

「・・・聖女、とは」

小さく呟いた言葉は、風に乗ることもなく他の者の足音にかき消された。
その遥か上空、黒い羽音がひとつ、空を滑っていく。私たちが気づかぬ場所から、1羽のカラスが沈黙の一行を見守っていた。理性ある眼差しで。

―主の許しが出るまで、決して境を越えさせぬように。


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