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日常編
2人での衣装合わせ(ミュリエル視点)
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エピソード『新年会』 開始です。
ーーーーーーーーーー
慎重に慎重を期して、違和感1つなくシーツの上に下ろされたのがはじまりでした。
安堵できる彼自身と、仄かに金木犀が混じる香りの上着が取り払われ、物憂げな顔が視界いっぱいに見える。頬を撫でる指が、珍しくかすかに震えていた。
「・・・ごめんね、急に。怖がらせたかな」
「いいえ。ちょっと、びっくりしただけです」
ひくりと跳ねた肩を気遣われて、首を横に振る。笑顔を返されて安堵したのか、アルも肩の力を抜いて微笑み返してくれた。
胸に優しく抱きしめられたまま、指先だけで解かれるように。身に纏う布地の感触が、すうっと肌から消えていく。
ほつれる糸のように震えていたのは、私の心の方だったのに。
「よかった」
試着室から無言で抱き上げられ、寝室へ連れてこられて今の今まで。彼の視線も声も、いつも通りに優しかった。
でもその手は確かに、頬を、肩を、胸元を撫でる。その度に、身体の芯まで熱が染み込んでくる。
目を閉じて、首筋にキスを受ける。そっと、彼の温もりが離れた。
「これはトレーシーに。しばらく人払いを」
「かしこまりました」
数年ぶりに着ていたドレスが遠ざかる音と共に、パタンとドアが閉まる。薄紫のシュミーズだけになった私の手足が冬の空気に触れ、ひどく心細くなる前に伸ばした腕ごと、彼の手が抱き留めてくれた。
暖房がついているとはいえ、そばにいるぬくもりは直接感じていたかったから。
「ミュリエル。どうしてそんなに、綺麗なんだろうね?」
「アルが、愛しいと思ってくれる、から?」
「・・・今日の君には、どこまでも奉仕したくなってしまう。孤高の女王様みたいだ」
甘い言葉を囁く唇が、鎖骨をなぞっていく。女王様といいつつ、彼の思うがままに跡を残される。肌に散る吐息が熱くて、耳の奥がきんきんとする。
声を押し殺しても、アルは一切の躊躇いなく私を愛してくれる。その身に宿す魔力のように、私の心も、身体も彼のもとに引き寄せられてゆく。
「っつ、ぁ・・・!」
「もっと、聞きたい。甘い声」
「らめ、ある、ぁああっ」
はだけた胸先をペろりと舌先で愛撫されて、思わず顔の横のシャツの袖を掴む。上着こそ脱いでいたけれど、彼はまだ服を着たままだった。
急に、我に返って恥ずかしくなる。窓の外はまだ明るいのに、私だけ素肌なんて。
「ちょ、まっ・・・て・・・」
「どうしたの?」
「ある、もぬいで・・・?」
「っ! 大胆」
獰猛な笑顔を浮かべた彼は下から、私は上から震える指でボタンを解いて、素肌で触れ合う。
全然違う、均等の取れた鍛え上げられた肉体。忙しい執務の間を縫って、研鑽を積まなければこうはならないと思う。
いつか、彼が戦うところを見ることもあるのかしら。ちょっと怖いようで、見てみたいようで。
「あったか、い・・・」
「余裕だね・・・別のこと考えてるでしょ」
「ひぁっ! ちが、あるの、こと・・・んっ」
気がつけば、唇で唇をふさがれて言葉も出ないほどに深く、深く舌が絡んで。彼の手が、口づけが抵抗を許さずすべてを攫っていく。
なにも考えられない。なにも、言葉にできない。けれど怖くなんてない。
眼差しに、熱に、触れ方に。彼の全てをもって愛しているよと、言われ続けていたから。
幾度となく身体を撫でられ、抱きしめられ、揺すられて。
呼吸すらままならないほどに貪られて、最後はただ、彼に溶けてしまうような気がした。
・・・それすら、幸せだった。
△▼△
目が覚めたのは、寝台の天蓋の隙間から日が差したときだった。まどろみの中、腕を伸ばすと指を絡めて布団の中に引き戻される。すぐそばに、緩やかな瞳の彼がいた。
昨夜、眠りに落ちる直前に何度も名前を呼んでくれた。そして、最後にそっと耳元で囁いた言葉が思い出される。
『次にあのドレスを着る時は、必ず僕が付き添える時で』
─それは命令などでは決してなく、どこまでも純粋な願いでした。
肌に残る熱や口づけの名残が、まるでその言葉の証しのように私の胸を甘く締めつける。
「おはよ、ミュリエル」
「おはようございます。アル」
「身体は、大丈夫? 気持ち悪さとかはない?」
「お腹は空いてますが、気分は大丈夫です。身体はちょっとだけ、奥の方がじくじくしていますが・・・」
気遣うように頬を愛でてくれていた左手が、びくりと止まる。あれ、どこかで見たような。
そのまま、手は彼の額に置かれる。くしゃりと、前髪を乱す。対して私は、名残惜しい気持ちでその指を見ていました。
もう少し、撫でていて欲しかっただなんて・・・本当に、わがままになってしまいました。こんな胸の内を知られてしまったら、アルに嫌われてしまうかもしれない。もう少し、自らを律しなくては。
「・・・ミュリエル」
「はい、なんでしょう?」
「襲われたいんじゃなかったら、それは言わない方がいい」
油断してる君も愛おしいけど、と額にキスを落とされて、耳まで赤くなる。
太ももに熱くて硬いものが触れて、ひえっと喉の奥から声が漏れた。だけれど、くるりと後ろを向かされた私の腰はしっかりと、彼の両手で掴まれていて。
耳元に、吐息がかかる。熱いです、昨日と全く同じ熱。
「ちょっと借りるね、太もも」
「ふぇ、アル、あの」
「堪え性の無い愚息で悪いけど、煽ったのは君だから。責任は、半分こね」
・・・そのまま彼の熱に、手管に溺れて。その日はベッドから自らの脚で降りることができませんでした。
ちなみに遅めのブランチは、2種のベリーソースがかかったふわふわのパンケーキで、とっても美味しくいただきました。
△▼△
レネに導かれ、更衣室に入る。袖を通す黒のドレスは、先日トレーシーに直ししてもらったばかり。鏡の前に立ち、深く息を吸い込む。
・・・大丈夫、今度は、ちゃんと。
背中のファスナーを後ろ手に閉め、レネに裾を整えてもらう。成長にあわせて伸びたスカートが、ほんの少し重く感じられるのは気のせいでしょうか。少し胸元は余裕を持った作りになっていて、肩にふわりと重なるレースが透ける鎖骨を隠してくれている。
この前を入れたら、3回目の着用。慣れているとまではいかなくても、想いのあるドレスなのに──今の私には、少し違って見えました。
たぶん、1回目のときは、ただただ与えられたものだった。でも、今はこれを身につけて、いたいと望む場所がある。
「ミュリエル様、整いました」
「ありがとう」
立ち上がった私の周りを確認してくれていたレネにお礼を言って、カーテンに手をかける。
心臓がドキドキしている。その理由は、外にいる彼の視線だった。
・・・アルが見ている。もう、目の前で待っている。
その事実だけで掌に汗がにじむ。緊張で、喉が乾く。でも、交わした約束がある。私は意を決して、そっとカーテンを開けた。
着替えている間に、目の前に引き寄せただろうスツールに、アルは長い足を組んで腰掛けていた。漆黒の眼差しはまっすぐで、先日よりもずっと真剣な顔をして何も言わずに視線を動かしている。
そのまま、立ち上がって歩み寄ってくる彼に思わず恥ずかしくなって俯きかけた。
「とても、良く似合っている・・・けれど、寒くない?」
かけられた気遣いの言葉に、ほっとして顔を上げる。小さく首を横に振る私にも、アルは肩の透けたレースを撫でて眉をひそめた。
「やっぱり寒そうだ。新年にこの肩出しは・・・秋口だった宣言の時とは違う。ファーを足すか、ケープを重ねるか」
「陛下。差し出がましいようですが、服飾師的には断然ケープがおすすめです。ミュリエル様の華奢な骨格が映えます」
「なるほど、一理あるね」
「ドレスか、靴と素材を揃えたら完璧です。俺のおすすめは靴で、どっちもベルベッドはどうですか?」
「採用で。トレーシー、スケッチ描ける?」
「もう描いてます」
カーテンの奥、どこからかトレーシーの声が割って入る。私から、姿は見えないのに言葉だけが絶妙な間を割ってくるのが妙に面白くて、思わずくすくすと笑ってしまう。
「ミュリエル?」
「あ・・・いえ。なんだか、お二人が楽しそうで・・・ふふふっ」
我ながら不思議な感情だった。自分の装いが、他の誰かにこうしてあたたかく語られることが、どうしようもなくくすぐったい。
けれど不快ではなくて、むしろ─心が満ちてゆくようで。
「できました。ミュリエル様、もうお顔をあげていただいてもよろしいですよ」
「ありがとう、レネ」
カーテンの内側、ドレッサーの前に導かれて彼女の手で目元を覆うレースのベールを整え、ちょこんと小さなティアラを乗せられる。
鏡に映る自分の姿は、どこか見知らぬ国のお姫様のよう。思わずまじまじと見つめて、小さく瞬きをしました。
「本当に、これが私でしょうか?」
「綺麗だよ、ミュリエル・・・ううん、整いすぎて、正直また攫いたいほどに」
「新年会に主催不在じゃ、やる意味ないだろ・・・」
トレーシーのため息と、アルの感激した表情につられて微笑む。
ただ、少し不安なのは足元だった。目元を覆うベールのこともあるけれど、用意されていたのは久々の高いヒール。レネに手を借りてゆっくりと立ち上がり、歩いてみようとして案の定ぐらりと足を取られる。
宣言のときは、クリスが導いてくれたのと緊張で俯きがちだったのでなんとかなりましたが、今回は一緒に胸を張って入場したいのに。
「こら、急に立ったら危ないよ」
「・・・ヒールの高い靴は、やっぱり難しそうですね」
アルの腕に抱き止められて、膝の上に下ろされたと同時にぽつりと口にしてしまったその一言。
トレーシーがどこか苦笑いのような音を立て、私の背後で鬱蒼と笑む気配。
「では、トレーシー。僕の妻が無理なく履ける靴を。見た目の可憐さと防寒も含めて、君に任せる」
「お任せを」
「うん」
またしても、意見など挟む余地もなく、すいすいと決まってゆく。でもそれが、なぜかとても心地よかった。
この2人は、私のことをよく知っていて、心底楽しそうに自由気ままに動くのに、それでいて時折振り返って私の様子を見て、手を引くように導いてくれる。
彼らに任せていいのだと思った。ことさら、装いのことに関しては、ぜんぶ。
まるでプロデューサーとデザイナーのような、2人に。
「ありがとう、ございます。アル、トレーシー様」
小さく呟いたその言葉が、2人の笑みを深くする。3人になった笑い声が、日に照らされたドレスの裾に吸い込まれていった。
ーーーーーーーーー
衣装メモ
機密レベル:Ⅱ(秘匿)
閲覧制限:陛下、妃(希望があれば)、作成者本人のみ可
文責:トレーシー・フォン・ヴァンピーア
【黒ベルベットのリボンシューズ】
•素材:深みのある漆黒のベルベット
•踵:フラット~ごく低めのインヒール(1cm程度)
•装飾:足の甲に、艶のある黒サテンリボンを蝶々結び
•特徴:脱げにくいよう足首にストラップつき。後ろで隠れる位置にボタン。抱き上げられてもドレスの裾からほんのり覗く黒のつま先が目元のレースと呼応する
【ショートマント型・黒ベルベットのボレロケープ】
•素材:深い黒のベルベット × 裏地は青みがかった灰色
•形状:肩を包む程度のショート丈+後ろにだけ緩やかな引き裾
•装飾:襟元にふわりとした黒チュール+ティアラと同素材の小さなブローチ
•留め具:首元でひとつ、リボンの下に磁石式の金具。火の付与魔法(極弱)つきで長時間継続する代わりに、体温以上には上がらない仕様。
•特徴:透ける肩まわりを上品に隠し、見えすぎないように調整。あくまで添えるだけの存在感。動くたびにちらりと裾が揺れて、腕の細さと持ち前の清楚さを引き立てる。
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慎重に慎重を期して、違和感1つなくシーツの上に下ろされたのがはじまりでした。
安堵できる彼自身と、仄かに金木犀が混じる香りの上着が取り払われ、物憂げな顔が視界いっぱいに見える。頬を撫でる指が、珍しくかすかに震えていた。
「・・・ごめんね、急に。怖がらせたかな」
「いいえ。ちょっと、びっくりしただけです」
ひくりと跳ねた肩を気遣われて、首を横に振る。笑顔を返されて安堵したのか、アルも肩の力を抜いて微笑み返してくれた。
胸に優しく抱きしめられたまま、指先だけで解かれるように。身に纏う布地の感触が、すうっと肌から消えていく。
ほつれる糸のように震えていたのは、私の心の方だったのに。
「よかった」
試着室から無言で抱き上げられ、寝室へ連れてこられて今の今まで。彼の視線も声も、いつも通りに優しかった。
でもその手は確かに、頬を、肩を、胸元を撫でる。その度に、身体の芯まで熱が染み込んでくる。
目を閉じて、首筋にキスを受ける。そっと、彼の温もりが離れた。
「これはトレーシーに。しばらく人払いを」
「かしこまりました」
数年ぶりに着ていたドレスが遠ざかる音と共に、パタンとドアが閉まる。薄紫のシュミーズだけになった私の手足が冬の空気に触れ、ひどく心細くなる前に伸ばした腕ごと、彼の手が抱き留めてくれた。
暖房がついているとはいえ、そばにいるぬくもりは直接感じていたかったから。
「ミュリエル。どうしてそんなに、綺麗なんだろうね?」
「アルが、愛しいと思ってくれる、から?」
「・・・今日の君には、どこまでも奉仕したくなってしまう。孤高の女王様みたいだ」
甘い言葉を囁く唇が、鎖骨をなぞっていく。女王様といいつつ、彼の思うがままに跡を残される。肌に散る吐息が熱くて、耳の奥がきんきんとする。
声を押し殺しても、アルは一切の躊躇いなく私を愛してくれる。その身に宿す魔力のように、私の心も、身体も彼のもとに引き寄せられてゆく。
「っつ、ぁ・・・!」
「もっと、聞きたい。甘い声」
「らめ、ある、ぁああっ」
はだけた胸先をペろりと舌先で愛撫されて、思わず顔の横のシャツの袖を掴む。上着こそ脱いでいたけれど、彼はまだ服を着たままだった。
急に、我に返って恥ずかしくなる。窓の外はまだ明るいのに、私だけ素肌なんて。
「ちょ、まっ・・・て・・・」
「どうしたの?」
「ある、もぬいで・・・?」
「っ! 大胆」
獰猛な笑顔を浮かべた彼は下から、私は上から震える指でボタンを解いて、素肌で触れ合う。
全然違う、均等の取れた鍛え上げられた肉体。忙しい執務の間を縫って、研鑽を積まなければこうはならないと思う。
いつか、彼が戦うところを見ることもあるのかしら。ちょっと怖いようで、見てみたいようで。
「あったか、い・・・」
「余裕だね・・・別のこと考えてるでしょ」
「ひぁっ! ちが、あるの、こと・・・んっ」
気がつけば、唇で唇をふさがれて言葉も出ないほどに深く、深く舌が絡んで。彼の手が、口づけが抵抗を許さずすべてを攫っていく。
なにも考えられない。なにも、言葉にできない。けれど怖くなんてない。
眼差しに、熱に、触れ方に。彼の全てをもって愛しているよと、言われ続けていたから。
幾度となく身体を撫でられ、抱きしめられ、揺すられて。
呼吸すらままならないほどに貪られて、最後はただ、彼に溶けてしまうような気がした。
・・・それすら、幸せだった。
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目が覚めたのは、寝台の天蓋の隙間から日が差したときだった。まどろみの中、腕を伸ばすと指を絡めて布団の中に引き戻される。すぐそばに、緩やかな瞳の彼がいた。
昨夜、眠りに落ちる直前に何度も名前を呼んでくれた。そして、最後にそっと耳元で囁いた言葉が思い出される。
『次にあのドレスを着る時は、必ず僕が付き添える時で』
─それは命令などでは決してなく、どこまでも純粋な願いでした。
肌に残る熱や口づけの名残が、まるでその言葉の証しのように私の胸を甘く締めつける。
「おはよ、ミュリエル」
「おはようございます。アル」
「身体は、大丈夫? 気持ち悪さとかはない?」
「お腹は空いてますが、気分は大丈夫です。身体はちょっとだけ、奥の方がじくじくしていますが・・・」
気遣うように頬を愛でてくれていた左手が、びくりと止まる。あれ、どこかで見たような。
そのまま、手は彼の額に置かれる。くしゃりと、前髪を乱す。対して私は、名残惜しい気持ちでその指を見ていました。
もう少し、撫でていて欲しかっただなんて・・・本当に、わがままになってしまいました。こんな胸の内を知られてしまったら、アルに嫌われてしまうかもしれない。もう少し、自らを律しなくては。
「・・・ミュリエル」
「はい、なんでしょう?」
「襲われたいんじゃなかったら、それは言わない方がいい」
油断してる君も愛おしいけど、と額にキスを落とされて、耳まで赤くなる。
太ももに熱くて硬いものが触れて、ひえっと喉の奥から声が漏れた。だけれど、くるりと後ろを向かされた私の腰はしっかりと、彼の両手で掴まれていて。
耳元に、吐息がかかる。熱いです、昨日と全く同じ熱。
「ちょっと借りるね、太もも」
「ふぇ、アル、あの」
「堪え性の無い愚息で悪いけど、煽ったのは君だから。責任は、半分こね」
・・・そのまま彼の熱に、手管に溺れて。その日はベッドから自らの脚で降りることができませんでした。
ちなみに遅めのブランチは、2種のベリーソースがかかったふわふわのパンケーキで、とっても美味しくいただきました。
△▼△
レネに導かれ、更衣室に入る。袖を通す黒のドレスは、先日トレーシーに直ししてもらったばかり。鏡の前に立ち、深く息を吸い込む。
・・・大丈夫、今度は、ちゃんと。
背中のファスナーを後ろ手に閉め、レネに裾を整えてもらう。成長にあわせて伸びたスカートが、ほんの少し重く感じられるのは気のせいでしょうか。少し胸元は余裕を持った作りになっていて、肩にふわりと重なるレースが透ける鎖骨を隠してくれている。
この前を入れたら、3回目の着用。慣れているとまではいかなくても、想いのあるドレスなのに──今の私には、少し違って見えました。
たぶん、1回目のときは、ただただ与えられたものだった。でも、今はこれを身につけて、いたいと望む場所がある。
「ミュリエル様、整いました」
「ありがとう」
立ち上がった私の周りを確認してくれていたレネにお礼を言って、カーテンに手をかける。
心臓がドキドキしている。その理由は、外にいる彼の視線だった。
・・・アルが見ている。もう、目の前で待っている。
その事実だけで掌に汗がにじむ。緊張で、喉が乾く。でも、交わした約束がある。私は意を決して、そっとカーテンを開けた。
着替えている間に、目の前に引き寄せただろうスツールに、アルは長い足を組んで腰掛けていた。漆黒の眼差しはまっすぐで、先日よりもずっと真剣な顔をして何も言わずに視線を動かしている。
そのまま、立ち上がって歩み寄ってくる彼に思わず恥ずかしくなって俯きかけた。
「とても、良く似合っている・・・けれど、寒くない?」
かけられた気遣いの言葉に、ほっとして顔を上げる。小さく首を横に振る私にも、アルは肩の透けたレースを撫でて眉をひそめた。
「やっぱり寒そうだ。新年にこの肩出しは・・・秋口だった宣言の時とは違う。ファーを足すか、ケープを重ねるか」
「陛下。差し出がましいようですが、服飾師的には断然ケープがおすすめです。ミュリエル様の華奢な骨格が映えます」
「なるほど、一理あるね」
「ドレスか、靴と素材を揃えたら完璧です。俺のおすすめは靴で、どっちもベルベッドはどうですか?」
「採用で。トレーシー、スケッチ描ける?」
「もう描いてます」
カーテンの奥、どこからかトレーシーの声が割って入る。私から、姿は見えないのに言葉だけが絶妙な間を割ってくるのが妙に面白くて、思わずくすくすと笑ってしまう。
「ミュリエル?」
「あ・・・いえ。なんだか、お二人が楽しそうで・・・ふふふっ」
我ながら不思議な感情だった。自分の装いが、他の誰かにこうしてあたたかく語られることが、どうしようもなくくすぐったい。
けれど不快ではなくて、むしろ─心が満ちてゆくようで。
「できました。ミュリエル様、もうお顔をあげていただいてもよろしいですよ」
「ありがとう、レネ」
カーテンの内側、ドレッサーの前に導かれて彼女の手で目元を覆うレースのベールを整え、ちょこんと小さなティアラを乗せられる。
鏡に映る自分の姿は、どこか見知らぬ国のお姫様のよう。思わずまじまじと見つめて、小さく瞬きをしました。
「本当に、これが私でしょうか?」
「綺麗だよ、ミュリエル・・・ううん、整いすぎて、正直また攫いたいほどに」
「新年会に主催不在じゃ、やる意味ないだろ・・・」
トレーシーのため息と、アルの感激した表情につられて微笑む。
ただ、少し不安なのは足元だった。目元を覆うベールのこともあるけれど、用意されていたのは久々の高いヒール。レネに手を借りてゆっくりと立ち上がり、歩いてみようとして案の定ぐらりと足を取られる。
宣言のときは、クリスが導いてくれたのと緊張で俯きがちだったのでなんとかなりましたが、今回は一緒に胸を張って入場したいのに。
「こら、急に立ったら危ないよ」
「・・・ヒールの高い靴は、やっぱり難しそうですね」
アルの腕に抱き止められて、膝の上に下ろされたと同時にぽつりと口にしてしまったその一言。
トレーシーがどこか苦笑いのような音を立て、私の背後で鬱蒼と笑む気配。
「では、トレーシー。僕の妻が無理なく履ける靴を。見た目の可憐さと防寒も含めて、君に任せる」
「お任せを」
「うん」
またしても、意見など挟む余地もなく、すいすいと決まってゆく。でもそれが、なぜかとても心地よかった。
この2人は、私のことをよく知っていて、心底楽しそうに自由気ままに動くのに、それでいて時折振り返って私の様子を見て、手を引くように導いてくれる。
彼らに任せていいのだと思った。ことさら、装いのことに関しては、ぜんぶ。
まるでプロデューサーとデザイナーのような、2人に。
「ありがとう、ございます。アル、トレーシー様」
小さく呟いたその言葉が、2人の笑みを深くする。3人になった笑い声が、日に照らされたドレスの裾に吸い込まれていった。
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衣装メモ
機密レベル:Ⅱ(秘匿)
閲覧制限:陛下、妃(希望があれば)、作成者本人のみ可
文責:トレーシー・フォン・ヴァンピーア
【黒ベルベットのリボンシューズ】
•素材:深みのある漆黒のベルベット
•踵:フラット~ごく低めのインヒール(1cm程度)
•装飾:足の甲に、艶のある黒サテンリボンを蝶々結び
•特徴:脱げにくいよう足首にストラップつき。後ろで隠れる位置にボタン。抱き上げられてもドレスの裾からほんのり覗く黒のつま先が目元のレースと呼応する
【ショートマント型・黒ベルベットのボレロケープ】
•素材:深い黒のベルベット × 裏地は青みがかった灰色
•形状:肩を包む程度のショート丈+後ろにだけ緩やかな引き裾
•装飾:襟元にふわりとした黒チュール+ティアラと同素材の小さなブローチ
•留め具:首元でひとつ、リボンの下に磁石式の金具。火の付与魔法(極弱)つきで長時間継続する代わりに、体温以上には上がらない仕様。
•特徴:透ける肩まわりを上品に隠し、見えすぎないように調整。あくまで添えるだけの存在感。動くたびにちらりと裾が揺れて、腕の細さと持ち前の清楚さを引き立てる。
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