上 下
29 / 47

29)二次性

しおりを挟む
「うわー出たぁ瀬戸内議員」
「最近話題だもんね」

 被害者が誰なのか、この二人は知らない。

 梓が入院していた理由も、体調不良となっている様だ。
働いていた店の役職が上の人間は、梓が行方不明の捜索で密かに警察が出入りしていた事もあり、事件の事を知っている。

 けれども、秘密はしっかりと守られていた。
トップクラスの従業員たちも、梓が被害者であることを知らない。

 スタッフには、ヒートが長引いている。
 客には、体調を崩している。

 そう伝えられていた。

 客への説明はそれでも良かったが、従業員たちは薄々気づいているのを梓は解っていた。
瀬戸内丸馬という人物を知るスタッフが多く、そして梓の友人であった事も知られている。
事件のタイミングと、梓が仕事に来なくなったタイミングが同じ事から、誰も口にしないだけで解っていることだろう。

 梓は、周りの優しさに感謝しかなかった。

「オメガにも平等な人生をとか言ってさ、自分の息子がオメガだから馬鹿にされたくなくて始めた運動でしょー?マジ偽善者」
「多分自分の息子にオメガが生まれなかったら、軽視してただろうね」
「それー!絶対それー!まあ、結果良い方向に世の中進んだからいいけど、この事件でイメージダウンだよね」

 悠里と雪見がフライドポテトをつまみながら、流れるニュースについて愚痴を零す。

「オメガの息子が不祥事起こしたお陰で、オメガってだけで性格まで異常って思われるじゃん。最低かよ。オメガだって普通の子いるのにさー」

 ドリンクを飲みながら、悠里がテレビを睨みつけた。

「……本当、マジ迷惑」

 悠里の声が、悲しみと苦しみと怒りの混ざった複雑な色を出した。

「……?」
 少しの変化に梓は気づく。
何に対しての怒りなのか、悲しみを抱く要素は何なのか、何処が苦しいのか。
梓には解らない。

「あずちんさぁ、オメガなんでしょ」
「え?」
「匂いでわかるよ。私アルファだし」

 悠里に突然問われ、断言され、梓は困惑した。

「うっすい匂いだけど、オメガって感じ。気づかない人の方が多い程度の微量な匂いだけどね。香水とかで消えちゃうくらい」

 梓は悠里の言葉に反応する事に迷う。
付き合いの長い清武すら、近くにいても気づかなかった梓のオメガの匂い。
それを指摘され、どう応えればいいのかと考える。

「えっと……」

「別に誰にも言わないよ」

 にっこりと優しく無邪気な笑顔を向けられ、梓は考えるのを辞めた。

「じゃあ、私と一緒だね」

 雪見が二人の会話に割って入る。

「雪見さんオメガなの?」
「うん、そう。番はいるよー」

 雪見は長い髪を両手で上げ、首筋を梓に見せる。
番が成立している証拠の、アルファによる噛み跡。

「じゃあ……悠里さんと?」
「ううん、番は佳充だよ」

 佳充とは、梓の職場だった場所にいる佳充の事だろうか。
梓は思考が追いつかないでいた。
 この流れだと、こんなにも仲が良い二人はきっと番なのだろうと思った梓は、急に今居ない人物の名前が上げられ、混乱する。

「え?ええ?」
「あははははっ!あずちんって意外と間抜けな声出るんだね」

 梓の驚きを隠せずに出た声が裏返ったのを耳に入れ、悠里が腹を抱えながら笑う。

「佳充とはね、高校の時には番なんだ」

 雪見から告げられた衝撃の事実に、梓は言葉を失い目を丸くする。

「仕事の関係上、関係は非公開だけど。二人は成人と共に結婚してるよー」

 笑いを抑えようと必死になり、涙目になりながら悠里は口を開く。

「私さ、雪見の事好きだったんだよねぇ。でも、私、女のアルファだから佳充の方が良いと思ったんだぁ……」

 悠里は、自分がアルファである事を悔いている様子だった。

「私がアルファで、雪見と番になれるって喜んでたんだけど、世の中ってそう甘くなくてさ。アルファでも女なら女らしく子を産む方の身体を選びなさい!っていう感じでね」

 アルファというだけで、エリートコースを進む事が約束される社会。
その二次性は完璧とされ、何不自由ない生活が望めるであろう。

 ヒエラルキーのトップであるアルファは、この世で最も輝かしい存在。

だがそれは、ベータやオメガにとって、高すぎて見えなかった苦労もあることに梓は気づく。

「私、去勢してるんだ。番が居ないからオメガの匂いも解る。子宮さえあればいいっていう親の判断で高校のときね、取らされちゃった。取ってもアルファのままだけどね」

 もう過去の事だからと、気にも留めていない様子で悠里が語る。

「あの頃はそりゃ泣いたよ。女らしくって何?って。でも世の中ってそんなもんだよね」
「悠里……」

 語りだし、止まらない過去の感情を口にする悠里に、雪見が申し訳ないという表情を見せる。

「私たちさ、本当は昔、付き合ってたんだ。でも去勢されて、雪見との子供ができないって思ったから、雪見が知らない誰かに取られるならって、アルファの佳充と雪見を番にさせたんだよねぇ」

「俺は望んで雪見と番になったんだが?」

 梓の背後から、男の声が聞こえた。
佳充だった。

「おー来た来た」

 ようやく来ましたか。と、悠里が佳充を見て言う。

「お迎えご苦労さーん」
「俺はアシじゃねーんだよ」

 どうやら、悠里か雪見のどちらかが呼び出したようだ。
今日は休みなのか、いつもスーツで凛々しい姿を見せている佳充の姿はラフだった。

「梓、久しぶりだな。体調はどうだ?」
「お蔭様で、なんとか順調に」
「ならよかった」

 佳充は、当たり前のように自然と梓の隣に座った。

「で?なんの話だ?」
「んー?私たちの過去」

 そんな話をなんでしているんだと、佳充が小言を漏らすが、悠里と雪見は話を止めなかった。

 番になれなかった話から、どうしてホストに通っているのか。
過去から今までの人生を語っていた。

 店で話したことのない、話すことのできない三人の話。
梓は初めて食べるシーフードのハンバーガーを口に入れながら、黙って話を聞いた。

 雪見がオメガというだけで、軽視されてきた過去。
雪見を守ろうとした二人のアルファの話は、少し大人びたお伽話のようだった。

 今では悠里と雪見が親友である事、佳充と雪見が今では心の底から愛し合っているという事も、全てが奇麗におさめられた物語のようだ。

 二人のホスト通いは、佳充の心配と雪見の嫉妬で起きている事を知り、甘い二人の関係に、ほっこりとした気持ちを生む。

 そして、学んだのは、女のアルファの扱いが社会的におかしいこと。
オメガだけではなく、アルファにもあった社会からの偏見と差別。

 梓は、無知な自分を恥じるしか無かった。

「どうしてこの話を……?」

 梓は疑問であった。
この話を梓にした所で、なんの意味があるのだろうかと。

「んー?あずちんがずっと暗いから、悩みあるのかなー?って」
「悩みを打ち明けるには、相手をちゃんと知らないとなかなか言えないでしょ?」
「そうそう、顔を知ってるだけでよくわからない人に、打ち明けるのって難しいじゃん」

 悠里と雪見の気遣いであった。
カラオケに誘ったもの、見かけただけなら話しかけていなかったという。

 梓の背中が、辛そうだった。

それだけの理由。

優しさに溢れた、人の心に梓は暖かい気持ちで満たされる。

「だからさ、あずちん。ちょっとでいいから吐き出そう?」
「無理にとは言わないから、いつか話して」

 どうしてこんなに良くしてくれるのか。
それを問えば、二人は柔らかな笑顔で応えるのだ。

 友達だと思ってるから。

 客と従業員という関係ではなく、友達と応えられた。
友達というより、常連のお客様という認識しかなかった梓は、二人の優し言葉に申し訳なさと嬉しさを混ぜた。

 梓が店で働くようになってから、ずっとお世話になってきた三人。
ホストとして、働く技術も知識も色んな事を学ばせてくれたほどに、この三人には感謝をしている。
友達と言われて、違和感を覚えるよりも先に、嬉しさが込み上げ安堵を感じた。

 だからこそ、打ち明けて良いものかと迷う。

けれども、梓は優しく差し伸べられる手を掴むことを選んだ。

 自分がオメガであること。
 事件の事。
 清武の事。
 清武の親に言われたこと。

 全て、順番にゆっくりと話す。
感情的にならないように、他人のせいにしないようにと。
けれども、やはりどこか保守的になってしまった言葉を並べていた。

 だが、全てに嘘はない。

「何それ!酷い!」

 話を聞いて、怒りを全身で表現する悠里が机を叩いて声を荒げた。

「梓ちゃん、今日は帰らないで四人でオールしよう」
「今日は休みだから、付き合ってやるよ」

 雪見と佳充も全身に憤怒の色を見せていたが、落ち着いたトーンで梓と話す。

 話してしまった後悔があるが、話したからこそ気持ちが少しでも楽になったような気がした。

 梓は久しぶりに、気持ちが安らいだように笑みを零した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

世界は残り、三秒半

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:16

【完結】ぼくのたからものー続「運命の番保険」

BL / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:59

【完結】幼馴染が妹と番えますように

BL / 完結 24h.ポイント:631pt お気に入り:2,486

恋した貴方はαなロミオ

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:70

「アルファとは関わるな」

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:164

Ω令息様?妊娠は絶対ですよ?

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:9

βくんは番に憧れる

BL / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:65

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

BL / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:77

明けの明星、宵の明星

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:180

チョコレートの罠(巣とはどういうものかしら 小話)

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:13

処理中です...