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それから数か月。光広と鉄平の同棲は、まだ続いていた。
大学の近くのアパートには、なかなか空きがなく、光広と鉄平は仕方なくシェアハウスという形で一緒に住んでいた。しかし、鉄平の荷物は最低限しか出されておらず、段ボールの中にしまわれている。それは、いつでも出ていけるように、という鉄平の心の中での準備だった。
ただの友達として過ごすには、あまりにも難しかった。
鉄平は、番の住むアパートに行ったきり帰ってこない。それが、当たり前のように感じられるようになっていた。
運命の効果なのだろうか。
大学で会う鉄平は、悟の横で優しく微笑んでいる。悟以外が目に入っていないようで、悟がいるだけで幸せだと言わんばかりの甘ったるい空気を纏っていた。
鉄平が見せる、あんなに優しくて愛おしそうな表情が、光広には信じられなかった。
自分に向けられたことのない、まるで他の誰かのために用意された表情のようだった。
たまにアパートに帰ってきては、衣類だけを持って出て行く鉄平。それでも、悟の住んでいるアパートは狭い六畳ワンルームらしく、広い部屋が見つかるまで荷物を置いたままの状態だ。光広の住むこのアパートは、もはやルームシェアではなく、鉄平の荷物置き場となっていた。
今日も鉄平は帰ってこない。無駄にアパートに戻る気にもなれなかった。まだ鉄平が好きで、諦められない感情が胸の中でこだましていた。情けないと思いながらも、三年間の思い出を過去にするには、自分の感情が未熟だと感じていた。
「おい」
講義終了後、聞き覚えのある声が響いた。
正隆だ。
「なんですか、センパイ」
悟と正隆は大学二年。一つ上の先輩で、正隆は確かに憎たらしいところもあるが、同じような被害者だと光広は思っている。正隆に文句を言ったり八つ当たりしても、何も解決しないだろうと感じてから、できるだけ関わらないようにしてきた。
自分と鉄平が別行動を取ったのは運命だった。悟が正隆と離れていた間に、鉄平が悟と出会ったのも、運命だったのだろう。
考えてみれば、正隆も大事にしていた相手を一瞬で奪われたのだ。お互い辛い思いをしている、可哀想な人間だと思うと、あの時の八つ当たりを後悔してしまう。
「落としたぞ」
正隆が手に持ったボールペンを差し出す。見覚えのあるそのペンは、光広が授業中に使っていたものだった。気づかぬうちに落としてしまったのだろう。
「ああ、どうも」
十分なお礼も言わず、光広はボールペンを受け取る。そのペンは、何年も前に売り切れ状態で手に入れることができなかった、思い入れのあるものだった。
雑誌のランダムプレゼントで当たったペンで、やっと手に入れたときの喜びは今でも鮮明に覚えている。見た目は正隆に似ている、物静かな男前なキャラクターのデザインだった。
「それ、好きなのか」
「別に」
光広は会話を続けたくない気持ちが強く、その場をさっと立ち去る。入学式以来、正隆とは何度か顔を合わせることがあったが、顔色を気にかけて声をかけてくることがあり、光広はできるだけ避けるようにしていた。
大きな大学ではないからか、校内で正隆の姿を見かけることがよくあった。その眩しい容貌に、無意識に目がいってしまう。
見たくないのに、目に入ってしまう自分が嫌になる。
早足で帰路を急ぐ光広。最近、少し速く歩くだけで息が切れることが増えていた。体力が落ちたせいだろうか。
体重が五キロほど減り、体調が不調を訴え始めていた。ヒートも遅れがちになり、体の調子が整わない。心身ともに疲れが溜まっているのだろう。
やっとアパートにたどり着き、カバンを床に投げ捨ててソファに沈み込む。静かな部屋はまるで空虚で、鉄平の荷物が残されていることが、その静けさをさらに冷たく感じさせる。
鉄平の衣類から漂う柔軟剤の香りが、部屋に溶け込んでいる。
それを感じるたびに、光広は胸が締め付けられるような痛みを覚える。
その香りが、鉄平の存在が、かつて一緒にいたあの日々の証拠であり、今はもう過去のものだという事実を突きつけられるようだった。
「何でだよ…何で俺じゃないんだよ」
その思いがこみ上げてくる。友達以上恋人未満だった三年間、光広は本気で鉄平が好きだった。そして今、鉄平はもう自分を必要としていない。
「会いたいよ…」
つい、弱音が漏れた。
鉄平の衣類をかき集め、鉄平の匂いを求める。
その香りが、少しでも寂しさを和らげてくれるならと思ったから。
大学の近くのアパートには、なかなか空きがなく、光広と鉄平は仕方なくシェアハウスという形で一緒に住んでいた。しかし、鉄平の荷物は最低限しか出されておらず、段ボールの中にしまわれている。それは、いつでも出ていけるように、という鉄平の心の中での準備だった。
ただの友達として過ごすには、あまりにも難しかった。
鉄平は、番の住むアパートに行ったきり帰ってこない。それが、当たり前のように感じられるようになっていた。
運命の効果なのだろうか。
大学で会う鉄平は、悟の横で優しく微笑んでいる。悟以外が目に入っていないようで、悟がいるだけで幸せだと言わんばかりの甘ったるい空気を纏っていた。
鉄平が見せる、あんなに優しくて愛おしそうな表情が、光広には信じられなかった。
自分に向けられたことのない、まるで他の誰かのために用意された表情のようだった。
たまにアパートに帰ってきては、衣類だけを持って出て行く鉄平。それでも、悟の住んでいるアパートは狭い六畳ワンルームらしく、広い部屋が見つかるまで荷物を置いたままの状態だ。光広の住むこのアパートは、もはやルームシェアではなく、鉄平の荷物置き場となっていた。
今日も鉄平は帰ってこない。無駄にアパートに戻る気にもなれなかった。まだ鉄平が好きで、諦められない感情が胸の中でこだましていた。情けないと思いながらも、三年間の思い出を過去にするには、自分の感情が未熟だと感じていた。
「おい」
講義終了後、聞き覚えのある声が響いた。
正隆だ。
「なんですか、センパイ」
悟と正隆は大学二年。一つ上の先輩で、正隆は確かに憎たらしいところもあるが、同じような被害者だと光広は思っている。正隆に文句を言ったり八つ当たりしても、何も解決しないだろうと感じてから、できるだけ関わらないようにしてきた。
自分と鉄平が別行動を取ったのは運命だった。悟が正隆と離れていた間に、鉄平が悟と出会ったのも、運命だったのだろう。
考えてみれば、正隆も大事にしていた相手を一瞬で奪われたのだ。お互い辛い思いをしている、可哀想な人間だと思うと、あの時の八つ当たりを後悔してしまう。
「落としたぞ」
正隆が手に持ったボールペンを差し出す。見覚えのあるそのペンは、光広が授業中に使っていたものだった。気づかぬうちに落としてしまったのだろう。
「ああ、どうも」
十分なお礼も言わず、光広はボールペンを受け取る。そのペンは、何年も前に売り切れ状態で手に入れることができなかった、思い入れのあるものだった。
雑誌のランダムプレゼントで当たったペンで、やっと手に入れたときの喜びは今でも鮮明に覚えている。見た目は正隆に似ている、物静かな男前なキャラクターのデザインだった。
「それ、好きなのか」
「別に」
光広は会話を続けたくない気持ちが強く、その場をさっと立ち去る。入学式以来、正隆とは何度か顔を合わせることがあったが、顔色を気にかけて声をかけてくることがあり、光広はできるだけ避けるようにしていた。
大きな大学ではないからか、校内で正隆の姿を見かけることがよくあった。その眩しい容貌に、無意識に目がいってしまう。
見たくないのに、目に入ってしまう自分が嫌になる。
早足で帰路を急ぐ光広。最近、少し速く歩くだけで息が切れることが増えていた。体力が落ちたせいだろうか。
体重が五キロほど減り、体調が不調を訴え始めていた。ヒートも遅れがちになり、体の調子が整わない。心身ともに疲れが溜まっているのだろう。
やっとアパートにたどり着き、カバンを床に投げ捨ててソファに沈み込む。静かな部屋はまるで空虚で、鉄平の荷物が残されていることが、その静けさをさらに冷たく感じさせる。
鉄平の衣類から漂う柔軟剤の香りが、部屋に溶け込んでいる。
それを感じるたびに、光広は胸が締め付けられるような痛みを覚える。
その香りが、鉄平の存在が、かつて一緒にいたあの日々の証拠であり、今はもう過去のものだという事実を突きつけられるようだった。
「何でだよ…何で俺じゃないんだよ」
その思いがこみ上げてくる。友達以上恋人未満だった三年間、光広は本気で鉄平が好きだった。そして今、鉄平はもう自分を必要としていない。
「会いたいよ…」
つい、弱音が漏れた。
鉄平の衣類をかき集め、鉄平の匂いを求める。
その香りが、少しでも寂しさを和らげてくれるならと思ったから。
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