きもちいいあな

松田カエン

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王国崩壊編

149.逃げて追って、そして。

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 肉棒は何やらいろんなサイズのオナホをユストゥスに手渡していた。尻の形のもの、膨らませば人の形になるものなどだ。魔族はそういう物しか作らないのだろうか。
 ユストゥスは眉間に皺を寄せて考えていたが、最後に私を見ては最初に私の魔力を通した筒状のオナホのみを貰って、残りは突き返していた。

「クンツにゃこれ」
「うん?」

 これ、と肉棒が差し出してきた箱を開ければ、よく見知ったフォルムの張り型だった。物珍しいのは萎えた状態だということだ。
 持って揺らすと「あっ♡」と気持ち悪い声を肉棒が上げるものだからぎょっとしていると、ユストゥスにすぐさま奪われて両手でぶちりっとねじ千切られた。

「ぎゃっ」
「……ユストゥス、気持ちはわかるけどやりすぎだね。それが本当にフィルジのペニスと感応してたらどうするの」

 ヒュギル様が呆れた声を上げ、肉棒が真っ青な顔で股間を押さえこんでいる。テーブルにねじ切ったブツの残骸を投げたユストゥスは鼻を鳴らした。

「クンツの様子見るに、ある一定以上の痛覚は遮断する機能もあるんだろ?ずっと感覚が繋がってるわけじゃねえようだしな」
「その洞察眼は恐れ入るね」
「にしたって千切ることねえだろうが!」
「うるせぇな!俺がいるし寮には仲間もいるんだよ!……ヒュギル。俺に消音魔法を戻して、そろそろ俺たちを帰してくれ」

 ユストゥスはどうやら肉棒が嫌いらしい。私は別に肉棒の肉棒があってもよいのだが。私の肩を抱き寄せたユストゥスは、もう用はないとばかりにそう告げた。ヒュギル様が目を細めて頷く。

「もちろん帰すね。全てが片付いたら……ユストゥス、忘れてないだろう?」

 蠱惑な微笑みにユストゥスが私を見やった。肩を抱いた手が私の腰へと降り、身体を密着させる。っちか、近い!
 私を抱き寄せる手の節や、手の平の体温。近距離でうっすらと感じる男の匂いに、私の身体は勝手に脈を速めて体温を上げてしまう。また無意識に力を込めてしまいそうで私は固まってしまった。

 そんな私の額にちゅっと口づけを落とすと、なぜだかユストゥスは私の下腹をゆっくりとなでた。思わず後ずさるとすぐにその手は離れていく。

「……わかってる」

 私の奴隷はなぜか少し苦しげな表情をしている。それでも頷いたことでご主人様は満足したようだった。
 魔法陣で部屋を移動し、そしてあれよあれよという間に馬車に乗せられる。見送りはヒュギル様と肉棒で、中に乗ったのは私とユストゥスだけだった。

 ぐったりと馬車のソファーに沈み込む男は、どうも疲れているらしい。目を閉じて眉間を指で揉んでいる。群青騎士の専属奴隷らしく消音魔法を舌に戻されたユストゥスは静かだった。
 私は揺れる馬車内の中、ソファーに膝を着いて正座し、隣のそのくたびれた表情の男を眺めた。目元のしわ、しっかりとした鼻筋。私の腰を痺れさせて動けなくする鋭い眼差しは、まぶたに覆われたままだ。見つめられるとまた無体なことをしてしまいそうだったから、目を閉じて微動だにしていないのは観察するのにちょうどよかった。

 この男と……おまんこしなければいけないのか。

 さっき筒でされたことを思い出すだけで羞恥が立ち上る。他の誰であろうと私の身体を好きに使ってもらって構わないのに、その相手がこの男にすり替わることを考えるだけで、横顔すら見ていられず視線を落とした。
 馬車がまだ慣れない新寮の前に止まり、私とユストゥスが降り立つとバルタザールが出迎えてくれた。

「お疲れ様!ご実家どうだった?」
「あ、ああ、うん……変わらなかった、ぞ」

 そうだ。私は実家に帰るという話で馬車に乗りヒュギル様のところに行ったのだった。どうも記憶がぼやけて霞む。特に私は誰かといたようなのだが……いや、おそらくユストゥスと一緒にヒュギル様のところに行ったのだろう。手話を使うこの男が私の隣に立っていることに、バルタザールは少しも違和感を覚えていなかった。
 本当に……ユストゥスは私の専属奴隷で、私の身体の隅から隅まで知っているのか……。
 そう思うと頬が火照る。少しだけユストゥスと距離を取ろうとすると、バルタザールが不思議そうな表情をした。

「どうしたの?具合でも悪い?」
「ああいや、何でもないのだ」

 ゆっくりと頭を振るとユストゥスが私の腰に手を伸ばしてきたので、すっと避けてしまった。避けたと言ってもほんの一歩隣にずれただけである。ただそれだけだ。
 だというのにユストゥスが、もう一歩足を進めてきた。そんなことをされれば私も動かざるを得ない。もう数歩ズレる。ユストゥスに触れられるのは嫌ではない。嫌ではないのだが……。
 はあっとユストゥスがため息を付いた。

「べっ、別に嫌ってるわけでは、ない……」

 誤解をされたくなくてそう言葉がまろび出た。こちらに向けられる視線とかち合いたくなくて、視線を斜め下にずらす。でもそれだと喋れないユストゥスの様子がわからない。
 のでちらっと見上げると、ばちりと視線が合ってしまい、顔に熱が集まるのが止まらない。
 堪らずといった表情でユストゥスがもう一度手を伸ばしてくるのを避ければ、「なにしてるの……?」とバルタザールに訝しがられてしまった。

「いやなにも、っ」

 私がバルタザールに気を取られたのが良くなかったのだろう。いつの間にやらがっちりとユストゥスに手首を握られてしまった。

「はっ……離してくれ!」
「!」

 もう片方の手でユストゥスの手首を強く掴んで、引き剥がして距離を取る。また私が手加減できていなかったのか、ユストゥスは顔をしかめながら手首をもう片方の手で覆った。
 どのように私はこの奴隷に相対していたのだろうか。全くわからない。記憶がないというのももどかしい。
 微妙な空気を醸し出す私たちをバルタザールが凝視していることに気付いて、私はバルタザールを盾にすることにした。

「に、任務があるのだろう?詳しく教えてくれないか!寮監室!寮監室に行こう!」
「えっちょっ、お、押さないでよクンツくんっ!ぅわわっ」

 転びかけそうになるバルタザールの背をぐいぐいと押して玄関近くの寮監室に向かう。
 マインラート……カインザートに狙われるだろうという貴族の警護の話だ。先輩方も他の貴族の元へと詰めているため、寮内は静かで少し寂しさを感じる反面、私も役に立たなければならないと決意を新たにする。

 ざくざくとユストゥスの視線が私の背に刺さったが、完全に無視することにした。

「えっとね、これがクンツくんに警護してもらう御方の資料だよ」

 私に追い立てられるようにして寮監室に戻ったバルタザールは、ずり落ちかけた眼鏡を指で押し上げると、引き出しから紙の束を取り出して私に差し出した。
 受け取って資料に目を落とす。ユストゥスが近づいて覗いて来ようとするので、私はバルタザールの背後まで逃げた。

 私の護衛対象はガスパレオ・ザイグレンター卿。

 御年64歳と高齢である。地位は公爵だが、すでに隠居されており領地で過ごされているとのことだった。簡単な経歴や家族構成が書かれているが、正妻と妾が3人とある。10人以上子はいるようだが、同じ屋敷に住んでいないらしい。

「そこまでエリーアスくんとは接点ない人ではあるんだけど……自分も狙われてるのに騎士を派遣しないのは何事だってうるさいらしくてね。それと、自分を守るならリンデンベルガーの騎士がいいって」
「ほう?……指名してくれるのは嬉しいが、どうしてまたリンデンベルガーなのだ?」

 正直、リンデンベルガーの騎士はそこまで練度は高くない。群青騎士となったからこそ私も他より一つ頭が抜きん出てはいるものの、そのアドバンテージがなくなれば他と変わらないだろう。

「そこまではちょっと聞いてなくてね。先方にはもう明日には向かうよう連絡済みだから、今日は体調を整えて早く寝て、明日に備えてね」

 クンツくんまでいなくなると寂しいけど。とバルタザールは苦笑しながら告げた。
 ひとまずはまたカインザートにどなたかが襲撃されれば、情報が入った時点で連絡をくれるそうだ。優先順位が高くなる、つまり狙われやすくなる場合は他の護衛対象の元に向かう可能性もあるし、またその逆もあるらしい。
 警護対象を守りつつ、カインザートを殺害するのが私たちの任務だ。拠点も探っているらしいが、神出鬼没で情報が少ない。だからこそ対象者を個々で警護している。

「どうせなら対象者を一堂に集めてしまえば、こちらも対策が取りやすいのではないか?」

 私にしてはいい考えが浮かんだと嬉々としていると、バルタザールにしゃがむように手で指示される。その場に膝を着くとよしよしと頭を撫でられた。

「みんな偉い貴族だって思い出してよクンツ。だめもとで打診はしたけど、断られたらしいよ」
「そうか……」

 残念な気持ちになったが、頭を撫でられたので良しとしよう。頬が緩むのを自覚しながら私は下からバルタザールを見上げた。
 にっこりと微笑むと微笑み返される。そのままにこにこと笑い合っていると、ユストゥスがとんっと机を叩いた。視線を合わせないように顔を向ければ、手話で意思を伝えてくる。

<じゃあ俺は、クンツの鎧整備してくるから>
「……、……」
「うん、よろしくねユストゥス」

 ユストゥスが立ち去るのを見送り、私は立ち上がった。ドアを開いてユストゥスの背中を眺める。私の奴隷は一度も振り返らずに倉庫へ向かっていった。

「今日様子が変だけど、ご実家で何かあった?ユストゥス、気落ちしてたよ」
「なにもないぞバルタザール。ではな」

 ひらひらと手を振って私はユストゥスを追いかけ始めた。近くにいると目も合わせられないのに、離れると気になってしょうがない。
 ユストゥスは倉庫の中で私の鎧を取り出し、丁寧に磨いたり油を差したりし始めた。開け放たれたままの倉庫の入り口からそっとのぞき込んでその真剣な横顔にうっとりとする。

「どうしてこんなに凛々しいのか……はあ」

 ずっと眺めていても飽きることがない。誰もいないからこそ誰にも邪魔されず、私はユストゥスの作業を見守った。
 時折ユストゥスがこちらに視線を投げかけてくるが、素早い反射神経で隠れる。そしてまたユストゥスが作業に戻るとじっくりと堪能した。
 長いような、短いような時間が過ぎて私の鎧の手入れを終えると、ユストゥスが立ち上がった。出てこようとするので慌てて離れて、今度は廊下の曲がり角からそっとユストゥスを覗き込む。すると何の用なのかこちらに向かって歩いてくるので、さらに廊下を走って離れた。もう一度別の廊下の角からユストゥスを見ようと振り返ると、思いのほか近い距離にユストゥスがいて驚く。

「わあっ」

 新寮はコの字型の二階建てだ。端まで行ったところで階段を駆け上がった。同じ階段が逆側にも付いている。振り返るとユストゥスがだんだんと速度を上げて追いかけてきていた。角を二つ曲がり、階段を駆け下りる。

「おいっ、かけて、来ない……?」

 降りきったところで恐る恐る階段上を見上げても、人の気配がなかった。追われていると思ったのは単なる私の気のせいで、二階に用があったのかもしれない。二階は騎士の部屋しかないが……もしかしたら専属奴隷というからには、私の部屋に行ったのだろうか。
 その部屋に戻らなければいけないことを考えると、動きが止まってしまう。
 今の寮には奴隷の部屋はない。皆それぞれ同室で過ごしている。
 性交後は同じ部屋で、同じベッドで寝るのだ。もしかしたら私も今まではそうだったのかもしれないが、今は……。

 ユストゥスと、どどど、同衾など……っ恥ずかしいっ!そんな破廉恥なこと出来るはずがないっ!

「こうなったらどなたか先輩のお部屋を借りて……」

 廊下で考え込んでいたのがいけなかったのか、背後から抱きしめられた。その腕が、匂いが紛れもなくユストゥスで、反射的に裏拳で殴りかける。
 その手首を掴んだユストゥスの手首に私の手型の痣が浮き出始めているのに気づいて、私は身を硬くした。

「っや、いやだ、ユストゥス。これ以上怪我をさせたくない。私に触らないで欲しい……っ」

 自分を抱きしめるように、手を出さないようにぎゅっと強く両手で肘を掴む。後ずさるうちに壁際まで追い詰められてしまった。視線が潤むのを感じる。

<くっそかっわいい!>

 真面目な顔で何をいうのかと思いきや、ユストゥスの手話は力強く心情を吐露していた。ええ……?

<なあ、お嫁様。そんなに、……そんなに俺のこと好き?>

 ユストゥスがその質問を私にすることに、どれだけの想いが篭っているかなど知る由もない。

「え、なに……えっ、およめさまって、……そん、まだ知り合って間もないというのに……っ」

 ユストゥスにとっては違うのだろう。けれど私の体感としては昨日知り合ったばかりの人間。そういう感覚だった。直後にその……いやらしいことをされてしまったが、それでも。
 退路をそわそわと探す私に、ユストゥスが何か言いたげに目を細めた。

<……そうだな。悪い。やり直しさせてくれ>

 ユストゥスが急に片膝を膝をついた。ユストゥスの手がゆっくりと私にもわかりやすく動く。

<愛してるクンツ。結婚してくれ。俺の妻になってほしい>
「けっ、っけっこんっ?!」
<クンツが好きなんだ。お前と夫婦になりた>

 ユストゥスの手話が不自然なところで途切れたのは、足の力が抜けてしまった私がその場にしゃがみ込んでしまったからだった。私の身体をユストゥスが抱き留める。

「好き?お前が私のことを?」
<そうだ。好きだ。嫌か?>
「いや、では、ない……すき?けっこん、つ、つま……」

 上気した頬を抑えて男を見やる。至って真顔で、嘘を付いている様子も揶揄っている様子もない。
 ユストゥスはゆっくりと深呼吸を繰り返し、何度か自分の手や指を軽く揉みこんだ。

<お前の気持ちを、聞かせてほしい>

 丁寧だったが、言葉代わりの指先が少しばかり震えていた。


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