希うは夜明けの道~幕末妖怪奇譚~

ぬく

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第1章 土佐の以蔵

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頬が熱くなるのを感じる。
訝しげに自分を見る半平太から思わず目をそらし、しどろもどろになりながらも以蔵は小さな声で答えた。


「剣の……、練習。…あんたの振る剣が、綺麗で……。振ってみたくて……」


 驚いたのか、目を丸くしじっと以蔵の顔をみる半平太。その視線に、以蔵の顔はさらに紅潮した。

「朝も……生垣の隙間からあんたの剣を見ちょった……。見つかって思わす逃げてしまったがじゃ……。……すみま、せん……」


 消え入るような声で、以蔵は謝罪の言葉を述べた。
 半平太はそんな彼の様子を見て、二、三度目を瞬かせる。
そしておもむろに足を踏み出し、以蔵の方へ近づいていく。
眉間にしわを寄せ、複雑な表情を見せたまま向かってくる彼に、以蔵は肩をびくんと震わせた。


「な……。なんじゃ……」


 以蔵は不安な心を必死で隠し、上目勝ちに半平太を見つめた。
彼は無言のまま、困惑とも怒りともつかない表情を浮かべている。しかしその歩みを止めようとはしなかった。
なんなんだ。怒られるのか。竹林に無断で入った自分を。朝、隠れて屋敷の中を覗いていた自分を。

 半平太が一歩進むたび、以蔵はじりじり後ずさりした。
 しかしそこは狭い空間の中。すぐに後ろの竹に背中がぶつかってしまった。

 以蔵は目の前に立つ半平太を見上げ、ごくりと息を呑んだ。
 ゆっくりと、半平太の右手が動く。
 叩かれる!
 以蔵はそう思い、ぎゅっと目を閉じた。

 しかし、半平太の掌が以蔵の頬に当たることはなかった。


「以蔵。お前は、いつもこんなもので、独りで剣の練習をしているのか」


 半平太は、笹の柄を握る以蔵の右手に触れていた。
 何もされないのだろうか。そう感じた以蔵は以蔵は恐る恐る目を開く。
 そして、自分の右手に触れる半平太の表情を見てはっとした。

 彼は、とても悲しそうな顔をしていたのだ。眉を下げ、その口元は何か物言いたげにうっすら開いている。
 そんな半平太の様子を見て、以蔵は驚きつつもその緊張を解いていった。小さな声でいいえ、と答え、半平太に向かって自分の状況を話す。


「いつもは……違う。たまたま今日は木刀を忘れただけちや。けんど、独りで、ちゅうのはおうとる。……いえは貧しいし、わしはこの髪じゃし。どこかの道場へ行く金もなければ、練習する相手もおらん」
「……それで、竹藪の中で……?」
「ぞうじゃ。わしはこの髪じゃ、町なんかで素振りしちょったら商家のやつらに邪魔されるき……。ここは、前にたまたま見つけて……。わしの畑からも近こうて。あんたの場所なら……もう……」


 以蔵は目を伏せて答える。左手で髪の毛をくるくるもてあそんだ。しかし半平太はゆっくり首を横に振る。
 彼は以蔵が笹の柄を握りしめた手をゆっくり開かせた。
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