希うは夜明けの道~幕末妖怪奇譚~

ぬく

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第1章 土佐の以蔵

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「さて、何処から話すか」


 以蔵と半平太は客間で向かい合い座っていた。ほかに誰もいない広い家には静かな時間が流れゆく。
 外の鳥の鳴き声や、庭の木々が揺れる音。
 いれたての茶の香りが鼻孔をくすぐる。
 自分の住む狭い長屋とは大違いだ。
なれない空気に少し落ち着かなさを感じ、以蔵は身体を固くした。

 そんな以蔵の緊張をほぐすように、半平太はふわりと笑って口を開く。


「…そうだな。まずは今の幕府について何か知っているかい?」
「いいえ。幕府の人間が上に立ち、妖怪混じりはあまり高い地位につけない、としか……」


 以蔵が首を横に振ると、半平太はそうか、と答えて一口茶をすすった。
 それから口を開き、語り始める。


「まずは日ノ本の状況からだ。元々日ノ本には人間と妖怪や神霊が棲んでおり、遥か昔はそれらが協力して生きてきたことは知っているね。その結果生まれたのが我々妖怪混じりだということも。そして天下分け目の戦い以降妖怪混じりは戦いに勝利した西軍、つまり人間軍に支配されるような形となり、今の階級構造ができた」
「はい。そこまでは、昔、親から言い聞かされちょったところです。そして妖怪や妖怪混じりが今の幕府に不満を抱え、過激派の中には倒幕を目論む者もいる、と……」


 以蔵は顔に戸惑いの表情で答えた。
 半平太が幕府の状況や人間と妖怪混じりの争いの事を話し始めた時点で、彼が気をつけろといっている理由に検討がつき、そしてそれに疑問を浮かべたからである。

 きっと先生は妖怪混じりの過激派の事を言っているのだろう。

 詳しくは知らないが、倒幕派の妖怪混じりたちは長州を始め、主に地方の藩で数を増やしているらしい。そして過激派の妖怪混じりたちは、その中でも特に強い思想を持っているようで、いざとなればどんな手段でも厭わないという。

 しかしこの話は、今に始まったことではない。

 少なくとも、以蔵がまだ教え処に通っていた時には、すでに妖怪混じりたちの中で広まっていたはずだ。それこそ以蔵が知っているほどには。

 あの頃よりも少し勢力が増したとはいえ、ここ一、二カ月で急に成長していることはないはずだ。
 それなのに、半平太が稽古終わりに言うことには『最近』がつく。
 彼の今の言葉と自分の憶測を踏まえると、余計に半平太が注意する理由がわからなくなった。
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