やがて始まるリベリオン

塚上

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第一章 悪役として

第五話

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 指導が始まり二ヶ月が経った。
 本来であれば素振りから始め剣に慣れさせることを第一目標に据えるが、ジークには必要が無いので実践形式に重きを置いて指導が行われた。
 立ち会う毎に成長を感じ、しなやかで鋭い剣筋を幾度もなく見せ付けられる。
 自然と指導に熱が入り剣を振っている間だけは日々の充実感を得る事が出来た。息子が倒れて以来感じた事のない感情であった。

「――そこまで。少し休憩にしましょう」

「ふん。スタミナは歳相応のようだな」

 相変わらず口は悪いがそれだけでは無いと最近思うようになった。
 鍛錬は日によるが半日を基本に行われる。その過程で休憩時間が設けられるが、水分の差し入れやちょっとした軽食が振る舞われる事もあった。
 指導者に気を遣っての可能性もあるが、選民思想が強いラギアス夫妻がその様な対応を取るとは思えない。
 それとなく使用人に確認をしたところ、ジークが指示を出しているようだった。何故かは分からないが両親に悟られないように。

「いつもありがとうございます。ジーク様」

「何の話だ。くだらん事を言ってないでさっさと休憩しろ」

 お礼を言ったところでまともな返答はないが、礼には礼を信条にこれまで生きてきた。例え相手が子供であり、評判の悪いラギアス家であったとしても関係無かった。

「レント領から来ているだと……。フン、貴様のようなみすぼらしい奴はラギアス領には近づくな」

「息子がいる……。用が済んだらさっさと失せろ」

「外せない所用が出来た? 貴様がいたところで大して変わらん。片付くまでは顔を見せるな」

 聞き手によっては辛辣な言葉を浴びせられているかの様に聞こえるが、どれもジークなりにブリンクを気遣っていると感じ取れる。
 
 強弁な態度の裏に何があるのか。両親の前で自分を偽って何を成そうとしているのか。
 剣の才能だけではなくこの少年の本質、行き着く未来に何があるのか。
 良くも悪くも気になって仕方がないブリンクであった。

(冗談じゃないぞ⁉︎ この人に辞められたら次がいつ来るかも分からないぞ⁉︎)

 浩人としてはブリンクが気を損なわないよう細心の注意を払っていたに過ぎないが。全ては自分の命のためだった。



✳︎✳︎✳︎✳︎



 最近息子の容態が悪化した。寝たきりの生活ではあったが、日常的な会話をしたり本を読む等体に大きな負担が掛からなければ問題無かった。 
 それが今では少し体を動かすだけでも難しくなり、無理に動けば全身に痛みが生じる程になった。食事は流動食が基本となり、夜は痛みによりうなされながら気絶するように眠る。
 病気の原因は特定出来ず医師からはもう長く無いと宣告された。
 金はいくらでも出すと協力者を募ったが好ましい結果は得られなかった。
 ブリンクは絶望の淵に立たされていた。

「――貴様。その体たらくは何だ」

 気付けばジークの剣が喉元に突き付けられていた。

「ジーク様、失礼しました。少し考え事を」

「貴様がいた騎士団は訓練で考え事が許されるのか。随分都合の良い職場だな」

「いえ、そういうわけではなく」

「だったらその間抜け面をどうにかしろ」

 ジークの言ってる事はもっともだった。私情を持ち込んでいいはずがない。だがブリンクには正常な判断能力が失われる程、心身ともに衰弱していた。

「……何を悩んでいる。凡人の浅はかな考えでは時間を無駄に浪費するだけだ」

「これは個人的な事情でして」

「話せ、命令だ。雇い主に逆らうのか?」

 人によってはジークに激昂してもおかしくはない。しかしブリンクにはもう縋る相手がいない。例え息子と変わらない十二歳の少年であったとしても、話を聞いて欲しかった。

 ブリンクは一年程前から息子が倒れた事を話した。多くの医師に見せたが日に日に衰弱し、今では痛みで体が動かせないと涙を堪えながら語った。

「動けば体が痛むだと……。もっと詳細に話せ」

 寝たきりではあったが、会話や食事には問題無かった。それが急に悪化し痛みで寝返りも打てない。体が石に変わっていくようだった。

「――バカか貴様は。ただの医者に見せて治るわけがないだろうが」

「……それは一体どういう意味でしょうか」

「直接見てないから断定はできん。だが症状を聞く限りでは魔力硬化症である可能性が高い」

『魔力硬化症』。人によって差はあるが誰もが生まれながら魔力を持っているのが『ウィッシュソウル』の設定にある。
 血液が体を循環するように魔力もまた循環している。血液の流れが絶たれれば、細胞は腐りやがて壊死する。では魔力の場合はどうなるか。
 体内の魔力が何らかの原因で循環が止まればその周辺が少しずつ硬化していく。初めは体の不調を感じる程度たが、だんだんと症状が悪化し動けなくなる。最終的に体全体に硬化現象が広がりやがて死に至る。
  
「魔力硬化症? そんな病気聞いた事がありません。それに回復魔法は何度も試しました……。でもダメだった!」
 
「魔力硬化症に回復魔法は効果が無い。それだけだ」

「では私はどうすればよかったのですか⁉︎ 息子とただ静かに過ごしていければそれでよかった。どうしてこんなことに……」

「もう死んだかのような言い草だな。諦めるのか?」

「私にはもう……」

 寝る間を惜しんで何度も探した。騎士としての激務をこなしながら医者や魔術師、文献を頼った。それでも息子が快復することは無かった。

「……特効薬があると言ったら貴様はどうする?」

「特効薬? 薬師にも尋ねましたがそんな物は」 

「バカか。無いなら作ればいいだろう」

「いくら貴族様でもそう簡単に特効薬を作れるわけがありません」
 
「何度も同じ事を言わせるな。見殺しにするのか?」

「……何かご存知なのですか?」

「バジリスク。奴が特効薬の要になる」

「――っ! バジリスク……。毒竜ですか」

 毒竜バジリスク。作中でボスとして登場する魔物の一体である。
 翼が退化しているため空は飛べないが、その分強力な鉤爪を持つ。一撃を喰らえば大ダメージとなるが、何より厄介なのが毒を含んだブレス攻撃になる。
 
 毒の状態異常をもたらす敵は他にもいるが、バジリスクの毒は一度の回復魔法で治ることがない。複数回使用する事で初めて毒状態が解除される。
 回復するまでは継続ダメージとなり、ダメージ量も時間経過で倍々となる。

「何故バジリスクなのですか? それに討伐となるとリスクが高過ぎます」

 何故と言われてもゲームの設定だとしか答えようがない。バジリスクの毒袋や鱗、特異な薬草を合成して特効薬ができると記憶している。原理なんて分かるはずもないが、無理矢理押し通す浩人。

「いちいち喚くな。貴様に選択肢があるのか?」

「それは……」

「寝たきり、少し動くだけで痛みが生じる。もう末期だ」
 
 ブリンクの顔が悲痛で歪む。

「失敗すれば死に、何もしなくても死ぬ。  ――もちろん病気の見当違いでもな」 

 初めて得た具体的な治療の糸口。もう何も失いたくない。

「選べよブリンク。理不尽な現状を変えたいのなら」

 ジークの鋭い眼光が己を突き刺す。青く冷たいその瞳は日和見は許さないと物語っているようだった。

「……ジーク様。どうか息子を助けるために協力して下さい」

 息子と同い年の少年に縋る。本来であれば取り得ない選択肢だが、もはや手段を選ぶ状況ではない。

「ふん、ならとっとと支度しろ」

「支度と言われましても。先ずは毒竜の棲家を調べないことには」

『ウィッシュソウル』を何度もプレイした浩人からすればバジリスクの生息地はもちろん、攻略法もバッチリ把握している。懸念点としたら原作知識がこの世界で役立つかだが。
 
「低能だな。あてもなく情報を開示するわけないだろうが。やつはトーク山脈にある洞窟で眠りについている」

 浩人が目を付けたのは、メインストーリーに絡まない別個体のバジリスクだった。
 都合が良いことにトーク山脈もラギアス領からそう遠くない。

「――! 棲家を特定できてるなら急いで増援を」

「バカなのか貴様は。わざわざ眠りこけてる竜を起こす奴がいると思うか。そもそもそんな時間は無い」

 元騎士団の連隊長の頼みとはいえ、確証の無い特効薬のために騎士団が協力するとは思えない。下手をすれば民間人に被害が出る。

「では……」

「当たり前だ。俺達二人でやるんだよ」

 善意だけでブリンクを救うわけではない。初めての実戦経験を積めるチャンスであり、この世界の仕組みを知る機会にはちょうどいい。なによりせっかく得た指導者をそう簡単に失うわけにはいかない。

「いいか。これから俺が言う物全てを集めて明日来い。そのまま馬車で麓まで行く」

「分かりました。しかし御両親にはどう説明しますか?」

「そんなもの、実戦経験のためだと伝えておけば問題無い。それに一日で終わるからな」
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