やがて始まるリベリオン

塚上

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第二章 別れ

第三十五話

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 遠くから感じる膨大な魔力に冷気を帯びた魔法。直接目にしなくとも分かる。あれはジークによるものだということが。

「君も来ているのかい、ジーク……」

 体は疲弊し細かい傷も増えてきた。魔力にも限りがあり使える魔法は残り少ない。それでも力が湧いてくるのはあの悪友の影響なのだろうか。

「な、何かヤバい連中が急に出てきたな……」

「あなたの体勢も相当よ……」

 戦場にも関わらずスキニーは大の字で横になっている。スタミナは底を突いていた。

「何やらラギアスという声が聞こえてくるが……」

「うーむ。見慣れない鎧……少なくとも騎士団ではないの」

 情報が正確に伝わってこない中央に位置する各小隊。依然魔物の侵攻はあるが数は大きく減っている。

「敵ではありません。あれはラギアスの私兵です」

「そうなるよね。ラギアスを騙った偽物なんて意味ないからね。――グラヴィティ!」

 重力を司る魔法により魔物を押し潰すヨルン。第一小隊を始めとした各小隊が持ち堪えているのは優秀な個による働きが大きい。逆に言えばその柱が折れてしまえば、最悪の結末を迎えることになる。

「それでルーク。君の友人は頑張ってるようだけど君は……ここまでかい?」

「何故、僕らの関係を……?」

「そのための身辺調査だからね」

 何気なく会話をしているようだが、魔法による攻撃は止めない。しっかりと戦況を把握しているのは流石といったところか。  

「現状僕らは中央から離れることは難しい。でも魔物は増援部隊の更に奥からやって来ている」

 迫っていた魔物のスピードが極端に落ちる。重しを付けられたかのようだ。

「守りに徹していても好転はしない。攻めよりも守る方が辛いし、体力に魔力……どちらも時間の問題だ」

 動きが鈍ったところを魔法で生成した岩の礫をぶつけて一掃する。

「つまり……状況を打開するにはこちらから仕掛けるしかないんだ」

 スキニー達三人、そして他の受験者や負傷して動けない騎士。魔力が底を突いた魔術師。彼らを一目して最後にルークへと目を向ける。

「ここの守りを放棄してね……」

「それは、つまり」

「小を捨てる時が来てしまったんだよ」

 息を呑むルーク。騎士になればいつかはそのような日が来るかもしれないと思っていた。理想だけで世界は回らない。分かっていたことだ。

「ラギアスの私兵も今は優勢だけど永遠に戦い続けることは不可能だ。そもそも彼らには命を張る理由が無い」

 一人で駄目なら二人。それでも駄目なら複数で。個を活かし時に全で対処する私兵達。あわせて援護や治療も行なっている。ペース配分を無視した明らかなオーバーワークであった。

「僕レベルの人間は前線に加わる必要がある。自分で言うことじゃないけどね……」

 選択をしなければならない。命を秤に掛けることを。何かを捨てることを。

「強制はしない。君は国軍に所属している訳じゃないからね。君の実力なら逃げることも可能なはずだ。王都に助けを呼びに行ったっていい」

 もう知っていたはずだ。世の中には抗いようのない理不尽があることを。
 遠方では雷魔法により大地が焼けている。新手の敵が現れたのかもしれない。

「……とっとと行けよ。ルーク」

 枯渇していたはずの魔力を感じる。短時間で魔力が回復する方法は限られる。休息による回復、それ以外となれば。

「これは、マナサプライ……?」

 ポーションによる回復、その他には魔法による回復手段がある。他者の魔力を回復するか、己の魔力を与えるか。スキニーが選択したのは後者であった。

「唯一使える魔法だ。俺は魔法の才能は無えし、体力も無い。だから、これくらいしか覚える魔法がなかったんだよ」

 スタミナだけではなく魔力も無くなったスキニー。今にも風で吹き飛んでしまいそうだ。

「分かってたんだよ。俺が一次試験を突破できるはずがないってな。……だからお前に当たっちまった」

 剣の扱いには多少の自信はあったが、それを活かす体格や体力に恵まれなかった。生まれ持ったものを変えることは難しい。だから連隊長の息子であるルークを妬んでしまった。

「お前は凄えよ。剣も魔法も人柄もな。だから、俺みたいなクズを守るために死ぬんじゃねぇよ」

 ルークの魔力が更に回復する。ナハルやカルムも同じ魔法を使っていた。

「俺達が助かるのは不可能に近いからな」

「ただの足手まといで終わるのはごめんよ……」

 今の自分に出来ることを。各々が現状を正しく認識していた。

「どうして……僕達は数時間前に知り合っただけの間柄なのに」

「……十分じゃねえの? 命の危機を共にしてるんだからな」

 オーパの剣は激しい戦闘の影響で折れてしまっている。刀身が欠けた状態にも関わらず奮闘している様子は最後まで諦めるつもりはないようだ。

「不味いね。取りこぼしが結構来てる。……全員伏せて。大技行くよ!」

 雄叫びを上げながら突進してくる屈強な肉体をした魔物。牛頭人身のミノタウロスが大斧を振り回しながら迫る。ヨルンの魔法が先か。それとも振り下ろされる大斧か。
 ――だが訪れるはずの結末はどちらでもなかった。雷鳴と共に現れたのは、不審な仮面で目元を覆った人物であった。

「安心したまえ、迷える子羊達よ」

 金色に輝く派手な服装に舞踏会で身に付けるようなマスクをした人物。会場から直接来たと言われても疑問を感じさせない装いである。

「私が君達のガーディアンとなろう」



✳︎✳︎✳︎✳︎



「な、何だッ⁉︎ こいつは⁉︎」

「なんて服装をしてるんだ⁉︎ 恥ずかしくないのか?」

 戦場にも関わらず派手な服装をしている謎の人物。誰よりも存在感を放っていた。

「畏まる必要はない。我々は命を共有する仲間じゃないか……」

「眩しいわい、変に動くんじゃない!」

「……照れているのか? やれやれ」

 不審な人物の登場により警戒を強める各小隊のメンバー。新たな敵だと認識している者が多数を占めていた。

「複数のミノタウロスを一瞬で……。先程から発生していた雷魔法はあなたが?」

「オフコース! 試験の範疇を超えていたからね。僭越ながら私の方で対処させてもらった」

 両腕を広げながらその場で回転しポーズを決める。仮面の男が動く度にざわつきが生まれていた。

「彼方ではクールなボーイが奮闘していてね。私達は心の友ソウルメイトなのさ……」

「⁉︎ ジークをご存知なのですか?」

 よく友人関係を築けたなと思う。罵詈雑言が基本であるジークを友人と呼べる存在は稀有と言える。だが、だからこそ信用出来る。

「それで少年。何やら取り込み中のようだったが、問題は解決したかい?」

 仮面の男が放つ雷の槍によって、まとめて串刺しになる魔物。派生した感電効果により周囲の魔物は脚を止める。

「僕は――みんなを助ける騎士になりたいです。ですから、ここをお任せしても宜しいでしょうか?」

「ノープロブレム! 行きたまえ、そして明日を掴むんだ!」

 芝居めいた言動が目立つ仮面の男。こんなのを信じるのか⁉︎とスキニーは驚きの声を上げる。

「今度は何を企んでいるのかなアーロン殿? ……誰の差し金だい?」

「何のことだか分からないな。私のことは仮面の紳士、とでも呼びたまえ。背中を合わせて戦う。今はそれで十分じゃない……か?」

 突如輝きに包まれるルーク。急な変化に思わず目を閉じそうになる。
 
「これは……何たるサプライズ」

 聖なる光の波動を纏ったその姿は神秘的で神々しい。理屈は分からなくともスキニー達には希望の光に見えていた。

「やっと、だ。……これでみんなを守る為に戦える」

『ウィッシュソウル』のパーティキャラであるフォンセルが、作中終盤で習得する必殺技。時間制限はあるが、全ステータスを五十パーセント上昇させる破格の効果。ゲームで強力なその必殺技は、現実であるこの世界ではより猛威を振るう。

『フォース・オブ・グランデ』

 数字的な強化以上の恩恵を受けるルーク。
 託されたものがある。今の自分ならジークにだって劣らない。そんな気がした。

「おかしいな。……私以上に目立っているとは」

「安心しなよ。君より上は中々いないよ。ただ、計算が狂ってしまうな」

 嬉しい誤算。いつもこうだったらいいのにと心の中で愚痴るヨルン。小を捨てるにはまだ早いようだ。

「ここは、お願いします」

 言葉と同時に駆け出すルーク。彼の通った道は光の軌跡を描く。巻き込まれた魔物は光によって焼き尽くされてゆく。

「――ホーリーランス、――ディバインアロー、――グアンチェイン」

 魔法の詠唱から構築に放出。全てが段違いに早い。これもまた強力なバフによる効果であった。

「€>f /)8@aqh……」

「ミスリルゴーレム。こんな魔物まで出てくるのか」

 ミスリルで構成されたゴーレム。防御力に特化し、特に魔法耐性は異様に高い。

「それでも、行かせてもらうよ!」

 剣に魔力を纏わせ、ミスリルゴーレム目掛けて振り抜く。頑丈なボディに阻まれることが常だが、ルークの剣は容易くゴーレムを両断する。
 光属性の副次効果。通常時よりも強力な防御力無視によってミスリルゴーレムは紙切れと化す。

 三面六臂と言える活躍をするルーク。遊撃の意味合いを成していたラギアスの私兵と合わさることで戦況は大きく好転する。

「シモンさん! 加勢します!」

「ルーク殿……! 相分かった。――総員、続け! ルーク殿を援護しろ!」

 私兵がルークへ補助魔法をかける。バフによる強化から回復魔法による治療。細かな攻撃を繰り返し魔物の気を引く。その間にルークが一気に殲滅する。
 初の連携とは思えない見事な戦法。
 それもそのはず。冒険者活動をする過程でルークとラギアスの私兵達は依頼を共にしていた。お互いの戦闘スタイルは把握している。

「しかし、ルーク殿? その光は一体?」

「僕にも詳しいことは。……ただどう動けばいいか分かるんです。力の使い方が手に取るように分かる」

 光属性の魔力を纏った連続の刺突。激しい応酬に魔物は対応出来ずに散ってゆく。

「ですが、残りの時間は限られているようです。ここで全てを放ちます」

 ルークを覆っていた神秘的な光は更に輝きを増す。戦場に舞い降りた希望の光。騎士や魔術師に受験者達の全員が釘付けとなる。その光は遠く離れた場所で孤軍奮闘する悪役にも届いていた。

 イグザ平原の上空へと浮かび上がる巨大な魔法陣。構築された魔法陣は何よりも神秘的で。
 
 闇を祓う聖なる光が戦場を染め上げる。

『スペンツァ・オブ・ルーク』

 解き放たれた希望の光が理不尽な世界を塗り替える。悪しき者は光の中に消えてしまう。
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