やがて始まるリベリオン

塚上

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第二章 別れ

第三十八話

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 騎士団と魔術師団合同で行われた入団試験。初の試みということで少なからずのトラブルが予測されたが、今回起きた内容はその範疇を優に超えていた。

 イグザ平原での実戦を想定した二次試験。試験監督者と受験者を小隊に見立てて魔物討伐を行う予定であった。だが実際のところは討伐というよりは戦に近く、途切れることのない魔物の襲撃、スタンピードの様相であった。
 戦い慣れていない受験者はもちろん、普段組むことのない編成により、現役の騎士や魔術師すらも思うように戦うことが出来なかった。
 その後の増援部隊に思わぬ援軍の登場。彼らの働きにより何とか危機を乗り越えることは出来たが、失われた命は決して少なくはなかった。

「思った通り……結局何も得られなかったね」

「分かってたことだ。失敗すればいつも下にしわ寄せがくる」

 ヨルンとハーレスは今回の経緯を確認する為に騎士団と魔術師団を統括する立場にある国軍本部を訪れていた。

「でも良かったのかい? あんな啖呵を切っちゃってさ」

「いいんだよ……何らかの処分があるなら一緒だ」

 入団試験の取り纏めをしていたハーレス。上からの指示に従い試験を進めてきたが、今回の軍事作戦は余りにもお粗末過ぎた。

「でも先ずは騎士団側から話を聞くのが普通だと思うけど?」

「根本的な解決にはならねえし、関係無い人に迷惑をかける可能性があるからな」

 事前に作戦の概要を説明されていたハーレス。一次試験突破者を囮に使うことで敵の注意を引き一気に叩く。受験者が危険に晒されるのは間違いないが、その為に多くの増援部隊を用意していた。なにより試験監督者には優秀な人間が多くいたことも後押しとなった。

「……今でも俺は志願者を囮に使ったことを間違いとは思っていない。遅かれ早かれそういう瞬間は来るからな」

「実戦を通じて己の力量を知る。まぁ、極論試験の延長とも取れるよね……」

「だがあれは……囮どころか捨て駒だ。若い芽が育つ以前の問題だ!」

 入団試験はいわゆる篩に掛けるということである。才能ある若者を見分けるだけではなく、強い精神と忍耐力、責任感を持った人間を見つけることを目的にしている。
 イグザ平原での戦闘は下手をすれば全滅していた。後に続く者がいなくなれば組織は壊滅してしまう。

 二人は説明を求めた。何故敵の襲撃を予測出来たのか。何故受験者の合格基準を下げてまで囮となる人間を増やしたのか。増援部隊の人数は適正であったのかを。

 何に対しても具体的な回答は得られなかった。終いには軍事機密という理由で片付けられてしまう。

「ふざけんなッ! 俺達は都合のいい捨て駒か⁉︎ 見てろよ……いつかお前らをそこから引き摺り出してやるからな!」

 ハーレスが怒鳴り込んだことがきっかけとなり、その場はお開きとなってしまう。

「もうこれ以上の追求は出来ねえだろうな。……それよりも俺は気になることがあるんだが?」

「気になること?」

。あれはどういう意味だ?」

 イグザ平原でジークが見せた超常的な力。都合良くラギアスの私兵が援軍として現れた理由。気になることは幾つもあるが、ヨルンとジークの会話が特に引っかかっていた。
 ラギアスは悪徳領主で多くの領民を蔑ろにしてきた王国の悪。存在そのものが否定されるべき貴族の恥。その根本を覆すような会話は何処か己を不安にさせた。

「ああ、あれね……さぁ? 僕は詳しく知らないよ?」

「……はぁ? 何言ってんだお前?」

「それっぽいことをちょっとそれらしく言ってみただけだよ?」

 真面目な雰囲気から一転、急な投げやりの態度にハーレスは困惑する。

「お、お前が言い出したんだろうがッ⁉︎」

「分からないものは分からないよ。個人的に思うとこがあって調べては見たけどね……」

 ラギアス領主がただの無能であればこれまでと変わりはない。だが、ジークの言動はこれまでのラギアスとは明らかに違う。明らかな矛盾を孕む。だからこそヨルンはラギアスに関する情報を調べた。

「領地の管理は領主に一任されるのは当然だけど、何をしても許される訳ではないからね」

「おい、何で急に小声になるんだ……」

 王国全土から疎まれ批判され続けてきていた領主を国がいつまでも放置するのは疑問が残る。

「今まで粛清されてきた貴族は沢山いるのにね。ラギアスだけどうしてなんだろうね?」

「それが役割ってやつと関係するのか?」

「本当に僕には分からないんだ。ただ、イゾサール家の彼は何か知っているみたいだったし、ラギアスの悪童も反応したよね」

 深くは語らなくともラギアスの役割という言葉に反応を示した二人。疑問が確信へと近付いた。そんな気がしてならない。

「果たして本当の無能はどちらなんだろうね?」

「国が何かを隠してるってことか? ……止めだ、これ以上は裏の連中に目を付けられる」



✳︎✳︎✳︎✳︎



 王都の地下に存在する封印区間。王族の血を引く者しか立ち入ることが出来ない場所へ一人の人間がいた。

「来ると思ってましたよ。私に用があるならここを選択するとね……」

 銀色の髪の毛が混ざった青年。アステーラ公爵家に籍を置くアクトル。そして黒髪の少年。ラギアスの悪童と呼ばれているジーク。二人がスピリトの地下で対面していた。

「一体どの様な手を使ってここを出入りしているのか分かりませんが、バレたら即極刑ですよ?」

「ハッ、なら貴様も同罪だな」

 不敵な笑みを浮かべるジーク。下手な脅しは悪役には通じない。

「……誤解しているかもしれませんが、今回の件に私共は絡んでいませんよ」

 入団試験を利用した軍事作戦。それは騎士団や魔術師団を含む国軍側の動きであってアクトル達アステーラ公爵家や諜報機関は関わっていなかった。

「ふん、そんなことはどうでもいい。今回は何を火消しとして使うつもりだ? 無能な冒険者共はもういないからな」

(やはりこちらの事情に精通している。何が目的だ?)

「耳が痛い話ですよ。入団希望者は合格発表を待たずに王都を離れる者までいる始末ですからね」

 今回の出来事は忽ち王都へ広まってしまう。冒険者達へ向いていた非難の目が騎士に魔術師、そして国軍へと変わりつつある。非難が分散されたことである意味バランスが取れているのかもしれない。

「まぁそちらは上手く調整しますがね。……貴方が本当に知りたい情報はそちらではないのでしょう? 世間話をする為にこの様な場所には来ないでしょうからね」

「当然だ。貴様のような根暗には用がなければ近付かん」

 一刀両断。遠慮なく断ち切られアクトルはほんの少しだけ悲しくなった。

「……心配しなくともラギアスの私兵については既に手を打っています。アステーラ公爵家から要請をしたという手筈です」

 無許可で私兵を動かした事実は重くのしかかる。普通の貴族であれば処罰されてもおかしくはなかった。だが今回事を起こしたのはラギアスであり、多くの人間が救われた。処罰するだけなら簡単ではあるが、恩を仇で返すこととなり、手痛いしっぺ返しの可能性もある。

「何の話だ? 気が狂ったのか?」

「はい……? 貴方は家の為の嘆願を目的に訪ねて来たのでは?」

「バカか貴様は。あのような家に存在価値は無い」

(どうなっている⁉︎ 両親には恭順という話はどうなった⁉︎)

「役割を持っているから貴様らは放置しているに過ぎん。それが無くなれば、これ見よがしにラギアスを潰す。違うか?」

「それ以前の問題です。役割が無くなること、即ちそれは……」

「どうでもいい。そのように出来ているんだよ……この世界は」

 最後の一言は上手く聞き取れなかった。

「であれば、尚更目的が分かりませんが……」

「そんなものは決まっている……」



✳︎✳︎✳︎✳︎



 入団試験が終わり数日が経過した。多くの死傷者を出したこれまでになかった合同での入団試験。生きながらえた受験者の多くが結果を待たず辞退するという異例の事態となっていた。

「マジかよ……俺が合格なのか?」

「お前だけじゃないみたいだがな」

 あの戦場を生き残り、入団意思のある者は全員合格という報せには驚いた。だがそれも無理はなかった。そもそも入団希望者自体が極端に少なかったからである。こじつけのような理由となるが、厳しい戦禍を生き抜いただけでも合格基準を満たしているという判断がなされたのだ。

「一番文句を言いそうなあなたが、入団希望とは意外ね」

 スキニーとナハルにカルム。偶然にも小隊を組んだ三人は全員が生き残り入団を希望した。他の受験者や知り合いが辞退する中でだ。

「うるせぇよ。……俺は馬鹿だからな。難しいことは分からねんだよ」

 思い詰めたように下を向くスキニー。

「あの魔物の襲撃は異常だった。普通じゃなかった。俺達は偶然生きていただけだった」

 途切れることのない魔物の波。終わることのない絶望に何度恐怖したことか。

「俺達が死ぬのは別に不思議なことじゃなかった。けど、あの魔物は俺達の次は何処を目指したんだ?」

 イグザ平原を進み続ければいずれは王都へと辿り着く。

「俺は怖えよ。訳も分からず死ぬのが怖え。……でも力のない奴はもっと怖いはずだ。そんなの、あんまりだろ」

 己の無力さを思い知った。同時に命の危機とは別の意味での恐怖を感じた。この国に得体の知れない何が迫ってきていると。

「何かしねえといけないって思ったんだ……柄じゃねえのは分かってるけどな」

「そうだな……あの場にいた俺達だからこそ出来ることがあるかもしれないな」

「一緒にいたといえば、ルークはどうしたのかしら?」



✳︎✳︎✳︎✳︎



 王都スピリトの玄関とも呼べる巨大な城門。そこには目立つ豪華な馬車が一台。初めは物珍しさから好奇の視線が寄せられていたが、ラギアスの家紋を確認した途端に人々は目を背け遠ざかってしまう。

 馬車に背を預け腕を組む黒髪の少年。その少年へと近付く金髪の少年がいた。

「やぁ、豪華な馬車を王都で自慢しているのかな?」

「ほざけ。張りぼてだけの物に価値はない」

 イグザ平原以来での再会となるジークとルーク。普段と変わらないやり取りであった。

「……体調は大丈夫なのかい?」

「見ての通りだ。お前の遙先に存在するのがこの俺だ」

「ハハッ、意味がよく分からないよ」

 いつもと同じ。これまでと何も変化はない。ルークが軽口を叩きジークが小難しい言葉を返す。それが二人の日常だった。

「ジーク…………僕は騎士になったよ」

 騎士団のエンブレムが刻まれた騎士服をルークは身に着けていた。

「……そうか」

 今回は特殊な事情が多くあったがそれを抜きにしてもルークの年齢での入団は話題性に富んでいた。非難の目を逸らすためにルークという存在を上手く使ったとも取れるが。

「……ふん、何処もかしこも最年少騎士の話題で持ちきりだ」

「なら、君も騎士になればいい。君の実力なら何の問題もないはずだ」

 ジークが騎士団に入団する。原作と変わらない状況。だからこそ浩人はそれを拒んできた。

「バカか、ラギアスの俺が騎士だと……笑えるな」

「……どうしていつも自分を卑下する? 家の事情と君は関係無いじゃないか」

 ジークへ視線を向けるルーク。その瞳は何よりも真っ直ぐであった。

「大ありだ。それが貴族というもので、それがこの国の仕組みだ」

「なら僕はその仕組みも変えてみせるよ。君は正しく評価されるべきなんだ。ジークに命を救われた人は沢山いる」

 くだらんなと吐き捨てるジーク。そんなことは不可能だと態度で示していた。

「クビにならないよう精々励め。お前にはやるべき事が他にある……」

「……そうだね。僕は僕のやり方で進んで行くよ」

 ルークが目指す道は既に決めていた。
 暫しの別れ。今はそれぞれの場所で前に進んでいけばいい。

「それじゃあ、また今度。王都に来た時は会えるといいね」

「バカが、そんな暇があるなら真面目に働いていろ。……じゃあな

 ルークは背を向け歩き出す。ジークの乗った馬車は城門を出てラギアス領へと進む。

 ラギアス家の子息と隣の領地に住む少年。交わった縁は本来ある形へと戻ってしまったのか。友ではなく敵として。
 
 ジーク・ラギアスとルーク・ハルトマンフォンセル。動き出した二人の時間は決して止まらない。たとえ望む未来が訪れなかったとしても。



第二章 別れ 終
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