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第三章 本来の居場所
第三話
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王都のとあるホテルの一室にジークの姿があった。
公爵家からの依頼や諜報活動をする都合上、ラギアス領の実家では効率が悪い。そのため拠点として選んだのが現在のホテルであった。
物件を借りるという選択肢もあったがラギアスに貸してくれる大家など存在しなかったのだ。
(原作通りの組み合わせではあるが……よりにもよって何でその護衛がジークなんだよ)
シエルが正体不明の黒装束に狙われることもセレンがシエルの守り手を務めていることも原作と変わりはない。イベントの時期に多少のズレがあると思われるが、全てがゲームと同じわけではない。
この世界の人々は生きているし、そもそもその原作を変える為に日々奮闘しているのだ。――それでもジークが護衛というのはあり得ないが。
主人公達がシエルやセレンと邂逅するイベントはアクトルの依頼がきっかけによるものである。
世界最強の剣士と謳われたマスフェルト・フリークの孫に当たるヴァン。知名度と実績からアクトルに声を掛けられたが、彼らは彼らで渡に船と言える状況であった。
(このままだとメインキャラ達の出会いイベントが狂うぞ……。どうにかして顔を繋がないと)
主人公とヒロインがフリーク商会を離れて旅に出るきっかけ。それは未知の病に倒れたマスフェルトの治療法を探すことであった。
マリア教会や薬師協会に冒険者協会。治療の手掛かりを見つけるために各地を奔走する。その過程で多くの出会いと別れに経験を重ねシエルに出会った。
護衛を引き受ける代わりにシエルの神聖術でマスフェルトの治療を試みる。それがアクトルから提示された条件であった。
(適当な理由をでっち上げてヴァン達に会いに行くか? ……いやダメだ。そもそもどこにいるか分からないし、ジークが直接引き合わせたら怪しさ満点だろ)
ストーリーの始まる場所はしっかりと覚えている。だが現在ヴァン達はがどのような状況かは不明で全てがゲームと同じになる保証はない。マスフェルトが元気に生活している可能性もあるのだ。
(アクトルを脅して無理矢理様子を見に行かせるか? ……公爵家の人間がいきなり来たら普通は警戒するか。あの筋肉爺さん滅茶苦茶だからな。アクトルがボコボコにされるかも)
病床に伏していたマスフェルト。そこに現れたジーク。
ジークのとある要求をマスフェルトは拒絶し両者は戦闘になる。
剣に魔法。力と力の衝突。
病に冒されながらも懸命に戦いジークを驚愕させるマスフェルト。後一歩というところまで追い詰めるが最後は力尽き命を落としてしまう。
ジークに敗れたのではなく病に負けたのであった。
(死ぬはずだった作中最強を助ければ上手く利用出来るかもしれない。けどな……それがヴァンの成長に繋がるかは分からないしな)
治療法を探す過程で様々な出来事に巻き込まれながら戦禍に飲まれていく主人公達。ヴァンが大きく成長するトリガーは間違いなく祖父の死。それを覆すのはリスクとも言える。
(正直予測がつかないんだよな……ゲームオーバー後の世界が)
浩人からすれば原作通りに進んでくれるのがベストである。一人一人の行動に対して予測を立てやすく、軌道修正も容易となる。敵サイドがシナリオと相違なく敗北しても何の問題も無い。最後にジークが生きてさえいればそれでいいのだ。
主人公達と敵サイドの争いが混沌と化し先が見えないようなら国外へ逃亡する。舞台装置を強いられる可能性も十分あるからだ。
勝敗がつかず共倒れとなれば物語的にはバッドエンドかもしれないが浩人からすればハッピーエンドでもありトゥルーエンドでもある。
――この世界の都合に付き合う義理はないのだから。
✳︎✳︎✳︎✳︎
王都の城門に止められた複数の馬車。そのどれもに公爵家の紋章が刻まれている。
馬車の周りには護衛と思われる騎士が二十人近くいた。銀を象徴するかのような輝かしい作りをした鎧。公爵家専属の騎士団であった。
「シエル様。我々がいれば十分です。ラギアスは不要かと思われます」
「……家の決定です。私個人の判断でそれを覆すことは出来ません」
公爵家専属の騎士団『デュークガード』。今回の任務の頭となるのがシエルへ異議を申し立てているこの男性、マエノフ・プロトコルであった。
「シエル様のご意向次第で可能です。どうかお考え直しください」
「……プロトコル卿。貴方の判断でゴルトンやシュティーレが今回の案件から外されたと聞いています。手練れである二人がいないのは如何なものかと思いますが」
「個ではなく組織で動くのが我々です。彼らの実力は認めますが、連携という観点からこのような判断となりました」
悪びれる様子もなく淡々と語る小柄な男性。二十代前半の男性にしては身長が低い。それを解消するためなのか厚底のブーツを履いている。
「私が長として同行するのは理に適っていると言えます。村人の治療が必要になる可能性もあるのですから」
誇らしげな表情を浮かべながら異様に伸ばされた前髪をかきあげるマエノフ。細く編まれた毛糸のような見た目をした前髪はシエルと同じ銀色の髪色であった。
「もちろん、私如きでは貴方様の足元にも及びません。……ですが私も王家の遠縁に当たる家柄。神聖術を扱うことも出来るのです。ラギアスの小僧がどれだけ足掻いたところで届かない高みに存在するのです」
「……私自身まだまだ勉強中の身。ですから彼のような国を代表するAランク冒険者のお力添えが必要なのです」
冒険者協会との関係性を示すシエル。裏ではアクトルを始め複数の思惑が絡んでいるが、表向きは王国有数の冒険者であるジークに依頼をした形となっていた。
「今ではその冒険者ランクは当てになりませんよ。ランクだけの偽物は処分されるべきです」
シエルの遠回しの拒絶を理解しないマエノフ。どうしてもジークを排除したいという意思だけが伝わってくる。
表情には出さないが心底げんなりしているシエル。今回に限らずマエノフは何かと理由を付けてシエルに近付いてきた人間の一人であった。
「あの者はシエル様に相応しくは……噂をすれば国の恥晒しが来ましたか」
街の方面からゆっくりとこちらへ向かってくる青年。黒を基調とした貴族服には青い意匠が施されていた。
鎧できっちりと固めたマエノフ達とは対照的である。
「ジークさん! こちらです!」
ジークを見て花が咲くような笑顔を浮かべるシエル。それを見て青筋を立てるマエノフ。
「ラギアスッ! 遅れてくるとは何様だ!」
「……何だ貴様は? 見送りは要らん」
「⁉︎ だ、誰が見送りだッ! 私はこの『デュークガード』の隊長だ!」
「何だそれは? 妄想をしたいなら他所でやれ消えろ」
開口一番辛辣な言葉で罵倒するジーク。相手が初対面であっても関係なかった。
「我らを愚弄するかッ! 専属の騎士団である我々は何度も公爵家を御守りしてきたのだ!」
「ハッ、おかしなことを言う。アピオンではたった二人しかいなかったが? 媚び諂うその姿勢は貴様らの伝統か? 笑えるな」
「ぐっ⁉︎ 卑しいラギアスめが。プロトコル家は王家の遠縁だ! 『デュークガード』の隊長でもある私を侮辱して明日を迎えられると思うなよ!」
「そうか……貴様は誉れだ、最高だ」
マエノフを見ながら無表情で賛辞を贈り、拍手をするジーク。明らかに馬鹿にしていた。
「――⁉︎ このまま終わると思うなよ! そしてお前が乗る馬車はここにはない! 走ってついて来るんだな!」
勝ち誇った顔をジークへ向けるマエノフ。だが相変わらずジークは無表情である。
「当然だ。貴様らゴミ屑と同じ空間などありえん」
ジークが向かう先には公爵家の物とは別の馬車がある。ラギアスの家紋が刻まれた豪勢な馬車は異彩を放っている。冒険者として得た資金をふんだんに注ぎ込んだ超高級馬車であった。
それを見て驚愕するマエノフ。口が開いていた。
「御者。こいつらの馬車を適当に追従しろ」
「イエス! エンプロイヤー! 私の手綱捌きに注目したまえ!」
御者台から大声を張り上げる人物は両手に鞭を持ちポーズを決めていた。
「んな⁉︎ 貴方はイゾサール侯爵家のアーロン様⁉︎」
「ん? そうだが君は誰だい?」
口をあんぐりとさせ驚くマエノフ。表情に変化はないが驚いていたのはジークも同じであった。
「……貴様何をしている? 殺すぞ」
「サプライズだったかな? おかしなことはない。君は御者を務める冒険者を雇った。そして派遣されたのはこのFランク冒険者であるアーロン・イゾサールというわけさ!」
堂々と名乗りを上げるアーロンではあるがFランクは冒険者の駆け出しに与えられる物である。決して自慢出来るような冒険者ランクではなかった。
「ちょっと煩いわよ御者さん。……それにしても驚いたわ。こんなに座り心地の良い馬車があるなんて」
窓から顔を出すセレン。所有者が乗る前から我が物顔で感想を述べている。それを見て慌ててジークの馬車に乗り込もうとするシエル。キャラが大渋滞していた。
✳︎✳︎✳︎✳︎
雲一つ無い晴れ渡る青空の下、複数の馬や馬車が移動している。
街道を進む公爵家の馬車にそれを警護するために周囲を固める騎士達。そして最後尾を行くジークの高級馬車。すれ違う行商人は目を丸くしていた。
「マーベラス! 素晴らしい冒険日和じゃないか」
「……騒ぐな。クビにするぞ」
換気のために開放していた窓からアーロンの大声が聞こえてくる。時折意味もなくハイヤー!と叫ぶため何度も釘を刺したが変化はなかった。
「それにしても良かったのかい? レディ達を追い出してしまって。シエル嬢が今回のポイントだと記憶しているが?」
「敵がこちらを狙うなら移動中だ。奴らの都合で俺の馬車が傷付いたら敵わんからな」
「ふむ、そういうことにしておこうか……」
隠すこともなく堂々と刻まれたラギアスの家紋。アピオンや王都を襲撃した敵勢力ならジークに対して恨みを抱いているのは間違いない。初撃を受ける可能性があるからこそ二人を遠ざけたのだとアーロンは解釈していた。
実際のところは大きく異なり、単に浩人が二人と同じ空間に居たくなかったという理由である。
恨みを買った相手と密室で過ごす。危険は十分考えられる。用心するに越したことはないのだ。
「その他気になるのは……ユニークな前髪をした彼かな」
「あの悪趣味なチビか。鬱陶しいから引きちぎってやろうかと考えていた」
「それはまたハードだね。……彼からすれば誇りの象徴なんだろう。銀色の髪に神聖術は。ほんの少ししか行使出来ないにしても、ね」
相変わらず歪な国だと吐き捨てるジーク。
顔を直接見なくとも声色から不機嫌であるとアーロンは判断する。口や態度が悪くても心では民や国の行く末を考えている。ラギアスという理由だけでジークを蔑ろにしてきた者達はいつか痛い目を見るだろうと不憫に思うアーロンであった。
「ん? どうやらファーストアタックのようだよ。これはどちらかな?」
「ロッシュバードの群れか。……先日狩り損ねた冒険者共がいたはずだ。これはその残党だろうな」
先頭を行く騎士達が接敵している。空を飛び回る岩のような見た目をした鳥型魔物は生半可な剣では太刀打ち出来ない相手である。
「あの数のロッシュバードを相手に剣で挑むのかい? 彼らは魔法を使えないのかな?」
「魔力の節約が目的か見栄を張るためか。どちらにしてもくだらんな」
突進をまともに受け吹き飛ぶ騎士に浮き足立つ指揮官。敗北することはないだろうが長引くことは容易に想定出来る。
「加勢するかい? ただの魔物相手に時間を割くのはナンセンスだよ」
「その必要はない。――あの女から目を離すなよ」
馬車から降りてきたのはシエルの護衛を務めるセレン。
自然な動作でホルスターから武器を抜き出す。長めの銃身で頑丈そうな作り。自身の髪色と同じ、澄んだ青色の魔道銃が手に握られている。
「あれは……魔道銃か。通常の銃と違って魔道銃は魔法のセンスも問われる。それを二丁同時に扱うのか」
「あのアクトルが意味も無く外国人の護衛を付けるわけがない」
静かに狙いを定めるセレン。特別な動作は必要ない。ただ引き金を引くだけである。
魔道銃から放たれたのは水の弾丸。精密にコントロールされた高圧圧縮された散弾は狙いを外すことなく全ての標的を貫く。
その一瞬でロッシュバードは絶命し地上に落下してしまう。周りの騎士達は何が起きたのか理解するのが遅れ呆けていた。
魔道銃をホルスターへ収めるセレン。興味が無さそうに騎士と亡骸に変わり果てた魔物に目を向ける。同時に何かを呟いたのか騎士達は憤慨していた。
「なるほどね。アニシング王国の元令嬢。優れているのは見た目だけではないようだ」
「目を離すなよ。公爵家の女からもな」
踵を返し馬車に戻ろうとする直前でジーク達の方へ向きを変えるセレン。
人差し指を向け親指を立てる。その照準はジークへ定められていた。
――バン
見事狙いに命中したのか銃口に息を吹きかけ構えを解く。
静かな笑みは闇夜に輝く満点の星空を想像させる。
満足したのかセレンは馬車に戻っていった。
「ブラボー! 中々情熱的じゃないか」
「…………」
公爵家からの依頼や諜報活動をする都合上、ラギアス領の実家では効率が悪い。そのため拠点として選んだのが現在のホテルであった。
物件を借りるという選択肢もあったがラギアスに貸してくれる大家など存在しなかったのだ。
(原作通りの組み合わせではあるが……よりにもよって何でその護衛がジークなんだよ)
シエルが正体不明の黒装束に狙われることもセレンがシエルの守り手を務めていることも原作と変わりはない。イベントの時期に多少のズレがあると思われるが、全てがゲームと同じわけではない。
この世界の人々は生きているし、そもそもその原作を変える為に日々奮闘しているのだ。――それでもジークが護衛というのはあり得ないが。
主人公達がシエルやセレンと邂逅するイベントはアクトルの依頼がきっかけによるものである。
世界最強の剣士と謳われたマスフェルト・フリークの孫に当たるヴァン。知名度と実績からアクトルに声を掛けられたが、彼らは彼らで渡に船と言える状況であった。
(このままだとメインキャラ達の出会いイベントが狂うぞ……。どうにかして顔を繋がないと)
主人公とヒロインがフリーク商会を離れて旅に出るきっかけ。それは未知の病に倒れたマスフェルトの治療法を探すことであった。
マリア教会や薬師協会に冒険者協会。治療の手掛かりを見つけるために各地を奔走する。その過程で多くの出会いと別れに経験を重ねシエルに出会った。
護衛を引き受ける代わりにシエルの神聖術でマスフェルトの治療を試みる。それがアクトルから提示された条件であった。
(適当な理由をでっち上げてヴァン達に会いに行くか? ……いやダメだ。そもそもどこにいるか分からないし、ジークが直接引き合わせたら怪しさ満点だろ)
ストーリーの始まる場所はしっかりと覚えている。だが現在ヴァン達はがどのような状況かは不明で全てがゲームと同じになる保証はない。マスフェルトが元気に生活している可能性もあるのだ。
(アクトルを脅して無理矢理様子を見に行かせるか? ……公爵家の人間がいきなり来たら普通は警戒するか。あの筋肉爺さん滅茶苦茶だからな。アクトルがボコボコにされるかも)
病床に伏していたマスフェルト。そこに現れたジーク。
ジークのとある要求をマスフェルトは拒絶し両者は戦闘になる。
剣に魔法。力と力の衝突。
病に冒されながらも懸命に戦いジークを驚愕させるマスフェルト。後一歩というところまで追い詰めるが最後は力尽き命を落としてしまう。
ジークに敗れたのではなく病に負けたのであった。
(死ぬはずだった作中最強を助ければ上手く利用出来るかもしれない。けどな……それがヴァンの成長に繋がるかは分からないしな)
治療法を探す過程で様々な出来事に巻き込まれながら戦禍に飲まれていく主人公達。ヴァンが大きく成長するトリガーは間違いなく祖父の死。それを覆すのはリスクとも言える。
(正直予測がつかないんだよな……ゲームオーバー後の世界が)
浩人からすれば原作通りに進んでくれるのがベストである。一人一人の行動に対して予測を立てやすく、軌道修正も容易となる。敵サイドがシナリオと相違なく敗北しても何の問題も無い。最後にジークが生きてさえいればそれでいいのだ。
主人公達と敵サイドの争いが混沌と化し先が見えないようなら国外へ逃亡する。舞台装置を強いられる可能性も十分あるからだ。
勝敗がつかず共倒れとなれば物語的にはバッドエンドかもしれないが浩人からすればハッピーエンドでもありトゥルーエンドでもある。
――この世界の都合に付き合う義理はないのだから。
✳︎✳︎✳︎✳︎
王都の城門に止められた複数の馬車。そのどれもに公爵家の紋章が刻まれている。
馬車の周りには護衛と思われる騎士が二十人近くいた。銀を象徴するかのような輝かしい作りをした鎧。公爵家専属の騎士団であった。
「シエル様。我々がいれば十分です。ラギアスは不要かと思われます」
「……家の決定です。私個人の判断でそれを覆すことは出来ません」
公爵家専属の騎士団『デュークガード』。今回の任務の頭となるのがシエルへ異議を申し立てているこの男性、マエノフ・プロトコルであった。
「シエル様のご意向次第で可能です。どうかお考え直しください」
「……プロトコル卿。貴方の判断でゴルトンやシュティーレが今回の案件から外されたと聞いています。手練れである二人がいないのは如何なものかと思いますが」
「個ではなく組織で動くのが我々です。彼らの実力は認めますが、連携という観点からこのような判断となりました」
悪びれる様子もなく淡々と語る小柄な男性。二十代前半の男性にしては身長が低い。それを解消するためなのか厚底のブーツを履いている。
「私が長として同行するのは理に適っていると言えます。村人の治療が必要になる可能性もあるのですから」
誇らしげな表情を浮かべながら異様に伸ばされた前髪をかきあげるマエノフ。細く編まれた毛糸のような見た目をした前髪はシエルと同じ銀色の髪色であった。
「もちろん、私如きでは貴方様の足元にも及びません。……ですが私も王家の遠縁に当たる家柄。神聖術を扱うことも出来るのです。ラギアスの小僧がどれだけ足掻いたところで届かない高みに存在するのです」
「……私自身まだまだ勉強中の身。ですから彼のような国を代表するAランク冒険者のお力添えが必要なのです」
冒険者協会との関係性を示すシエル。裏ではアクトルを始め複数の思惑が絡んでいるが、表向きは王国有数の冒険者であるジークに依頼をした形となっていた。
「今ではその冒険者ランクは当てになりませんよ。ランクだけの偽物は処分されるべきです」
シエルの遠回しの拒絶を理解しないマエノフ。どうしてもジークを排除したいという意思だけが伝わってくる。
表情には出さないが心底げんなりしているシエル。今回に限らずマエノフは何かと理由を付けてシエルに近付いてきた人間の一人であった。
「あの者はシエル様に相応しくは……噂をすれば国の恥晒しが来ましたか」
街の方面からゆっくりとこちらへ向かってくる青年。黒を基調とした貴族服には青い意匠が施されていた。
鎧できっちりと固めたマエノフ達とは対照的である。
「ジークさん! こちらです!」
ジークを見て花が咲くような笑顔を浮かべるシエル。それを見て青筋を立てるマエノフ。
「ラギアスッ! 遅れてくるとは何様だ!」
「……何だ貴様は? 見送りは要らん」
「⁉︎ だ、誰が見送りだッ! 私はこの『デュークガード』の隊長だ!」
「何だそれは? 妄想をしたいなら他所でやれ消えろ」
開口一番辛辣な言葉で罵倒するジーク。相手が初対面であっても関係なかった。
「我らを愚弄するかッ! 専属の騎士団である我々は何度も公爵家を御守りしてきたのだ!」
「ハッ、おかしなことを言う。アピオンではたった二人しかいなかったが? 媚び諂うその姿勢は貴様らの伝統か? 笑えるな」
「ぐっ⁉︎ 卑しいラギアスめが。プロトコル家は王家の遠縁だ! 『デュークガード』の隊長でもある私を侮辱して明日を迎えられると思うなよ!」
「そうか……貴様は誉れだ、最高だ」
マエノフを見ながら無表情で賛辞を贈り、拍手をするジーク。明らかに馬鹿にしていた。
「――⁉︎ このまま終わると思うなよ! そしてお前が乗る馬車はここにはない! 走ってついて来るんだな!」
勝ち誇った顔をジークへ向けるマエノフ。だが相変わらずジークは無表情である。
「当然だ。貴様らゴミ屑と同じ空間などありえん」
ジークが向かう先には公爵家の物とは別の馬車がある。ラギアスの家紋が刻まれた豪勢な馬車は異彩を放っている。冒険者として得た資金をふんだんに注ぎ込んだ超高級馬車であった。
それを見て驚愕するマエノフ。口が開いていた。
「御者。こいつらの馬車を適当に追従しろ」
「イエス! エンプロイヤー! 私の手綱捌きに注目したまえ!」
御者台から大声を張り上げる人物は両手に鞭を持ちポーズを決めていた。
「んな⁉︎ 貴方はイゾサール侯爵家のアーロン様⁉︎」
「ん? そうだが君は誰だい?」
口をあんぐりとさせ驚くマエノフ。表情に変化はないが驚いていたのはジークも同じであった。
「……貴様何をしている? 殺すぞ」
「サプライズだったかな? おかしなことはない。君は御者を務める冒険者を雇った。そして派遣されたのはこのFランク冒険者であるアーロン・イゾサールというわけさ!」
堂々と名乗りを上げるアーロンではあるがFランクは冒険者の駆け出しに与えられる物である。決して自慢出来るような冒険者ランクではなかった。
「ちょっと煩いわよ御者さん。……それにしても驚いたわ。こんなに座り心地の良い馬車があるなんて」
窓から顔を出すセレン。所有者が乗る前から我が物顔で感想を述べている。それを見て慌ててジークの馬車に乗り込もうとするシエル。キャラが大渋滞していた。
✳︎✳︎✳︎✳︎
雲一つ無い晴れ渡る青空の下、複数の馬や馬車が移動している。
街道を進む公爵家の馬車にそれを警護するために周囲を固める騎士達。そして最後尾を行くジークの高級馬車。すれ違う行商人は目を丸くしていた。
「マーベラス! 素晴らしい冒険日和じゃないか」
「……騒ぐな。クビにするぞ」
換気のために開放していた窓からアーロンの大声が聞こえてくる。時折意味もなくハイヤー!と叫ぶため何度も釘を刺したが変化はなかった。
「それにしても良かったのかい? レディ達を追い出してしまって。シエル嬢が今回のポイントだと記憶しているが?」
「敵がこちらを狙うなら移動中だ。奴らの都合で俺の馬車が傷付いたら敵わんからな」
「ふむ、そういうことにしておこうか……」
隠すこともなく堂々と刻まれたラギアスの家紋。アピオンや王都を襲撃した敵勢力ならジークに対して恨みを抱いているのは間違いない。初撃を受ける可能性があるからこそ二人を遠ざけたのだとアーロンは解釈していた。
実際のところは大きく異なり、単に浩人が二人と同じ空間に居たくなかったという理由である。
恨みを買った相手と密室で過ごす。危険は十分考えられる。用心するに越したことはないのだ。
「その他気になるのは……ユニークな前髪をした彼かな」
「あの悪趣味なチビか。鬱陶しいから引きちぎってやろうかと考えていた」
「それはまたハードだね。……彼からすれば誇りの象徴なんだろう。銀色の髪に神聖術は。ほんの少ししか行使出来ないにしても、ね」
相変わらず歪な国だと吐き捨てるジーク。
顔を直接見なくとも声色から不機嫌であるとアーロンは判断する。口や態度が悪くても心では民や国の行く末を考えている。ラギアスという理由だけでジークを蔑ろにしてきた者達はいつか痛い目を見るだろうと不憫に思うアーロンであった。
「ん? どうやらファーストアタックのようだよ。これはどちらかな?」
「ロッシュバードの群れか。……先日狩り損ねた冒険者共がいたはずだ。これはその残党だろうな」
先頭を行く騎士達が接敵している。空を飛び回る岩のような見た目をした鳥型魔物は生半可な剣では太刀打ち出来ない相手である。
「あの数のロッシュバードを相手に剣で挑むのかい? 彼らは魔法を使えないのかな?」
「魔力の節約が目的か見栄を張るためか。どちらにしてもくだらんな」
突進をまともに受け吹き飛ぶ騎士に浮き足立つ指揮官。敗北することはないだろうが長引くことは容易に想定出来る。
「加勢するかい? ただの魔物相手に時間を割くのはナンセンスだよ」
「その必要はない。――あの女から目を離すなよ」
馬車から降りてきたのはシエルの護衛を務めるセレン。
自然な動作でホルスターから武器を抜き出す。長めの銃身で頑丈そうな作り。自身の髪色と同じ、澄んだ青色の魔道銃が手に握られている。
「あれは……魔道銃か。通常の銃と違って魔道銃は魔法のセンスも問われる。それを二丁同時に扱うのか」
「あのアクトルが意味も無く外国人の護衛を付けるわけがない」
静かに狙いを定めるセレン。特別な動作は必要ない。ただ引き金を引くだけである。
魔道銃から放たれたのは水の弾丸。精密にコントロールされた高圧圧縮された散弾は狙いを外すことなく全ての標的を貫く。
その一瞬でロッシュバードは絶命し地上に落下してしまう。周りの騎士達は何が起きたのか理解するのが遅れ呆けていた。
魔道銃をホルスターへ収めるセレン。興味が無さそうに騎士と亡骸に変わり果てた魔物に目を向ける。同時に何かを呟いたのか騎士達は憤慨していた。
「なるほどね。アニシング王国の元令嬢。優れているのは見た目だけではないようだ」
「目を離すなよ。公爵家の女からもな」
踵を返し馬車に戻ろうとする直前でジーク達の方へ向きを変えるセレン。
人差し指を向け親指を立てる。その照準はジークへ定められていた。
――バン
見事狙いに命中したのか銃口に息を吹きかけ構えを解く。
静かな笑みは闇夜に輝く満点の星空を想像させる。
満足したのかセレンは馬車に戻っていった。
「ブラボー! 中々情熱的じゃないか」
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