やがて始まるリベリオン

塚上

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第三章 本来の居場所

第六話

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 光と爆風が治まり視界が回復する。
 離れた位置にいたアーロン達に怪我はなく、氷壁に覆われた騎士達も無事であった。一人の騎士を除いて。

「ひ、人では……なかったのか?」

「あれが人間に見えるなら貴様はもう手遅れだ」

 周囲に目を配るジーク。警戒を緩める様子はない。

「ジークさん! あの建物の裏から来ます!」

 シエルの示す方向には人の影がある。農民のような服装をしているが足元がおぼつかない。先程の元農民死人と同じような見た目をしている。

「銃女! 下手に撃つなよ。――フローズンガイザー」

 足元に発生した氷柱に突き上げられる死人。間髪を入れずに放たれた氷の槍に貫かれ爆発する。自爆能力は共通しているようであった。

「くっ、激しい爆発だね……」

「単体なのが救いだけれど……シエル他に反応はある?」

「……生者に反応して動き出す仕組みのようです。起動していなければ捕捉は難しいです」

 人であった何かは近くの人間に反応している。かつて持っていた生を取り戻すかのような振る舞いである。

「ま、また人が死んだ……」

「安心しろ。あれは動く屍だ。貴様が殺したのは一人の騎士だけだ」

 放心状態のマエノフ。死人や爆発に気を取られていたが、周囲に目を向ければ地面に金属片が散らばっている。赤い物体と混じるように。

「二体来ます! あちらの納屋からです!」

「チッ、面倒だな」

 同じように魔法を形成するジークであったが死人の動きは先程とは異なっていた。

「ア……ァァァァアア!」

 不規則な動きでジークの魔法を掻い潜る二体の屍。スピードを上げそのまま氷壁にへばり付いてくる。

「ヒッ、何なんだこいつらはッ⁉︎ もうやめてくれ!」

 腰を抜かした状態で叫ぶマエノフ。他の騎士も恐慌状態なのか、無意味に剣を構えて錯乱していた。
 死人は熱を発しながら光を帯びる。

「いけないッ! 至近距離で爆発するつもりだわ⁉︎ シエル結界は⁉︎」

「ダメです! 対象同士の距離がほぼありません!」

 二つの光によって辺りが包まれる。寸刻後激しい爆発が起こりジーク達を呑み込んでしまう。



✳︎✳︎✳︎✳︎



 大地を揺らすような振動が響き渡る。爆発の影響により建物のほとんどが吹き飛ばされていた。離れた位置にいたアーロン達にまで爆風が届く程の威力であった。

「美しい光だ。これはシエル嬢の結界かな?」

「そんなことよりもジークさんを助けないと」

『サンクチュアリ』銀の輝きを放つ結界。神聖術のみで構築されたディアバレト王国が誇る結界術であった。

「心配ないさ。この程度で沈む彼ではないよ……ほら」

 爆心地の中心に存在していた氷壁は健在であった。傷一つ無い堅固な守りはジークの揺るぎない意志を体現しているかのようである。

「ただ……連続は不味いかもしれないけどね」

「――⁉︎ これは……」

 地面から這い出るように現れた複数の死人。その数はマエノフ率いる騎士達よりも数は多い。

「村人全員を殺めて幽鬼兵に変えたのね」

「何て酷いことを……」

 荒れ果てた村に殺された住民達。死しても尚、都合よく扱われる様子に怒りが込み上げてくる。
 生の冒涜。
 一度は失いかけた命だったからこそシエルとセレンはその外道が許せなかった。

「ヒッ⁉︎ く、来るな化け物!」

 マエノフは相変わらず腰を抜かしたままである。
 這い出た死人達は一斉に視線をジーク達に向ける。ゆっくりとふらつきながらも着実に迫ってくる。だがそこに待ったをかける人物がいた。

「アッモ~~~~レッ! 真打登場!」

 回転しながら跳躍し氷壁の前に立つアーロン。位置的には死人達と向き合う形となる。その怪奇的な言動にジークは顔を顰め、死人達は足を止めていた。どことなく動揺しているように感じる。

「聞きたまえ、私のソウルを――ライトニングハウル!」

 耳を劈くような轟音が響き渡る。一定範囲の対象を痺れさせて動きを封じる。状態異常効果を与える雷魔法であった。
 即座にアーロンの意図を汲み取ったジークは魔法を解く。阿吽の呼吸である。

「さぁナイトの諸君! 明日に向かって走るんだ!」

 馬車へと走り出すアーロン。それを見てセレンとシエルも出発の準備をする。

「――――――ァァァァ」

 涎を垂らす死人であるが完全に停止している。幽鬼兵に対してもアーロンの魔法は効果を発揮していた。

「何をしている貴様ら? こいつらの仲間になりたいのか?」

 ジークの声によりやっと状況を理解した騎士達。一斉に馬車へと駆け出していた。

「ま、待てお前達! 僕を置いて行くなッ! ――待ってよ、行かないで……」

 涙を浮かべ助けを求めるマエノフではあるが、その声に応える騎士はいなかった。――ただ一人、悪役を除いて。

「勘違いするなよ。貴様にはまだ使い道がある」

「……え? ――グゥエッ⁉︎」
 
 マエノフの首根っこを掴みジークも走り出す。圧倒的なそのスピードは前を走る騎士を追い抜きアーロンに追い付く程であった。

 乱暴な動作でマエノフを御者台へ乗せるジーク。ラギアス専用の馬車は御者台も大きく作られていた。

「ミスターマエノフ殿。少し離れてたまえ。バッドスメルだよ」

「こっちは準備OKよ。騎士さん達は……勝手についてくるでしょ」

 慌てて馬や馬車に乗る騎士達。出立当初の威厳は崩壊していた。

「出せアーロン!」

「イエス! 皆の者私に続け……ハイヤー!」

 馬が嘶きジークの馬車を先頭に走り出す。それに続くシエルの馬車に騎士達。酷い者はキャビンにしがみ付く始末であった。

 村の跡地を迂回するように離れ進む一同。引き返すという選択肢はなかった。

「そろそろ私の魔法が解ける頃合いだ」

「どうしてこんな目に遭うんだ……」

 御者台で頭を抱えるマエノフ。元は生きていた人間が屍となって動き出す。そのような話は家臣の誰も教えてはくれなかった。

「……既に魔法は解けていたようだな」

 キャビンの上から後方を見ていたジーク。背後からは何かの軍勢が砂埃を撒き上げながら追って来ていた。

「そんな……こちらは馬ですよ」

「人の動きじゃないわね」

 怨嗟の声を轟かせながら追いかけて来る五十体近くの死人。その光景はこの世の終わりのようである。

「このままエスケープという選択肢もあるが……」

 同じ作りの死人であれば全てが自爆能力を有している可能性が高い。撒くことが出来たとしても他の人間が被害を受けることも想定される。あの規模の爆発が連鎖で起きれば脅威的である。王都の城門を吹き飛ばすのも容易である。

「不味いね……彼ら馬よりも速いみたいだ」

「そんな……」

 少しずつではあるが距離は縮まっている。最後尾を行く騎士の馬車が追いつかれるのは時間の問題であった。

「おい、腰抜け」

「⁉︎ そ、それは僕のこと……か?」

 迸る魔力の奔流をジークから感じる。魔法に疎いマエノフからしても常識外れの力であることが分かる。
 揺れる馬車。不安定なキャビンの上で魔力を練り、魔法を構築するのが如何に大変なのか。実践することは出来なくとも想像することは出来る。

「貴様の失態であの騎士は死んだ」

「――っ!」

「訳も分からず恐怖に飲まれながらな」

「う、うるさいぞ! ラギアスの癖に僕に説教するのかッ⁉︎」

 空に暗雲が垂れ込める。気温は急激に下がり吐息が白く染まる。

「身勝手な行動で他の騎士も全滅しかけた」

「それがどうしたッ⁉︎ 守る為に僕達はここに来ているんだ。責務を全うして死ねるなら本望のはずだッ!」

 異変に気付いたシエルとセレンは空を見上げている。アーロンは二年前の光景を思い出していた。

「死しても尚苦しめられ、辱めを受け、痛みを伴いながら消えてゆく。あれを見て貴様は何を思う?」

「黙れ! 僕のせいとでも言いたいのか⁉︎ 悪いのは全部首謀者のはずだ! ……大体お前らラギアスだってどれだけの悪さをしてきたんだ! 偉そうに言うなよ! それに比べれば一人や二人死んだってな……」

 激しい轟音が空から鳴り響く。破壊は直ぐ近くへと迫っていた。

「そうか。……貴様がただのゴミ屑で安心した」

 何度も罵倒を受けたが、マエノフを見るジークの目は冷たくも感情はあった。だが今では何も感じない。色を失った冷めた瞳で無機質な視線を向けられている。

「もう眠れ――アイシクルメテオインヴェルノゲート

 彼方より呼び寄せられた氷の星石。人外じみた破壊の力が天から降り注ぐ。

 冷気を宿した膨大な力が、かつては人であった幽鬼兵達を蹂躙する。隕石の衝撃と死人の多重爆発が重なり合い周囲から音を奪う。
 冷気と爆発の余波が迫るがジーク達を襲うことはなかった。後方を覆うように展開された氷の聖域によって完全に防がれていた。

二重詠唱ダブルキャスト……高位魔法を同時に展開するとは恐れ入った」

「ふん、ただ終わらせるだけでは生温い。徹底的に潰す。誰に喧嘩を売っているのか理解させる必要がある」

 終末を思わせる魔法に光景。空から巨大な隕石を降らせる。そのようなことが本当に可能なのか。マエノフは言葉を失い、シエルは死者達へ祈りを捧げ、セレンは畏敬の念を抱いていた。

「二年前より精度が高く威力も桁外れ。オマケに魔法の同時展開とはね。君が歩む覇道を最後まで見届けたいものだ」

「そんなものに興味はない。……次に行くぞ」



✳︎✳︎✳︎✳︎



「パリアーチどうなった?」

「……ふぅ。ダメだね。倒せたのは騎士一人だけ。他は元気いっぱいだよ」

 宿場町のとある宿。その一室に二人の姿はあった。

「多分ラギアスは気付いていたね。引っかかったのはあの頭の悪そうな騎士達だけだったよ」

「……何故バレた? 神聖術ですら捕捉は不可能に近いはずだ」

「知らないよそんなの。化け物の直感とかかな?」

 村人達を死兵へと変え全員に爆破の術式を仕込んでいた。パリアーチは彼らを通じて視界を共有することが出来る。

「特製の農民爆弾だったのに……。魔法で防がれて最後は隕石ドッカーーン! だよ。もう滅茶苦茶」

「お前は相変わらずゲスだな。他の連中はどうだ?」

「聖女様は情報通りでその護衛も曲者。厄介なのがイゾサール侯爵家の三男坊かな。僕までちょっと痺れたよ」

 柔軟体操を始めるパリアーチ。精神的に疲労する類の術式のようである。

「聖女の性格を考えれば引き返す選択はしないだろうな。後はどうやって仕掛けるかだが……」

「う~ん、ラギアスを引き離せれば可能性はあると思うけど」

「まだ作戦は始まったばかりだ。下手に力を使うわけにもいかん。俺はラギアスを受け持つ」

 イッチニーサンシーと掛け声を出しながら大きく頷くパリアーチ。ジークとは何としても関わりたくないようである。

「りょーかーい。ラギアスはデクスに任せた。……じゃあ僕は三人の相手か。腕が鳴るなぁ」

「他が脱落しなければの話だがな」



✳︎✳︎✳︎✳︎



 追手の死人を退けたジーク達。一人の犠牲者を出した以降は全員無事であった。

「そろそろ馬達のコンディションを整える必要があるね。ブレイクタイムだ」

 予定よりも随分早く進んでいた。
 単純に戦うだけであれば問題なかったが、自爆する特性を持つ死人達。人気の無い農用区で手早く確実に対処する必要があった。

 周囲に敵影がないことを確認して馬車を駐める。

「お、終わったのか?」

 御者台でぐったりとしているマエノフ。馬車は専らキャビンのみで乗馬の経験すらなかった。

「私は疲れた。少し休ませてもら……グェッ⁉︎」

 御者台から放り出されるマエノフ。見ればジークがゴミを見るような視線を向けていた。

「邪魔だ。視界に入るな」

「な、何を! ……するんだ」

 尻すぼみに小さくなる声。マエノフがジークに抱いた感情は恐怖。人として、生物としての格の違いを本能的に理解させられていた。

「大きな……いえ、小さなお荷物? どうして公爵家はこれを同行させたのかしら?」

「残念だがナイト達も経験不十分だ。王都に戻ってもらった方がいいのでは?」

 セレンやアーロンから浴びる非難の言葉。不安になり周りを見渡すが騎士達は疲労困憊なのかそれどころではないようであった。

「先程の村での被害。あのような状況は誰にとっても予想が難しかったと思います。プロトコル卿一人の責任ではないでしょう」

 シエルの発言により息を吹き返すマエノフ。我意を得たりといった表情をしている。

「シエル様! ……聞いたか愚民共! 公爵家のシエル様の発言がこの場の正義だ。私に責任を負わせようとしても無駄だッ! ……やはりシエル様にはこの私マエノフ・プロトコルが相応「ですが……」しい?」

「亡くなった方へ対する冒涜は見過ごせません。ましてや、あなたの部下であり護衛も兼ねていた騎士だったはずです。それをあなたは……」

 声を荒げることはない。ただ静かに怒っている。普段温厚な人物程怒ると怖い。シエルはその典型であった。

「ふむ……マイフレンド。このままでは却って犠牲者が増えることになる。彼らには外れてもらった方が良いのではないか?」

「知らん。好きにさせろ」

 興味がないのか地図を広げ辺りを見渡すジーク。本人からすればマエノフ達の安否は依頼とは何の関係もない。その考えが態度から如実に表れていた。

「そのゴミ屑がいようがいまいが何の影響もない」

「⁉︎ こちらからお断りだ。ラギアスがいたから作戦は壊滅したと父上に報告するからな」

「……その父上は何を思うんだろうな」

「何?」

 地図を仕舞い懐から手帳を取り出すジーク。何かを確認しているのか、視線は手帳に向けたままである。

「銀の聖女と呼ばれているその女の護衛が貴様の使命のはずだ。それを投げ出すどころか、本人からは手酷く非難され、部下は犬死。公爵家からの信頼は……言うまでもないな」

 顔を青くするマエノフ。
 客観的に見れば今回マエノフは何の成果も挙げられていない。この状態でのこのこと帰還すればどうなるのか。

「使えないと判断すれば誰であろうと容赦なく切り捨てる。それがこの国の連中だ。貴様も王家の血を引くならそれくらいは知っているだろうが」

 シエルの過去。多くの貴族に知れ渡っている話である。マエノフからしても決して他人事ではなかった。

「政治の道具に使われるか。それとも神聖術を利用した人体実験か。まぁ貴様がどのような末路を辿ろうが関係ないがな」

「――⁉︎ 私が本領を発揮する場は他にある。……おい、お前達! 休息の支度を直ぐにしろ!」

 駆け足で騎士の元へと向かうマエノフ。相当焦っていたのか小さな石に躓き転倒していた。

「意外ね。彼はどう見ても足手まといだと思うのだけれど?」

 声を掛けながらこっそりとジークの手帳を覗き込もうとするセレンであったが気付かれ手帳は閉じられてしまう。

「やれやれ、ルースレスだね。アクトル殿も人が悪い」

「それはどういう意味でしょうか?」

 気にすることはないと締めるアーロン。何かをはぐらかされた。シエルはそう感じていた。

「貴様ら野営の準備をしろ。どの道馬はしばらく動けん」

「そうね。……休んだら周囲の農村を確認する流れでいいのかしら? 放置するわけにもいかない状況になっているわ」

「もう手遅れかもしれんがな」

 初日と一転して激しい攻防に見舞われたジーク達。
 失踪した村人達は全員が死亡し、敵に死兵へと変えられていた。その事実が少なからず各々のメンタルに影響を与えていた。
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