やがて始まるリベリオン

塚上

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第三章 誰かの前奏曲と後奏曲

第十話

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 ――コーン。

 静寂な空間に時折響く心地の良い音。
 静かに流れる水が竹筒に溜まり重みによって石を打つ。
 
 異世界に何故ししおどしが存在するのか。浩人がこの場にいれば疑問を持つことは間違いないだろう。

「お話は伺っていますよエリスさん。シュトルクさんとはよく仕事でご一緒しましたからね」

 柔らかい笑顔を浮かべる人物。還暦を迎えたくらいの年齢と思われる男性。
 五年前に魔術師団から退き隠居していたグランツ・フォルト。賢者と呼ばれる元魔術師とヴァン達は面会していた。

「賢者様。本日はお時間を頂き……」

「エリスさん。硬くならなくても大丈夫ですよ。私は今ではただの爺ですからね」

 普段通りで構わないとグランツは全員に目を配る。それを受けて緊張感は和らいでゆく。

「それは良かったわグランツさん。パパから失礼がないようにって言われてたのよ」

「それはまたシュトルクさんらしいですね」

 和やかな空気が流れ会話が弾む。
 エリスは自分の父親の話を聞きたいのだろう。当初の目的から逸れ話題はシュトルク中心となる。若い頃の父親はどのような感じだったのか気になって仕方がないようである。

「悪いエリス。俺はこの人に大事な話があるんだ」

 流れを断ち切るように会話に割り込むヴァン。その表情は真剣そのものであると同時に焦っているようにも見て取れる。
 ヴァンの態度を咎めようとするエリスではあるが、グランツから視線を向けられ考え直す。グランツはヴァンの話を聞くつもりのようだ。

「ヴァン・フリークさんでしたね」

「あぁ。……失礼なのは分かってる。その上で話を聞いて欲しい」

 ヴァンは自分の事情を詳しく説明する。祖父であるマスフェルトを救う為に未開のダンジョンで手掛かりを求めていることを。

「マスフェルトさんですか。あの方には魔術師団はもちろん騎士団にも御協力頂いたものです。しかしながら……」

 新たな技術が未開のダンジョンから見つかることは珍しくはない。だがピンポイントで治療に繋がる何かが得られる可能性は限りなく低い。

「マリア教会や薬師協会もダメだった。出来ることは全部試したんだ。それでも無理だった」

 拳を強く握るヴァン。藁にもすがる思いでここまで来たのだろう。その表情はやるせなさに満ちていた。

(ジークさん……今がその時なのですね)

 五年前にジークから言われたことを思い出すグランツ。
 ダンジョンに挑もうとする者達がいる。そして同行を求められると。

(話にあった通り、茶髪の男性に白髪の女性ですね)

 ジークの予言じみた発言。普段なら冗談と捉えるだろうがその発言者がジークならば話は異なる。
 確信めいたその言葉。五年前の約束を守る為にグランツは魔法の腕を磨いてきた。

(病気の類いであれば神聖術が最善でしょう。ですが彼が無駄なことを言うとも思えません。この出会い、そして行動には何らかの意味があるのでしょう)

「ヴァン、アンタ……何でそんな大事な話もっと早く言わないのよッ! しかも、あるかもしれないなんて希望的観測でどうにかなるわけないじゃない!」

「じゃあ、どうすれば良かったんだよッ! 回復魔法だけじゃない、治癒魔法まで試したんだぞ⁉︎ 他にも沢山してきたんだ! でもどうにもならなかった……」

 言い争うヴァンとエリス。静かに話を聞くアトリ。興味深そうに見つめるフェルアート。

(彼らを導くことがこの老ぼれの役目なのでしょう)

「……この国には神聖術があるじゃない」

「お前こそ馬鹿だろ……王族に爺ちゃんを治してくださいってお願いするのかよ。下手すれば近衛師団に捕まるぞ」

 呆れたように力無く溜息をつくヴァン。
 神聖術のことはもちろん頭にあったが、だからといって王族に直談判するほど無鉄砲でもなかった。

「一人知っているわ。その王族と面識がある人を。アンタも知ってるアイツよ……」

「⁉︎ 人助けで動くような奴じゃない。あいつなんかに頼めるかよ……」

「ヴァン。そのつまらない意地でお爺さんを死なせるの? 確率がゼロに近い希望に縋るより、助かる可能性がある方法を選ぶべきよ。私も一緒に頼んであげるから」

 エリスの話を聞いて決意が揺らぐヴァン。
 頭では理解していた。不確定要素が多くあるダンジョン攻略よりも歴史に裏打ちされた神聖術の方が可能性は高いと。
 神の御業と呼ばれる神聖術。生きてさえいれば寿命以外の全ての死を拒絶する奇跡。この力によってディアバレト王国は台頭してきた。

「落ち着いてくださいお二人とも。ヴァンさん、貴方は未開のダンジョンに挑むと仰るのですね?」

「……あぁ、可能性がほんの少しでもあるのなら」

「エリスさんが言うように神聖術が最善の選択と言えます。ですが……治療を頼んだとして、それに応じて頂けるかは未知数です。この国は神聖術を特別視していますからね」

 伝手により治療を行う。それを一度容認すれば何度も同じことが起き、神聖術の価値が次第に下がる。国は神聖術を政治にも利用しているからこそ、安易に行使したくないというのが本音である。そもそも神聖術の使い手が極端に少ないのも理由ではある。王族であれば誰もが使えるわけではなく、連続で神聖術を行使出来るのはシエルを含めた一部のみである。

「エリスさんの言う知り合いの方に頼むのも一つでしょう。そして……ダンジョンに挑むのもまた一つ」

 グランツの表情が変わる。

「私は未開のダンジョンを訪れたことがあります。もう五年も前になりますが。そこの調査の過程で私達は死にかけました」

 当時の出来事をヴァン達に話すグランツ。
 ダンジョン内は多くのギミックが施されており調査部隊を拒んだ。そしてたどり着いた奥には古代魔法が仕掛けられていた。

「小さな友人の活躍もあり窮地を脱しましたが……次も同じことが起きるかもしれません。ヴァンさん、貴方は命を懸ける覚悟がありますか?」

「……こういう時のために力を付けたんだ。俺は死なないし爺ちゃんも死なせない」

(何か迷いがあるように見えますね。ですが……良い目をしている)

 長年魔術師団で活動してきたグランツ。多くの若者を見てきたがその中でもヴァンは何か光る物を感じる。この感覚は五年振りである。

「分かりました。でしたら私がそのダンジョンへご案内しましょう。覚悟が出来た方のみついてきてください」

 倒れた祖父を助ける為。
 五年前の恩を返す為。
 望む世界の為。

 それぞれの想いを胸にラギアスダンジョンへ挑む。



✳︎✳︎✳︎✳︎



 古びた建物。マリア教会のシンボルが掲げられた教会の跡地。その廃墟の地下に彼らの姿があった。

「まったく……大変だったんだよ。大男を移動させて治療するのは。あぁ疲れた」

「……悪かったって言ってるだろ。もう何度目だ?」

「ブーブー。デクスは何も分かってないよね。なにが、ラギアスは任せろ、だよ。ボコボコにやられてんじゃん」

 廃墟にしか見えない教会ではあるが、その地下に広がる空間は外観からは想像出来ないほど綺麗に整備されている。彼らが拠点として使用している内の一ヶ所であった。

「パリアーチ、お前こそイゾサールに貫かれてただろうが。さっさと聖女だけでも捕まえておけば計画には余裕が生まれたはずだ」

「――それはダメだよ。だってあの女は僕の独断で殺すから。ホントムカつくよね」

 感情の抜けた表情で殺意を漏らすパリアーチ。普段飄々としている姿との乖離に訝がるデクス。

「その為にアレを捕らえたのか? 本当に大丈夫なのか?」

 広い地下の奥には筒状の透明な容器。人ひとりをスッポリと覆う大きさの容器がいくつも存在している。その中には得体の知れない液体と一人の青年の姿があった。

「ん? 本当は僕用なんだけど構造的には問題ないよ」

「違う。そいつで代替案が務まるのかって話だ」

 容器に格納された青年。意識はないのだろう。目を瞑り静かに佇んでいる。

「う~ん大丈夫だと思うよ。仮にも神聖術の使い手だしね。名前は……何だっけ?」

 極端に伸ばされた銀色の前髪がゆらゆらと揺れている。行方不明になっていたマエノフである。

「どちらにせよ代替案を実行するにも準備が足りん。あいつの報告を待つか」

「そうだね。僕は僕で色々と準備があるからね。イゾサールの三男坊へお仕置きしないといけないし」

「私情を挟むな。他にやるべきことがいくらでもあるだろうが」

「そうでもないんだよねこれが。悔しいけど実力は認めざるを得ないよ。つまり……兄弟達も秘めた可能性があるわけだ。出来の良い弟に対して色々とあるだろうしね」

 イタズラを思い付いたかのような笑顔を浮かべるパリアーチ。それを見てデクスは首を振る。

「お前はやっぱりゲスだな……」



✳︎✳︎✳︎✳︎



 五年前にラギアス領で確認されたダンジョン。その中を進む五人の姿ががあった。

「まさか未開のダンジョンがラギアス領にあるとはな」

 思うところがあるのか苦々しい表情をするヴァン。

「ねぇヴァン。あのアトリって子は何者なのよ……?」

「幼馴染だよ……多分。グランツさんも相当ヤバいけどな」

「賢者なんだから当然よ。でもあの子は違うでしょ?」

 未開のダンジョンへ挑むのであれば入念な打ち合わせや連携の確認は必須と言える。だがその過程を省略してまでダンジョン攻略を進めているのには理由がある。マスフェルトの体調を考えれば悠長に作戦会議をする時間はないと判断したからである。

「――聞いてた話と違うじゃねーか」

「うん? 何か言ったかフェルアート?」

「いやな、どっちも滅茶苦茶な魔法だなってな」

「私達要らないんじゃない……?」

 先頭を行くグランツとアトリ。後方を歩く三人。後衛が前に立つという変則的な隊列を組んでダンジョン攻略が進んでいた。

「なんか……魔物が気の毒に感じるな」

「仕方ないでしょ。命のやり取りなんだから」

 ラギアスダンジョン。五年前にグランツ調査部隊が調査の過程で解いたギミックが復活している様子はなかった。だが数年放置されたことによりダンジョン内には多くの魔物が発生していた。
 危険な古代魔法に魔物の存在。それを理由に調査が滞っていた。

「ふむ……アトリさん。貴方は魔術師の仕事に興味はおありですか?」

「……興味ない」

 蔓延る魔物の群れ。
 ダンジョン攻略の大きな障害となるはずなのだが二人の放つ魔法によって即座に殲滅されてしまう。圧倒的な力を前に魔物達は為す術がなかった。

(これ程までの力を一体何処で。……ヴァンさんにアトリさん。中々興味深い二人ですね)

 散歩をするようにダンジョン内を進んでいく一行。そしてとある部屋の前に差し掛かる。

「凄えなこれは……白一色だ」

「何もかもが真っ白ね。アトリの髪色みたいね」

「……失礼」

 部屋の前で中を確認するグランツ。その様子は真剣そのものである。空気が一気に変わったことを四人は感じ取る。

「当時のこの場所は黒一色でした。そしてこの場には古代魔法のトラップがありました」

 五年前を思い出すように語るグランツ。会話をしながら魔法による索敵も行なっている。

「賢者さんよ、ちなみにどんな古代魔法だったんだ?」

「空間を指定して消滅させる未知の魔法でした」

「しょ、消滅ッ⁉︎ そんな危険な場所なの⁉︎ ……流石は賢者様ね」

 窮地を脱したからこそグランツはこの場にいる。その事実から尊敬の念を抱くエリス。魔法を扱う者からすれば賢者は神様のような存在である。

「小さな友人に発破をかけられましてね。……進みましょう。あの階段は当時ありませんでした」

 部屋の奥にある階段。その先に答えがあるのか。ヴァン達は進むしかない。
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