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番外編:『まほうの手紙、ゆうしゃへの道しるべ ―結城ほのか、3年前の物語―』
第1話 ほのかの想いとひみつのしるし[1]
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※この物語は『ゆうしゃの夏、まほうつかいの空』の3年前。
まだ小学6年生だった結城ほのかが、妹・なつみに“未来へのしるし”を託すまでの、静かな優しさの記録です。
――いつか、私が居なくなっても妹が「ただいま」と言えるように。
結城ほのかは、この日から、“しるし”を描きはじめた。
これは――
あの夏、"ゆうしゃ"になった少女・なつみが“ただいま”を言うまでの、すこし前の物語。
まだ彼女が「ゆうしゃごっこ」に夢中だったころ、その姉・結城ほのかが、静かに“未来へのしるし”を描き始めた、ひとつの夏の記憶。
昼休みの図書室は、静寂と紙の匂いに包まれていた。
結城ほのかは、いつもの窓際の席に座って、一冊の本をそっとめくっていた。
細く、長い指先がページをすべるたびに、淡い陽の光が栗色の髪に落ち、すこしだけ金色に染まる。
体育の笛の音が、どこか遠くからかすかに響いていた。
クラスの子たちは、外で走りまわっている。
でも、この場所だけは、まるで時間が止まっているみたいだった。
運動はなるべく控えるように――そう言われてから、ほのかの昼休みは、ずっとこの窓辺になった。
「やっぱりここにいた」
黄昏るほのかに声をかけて向かいに座ったのが、相澤ひよりだった。
落ち着いた雰囲気のベージュのワンピースに身を包み、読みかけの詩集をそっと閉じる。
ふわりと揺れたのは、腰まで届く真っ直ぐな黒髪。
その髪の左側には、小さな白い小花のヘアピンがさりげなくつけられていた。
長く伸びた髪は、彼女の静かな佇まいをいっそう引き立て、
窓から差し込む午後の光をやわらかに受けて、
黒のなかに、すこしだけ青みがかった影をつくっていた。
「もう、昼休みずっとここにいるでしょ?ちょっとは運動しなきゃだめだよ」
ひよりの小言に、ほのかはかすかに笑って首を横に振った。
「……お医者さんにも、あんまり運動しすぎないでって言われてるの」
それは事実だった。
ほのかは「特発性拡張型心筋症」という病を抱えていた。
原因不明の心臓疾患で、少しずつ進行していく。
激しい運動はできないが、日常生活は送れている。
けれど、心臓の疲れやすさ、息切れ、動悸……そういった不安をいつも心のどこかで抱えている。
“普通”に見えて、“普通”ではない日々。
病気のことを知っている友だちは少ない。
だから誰かに頼るより、静かにしている方が、楽だった。
それでも、ほのかはそれを「自分の一部」として、静かに受け止めていた。
「そりゃそうだけど……でもさ、せっかくいい天気なのに。外、すっごく気持ちいいよ?」
ひよりはテーブルに頬杖をついて、ほのかの顔を覗き込む。
ひよりのまっすぐな眼差しに、少しだけ胸がちくりとする。
本当は、外の光も、草の匂いも、風も、全部ちゃんと感じたいのに。
それを少しずつ手放していくのが、あたりまえになってしまうのが、すこし、さみしい。
「じゃあ、あとでベンチにでも行こっか」
ほのかがやんわりと返すと、ひよりは満足げに笑った。
「約束だからね」
ページを閉じて立ち上がるほのか。
彼女の私服―――、少し大人びた白ブラウスと紺のジャンパースカートが、ふわりと揺れた。
まだ小学6年生だった結城ほのかが、妹・なつみに“未来へのしるし”を託すまでの、静かな優しさの記録です。
――いつか、私が居なくなっても妹が「ただいま」と言えるように。
結城ほのかは、この日から、“しるし”を描きはじめた。
これは――
あの夏、"ゆうしゃ"になった少女・なつみが“ただいま”を言うまでの、すこし前の物語。
まだ彼女が「ゆうしゃごっこ」に夢中だったころ、その姉・結城ほのかが、静かに“未来へのしるし”を描き始めた、ひとつの夏の記憶。
昼休みの図書室は、静寂と紙の匂いに包まれていた。
結城ほのかは、いつもの窓際の席に座って、一冊の本をそっとめくっていた。
細く、長い指先がページをすべるたびに、淡い陽の光が栗色の髪に落ち、すこしだけ金色に染まる。
体育の笛の音が、どこか遠くからかすかに響いていた。
クラスの子たちは、外で走りまわっている。
でも、この場所だけは、まるで時間が止まっているみたいだった。
運動はなるべく控えるように――そう言われてから、ほのかの昼休みは、ずっとこの窓辺になった。
「やっぱりここにいた」
黄昏るほのかに声をかけて向かいに座ったのが、相澤ひよりだった。
落ち着いた雰囲気のベージュのワンピースに身を包み、読みかけの詩集をそっと閉じる。
ふわりと揺れたのは、腰まで届く真っ直ぐな黒髪。
その髪の左側には、小さな白い小花のヘアピンがさりげなくつけられていた。
長く伸びた髪は、彼女の静かな佇まいをいっそう引き立て、
窓から差し込む午後の光をやわらかに受けて、
黒のなかに、すこしだけ青みがかった影をつくっていた。
「もう、昼休みずっとここにいるでしょ?ちょっとは運動しなきゃだめだよ」
ひよりの小言に、ほのかはかすかに笑って首を横に振った。
「……お医者さんにも、あんまり運動しすぎないでって言われてるの」
それは事実だった。
ほのかは「特発性拡張型心筋症」という病を抱えていた。
原因不明の心臓疾患で、少しずつ進行していく。
激しい運動はできないが、日常生活は送れている。
けれど、心臓の疲れやすさ、息切れ、動悸……そういった不安をいつも心のどこかで抱えている。
“普通”に見えて、“普通”ではない日々。
病気のことを知っている友だちは少ない。
だから誰かに頼るより、静かにしている方が、楽だった。
それでも、ほのかはそれを「自分の一部」として、静かに受け止めていた。
「そりゃそうだけど……でもさ、せっかくいい天気なのに。外、すっごく気持ちいいよ?」
ひよりはテーブルに頬杖をついて、ほのかの顔を覗き込む。
ひよりのまっすぐな眼差しに、少しだけ胸がちくりとする。
本当は、外の光も、草の匂いも、風も、全部ちゃんと感じたいのに。
それを少しずつ手放していくのが、あたりまえになってしまうのが、すこし、さみしい。
「じゃあ、あとでベンチにでも行こっか」
ほのかがやんわりと返すと、ひよりは満足げに笑った。
「約束だからね」
ページを閉じて立ち上がるほのか。
彼女の私服―――、少し大人びた白ブラウスと紺のジャンパースカートが、ふわりと揺れた。
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