ゆうしゃの夏、まほうつかいの空

えんびあゆ

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完結編:『ゆうしゃの誓い、まほうつかいの旅立ち -さよならの向こうにあるもの-』

第12話 ゆうしゃとまほうつかい最後の冒険[2]

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次の日。
窓の外には、うっすらと白い光を帯びた桜並木。
まだ少し肌寒いけれど、空気の中には春の匂いがはっきりと混じっていた。
なつみは朝早く目を覚まし、ベッドの中で何度も今日のことを考えていた。

(今日は、絶対に“最後のしるし”を見つける。――でも、一人じゃなくて……そらたと。)

眠気がすっかり吹き飛ぶと、なつみはタンスの前でしばらく迷った。
今日は特別な冒険の日。だから、気合いを入れた私服にしたい。
淡いクリーム色のフードつきパーカーに、裾がふわりと広がる薄い水色のキュロットスカート。
タイツを履いて、動きやすいお気に入りのスニーカー。
髪は前日に洗ってつやつやにしておいた。
今日は勇者として「冒険」にふさわしいように、後ろで一本にゆるくまとめてポニーテールに。
シュシュは、ほのかお姉ちゃんにもらった白いレースのもの。

胸ポケットならぬ、パーカーの大きな前ポケットには、
「勇気の地図」と昨夜ベッドの上で何度も眺めたヒントの紙片。
肩には、小さなポシェット。中にはちょっとした冒険用のメモ帳、シャープペン、消しゴム、ハンカチ、そしてお守り代わりの小さなキーホルダー。
鏡の前で「よし」と小さく気合いを入れて、なつみは玄関に向かった。

(やっぱり、一人じゃだめだ。――そらたと、一緒に冒険しなきゃ)

ほんの数日前まで、そらたの顔をまともに見られなかった。
LINEもほとんど返せなかった。
「お別れ」だと分かっているのが苦しくて、でも、やっぱり最後まで逃げたくなかった。
自分が「勇者」だと信じられるのは、そらたが隣にいてくれたからだ――
そんな気持ちが、なつみの中で強くなっていた。

小さなため息をひとつついて、なつみは靴紐を結び直した。
「よし。いってきます!」
小さな声でつぶやいて玄関を飛び出すと、春の空気が頬を撫でていった。
吸い込む空気さえ新しく思える。

そらたの家までの道――
なつみの家から公園を抜け、川沿いの小道を歩いていく。
途中のフェンスでは、あの日、ふたりで四葉のクローバーを探した思い出が蘇る。
垣根の隙間からのぞくワンコの鳴き声、曲がり角にある花壇のパンジー、すべてが春の色に塗り替えられていた。

けれど、その胸の奥では、少しだけ緊張が渦巻いていた。
そらたときちんと話すのは、あれからほとんどなかった。
(もし、そらたが私と会うのを嫌がったらどうしよう――)
そう考えると、足が重くなる。
けれど、「勇者」として「最後の冒険」を成し遂げるには、そらたに頼るしかなかった。

そらたの家の前で、インターホンの前に立つ。
自分の心臓の音がやたら大きく聞こえる。
でも、今日は逃げない。
指がほんの少し震えながらも、勇気を出してチャイムを押した。

しばらくして、扉がそっと開いた。
現れたのは、私服姿のそらた。
今日のそらたは、紺色のパーカーに薄いグレーのジョガーパンツ。
キャップを逆さにかぶって、靴はお気に入りのグリーンのスニーカー。
髪は少し寝ぐせがついているけど、前髪は丁寧に整えてあった。
いつもよりほんの少しだけ背が高く見えるのは、春の日差しのせいかもしれない。

「……おはよう、なつみ」
少しだけ戸惑った表情でそらたが言う。
目が合った瞬間、なつみは思わず小さく笑ってしまった。
「おはよう、そらた。今日は……ちょっと付き合ってほしいんだ」

そらたは驚いたように一瞬だけ目を見開いた。
だけど、すぐに優しい表情に戻る。
「うん……どこに行くの?」
「……お姉ちゃんの“最後のしるし”、一緒に探してほしいの」
なつみは、パーカーのポケットからヒントの紙片と地図を差し出した。

そらたはそれを受け取って、静かに読んだ。
そして、小さく息を吐いて微笑む。
「じゃあ……勇者と魔法使いの冒険、出発だね」

しばらくの沈黙。
気まずさと緊張が、ほんのりと空気を重くする。

「そらた、ごめんね。ずっとちゃんと話せなくて……。
でも、最後だけは一緒に“冒険”したかった。
私、やっぱりひとりじゃだめだったんだ」

なつみがそう告げると、そらたも優しくうなずいた。
「ぼくも……最後に、なつみと冒険できるの、すごく嬉しい」

そうしてふたりは、春の朝の光に背中を押されて歩き出した。

なつみはポニーテールの先をひとつ揺らして、パーカーのポケットに小さく拳を握る。
そらたはキャップのつばを指で軽く触れながら、地図とヒントの紙片を大切に握りしめた。

ふたりだけの冒険――
それは、ほんのりと苦くて、でも確かにあたたかい春の風が吹き抜ける、特別な朝の始まりであり、最後の冒険の幕開けであった。
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