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さようなら、私の王子様
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「ビアンカ・アデライド、お前との婚約を破棄する!」
王立学院の中庭に澄んだ声が響き渡る。
声の主はリチャード王太子殿下。鮮やかな金髪とスカイブルーの瞳が印象的な、絵にかいたような王子様だ。
「まあ、一体どういうことですの? 私、なにかリチャードさまの不興を買うような真似をいたしまして?」
対するのは銀の髪に紫の瞳の侯爵令嬢、ビアンカ・アデライド。絹の扇を口元に当て、軽く小首をかしげる仕草は、いかにも優雅で品がある。
「ここ最近のフェリシアに対する嫌がらせの数々、目に余る」
「はて、嫌がらせとは?」
「しらばっくれるな、マナーがなってないとねちねちと嫌味を言ったそうじゃないか」
「廊下を走ったり大声を出したり、貴族の令嬢として相応しくない行動が目についたので、軽く注意しただけですわ」
「しかし……フェリシアの大事にしているブローチを取り上げたと聞いたぞ!」
「高価な宝飾品の持ち込みは校則違反ですので、私があずかっていたのです。あとで寮のお部屋にお届けしました」
「で、でも、この前はフェリシアの成績にまで口を出したって」
「学生の本分は勉強ですもの。成績の急降下を目にしたら、苦言を呈するのは当然でしょう?」
「ええい黙れ黙れ、フェリシアより下の成績の者なんていくらでもいるのに、そいつらにはなにも言ってないじゃないか。マナーだって、私物の持ち込みだってそうだ。もっとひどい奴らはいくらでもいるのに、なぜフェリシアばかりを目の敵にする? フェリシアがこの僕と仲がいいことと、無関係とはいわせないぞ!」
「そう……ですわね」
それまで優雅にほほ笑んでいたビアンカは、そこで初めて顔色を変えた。
「……確かにリチャードさまとのことがあったために、ことさら厳しくした面はあるかもしれません。彼女に対して公平ではありませんでした」
ビアンカはリチャードに寄り添うピンク髪の少女に向かって頭を下げた。
「ごめんなさいね。フェリシアさん」
「いえ……」
「それから、リチャードさま……いえ、もう王太子殿下とお呼びしますわね。婚約破棄の件、確かに承りました。私から国王陛下に申し上げておきますから、あとのことはどうぞご心配なく」
「あ、ああ……」
あまりに素直なビアンカに、とまどっている様子である。
「ですが王太子殿下。殿下のなさりのようにも問題があります。婚約者であった女の最後の進言として、どうかお聞きくださいませ」
ビアンカは噛んで含めるように言葉を続けた。
「まず相手の言い分を聞くことなく、一方の話だけで断罪するなど、上に立つ者のなさることではありません。双方の言葉に耳をかたむけた上で公平な裁きを行うのが、王族たるもののつとめです。また断罪や婚約破棄などをするにあたって、中庭のような人目に付く場を選ぶのもいかがなものかと思います。貴族には――いいえ貴族でなくとも、人には体面というものがあるのですから、このようなやり方をしていては、いずれ人心は離れていきます。か弱い少女を守ろうという殿下のお心は素晴らしいと思います。ですが、どうかもっと視野を広くもって、聡明な行動を心がけて下さい。私の申し上げることはこれだけですわ。――それでは、失礼いたします」
完璧なカーテシーをして、その場を立ち去ろうとしたビアンカの耳に、「ビアンカ……」と切なげな声が響いた。
振り向けば、泣きそうにゆがんだリチャードの顔。
今になってビアンカを失うことが実感として迫ってきたのだろう。
かつての睦まじかったころを思い出して、今さら後悔しているのかもしれない。
だけどそんなものはしょせん一時の感傷に過ぎない。
彼の心はすでにビアンカよりもフェリシアにあることは明らかだ。
ビアンカはそのまま立ち去ろうかと逡巡し……結局リチャードのもとにとって返した。どうしても彼に甘くなる自分に内心苦笑しながら、腰をかがめて目線を合わせる。
「殿下、私は六年もの間、殿下とともに過ごせて幸せでした。もはやお傍でお仕えすることはかないませんが、いつまでも殿下のことを見守っております」
「ビアンカ、僕は」
なにか言いかけた唇を指先で制し、微笑みかける。先ほどまでの取り澄ました笑みとはまるで異なる、慈母のような微笑みだ。
「――さようなら、私の王子様」
王太子リチャードと、侯爵令嬢ビアンカの六年にわたる婚約は、そんな形で幕を下ろした。
「しかし酷いやり方をしたものだ。どうせフェリシア嬢にいいところを見せたかったのだろうが、それにしたって目に余る。あいつにはきつくお灸をすえてやらねばなるまいな」
漆黒の髪に黒い瞳の美丈夫は、端正な顔を怒りにゆがめ、腹立たしげに吐き捨てた。
王弟ハロルド。
公務に忙しい国王の代わりに王太子の後見を務めており、ビアンカとは王太子の教育方針について、日ごろから話し合う関係だ。
「あまり厳しいことはなさらないでくださいませ。なんといっても殿下はまだ十歳なのですもの。間違えることもありますわ。それに私にとって婚約破棄は二度目ですもの。慣れております」
「だからこそだ。他でもないあなたに、あんなやり方をするなんて」
ハロルドの言葉に、ビアンカは一度目の婚約破棄のことを思い返した。
当時のビアンカは十七歳。才色兼備の完璧令嬢との誉れも高く、婚約者である伯爵令息にはもったいないなどとも噂されていた。しかし当の婚約者にしてみれば、そういうところがしゃくに障ったのかもしれない。彼はとある男爵令嬢と恋仲になり、卒業パーティーの日に、ビアンカに婚約破棄を突きつけたのである。
世間の好奇の目を避けて、館に引きこもっていたビアンカに「王立学院を首席で卒業した才覚を生かし、王子の教育係になってもらえないか」と持ち掛けたのが、他でもない王弟ハロルドだった。
実際に引き受けてみたところ、母を亡くしたばかりの幼いリチャードはすぐにビアンカに懐いて――懐き過ぎた。彼は「大きくなったらビアンカと結婚する!」と宣言し、正式に婚約したいと大騒ぎ。
国王陛下に「母親のいない不憫な子だ。どうかあれの気が済むまで付き合ってやってくれまいか」と懇願されて、ビアンカに選択の余地はなかった。
以来どこへ行くにも付き添ったし、リチャードが王立学院に入る年には「ビアンカと離れたくない」とごねる彼のために、初等科の教師として赴任した。
しかしビアンカに甘えるばかりだったリチャードも、いつしかビアンカよりも同年代の子供たちとの付き合いを優先させるようになっていった。宰相の息子ジェラルド、騎士団長の息子フィリップ、大商人の息子エドワード、そして公爵令嬢フェリシア。
「フェリシア嬢には申し訳ないことをしましたわ。彼女が未来の王妃になる可能性を考えて、ついつい指導に熱が入り過ぎてしまいました。まだ婚約者ですらない少女に王妃教育を施すなんて、まったく公平ではありませんでした」
「指導自体は間違っていないのだから、そんなに気に病むことはないよ。本当にあなたはお人よし過ぎるね」
ハロルドは呆れたようにため息をついた。
「それで、これからどうするつもりかな?」
「そうですね。教師は今学期をもって退任する予定ですから、しばらくは領地に帰ってのんびりしようかと思います」
「結婚は考えていないのかい?」
「まあ、二度も婚約破棄されたいき遅れをもらってくれる殿方なんていませんわ」
「一度目は相手の男が馬鹿だっただけだ。知ってるかい? あいつはあの後、領地経営に失敗して平民落ちし、今じゃ夫婦ともども救貧院の厄介になっているそうだ。あんな男と結婚せずにすんで幸いだったというべきだね」
「ええまあ……そうかもしれませんわね」
ビアンカが曖昧に言葉を濁したのは、元婚約者を平民落ちに追い込んだのは、他でもないハロルドだと噂されているからである。
なんでも元婚約者の取引先をことごとくつぶし、借金で首が回らないようにしたうえで、貴族身分と領地の返上と引き換えに借金を肩代わりしてやると迫ったとのこと。
ハロルド殿下はなにか個人的な遺恨でもあったのだろうかと世間は不思議がっていた。
「そして今回に関しては、あなたは子供のわがままに付き合ってくれていただけだ。世間はあなたに賞賛を送りこそすれ、侮る理由などどこにもない。気高く優しいあなたとの婚姻を望む男なんていくらでもいる。……例えば私とか」
彼らしからぬ物言いに、ビアンカはいぶかしげに眉をひそめた。
王弟の身分と優れた容姿を持つハロルドは、あまたの令嬢や貴婦人に思いを寄せられながら、浮名ひとつ流さぬ堅物として有名だった。単なる軽口でこんなことを言うはずがない。
すなわちこれは本気のプロポーズということになるのだが――
「ハロルド殿下。もし今回の件でなにか責任を感じてらっしゃるのだったら」
「違う!」
ハロルドはビアンカの目を正面からみすえた。黒曜石の瞳は、常になく激しい情熱を宿している。
「デビュタントで初めて見た時から、ずっとあなたに惹かれていた」
そして驚きに言葉を失っているビアンカを前に、ハロルドは切々と言葉を続けた。
「本当は六年前の婚約破棄のあと、すぐにも結婚を申し込みたかった。しかし傷心の女性に付け込むようで気が引けてね。家庭教師に推薦したのは、もちろん可愛い甥っ子の教育係に最適だと思ったからだが、あなたに対する下心があったことも否定できない。甥っ子のことで顔を合わせていくうちに、少しずつ関係を築いていければと思っていた。しかし、まさかその甥っ子に先を越されるとは思わなかったよ。だから、もう待たない。好きな女を手に入れるのに必要なのは、タイミングを見ることではなく、有無を言わさぬ強引さだとつくづく学習したからね」
ハロルドは椅子から立ち上がると、ビアンカの前でひざまずいた。王族である彼がこんな風に誰かひざまずくなんて、想像だにしなかった光景だ。
「ビアンカ・アデライド。どうか私と結婚してほしい。初めて会ったときからずっとあなたを愛している。そしてこれからもずっと、死ぬまであなたひとりを愛し続けると誓う」
その後、二人の婚約を聞いたリチャードが「僕を捨てるのか! ビアンカの浮気者!!!」と泣きわめいて、フェリシアにドン引きされるのは、また別のお話。
王立学院の中庭に澄んだ声が響き渡る。
声の主はリチャード王太子殿下。鮮やかな金髪とスカイブルーの瞳が印象的な、絵にかいたような王子様だ。
「まあ、一体どういうことですの? 私、なにかリチャードさまの不興を買うような真似をいたしまして?」
対するのは銀の髪に紫の瞳の侯爵令嬢、ビアンカ・アデライド。絹の扇を口元に当て、軽く小首をかしげる仕草は、いかにも優雅で品がある。
「ここ最近のフェリシアに対する嫌がらせの数々、目に余る」
「はて、嫌がらせとは?」
「しらばっくれるな、マナーがなってないとねちねちと嫌味を言ったそうじゃないか」
「廊下を走ったり大声を出したり、貴族の令嬢として相応しくない行動が目についたので、軽く注意しただけですわ」
「しかし……フェリシアの大事にしているブローチを取り上げたと聞いたぞ!」
「高価な宝飾品の持ち込みは校則違反ですので、私があずかっていたのです。あとで寮のお部屋にお届けしました」
「で、でも、この前はフェリシアの成績にまで口を出したって」
「学生の本分は勉強ですもの。成績の急降下を目にしたら、苦言を呈するのは当然でしょう?」
「ええい黙れ黙れ、フェリシアより下の成績の者なんていくらでもいるのに、そいつらにはなにも言ってないじゃないか。マナーだって、私物の持ち込みだってそうだ。もっとひどい奴らはいくらでもいるのに、なぜフェリシアばかりを目の敵にする? フェリシアがこの僕と仲がいいことと、無関係とはいわせないぞ!」
「そう……ですわね」
それまで優雅にほほ笑んでいたビアンカは、そこで初めて顔色を変えた。
「……確かにリチャードさまとのことがあったために、ことさら厳しくした面はあるかもしれません。彼女に対して公平ではありませんでした」
ビアンカはリチャードに寄り添うピンク髪の少女に向かって頭を下げた。
「ごめんなさいね。フェリシアさん」
「いえ……」
「それから、リチャードさま……いえ、もう王太子殿下とお呼びしますわね。婚約破棄の件、確かに承りました。私から国王陛下に申し上げておきますから、あとのことはどうぞご心配なく」
「あ、ああ……」
あまりに素直なビアンカに、とまどっている様子である。
「ですが王太子殿下。殿下のなさりのようにも問題があります。婚約者であった女の最後の進言として、どうかお聞きくださいませ」
ビアンカは噛んで含めるように言葉を続けた。
「まず相手の言い分を聞くことなく、一方の話だけで断罪するなど、上に立つ者のなさることではありません。双方の言葉に耳をかたむけた上で公平な裁きを行うのが、王族たるもののつとめです。また断罪や婚約破棄などをするにあたって、中庭のような人目に付く場を選ぶのもいかがなものかと思います。貴族には――いいえ貴族でなくとも、人には体面というものがあるのですから、このようなやり方をしていては、いずれ人心は離れていきます。か弱い少女を守ろうという殿下のお心は素晴らしいと思います。ですが、どうかもっと視野を広くもって、聡明な行動を心がけて下さい。私の申し上げることはこれだけですわ。――それでは、失礼いたします」
完璧なカーテシーをして、その場を立ち去ろうとしたビアンカの耳に、「ビアンカ……」と切なげな声が響いた。
振り向けば、泣きそうにゆがんだリチャードの顔。
今になってビアンカを失うことが実感として迫ってきたのだろう。
かつての睦まじかったころを思い出して、今さら後悔しているのかもしれない。
だけどそんなものはしょせん一時の感傷に過ぎない。
彼の心はすでにビアンカよりもフェリシアにあることは明らかだ。
ビアンカはそのまま立ち去ろうかと逡巡し……結局リチャードのもとにとって返した。どうしても彼に甘くなる自分に内心苦笑しながら、腰をかがめて目線を合わせる。
「殿下、私は六年もの間、殿下とともに過ごせて幸せでした。もはやお傍でお仕えすることはかないませんが、いつまでも殿下のことを見守っております」
「ビアンカ、僕は」
なにか言いかけた唇を指先で制し、微笑みかける。先ほどまでの取り澄ました笑みとはまるで異なる、慈母のような微笑みだ。
「――さようなら、私の王子様」
王太子リチャードと、侯爵令嬢ビアンカの六年にわたる婚約は、そんな形で幕を下ろした。
「しかし酷いやり方をしたものだ。どうせフェリシア嬢にいいところを見せたかったのだろうが、それにしたって目に余る。あいつにはきつくお灸をすえてやらねばなるまいな」
漆黒の髪に黒い瞳の美丈夫は、端正な顔を怒りにゆがめ、腹立たしげに吐き捨てた。
王弟ハロルド。
公務に忙しい国王の代わりに王太子の後見を務めており、ビアンカとは王太子の教育方針について、日ごろから話し合う関係だ。
「あまり厳しいことはなさらないでくださいませ。なんといっても殿下はまだ十歳なのですもの。間違えることもありますわ。それに私にとって婚約破棄は二度目ですもの。慣れております」
「だからこそだ。他でもないあなたに、あんなやり方をするなんて」
ハロルドの言葉に、ビアンカは一度目の婚約破棄のことを思い返した。
当時のビアンカは十七歳。才色兼備の完璧令嬢との誉れも高く、婚約者である伯爵令息にはもったいないなどとも噂されていた。しかし当の婚約者にしてみれば、そういうところがしゃくに障ったのかもしれない。彼はとある男爵令嬢と恋仲になり、卒業パーティーの日に、ビアンカに婚約破棄を突きつけたのである。
世間の好奇の目を避けて、館に引きこもっていたビアンカに「王立学院を首席で卒業した才覚を生かし、王子の教育係になってもらえないか」と持ち掛けたのが、他でもない王弟ハロルドだった。
実際に引き受けてみたところ、母を亡くしたばかりの幼いリチャードはすぐにビアンカに懐いて――懐き過ぎた。彼は「大きくなったらビアンカと結婚する!」と宣言し、正式に婚約したいと大騒ぎ。
国王陛下に「母親のいない不憫な子だ。どうかあれの気が済むまで付き合ってやってくれまいか」と懇願されて、ビアンカに選択の余地はなかった。
以来どこへ行くにも付き添ったし、リチャードが王立学院に入る年には「ビアンカと離れたくない」とごねる彼のために、初等科の教師として赴任した。
しかしビアンカに甘えるばかりだったリチャードも、いつしかビアンカよりも同年代の子供たちとの付き合いを優先させるようになっていった。宰相の息子ジェラルド、騎士団長の息子フィリップ、大商人の息子エドワード、そして公爵令嬢フェリシア。
「フェリシア嬢には申し訳ないことをしましたわ。彼女が未来の王妃になる可能性を考えて、ついつい指導に熱が入り過ぎてしまいました。まだ婚約者ですらない少女に王妃教育を施すなんて、まったく公平ではありませんでした」
「指導自体は間違っていないのだから、そんなに気に病むことはないよ。本当にあなたはお人よし過ぎるね」
ハロルドは呆れたようにため息をついた。
「それで、これからどうするつもりかな?」
「そうですね。教師は今学期をもって退任する予定ですから、しばらくは領地に帰ってのんびりしようかと思います」
「結婚は考えていないのかい?」
「まあ、二度も婚約破棄されたいき遅れをもらってくれる殿方なんていませんわ」
「一度目は相手の男が馬鹿だっただけだ。知ってるかい? あいつはあの後、領地経営に失敗して平民落ちし、今じゃ夫婦ともども救貧院の厄介になっているそうだ。あんな男と結婚せずにすんで幸いだったというべきだね」
「ええまあ……そうかもしれませんわね」
ビアンカが曖昧に言葉を濁したのは、元婚約者を平民落ちに追い込んだのは、他でもないハロルドだと噂されているからである。
なんでも元婚約者の取引先をことごとくつぶし、借金で首が回らないようにしたうえで、貴族身分と領地の返上と引き換えに借金を肩代わりしてやると迫ったとのこと。
ハロルド殿下はなにか個人的な遺恨でもあったのだろうかと世間は不思議がっていた。
「そして今回に関しては、あなたは子供のわがままに付き合ってくれていただけだ。世間はあなたに賞賛を送りこそすれ、侮る理由などどこにもない。気高く優しいあなたとの婚姻を望む男なんていくらでもいる。……例えば私とか」
彼らしからぬ物言いに、ビアンカはいぶかしげに眉をひそめた。
王弟の身分と優れた容姿を持つハロルドは、あまたの令嬢や貴婦人に思いを寄せられながら、浮名ひとつ流さぬ堅物として有名だった。単なる軽口でこんなことを言うはずがない。
すなわちこれは本気のプロポーズということになるのだが――
「ハロルド殿下。もし今回の件でなにか責任を感じてらっしゃるのだったら」
「違う!」
ハロルドはビアンカの目を正面からみすえた。黒曜石の瞳は、常になく激しい情熱を宿している。
「デビュタントで初めて見た時から、ずっとあなたに惹かれていた」
そして驚きに言葉を失っているビアンカを前に、ハロルドは切々と言葉を続けた。
「本当は六年前の婚約破棄のあと、すぐにも結婚を申し込みたかった。しかし傷心の女性に付け込むようで気が引けてね。家庭教師に推薦したのは、もちろん可愛い甥っ子の教育係に最適だと思ったからだが、あなたに対する下心があったことも否定できない。甥っ子のことで顔を合わせていくうちに、少しずつ関係を築いていければと思っていた。しかし、まさかその甥っ子に先を越されるとは思わなかったよ。だから、もう待たない。好きな女を手に入れるのに必要なのは、タイミングを見ることではなく、有無を言わさぬ強引さだとつくづく学習したからね」
ハロルドは椅子から立ち上がると、ビアンカの前でひざまずいた。王族である彼がこんな風に誰かひざまずくなんて、想像だにしなかった光景だ。
「ビアンカ・アデライド。どうか私と結婚してほしい。初めて会ったときからずっとあなたを愛している。そしてこれからもずっと、死ぬまであなたひとりを愛し続けると誓う」
その後、二人の婚約を聞いたリチャードが「僕を捨てるのか! ビアンカの浮気者!!!」と泣きわめいて、フェリシアにドン引きされるのは、また別のお話。
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