俺のソフレは最強らしい。

深川根墨

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41.ゼロさまぁぁ!①

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「じゃあ、ごちそうさまでした。お前たち、あとは頼みました」
「所沢さん、ゼロ、いってらっしゃい」
「ええ、いってきます」
「……行って、くる」

 靴を履きながら辿々しくも言葉を返した。京はふふんと嬉しそうに顔を覗き込むと、微笑んだ。

「うん、いってらっしゃい。早く帰ってきてな」

 所沢を押し出す形でゼロが玄関からあたふたと出た。玄関の扉が閉まると深呼吸を繰り返した。耳朶を赤くしたゼロを見て、所沢は面白そうに笑う。

「貴方も、可愛くなりましたね。その格好も似合っています」
「黙れ、コウ」
 
 今日はゼロは整備士のように真っ黒なツナギ姿だ。今日はジャネットの飼い主からの紹介で畑仕事を手伝うことになっている。報酬と別に収穫した野菜がもらえるのが良い。きっと京は喜ぶだろう。

 野菜を手に喜ぶ京を想像していると、コウの馬鹿が背を向けて笑っているのが見えた。
 自覚はある。数ヶ月前の自分が見たらさぞかし驚愕しただろう。自分は随分と感情が外に漏れ出してしまっている。ただし、それらは京に関することに限定されるのだが。

 軽口を言いながら二人で駅間での道のりを歩く。たまたまゼロの仕事先が隣駅だったのと、所沢が店に視察に行くのに電車が都合が良かったからだ。
 二人で歩くというのは小恥ずかしい。所沢もこの状況に少し戸惑っているようで視線が合うと照れたように髪を掻き上げた。

 幹線道路を通過する車の走行音が耳につき始めた頃、隣を歩いていた所沢が歩行速度を緩めた。横目でそれを確認するとゼロが面倒くさそうに目を転じた。

「またか」
「またって……いつからです?」
「二日前だ」

 再び歩調を元に戻すと所沢は呆れたようにゼロを見た。
 さっきからずっと背後から視線を感じていた。しかも、絡み付くような視線。

「放っておくなんて、何を考えているのです? というよりも、どこのバカですか、貴方にちょっかいをかける命知らずは!」
「……遊ぶんじゃなかった」

 ゼロの言葉に所沢はささくれ立った心を落ち着かせようとタバコの火をつけた。歩きタバコにうるさい街だが、気にしていられない。

「時間があるので、私も挨拶致しましょうか──では、ご武運を」
「あぁ」

 所沢がわざとらしく後半部分に力込めて言うと、風を切るように路地を曲がった。ゼロもぞんざいに手を振ると所沢と逆方面に歩みを進めた。

 二手に分かれたが、尾行は続く。
 距離を詰めすぎず、開けすぎず。
 その人物は絶妙な塩梅でゼロを追跡している。
 仕掛けてくるわけでもなく、ただ、ずっと尾行しているのだ。二日間。
 ゼロもいい加減うんざりしていた。ただ、相手をしたくなくて徹底的に無視をしていた。

 角を曲がってしばらくして、ゼロは踵を返して今きた道を戻った。そして角を曲がったところで、一人の人間と鉢合わせた。

「っ……」

 半袖のストライプのシャツをデニムパンツに入れ込んだ、真面目そうな青年だった。黒縁眼鏡の奥の大きな瞳が最大限に見開かれていた。
 一瞬視線が絡んだものの、そのまま頭を下げて通り過ぎようとする青年。それをゼロが後ろ襟を掴んで拘束する。
 顔を赤らめて目を逸らすと手足をバタつかせた。

「な、何をするんですか⁉︎  僕は、通りすがりの大学生です!」
「こんな朝から授業がある大学あるのか?」
「平凡な苦学生です!」
「おや、本物の大学生は自分で通りすがりの大学生とは言いませんよ?」

 所沢が合流するとゼロの隣に並び立った。
 ゼロに吊し上げられている青年を見て、片眉を上げた。
 
「ほう? なんか銀執事っぽくない、変わった毛色ですね?……あぁ、なるほど」

「離──せ! 僕に触れるなッ!」

 所沢が黒のウィッグを取り、無理矢理眼鏡を外した。見事な銀髪と端正な顔が現れ、所沢がひとり感嘆の声を上げた。
 通りすがりの大学生はマリナだった。
 その横でゼロが面倒くさそうに目を眇めている。
 通行人の好奇の目が集まる前に三人は町の小さな神社へと向かった。鳥居の周りにはベンチが一つ置いてあったので、自然とそこへ腰掛ける。逃げないようにマリナを挟むようにゼロと所沢が陣取った。

 身を縮めていたマリナが腰をあげようとすると、ゼロが瞬く間にマリナのデニムパンツに刃物を突き立てた。

「パンツ一丁で帰るか?」
「…………」

 ゼロの脅しにマリナは俯き、身体を震わせた。
 マリナの股の間にあった布地を貫通し、木製のベンチにアーミーナイフが突き刺さっている。所沢はマリナに同情するように声をかけた。

「ゼロ、おやめなさい。貴方もです。諦めて手を引きなさい。貴方には荷が重い──」
「……出来ない」

 マリナは拳を握りしめて黙り込んだ。
 ゼロが殺意を漂わせ始めると所沢が呆れたようにベンチの背もたれに体重を預けた。

「死にたいのですか……貴方は」
「死んでもいい……殺してくれるなら……それが、叶うなら……はぁ、はぁ……あぁ」

 俯き、恐怖で体を震わせていたはずのマリナの声色の変化に、二人が訝しげな表情を浮かべた。
 マリナが顔を上げると蒸気した顔でゼロを見つめていた。瞳は爛々と輝き、嬉々とした表情で。

「ゼロさま……お慕いしております」
「は?」

 ゼロは片眉を上げたまま動かない。所沢は「変態……?」と呟き、後ずさった。その間にもマリナは熱のこもった視線をゼロへとぶつけている。
 その瞳にハートが浮かんでは消えていくようだ。

「貴方のせいですよ。ゼロ、貴方が遊ぶからです」
「俺? それは違──」
「えぇ、えぇ! そうですとも! 数日前に可愛がってくださったあの夜、二人の新たな関係が始まったのです」

 鼻息を荒くしてマリナが胸の前で十字を切った。大音声で舌を振るうマリナに、所沢が憐憫の目を向ける。

「えー、神聖なこの場所で話す内容ではありませんね」
「最悪だ」

 感極まったのか、マリナは股の間にある刃物をもろともせずゼロへとにじり寄った。
 小刻みな呼吸とともにゼロの太腿に手を掛け、そのまま秘所に向かって手を伸ばそうとした。
 咄嗟にゼロはマリナの顔を思いっきり殴った。言い寄られるのとは違う気味悪さを感じたのだ。
 だめだ。これは、絶対にやばい。薬とは違う、陶酔の中の狂気が垣間見えた。

 マリナは殴られた頰を押さえ、その痛みを確かめるように摩っていた。夢、ではない、と小さく呟き、ゼロへと秋波を送る。

「痛いです……でも、嬉しい……僕の唇の端に、ゼロさまが触れた……」
「語弊がひどい。いえ、貴方、頬を殴られますからね。血、出てますけど、分かってます?」
「本当に、最悪だ」

 ゼロは奥歯を噛み締めて項垂れた。
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