86 / 136
会遇編
6.
しおりを挟む王都の門を潜った次の日。
当初の予定通り子爵は研究成果を纏めた資料を提出しに行った。
それに多くの護衛がついて行くので今日はこのまま俺たちは王都のフーレ子爵邸で待つ。
クミネは子爵に連れられて役所について行った。
宿にはいつもの3人と子爵家の護衛が5人だけいる。
その護衛もアレクシスと剣の稽古をしているので護られている実感は湧かないのだが。
何度もちゃんと護衛しろ、とヒルハがぷんぷんと怒っていたがまるで相手にされていなかった。それどころが筋肉馬鹿共に掴まれ共に訓練に参加させられている。
…護衛対象から離れすぎじゃね?
次の日は午前中子爵は王都での社交の準備があると言って仕立て屋を呼んだり招待状を確認したりと忙しそうでもちろん今日も外には出られない。
それでも普段目にすることもない貴族の御用達の仕立て屋をクミネがキラキラとした目で見ていたのを俺たち心が汚い組(計四名)は眺めていた。
「すご……これ同じ色じゃないの…?」
「これはね生地が違うんですよ。触ってごらん、ちょっと違うの分かる?」
「!!ほんとだ!!同じ色なのに!!」
「ふふ、でもねこうやって陽の光に当てると…ほら!」
「うわ、色が違う!!なんで!?なんで!?」
クミネはいつの間にか仕立て屋と仲良くなっていた。既に服の大まかなデザインと生地を決めていた子爵はその様子に苦笑していた。……はやく全部終わらせたいけどこんなに楽しんでいるクミネの邪魔は出来ないってところだろうか?
子爵にそんな人間の心が備わっていたことに驚きだ。
仕立て屋の人たちも貴族の子供達はこんなにはしゃぐことはないので純粋に楽しんでいるクミネに嬉しそうに色んなことを教えてくれている。
初対面こそ最低な出会いだったがクミネは結構子供だ。頑張って大人ぶってはいるし実際しっかりしているのだが俺たちの前で強がるだけ無駄だということをよく理解しているのか最近は自然体でいることが多いと思う。
子爵は研究にしか興味が無いし、俺は他人に興味もてるほど人と関わったことないし、アレクシスは他人に毛ほどの興味はないし、ヒルハは誰が相手だろうと全て世話したがるし。
クミネが強がる必要がない空間なのだろう。それが良いことなのか悪いことなのかあまりにも常識を知らない俺には判断出来ない。
ただこの眩い笑顔を絶やさないでいて欲しいと思う。
「ユルハ!みろよこれ!!お前の………好きな色だろ!!」
「んー?あ、ほんとだ。綺麗な紅だな。」
「だ、だろ!?…ぁいたっ、」
「はしゃぎすぎですよお馬鹿」
「うー…悪かったよ、」
ぺしっとクミネの頭が良い音を立てる。
クミネの指し示した布は光沢感のある深く濃い純粋赤、紅、朱、真紅。なんと形容すれば良いのか分からないほど深い鮮血の色だった。朱殷ではない、鮮やかな血。
───俺の瞳に浮かぶ魔法陣のような。
きっとクミネは俺のこの魔法陣と同じ色だと言いたかったのだろう。だが振り返ってフードを深く被っている俺を見て咄嗟に誤魔化そうとしてくれたのだと思う。
申し訳なさそうにこちらを伺いみるクミネがなんともいじらしい。
「クミネはどの生地が好きなんだ?教えてくれよ。」
「ぁ……うん!俺はなえーと、これ!」
「初め見てたヤツ?」
「それはこっち。全然ちげーんだぞ!これはな、」
クミネは俺の言葉にほっとしたような顔をした。
クミネの子供らしさを守って欲しいとも思うがこういう人の顔色を伺う生き方をしてきたのを否定する気もない。自分の意見を絶対曲げないやつだが必ず人の顔色を確認する癖がある。唯一の孤児として辛いこと、理不尽に晒されることも多かったろう。
その生活の中で死にものぐるいで身につけた技術だ。
これはクミネの懸命に生き抜いてきた証だ。
きっと将来クミネの役に立つ。
だけど今は、まだ子供のうちはそんなの気にせず空気なんて無視して好き勝手して欲しいとも思う、俺の勝手な押付けがましい願望もある。
一つひとつの布を手に取り、自分もさっき知ったばかりの知識を得意げに披露する横顔をちらりと見る。
キラキラと輝くその瞳は好奇心に溢れている。
俺が歩むことのなかった知識を求める年頃特有の瞳。俺は勝手にこの少年が幸せになることで過去の自分の幸せになれるんじゃないかと託している。
こんな身勝手な願いをこいつは引き受けてくれるだろうか。
今日も王都の空には雲ひとつない晴天が広がっていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
213
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる