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会遇編
13.
しおりを挟む観劇場の外に出ると雨が降っていた。中からは分からなかったがいつの間にか結構本格的に降っていた。
「……どうするよこれ」
「近くで雨宿りしかなくない?」
溜息を吐く俺と対象にクミネはこんな雨でも楽しそうである。おそらく雨宿りと称して近くの甘味処にいきたいのだろう。
こんな雨の中濡れて行動すれば風邪をひくのだろうか?
生憎光の御子の加護とやらで体調を崩したことがないのでなんとなくの知識しかない。前にヒルハが雨に濡れたままだと風邪をひくと言っていたので多分そうなのだろうなと思う。所謂他人事だ。
「じゃあ近くの甘味処か何かにいくか?」
そう尋ねれば先程からそれを期待していただろうにまるで考えてることが伝わった!と言いたげな驚いた顔でこくこくと頷く小さな頭を撫でる。
「じゃあさあそこの店どう?見えるか?正面のこの店から数えて五番目のやつ」
「五番……あれ甘味処なのか?と言うより本当に店なのか?」
ワクワクとした顔で指を刺したのはなかなかに廃れた感のある店だった。
歩いて来た方向と同じ方向にある店なので移動しながらめぼしい店を見つけていたとはなかなかやるな。
それにわかってないなあという副音声が聞こえてきそうな顔で笑っている。
「あれ潰れてんじゃねぇの?開いてなくね?」
「まだまだだな。ああいう寂れた雰囲気のある喫茶店とかが隠れた名店だったりするんだよ…………多分。」
「多分かよ」
だんだんの自信を失っていくクミネに少しだけ呆れる。とは言ってもどこの店が美味しいかなんて分からないのでとりあえずそこに向かうことにする。
「ユルハ様。先に本当に開いているか確認して参りますのでここでお待ちください。」
「分かった。頼んだぞ。」
心得たとばかりに頷いて周りに沢山いた護衛のうちの一人が雨の中小走りでかけて行った。
目視できる距離ではあるが実際人が走っていくのを見ると遠く感じる。
中を覗き込んだ騎士は数秒店内の様子を確認したあと手で大きな丸を作った。どうやら開店していたようだ。
また前後左右を護衛に囲まれ雨の中を小走りで移動する。人生であまり走ったことがないせいか今でも走るのがとてつもなく遅い。
身長が倍近く違うクミネにすら遅すぎて驚かれる程に。
「この距離の小走りですら遅いってどういうこと!?」
「うるせぇ!仕方ないだろ遅いんだから!」
「遅すぎるにも程があるだろ!!」
そんなどうしようもないことを言い合いながら店内に入るとふわりと芳醇な香りが漂ってきた。
甘味処で嗅いだことのある匂いだ。
「いらっしゃい。お好きな席へどうぞ。」
初老の男性に促され入口から少しだけ歩いて丁度真ん中あたりの席に着いた。席に着いたのは俺とクミネだけで護衛組はまた俺たちを囲むように立っている。
「これ多分珈琲の匂いだぜ!よく甘味処で飲ませてもらってたんだ!」
「珈琲?なんだそれ」
「よくヒルハとアレクシスが飲んでるだろ?黒くて苦いやつ」
「ああ……あれか」
そこまで言われてようやく何を指しているか気づいた。同時にその味を思い出して顔を顰めてしまう。
「お前あれ飲めんの?苦いだろ」
「珈琲くらい飲めるよ。俺は紅茶の方が飲めない。」
「普通逆だろ」
互いにメニューとやら覗き込みながら話す。聞いたことの無い甘味の味を想像しながら考える。
名前から味が想像出来れば或いは見た目さえ想像出来れば簡単に決められたのにと思う。現にクミネはもう2択に絞ったようだ。
「それがどんなやつか分かるのか?」
「うん。姉ちゃんに教えてもらったこと後あるし姉ちゃんが練習で作るやつの失敗品貰ってた。」
「ずるいなぁ……ほとんどヒルハに注文頼んでたから全く分からない」
「何が特に美味しかったとかないのかよ」
「んー……全部美味しかったからなぁ特にこれがずば抜けてって訳のがあった訳では無いなぁ」
さっさと既に決めてしまったクミネに焦りながらもう一度メニューに目を向ける。何度読んでも言葉の羅列がどんな甘味になって出てくるのか全く理解できなかった。
結局クミネと同じものを食べることにした。
「前食べたことあるやつから選べば良かったじゃん。忘れたの?」
「いや覚えてるけど、もう一度どれを選ぶってなったら…決められねぇんだよなぁ」
「なんだそれ。意味わかんねぇ」
そんな呑気な意味の無い笑いは曇天に飲まれていった。
ヒルハ達が危険な目に遭ってるなんて微塵も考えやしなかった。
空が淀んでることから簡単に気付けたはずなのに。曇りの日は最も避けなければならない日だということをすっかり忘れてしまっていた。
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