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悲劇の淑女
しおりを挟む私は毒を盛られてから2週間寝込んでいたらしい。
子供のためにと多く栄養を採っていたのが幸いしてなんとか命を繋げられていたらしい。
幸いなんかじゃないのに。
目が覚めてから1週間ほど経って私は全ての事情を知った。
アリス様は日に日に増す悪阻に子を産むことが嫌になっていたらしい。それにどれだけ苦しんでもその子供は結局私の子供のスペア。
それが憎くて仕方なく私ごと跡取りを消してしまおうと考え妊婦にだけ有毒の薬草を混ぜたそうだ。
アリス様は普通の勉強は壊滅的だが薬草や花にはめっぽう詳しかった。そのひとつの知識として知っていたのだろう。この家には彼女専用の薬草園や庭園もある。簡単に手に入ったのだろう。
私が倒れて家中がバタバタしている時に高笑いしながら「上手くいったわ!!いい気味よ!!私の子が跡取りになるのよ!!お前らは死んじゃえ!!」と言っているのを多数人に聞かれ犯人だとバレた。
だがあの恋は盲目を体現しているルドルフ様がアリスを庇いまくって使用人VSルドルフ様&アリス様な時にアリス様がまさかの産気づき出産したあととうとうお縄についたらしい。
そして。
「おぎゃあ!おぎゃあ!おぎゃあ!」
「……………………男の子なのですね……」
私の腕の中にアリス様の産んだ子がいる。通常貴族の罪人の子はお家争いの火種になるので殺すのだが私はもう子を産めないしルドルフ様はどうにかしてアリス様を助け出したいそうなのでこのままこの子が跡取りになるらしい。処分しようとした使用人からルドルフ様が守ったそうだ。
使用人達も子供に罪はないと言われればどうにも出来ず生かしているそうだ。
「そうだ。こいつをお前が育てろ。」
「………………は……?」
私は薬草のせいで耳までおかしくなってしまったのか?
やっと椅子に座れるまで回復した私の真向かいに座ったルドルフ様はおかしなことを言った。
「アリスは悪阻のせいで少々悪いことをしてしまったがきっと今頃反省している頃だろう。だがあいつらは死ぬまで労働させるなどとおぞましいことを言うのだ。だから私がアリスを奪い返す日までお前が母親代わりになれ。乳は出るのだろう?」
「………………………………」
「おい。返事はどうした。」
「……かに……いで……」
「あ?なんだ聞こえない」
「……っ馬鹿にしないで!!!」
目の前に座る忌々しい男を睨む。人生で1番大きな声を出した。殺意とはきっとこういうものなのだろうと思う。
ルドルフ様は私が言い返すなど考えてもいなかったのだろう、目を大きく見開いている。
「私の子供は!?あいつの子供は生かされてなんで私の子供は殺されたの!?少々悪いこと?人の女としての矜恃を、母としての未来を奪っといて何が少々なの!?なんでこんな…!!あいつと同じ緋色の髪の子を…!!私にもあんたにも似てないあいつの色だけを持った子を……!!どうやって…どんな気持ちで育てろっていうのよ……!!」
悔しくて苛立たしくて惨めで喪失感でぐちゃぐちゃになった感情が涙として私の瞳から洪水のように流れ出てくる。
脇に控えた使用人達が共に涙を流しながら背中を摩ってくれた。
ミラが私の大きな声に驚いて泣きわめくあの女の子供を抱き上げ私から見えないところであやしてくれる。
ルドルフ様は私がこんなに怒ることなど考えてもいなかったようで未だにポカンとしている。
「あー、なんだ子供が欲しいのか?だからそこのアリスの子を育てたら良いじゃないか。」
目の前が怒りで紅く染まる。なんて言ったこの野郎は?
「……っふざけないで!!今すぐこの部屋を出ていって!!二度と私の目の前に現れないで!!!」
違う。
全然違う。
あの男を殺してやりたい。
私がこの十ヶ月腹を撫でながら語りかけたかけがえのない愛しい我が子の代わりなんてどこにもいない。
「……っうぅ…う…どうして…私の子が……!!」
「…………ユリア様……」
「……うぅ…ぐすっ……」
随分薄くなった腹を抱きしめるようにして私は泣いた。泣き続けた。
「母様!!みて!綺麗な花を見つけた!」
「あんまり遠くへ行ってはなりませんよ。あら、綺麗ね。」
暖かい春の陽射しが庭を駆け回る緋色の髪に反射する。
「これはなんていうはお花なの?」
「えっとね、これはね……えと…えーと……あ、…ぅ…う、ううぅぅ…!!」
「あらあら。ふふふ、それくらいで泣かないのよ男の子なんだから。」
「だってだってぇ!さっき図鑑で見たばっかりなのにぃぃ!!ぐすっ…ううぅ…!!」
キラキラとした笑顔が一転し大きな宝石のような瞳からポロポロと涙が零れる。
泣き虫のこの子は親に似て頭が弱いらしい。けれど親とは違って努力することを知っている子だ。
「ほら、もう一度調べたらいいじゃない。母様にこのお花の名前教えて?」
「ゔん…ぐすっ…………!あった!これ!!これねリアネストっていうお花なんだよ!!僕と母様の名前くっつけたみたい!!!!」
「素敵なお花ね。花言葉はなぁに?」
えっとえっとと言いながら辿々しく図鑑を眺める。去年から文字を習い始め最近は読むだけなら出来るようになったらしい。この間自慢げにそう言ってくるものだから問題を出したら焦ったからか読めなくて号泣していた。
キラキラと目を輝かせながら必死に文字を読む我が子を眺める。
「えっとね、『母の愛』だってさ!!母様!!母様の花だ!!」
「えー、ほんとにー?あってるのかしら?」
「あってるよ!!ほら!!」
ずい、とさしだされた図鑑をみて顔が強ばってしまったのを感じる。
冷や汗が流れ出て動悸がする。
───── 一般的には精神を落ち着ける効果のある薬花だが妊婦には猛毒。それがきっかけで起きたお家騒動もある。→某伯爵家跡取り事件。
これか。あの時の。
「母様?どうしたの?」
「……なんでもないわ。そうだわ、お家に入ってお菓子でも作りましょうよ。」
「ほんと!?僕マカロンが良い!」
「えー?クッキーにしましょうよ」
「やだー!この前もクッキーだったよ?だからマカロン!」
「じゃあ早くキッチンに到着した方のお菓子にしましょう!よーいどん!」
「え、ちょ、ずるい!!」
いつもなら繋ぐ手を繋がなくてもおかしくないように普通を装って走る。カタカタと震える手をバレないように隠して。
結局私はあの女の産んだ子を私は育てることにした。あの女の子供の世話でもなんでもいいから何かをして気を紛らわせたかった。
名前はセレーネストと名付けた。ミラは泣きながらその名で良いのですか、と諭してくれた。
私は良いのだと言った。
私は子を失った。もう二度と望めない。
その絶望と喪失感を埋めてくれたのは皮肉にもあの女の子供だった。セレーネストはあの女の子供だと言うのにセレーネストを憎んでいる私に微笑んだ。私の指を小さな掌でギュッと柔らかく握った。
毎日泣きながら身体中の水分が無くなるんじゃないかってくらい涙を流しながら憎しみと愛情の狭間で揺れる感情の行き場を見失いながら世話をした。
セレーネストは私をみて「ママ」と言った。それが初めて喋った言葉だった。もう耐えられなかった。憎いはずなのに本当の我が子のために憎まなければと思うのに私の感情には愛情が大部分を占めていた。とてつもなく癪に障るがルドルフ様の言ったように「子供に罪はない」と割り切った。
ルドルフ様は鉱山送りにされたアリス様を救い出そうとして落石に巻き込まれたらしい。いまは私が伯爵家の当主だ。
「僕の勝ち!!」
「ネスト走るの速くなったねぇ…もうこんなに大きくなったのかぁ」
「だってもう僕6歳だよ!!お兄さんだよ!!」
「そうね、ふふ、もう6歳かぁ…」
緑に囲まれた領地で伸び伸びと育ったからかルドルフ様の性質を受け継いだのかセレーネストは外を走り回るのが好きだ。治安も良いので領内に少数の護衛だけで出かけることもよくある。なんでも平民の子と仲良くなったらしい。
社交界では私は酷い言われようだ。悲劇の淑女。寝取られ令嬢。まぁほかにも色々あるのだが今は良い。
「じゃあマカロン作ろっか!」
「うん!」
愛しい我が子がいるのだから。
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