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禍の落胤
しおりを挟む1番昔の記憶は母様が泣きながら僕の手を握っている光景だ。
「母様……?」
と、問いかけると彼女はばっと顔を上げて歪んだ笑みを浮かべる。
「起きたの?セレーネスト」
僕の名を呼ぶけれどその瞳はゆらゆらと揺らいでいる。僕のことを測っているかのように。
ぽんぽんと子守唄を歌いながらお腹を一定のリズムで叩かれたところで記憶は途切れている。
僕はどうしてこの記憶の母様が泣いているのか分からなかった。
今までは。
そして今日僕はその理由を知ってしまった。
「母様!母様!母様!どこですか!!母様!母様!?」
廊下を叫びながら走ると使用人達は微笑みながら歩いてくださーい、と優しく注意してくれる。その注意を一応は聞きつつ、けれど早く母様の元に行きたくてまたすぐに走り出してしまう。
それをまた使用人達が笑いながら見ている。
母様の部屋の扉を勢いよく開けるといつものラフなワンピースではなくきちんとしたドレスでおめかしした母様がいた。
わぁ、と思わず感嘆の声が漏れてその勢いのまま聞きたかったことを問う。
「母様!今日ですか!とうとう今日ですか!!」
母様はくすくすと笑う。
「はい。今日ですよ。使用人達にお着替えを頼んでいたのだけれど……誰も来なかった?」
こてん、と首を傾げる母様につられてこてん、と僕も首を傾げる。お着替えをさせにきた使用人。起きた途端この部屋に向かって走り出したため誰か使用人がいたかすら覚えていない。
必死に考えていると後ろからガシッと後頭部を掴まれる。あ、これはあいつだ。僕をこんな持ち方するのは1人しかいない。
「チナ!チナがお着替えさせてくれるの?」
「えぇ、坊ちゃんが起きた時から部屋で待ってたんですけどね。貴方が走り去っていくのでここまで来ましたよ……はやく着替えに戻りますよ。」
「ふふ、チナも大変ね。わんぱく坊主に振り回されて。」
「ほんとですよ…もう少しくらい大人しくならないもんですかね。」
「チナ!早く着替えにいこ!!」
「~~~!!…っはぁ……はいはい…」
チナは僕の専属執事というやつらしい。4歳の頃から一緒にいる。いつも疲れた顔をしている。黒髪と白い肌と相まって不健康そうだ。
「チナ!今日はお茶会というやつなんだ!!初めて貴族の子に会うんだよ!!」
「はいはい。3日前からそれ何回も聞いてますよ。お友達を作りたいんでしょう?」
「そう!領内の子供たちとはな皆友達になったんだ!だから今度は遠くの子達とも友達になるんだ!」
「……貴族の子達は意地悪な子ばかりらしいですよ?」
チナはニヤリとしてそんなことを言う。僕が貴族の子と友達になるんだ、と言えば毎回そう答える。
「チナの方が意地悪だ!僕は友達を作るのが上手いんだから友達になれる!」
「誰が上手いって言ったんです?」
「母様だ!」
「あぁユリア様かぁ……」
チナはそう言いながら大きなため息をついた。疲れているのだろうか?
部屋に着くと既に用意されていた服に着替えさせられる。今まで着ていたような汚れても良い服じゃなくて堅くて窮屈だと思った。けど、物語に出てくる王子様の服みたいでかっこよかった。
今まであまり乗ったことのなかった馬車に乗り移動する。前に乗った時は小さい頃であまり覚えていない。尻が痛かったような気がする。
外の景色が速く流れていくのが楽しくてずっと窓の外を眺めていた。母様はずっと僕を見てくすくすと笑っていた。
「ネスト、そろそろ着くから降りる準備をしておきなさい。」
「はーい!もう着く?」
「もうすぐよ。この前母様が教えたことちゃんと覚えてる?」
「覚えてる!えっと、ちゃんと挨拶することとお菓子ばっか食べすぎないこと、走り回らないこと、あとは…えと……えへ?」
思い出せなくて笑って誤魔化すと母様は呆れたように笑ってもう一度教えてくれた。
「ちゃんと挨拶すること。飲食に夢中になりすぎないこと。会場では常に落ち着いて行動すること。何か言われても泣かないこと。人の話をちゃんと聞いて喋りすぎないこと。ちゃんと覚えていてね?」
「うん!頑張る!」
「……大丈夫かしら…」
心配そうに母様はするけど僕はわくわくでいっぱいだった。今日は初めて貴族の人に会うんだから。母様のお友達の家のお茶会だそうだ。お菓子もいっぱいあるらしい。
そんな会話の後すぐに会場についた。
馬車から降りると僕の屋敷と同じくらいの大きさの大きな屋敷があった。自分の家と同じサイズのものを初めて見たため驚いた。
「ようこそおいでなさいました。今日は楽しんでいただければ幸いです。」
「こちらこそお招き頂きありがとうございます。田舎者ですので無作法などあると思いますがどうかお目つぶりを。」
母様と同じように着飾った女の人が難しそうな会話をしている。これが母様の言ってた母様のお友達なのだろうか?僕は友達とはこんな話し方しないのに。大人って大変そう。
「ほらあなたも挨拶なさい。」
そう言って母様の友達は後ろを振り返った。すると僕と同じか年下のように見える女の子がいた。ドレスの陰にいたので見えなかった。
「ぁ…えと、」
「僕はセレーネスト!6さ…あ!この前7歳になったんだよ!!」
「…………申し訳ありません…田舎者ですので挨拶が不出来で…」
はぁ、と母様が大きなため息をついた。母様の友達もなんだか引き攣った顔をしている。
「……アリィーシャちゃん…5歳なの……」
「………うちの子もまだまだですから…これからですわ…」
母様たちはどこか疲れた様な顔をしていた。
けれどそんなことはどうでもいい。いまはアリィーシャだ。
いつも遊んでいる平民の子達にこんなに大人しい子はいない。皆逞しい。だからこの小さな女の子を守ってあげないといけない!!
僕は使命感に駆られた。
「アリィーシャ!よろしく!!」
「……よろしく…」
僕は早速友達を見つけた。やっぱりチナの言ってたことは嘘だったんだ!だってアリィーシャは貴族の子なのにこんなに優しい!
「……あの!お庭にね、…アリィーシャちゃんの好きなお花があるの…」
小さな声で赤い顔をしたアリィーシャが言う。花か。もしかしたらあの図鑑に載ってたような花もあるかもしれない。
好奇心の赴くまま僕はアリィーシャの手を取った。
「案内してよ!僕もその花みたい!」
「……!!…っうん!!」
そう言って僕達は庭へと駆けていった。
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