うちの居候は最強戦艦!

morikawa

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第3章

3-4

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「セラス!」

 俺も慌てて立ち上がり、後を追う。アパートの敷地から、薄暗い道路に飛び出るがセラスの姿はどこにも見えない。

「セラス~!」

 俺は大声でセラスを呼ぶが、当然のごとく返事は無い。

「どこに行っちゃったのかな……」

 こころもアパートから出てきて、俺の隣に並びながら言う。

「分からん」

「どこか行きそうな所ってあったけ?」

「う~ん、と言ってもなあ……」

 この一週間セラスとは、ほとんど学校とスーパーとアパートとの往復、あとは街で少し遊んだくらいで、これと言ってどこかに出かけたことはない。この街でセラスの行ったことのある場所は限られる。

 だが、普通の子供って訳じゃないし、その気になればどこにだって行ってしまえるだろう。それこそ宇宙にだって。検討は付かないが、俺達は闇雲に街を走り回り、セラスを呼ぶ。

「お~い、セラス~ 出てこーい! 帰ってこーい!」

「セラスちゃ~ん、これじゃあ不戦敗になっちゃうよ~!」

 ふたりでセラスを呼んでみるが、返事は無い。一応学校やスーパーも行ってみたけど、居ない。途方に暮れたその時、俺はふっとセラスと初めて会った時のことを思い出した。そうだ、あの公園だ! 俺は慌てて駆け出す。

「ちょっと? 好一君?」

 後ろでこころの声がするが、なぜか俺の脚は止められなかった。

「アパートの近くの公園だ! 先に行く!」

 走りながら振り返り、こころに向けてそう叫ぶと、俺はさらに足を速めた。もうすっかり暗くなった住宅街を走り抜け、コンビニを通り過ぎ、あの公園に付いた。セラスと会った公園に。

 ここに居なきゃ、心当たりは無いぞ? 居てくれよ? そう祈りつつ、俺は流れ出て来た汗を指で拭い、バクバクと激しく動く心臓を押さえながら、公園に入る。
……居た! 初めて会った時と同じように、何をするでもなくぽつんと、ブランコの横に。

 逃げた子猫でも捕まえるように、おれはゆっくりと音を立てず、近寄る。ただ、セラスを見つけた嬉しさと安堵感、またどこかへ行ってしまうのではないかという不安が、俺の脚を勝手に速く動かす。

「セラス!」

 声を掛けるのと同時に、俺はセラスの手を取った。良かった、捕まえた! 俺はセラスの手をぎゅっと離せないように強く握った。

「……コーイチ……」

 セラスは泣きそうな顔で、俺を見上げる。月明かりに照らされた銀色の髪と青い目が美しくきらめく。初めて見た時よりずっと奇麗だ。それを見た俺の心臓は走った時より激しく動き始めた。

「ば、バカ野郎、心配させんな……」

 俺は自分がドキドキしてるのが恥ずかしくて、つい、少しきつく言ってしまった。

「もう、セラスちゃん、いきなりどうしたの」

 追いついてきたこころが、はあはあと荒い息をしながら、嬉しそうに言う。

「だめだよ~、 心配させちゃ~」

 こころは息継ぎをしながら、そう言葉を続け、セラスをぎゅっと抱きしめた。

「ごめんなさい……」

 セラスは小さい声で、俺達に謝る。

「どうしたのさ。好一君がマスターじゃ嫌なら、私がなってあげるよ?」

 こころはセラスを抱きしめたまま、にぱっと微笑んでそんなことを言いやがる。

「いえ……できるならコーイチになって欲しいです……私のマスターに」

 セラスは呟くように、小さい声で答えた。

「ちぇ~」

 こころはちょっと不満そうに、わざとらしく唇を突き出した。そんなにこのお譲さんは宇宙戦艦が欲しいのか? 良く分からん。

「戦うのが、怖いのか?」

 俺はセラスの頭を撫でながら、聞いてみた。

「……はい」

 また小さい声でセラスは答え、

「戦艦として造られた身で、情けないとは思っているのですが……どうしても、あの時の戦いが頭から離れないのです……」

 俯きながら、呟くようにそう続けた。

「そうか……」

 セラスは結構苦しんでるんだな。ヴァルミンのことは心配だが、あまり無理はさせたくないしな、いっそこのままでも良いか。俺がそんなことを考えていると、セラスはさらに話しを続ける。

「それに……サレナ姉も言っていました。私のマスターになれば、コーイチはヴァルミンとの戦争に巻き込まれることになります。今の私では、不安定で満足に戦えないでしょう。それに私の操縦はこの世界の船や飛行機を操縦するのとは違います。コーイチをよけい危険な目に会わせることになります……」

「……」

 俺は何も言えなかった。さっき決心したはずなのに。ぐっと胸に何かがつまるように感じる。

「私はカルティのところへ戻ります。二人とも、今まで本当にありがとうございました」

 こころに抱きつかれたままのセラスは、頭を少し下げて、そんなことを言う。

「ちょ、そ、それでお前はそれからどうするんだよ!?」

 セラスが行ってしまう寂しさと、その行動に不安を感じて、俺は尋ねた。

「……お母様に私の思考中枢を初期化して記憶を消してもらいます。このままでは役に立ちそうにありませんし……私が正常になって、それで、もしコーイチが良ければ、それからマスターになって下さい」

 セラスは寂しそうに微笑みながらそう答える。

「なっ?」

 それじゃあ、何か? 今までのこと全部忘れちまうってことかよ!? 正常ってなんだよ! 別の何かになっちまうってことかよ! そんなのは絶対に嫌だ。絶対にだ! 俺達を軽く振りほどいて歩き出そうとするセラスの手を、行かせまいとさらに強く握った。

「コーイチ……?」

 セラスが困ったように、俺を見上げる。

「だめだ、行くな……!」

 俺はそう強く言った。だが、その後に言葉が続かない。ちくしょう、何て言えばいいんだよ! 正直なところ、セラスの問題も、ヴァルミンのことにも、俺に何ができるのか、何をしてやれるのか、分からない。自信が無い。俺が出しゃばることで、よけいセラスを傷付けてしまうかもしれない。それが怖い。だから、喉元まで来ている言葉を吐き出せない。

 すると、セラスに抱きついていたこころがすっとセラスから離れ、俺の横に来た。そして、力いっぱい平手で俺の背中を叩く。うがっ? 痛てぇ! ほんとにこいつ馬鹿力だな?!

「うじうじしない! 男の子でしょ? 使う当てがなくてもオチンチン付いてんでしょ?!」

 おまけに、にぱっと笑いながらそんな性差別発言をでかい声でのたまいやがる! 未使用の清純なJKがオチンチンとか言うな! ばあちゃんかお前は! いつの時代の人だ! それに使う当てが無くて悪かったな! でも使ってるよ! 主に排泄行為に! あと来るべき将来に向けてのイメージトレーニングに!

「トイレとか自己発電は使用に含めないよ?」

 ぐはっ?! 読むなよ! 俺の思考を! ち、ちくしょう・・・涙が出そうだ・・・
「さあ、元気出た? じゃあ言っちゃえ!」

 俺の心の慟哭を無視して、こころは朗らかに微笑みながら言う。さあ、じゃねえよ! 俺の繊細なハートはぼろぼろだよ! でも、おかげで胸につかえてたもやもやとしたものが消えたような気はする……一応感謝はしておくよ・・・何か失ったものもあるような気がするけど……

 俺達のやりとりをぽかんと見ていたセラスの手を、俺はもう一度強く握りなおす。

「セラス、だめだ、行かせない」

 俺はゆっくりと、だが強く言った。そして続ける。

「俺は、お前はお前のままが良い。だから自分が欠陥品みたいに言うな。お前は宇宙戦艦かもしれないけど、人間と変わらない。傷付いたり、怖くなったりすることがあっても当然だろ? カルティもそれが分かっててお前をそう生んだんだ。だから気にすんな」

「ですが……」

 俺をじっと見つめていたセラスは俯く。

「ですがじゃない!」

 俺がちょっと怒鳴ったので、セラスはびくっとした。だが、俺は話しを続ける。

「お前はまだ子供なんだろ? だったらいろいろ迷うことがあって、不安定で当然だ。俺をマスターにしろ。大したことできないかもしれないけど、俺が支えてやるよ」

「コーイチ……」

「うんうん、私も手伝うよ!」

 泣きそうな顔になったセラスに、俺の横からこころも声を掛ける。

「こころ……」

 セラスの目からぽろりと涙がこぼれた。

「心配すんな。俺はケンカは苦手だ。戦いなんかしたくないし、お前にもさせないよ」

 俺はそう言ってセラスに微笑む。セラスは涙をぽろぽろと流すと、俺に飛びついて来た。俺はそれを受け止めて、やさしく肩を抱きしめた。小さいし、細い。思いっきり抱きしめると折れてしまいそうだ。そうだよな、いくら急に大きくなったって、まだ子供だし、女子だもんな、宇宙戦艦とは言っても。

 俺はセラスを抱きしめたまま、頭を撫でた。セラスはちょっと顔を赤くして、それから嬉しそうに微笑んだ。泣いてうるんだ眼に、可憐な笑顔……むぅ、可愛い……

 こころをちらりと見ると、喜んでいるような、むくれているような、複雑な顔をしていた。うぅ……最近こころとは悪くない雰囲気だったが、また怒らせてしまったか? ま、まあ、いいだろ? セラスは妹みたいなもんだ。

「では、コーイチ、お願いします。私のマスターになって下さい」

 セラスは俺を見上げ、真面目な顔をして言った。

「ああ、いいぞ。俺はもうそのつもりだ」

「後悔しても知りませんよ?」

「するもんか」

 俺が答えると、セラスは本当に嬉しそうに、無邪気に微笑んだ。そして俺から少し離れると、右手をすっと俺の顔に近付ける。すると、人差指が白く輝き、銀色の光が俺の額へすっと伸びる。その光が当たった瞬間、ちょっと額が熱く感じ、それから目の前が暗くなった。まるで目が見えなくなったように。そして次の瞬間、無数の光の筋が俺の頭の中になだれ込んでくるように感じた。うぉっ? な、なんだ?!
 俺がびくっとすると、暗闇と光は消え、俺は視界を取り戻した。セラスの指が目の前に見える。俺は慌てて周囲を見渡す。こころがきょとんとした顔で俺を見ている。ほんの一瞬のことだったようだ。

「マスター登録が完了しました」

 セラスが微笑む。

「い、今のでか?」

「はい。私にコーイチのパーソナルデータを登録し、コーイチに必要なデータを送りました」

「う~ん、確かに頭の中に光は入って来たような気はしたが、データなんか入ったのか?」

「はい。もうコーイチの脳にすべて記憶されています」

「そうなのか? 実感は無いが……」

「歩き方や手の動かし方を思い出せないのと同じですよ。もう呼吸するのと同じように私をコントロール出来ますし、思考も伝わります」

 こ、コントロールって……そんな、まさかあんなことやこんなことも?! 俺がそんなことをつい言葉から連想してしまうと、セラスはちょっと顔を赤くして、

「こ、コーイチが望むなら……」

 とか言った。え、お? いや、しなくて良い! 良いってば?! 言葉から反射的に連想してしまっただけで、俺はロリじゃないんだぁ!? ってまさか俺の思考は完全にセラスに伝わってしまってしま……ごすん!

「な、何を考えたの!?」

 俺の思考はこころの後頭部肘打ちで中断された。い、痛てぇを通り越して、死ぬぞ! それは! 俺を殺す気ですか!?

「伝わるのは強く念じたことだけですよ。じき慣れます」

 がすん! こころのハイキックが俺の側頭部にヒットする。

「つ、強く何を念じたの!?」

 こころさん、貴女は俺を殺す気ですね? 今、意識が一瞬飛びました。ち、ちくしょう。くやしいから短いスカートからちらりと見えた白いものは一生記憶しておいてやる! というか使ってやる! お前の否定する自己発電にぃ!

「コーイチはやはり女性の下着に興味があるのですか? そんなものでしたら、私がいくらでもお見せしますが」

 セラスは微笑みながら言う。って微笑みながら言うとこじゃないぞ! 今後いろいろ教育が必要だ……と俺は思った。ってやはりってなんだやはりって?!

「今ご覧になりますか?」

 セラスはそう続け、自分のスカートを無造作に捲りあげた。おおおっ?! びくりとすると同時に反射的にそれを凝視してしまう俺。だが、こころが素早くセラスのスカートを片手で押さえた。そしてにっこりと微笑みながら、無言で残った手の拳を握る。ギリギリという音が聞こえたような気がした。ま、まて! これ以上の乱暴は……

 めきっ! 静止する間もなくこころのパンチが顎にクリティカルヒットし、俺は目の前が真っ暗になった。が、膝が地面に付く衝撃ではっと視界を取り戻す。うおお、怖えぇ、完全に意識が飛んでたぞ、今。しかも後ろに倒れるんじゃなく、そのまま崩れ落ちるなんて、どんだけきれいに決まったんだよ?!

俺は立ち上がろうとするが、膝の力ががくっと抜けて、尻餅をついた。

「大丈夫ですか、コーイチ」

 セラスが俺の腕を、両手で体に抱え込むようにして支えてくれた。何か暖かくて柔らかいものが腕に当たる。こ、これは、まさか、お、おぱぱ……そ、そうだよな、体が成長すればこっちも成長するよな?! 小ぶりだが、な、なかなかに素晴らしい感触……

 その時、俺は殺気を感じて、はっと上を見る。するとさっきよりむすっとした顔で俺の前に仁王立ちしているこころが視界に入る。

 ……まずい、これ以上攻撃されると死んでしまうかもしれん・・・俺はとりあえず笑って誤魔化し、こころに手を出した。降伏と仲直りと起こしてくれのサインだ……こころはちょっとむすっとした顔を残したまま、俺の手を取って、ぐっと引き起こしてくれた。そして、

「ふ~んだ、これ以上やったら死んじゃうかもしれないからね」

 と、そっぽを向きながら、ぼそっと言った。俺はつい苦笑いした。自覚はありやがったんだな? でも、繋いだ手は暖かくて、なぜか、俺はこれっぽちも怒る気にはなれなかった。

 なぜだろう? 俺はマゾではない、はずだ! 本当だぞ? たとえ女子相手とはいえ、これだけボコられれば頭に来ても良さそうなもんだが・・・好きだってことなのかな、やっぱり。

「コーイチ?」

 セラスが怪訝な顔をして、腕を組んだまま俺を見上げる。おお、やぶぁい、また危険物に腕が接触した……

「ふ~んだ、懲りないね?」

 こころがまたむすっとした顔をして、俺に向けてすっと手を出してくる。うごっ、や、やぶぁい、やぶぁすぎる・・・今度こそ殺される? 俺は死を覚悟した……

 だが、こころの手は加速して俺に打撃を与えるのではなく、すっと俺の腕に絡まってきた。か、関節技?! 俺がびくっとすると、こころは、

「ば~か」

 と言いながら、セラスと同じように俺の腕を取って、体を寄せて来た。あきらかにセラスよりボリュームのある危険物が柔らかく俺の腕に触れる。朝の感触を思い出して、俺は顔に血が上った。

「ば、ばか!」

 こころも顔を赤くして、そしてちょっと嬉しそうな顔をして、そっぽを向いた。俺も視線を逸らすと、今度はセラスがなぜかむすっとした顔をし始めた。そして俺にさらに強くしがみ付いてくる……な、なんだ、どうしたんだ?! ま、まさかとは思うが……ど、どうなんだ?!

「か、帰るか。夕飯も途中だったし・・・」

 俺はこの困った現状を打破せんと、二人に提案し、歩き出した。二人はその体勢のまま、一緒に歩き出す。むぅ……単純に考えれば両手に花というか、ハッピーな状態なのだが……顔に血が上ったせいか、ずきずきと痛くなってきた頭や体のあちこちと、俺はこの二人との関係をどうすれば良いのだろうという新たな悩みのせいで、いまいちハッピーを満喫できなかった。
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