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第4章
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「さあ、こちらへ」
セラスがそう言うと、空間が歪み、俺が通れるくらいの穴が開いた。俺はその穴をまじまじと見る。
今まで何度もセラスやサレナが武器を出してるのを見たけど、やっぱり不思議だよな。目の前に突然別の場所が広がっているってのは。とは言っても周囲は灰色で、時々青や銀の光がチカチカとするだけの、巨大な円形の空洞のような場所なのだが。横や後ろから見ると、穴は見えないし。本当によく分からん。
「大丈夫ですよ。空間を湾曲させて、次元の狭間に造った空間とくっつけただけです。何度も見たでしょう?」
「そうは言ってもな・・・理解出来ないものはおっかないな」
俺は苦笑いしながら、セラスと一緒にその穴を通る。
穴の向こうは地面が無い。だが、重力も無いのか、俺とセラスのからだはふわりと浮かぶように、穴に入った時の移動速度を保持したまま、空間を滑る。セラスが手を引いてくれなかったら体勢を崩して、TVで見た宇宙飛行士のようにくるくると宙で回ってしまったかもしれない。
俺は手を引いてくれるセラスの向こうを見る。そこには以前見た、セラスの本体・・・宇宙戦艦セラスチウムが、あった。
白く、巨大なその姿に俺は圧倒される。前は下から見ただけだったので、船体を全部見れたわけではない。今は上からそのすべてが見える。キャノピーと翼の無い戦闘機のような、幅広の剣のような、流線型の船体。マジででかい。長さは2218mと、ふと思い出すように知識が俺の頭に浮かぶ。ほかにもさまざまなスペックや武装が次々と。
間違いなくカルティ達の宇宙と、この俺達の宇宙の地球人類が所有する戦艦、いや兵器として最強と言って良いのだろう。
それに、起動していないがセラスチウムの中に存在する機関・・・時空共振エンジンっていうのか? 計算上のだが、その馬鹿げたような力が俺の頭に浮かびあがる。ヘタレ高校生の俺が、というか人が持つにはイカレ過ぎたものだ・・・ぞくっと俺は身震いした。まあ、こんなもん使う機会は無いだろう。育子さんだって起動できなかったんだし、セラスだってコントールできないようだし。
余計なことを考え始めた俺は、軽く頭を振って、思考を現実に引き戻す。今はこころを助けることが出来ればそれで良い。それより、今ので確認はできたが、確かに知識は頭に入ってるようだけど、本当に俺、操縦できんのかな?
「心配ありません。二人で動かすのですから」
セラスがそう言って微笑む。俺はセラスに導かれて、船体の左舷に近付く。すると、カシャッカシャッと小さな音を立てて、分厚い装甲が10m程、まず左右に、次にその奥の装甲が上下に開く。そしてさらに奥にあったた丸いハッチが、音もたてずにくるりと回ると、円筒形の乗り入れ口となってすっと俺達の方へ出てくる。
左右に開いたドアから中に入ると、俺のアパートの部屋ぐらいの大きさの、ここも床・壁・天井まで白い四角い空間。シュッとドアがしまり、軽く床が揺れる。乗り入れ口が内部に戻っているのだろう。
すると、天井から蒸気のような、だが湿ってはいない気体が俺達に吹きつけられた。これは埃やウイルスのような微生物からヴァルミンのような存在まで破壊するナノマシンのシャワーだ。
洗浄が終わると、幾つもの隔壁が開き、俺達を船体中央部へと誘う。俺はセラスに手を引かれたまま、床が動く白い通路をさらに歩いて進む。最後の隔壁を抜けると、半球形の広間に出た。未来的と言ったらいいのか、見たこともない形状のソファや床や壁と一体になったテーブルや家具等が並ぶ居間のような空間だ。
あちこちにドアがあり、そちらには寝室や風呂、キッチン等がある。数人が暮らせるぐらいの広さがある。こんなでかい宇宙船に数人じゃ少ないような気もするが、基本的にセラスの操縦は一人で出来る。メンテナンスや修理も内部の機器や作業用ロボットが行うので船員はほとんど必要無いってことか。
「では、艦橋へ」
セラスはそう言って、俺を居間の中央にある透明な円柱へと導く。俺とセラスはその円柱に入った。すると床が静かに上昇する。速いが少しも登る抵抗を感じないエレベーターに乗せられ、俺達は艦橋へと辿り着く。
そこは直径20m程の、広い球形の空間だった。エレベーターから降りたすぐ先に、TVで見た戦闘機のものと比べるとやけにでかくてゆったりとした操縦席がある。俺はぐっと手を握って自分を奮い立たせると、そいつに飛び乗る。セラスを戦わせるのに自分が怖いなんて感じちゃいられないよな?
操縦席のシートは信じられないほど柔らかく、俺が乗るとぐっと体が沈み込み、俺の体を吸い込むように支える。シートベルトは無い。これで固定完了なのだ。
体の固定が終わると、ふわっと操縦席が浮かび、球形の空間の中央へと俺を移動させる。セラスも浮き上がり、俺の横へと来る。
「さあ、発進命令を」
セラスは緊張した様子を見せながら言った。
「ああ」
俺はそう答え、セラスの手を握る。セラスは強張った顔を少し緩ませ、微笑んだ。
「セラス、出してくれ」
あんまりカッコ良く、アニメの宇宙戦艦の艦長みたいに発進! とか言うのは気恥ずかしかったので、俺はできるだけさらっと言った。
「はい。宇宙戦艦セラスチウム、発進します」
俺に答えて、セラスが発艦を告げる。すると白い球形の部屋が光りを放ち、艦の周囲を映し出す。そして音もなく船体が前進を始めた。艦首が船体を格納していた灰色の次元の膜を突き破り、青い光を放つ。
「す、すげえ!」
俺はつい感嘆の声を上げてしまう。膜から出た先はもう宇宙空間。月が目の前だ。後方に月より小さく地球が見える。うわ、すげえ! 本当に青い! 日本が地図で見るような形じゃなく、ぐにゃっと歪んで見える! 本当に丸いんだな! 地球って! 宙に漂う操縦席と、全方位モニターのおかげで、マジで宇宙に浮かんでるみたいだ! こころのことが心配でなければもっと興奮していただろう。
その時、ピッと電子音が頭の中に響き、脳に直接艦の状況が伝わってきた。
「全機関、正常稼働」
セラスが一言で総括を俺に告げる。待ってろよ、こころ。ラナンキュラスがどんな戦艦かは知らんが、これは負ける気がしない。すぐに助けてやるからな! まあ、俺の力じゃないんだけど。
「ブラックサレナ、来ます」
セラスの声と共に、近くの空間に青い火花が散り、黒い戦艦が生まれた歪みをこじ開けるように出現する。あれがサレナの船体ブラックサレナか。セラスチウムに似た流線型の艦形だが、やや太めで、船首に巨大なレーダーがツノのように付いてる。太陽光を浴びてきらめくその船体は、闇の中で輝く巨大なオパールのようにも見えた。
「どう、調子は?」
カルティの声が響く。
「問題ありません。そちらは?」
セラスの問いに、
「ふん、こちらも艦の修復は完了している。心配は無用だ」
と、サレナが自信たっぷりに答える。
「で、どこに居るんだ? こころは?!」
こころが心配な俺は早急に話しを本題へ戻す。
「あらあら? せっかちね~? 早くお姫様を助けてちゅーして貰いたい~?」
ぐほっ、なんでそうなる! 俺にやましいことは無い! はずだ! だ、だが、ここでこころを助けたら、一気に何か進むようなこともあるのか? 何かが? な、何かってなんだ! ってちくしょう、余計なこと考えさせるな!
「キスぐらいコーイチが望むなら私がいくらでもしてあげます」
セラスがむすっとした顔で問題発言をする。お、おお? そ、そうなのか? ってこんな時に俺は何を・・・って、カルティの奴くすくす笑ってやがる。ち、ちくしょう! 純朴な少年を笑うな!
「ここだ」
サレナからデータが脳に転送されてくる。へえ、別の船からもこういうことができるのか。
俺はマゾではないのでカルティの失笑は無視して、データに意識を向ける。場所は・・・ここから約35億km・・・天王星の向こうかよ! マジで宇宙戦争だな?! だが、どこだって行ってやるさ、ここまで来たらな!
「セラス!」
「はい、コーイチ!」
静かに船体が動き、艦首を目標の方角へ向ける。
「超高速航行、機関駆動確認。航行、開始します」
セラスの言葉と共に、宇宙戦艦セラスチウムは前進を始める。凄まじいスピードで後方へ流れる星々。だが、それもすぐに見えなくなり、船体が青い膜で包まれ、その周囲は無数の七色の閃光が、暗闇の中から後方へ過ぎ去る。まるで虹の中を進んでいるようだ。
「超高速航行、終了。減速します」
セラスがそう言うと、閃光は消え、青い膜が流れ星のように散り、無限とも思える星々が輝く空間へと視界が戻る。あっと言う間だな・・・すごいもんだ。少し遅れて青い光を撒き散らしながら、ブラックサレナも姿を現した。
「ここに居るのか?」
俺が呟くと、前方の漆黒の空間が拡大されて目の前に表示される。赤・青・緑と不思議に淡く輝く星雲のような空間が見える。
そして、その近くに黒い宇宙空間で目立つ、黄色の宇宙船もはっきりと認識できた。ラナンキュラスだ。
「さて、どうするの?」
カルティが俺にぽわんとした口調で尋ねる。俺に振るのかよ? お前達の方が向こうの情報に詳しいだろ。何も考えて無かったのかよと突っ込みたいところだが、こころを助けたいのは俺だ。他人に押し付けるのも情けないか。
「ラナンキュラスってのはどんな戦艦なんだ?」
俺が尋ねると、
「艦隊の役割で言えば、ラナンキュラスは防御を担当する」
「ラナはセラスの一つ上のお姉ちゃん。だから攻撃には使えないけど、空間に干渉する機関を持っているわ~」
サレナとカルティが答える。
そう、空間に干渉する力。今までサレナやセラスがやったような、別々の場所を繋げたり、超高速航行のように一瞬で移動する、重力で空間を操る力とは違うもの。この俺達の存在する空間に干渉して全ての物理運動を捻じ曲げる力。本来接触するはずのない別の宇宙への断層を作ったのはその力だ。育子さんはそれを欲しがっている。
「ラナンキュラスはそれをどう使う?」
「あらゆる攻撃を逸らす」
俺の問いにサレナはそう答えた。
「逸らす?」
「そうだ。たとえば重力で空間を歪ませて、攻撃をずらしたり別の空間に飛ばすということは私も出来る。空間障壁というものだ。私達の宇宙の最新鋭艦には搭載されている」
「だけどそれには限界があるの。結局は重力で空間を歪ませているだけだから、同等の力で空間を元に戻す中和行動をされたら消えてしまうし、歪みを無視出来るほど質量のある物体や高熱には効果がないのよ~」
「だが、ラナは自分の周囲の時空、つまり空間の構成自体を変化させ、どのような攻撃をも自分に当たらなくする、逸らすことが出来るのだ。それを時空障壁と呼ぶ」
「そ、そんなやつどうやって倒すんだ・・・?」
俺の呟きに、セラスはびくっと震えた。
「あ、悪い・・・」
そうだよな、戦うって決めてくれても、そう簡単には吹っ切れるもんじゃないよな。しかも相手は姉妹なんだ。俺はなんて無神経なんだ・・・俺はセラスの頭を撫でながら謝った。
「いえ・・・」
セラスはしょぼんとしてうつむく。ぽろりと、そのつむった目から涙がこぼれた。俺は指でそれを軽く拭う。
「セラスは逆にその力を攻撃に使える」
「そう。セラスの主砲『時空振動砲』は、ラナが書き換えた時空そのものを破壊することが出来るわ~」
その様子を知ってか知らずか、カルティとサレナが追加で説明を行う。ちくしょう、結局、セラス頼みってことか。でもそれってお前らがこっちの宇宙に来る理由になった兵器だろ? 簡単に言うなよ?!
「大丈夫、今のセラスならきっとコントロール出来るわ~」
カルティはセラスに優しく微笑む。
「私達が先行する。お前達は隙をついて仕留めろ」
「船体の左右にある駆動機関を壊しなさい。艦橋さえ無事なら、こころちゃんもラナも心配ないわ~」
ブラックサレナが船体の後方から、黒い、だが宝石のようにも見える光の粒を撒き散らしがら加速する。
「大丈夫か、セラス」
俺はそれを見送りながら、セラスの頭を撫でた。
「大丈夫です。こころが大変な時に、私だけ情けないことを言ってはいられません」
セラスは自分で残りの涙を拭って言った。
「私達も、前進しましょう」
「ああ」
俺達もブラックサレナの後を追う。白く、銀色に光る粒を撒き散らして。
セラスがそう言うと、空間が歪み、俺が通れるくらいの穴が開いた。俺はその穴をまじまじと見る。
今まで何度もセラスやサレナが武器を出してるのを見たけど、やっぱり不思議だよな。目の前に突然別の場所が広がっているってのは。とは言っても周囲は灰色で、時々青や銀の光がチカチカとするだけの、巨大な円形の空洞のような場所なのだが。横や後ろから見ると、穴は見えないし。本当によく分からん。
「大丈夫ですよ。空間を湾曲させて、次元の狭間に造った空間とくっつけただけです。何度も見たでしょう?」
「そうは言ってもな・・・理解出来ないものはおっかないな」
俺は苦笑いしながら、セラスと一緒にその穴を通る。
穴の向こうは地面が無い。だが、重力も無いのか、俺とセラスのからだはふわりと浮かぶように、穴に入った時の移動速度を保持したまま、空間を滑る。セラスが手を引いてくれなかったら体勢を崩して、TVで見た宇宙飛行士のようにくるくると宙で回ってしまったかもしれない。
俺は手を引いてくれるセラスの向こうを見る。そこには以前見た、セラスの本体・・・宇宙戦艦セラスチウムが、あった。
白く、巨大なその姿に俺は圧倒される。前は下から見ただけだったので、船体を全部見れたわけではない。今は上からそのすべてが見える。キャノピーと翼の無い戦闘機のような、幅広の剣のような、流線型の船体。マジででかい。長さは2218mと、ふと思い出すように知識が俺の頭に浮かぶ。ほかにもさまざまなスペックや武装が次々と。
間違いなくカルティ達の宇宙と、この俺達の宇宙の地球人類が所有する戦艦、いや兵器として最強と言って良いのだろう。
それに、起動していないがセラスチウムの中に存在する機関・・・時空共振エンジンっていうのか? 計算上のだが、その馬鹿げたような力が俺の頭に浮かびあがる。ヘタレ高校生の俺が、というか人が持つにはイカレ過ぎたものだ・・・ぞくっと俺は身震いした。まあ、こんなもん使う機会は無いだろう。育子さんだって起動できなかったんだし、セラスだってコントールできないようだし。
余計なことを考え始めた俺は、軽く頭を振って、思考を現実に引き戻す。今はこころを助けることが出来ればそれで良い。それより、今ので確認はできたが、確かに知識は頭に入ってるようだけど、本当に俺、操縦できんのかな?
「心配ありません。二人で動かすのですから」
セラスがそう言って微笑む。俺はセラスに導かれて、船体の左舷に近付く。すると、カシャッカシャッと小さな音を立てて、分厚い装甲が10m程、まず左右に、次にその奥の装甲が上下に開く。そしてさらに奥にあったた丸いハッチが、音もたてずにくるりと回ると、円筒形の乗り入れ口となってすっと俺達の方へ出てくる。
左右に開いたドアから中に入ると、俺のアパートの部屋ぐらいの大きさの、ここも床・壁・天井まで白い四角い空間。シュッとドアがしまり、軽く床が揺れる。乗り入れ口が内部に戻っているのだろう。
すると、天井から蒸気のような、だが湿ってはいない気体が俺達に吹きつけられた。これは埃やウイルスのような微生物からヴァルミンのような存在まで破壊するナノマシンのシャワーだ。
洗浄が終わると、幾つもの隔壁が開き、俺達を船体中央部へと誘う。俺はセラスに手を引かれたまま、床が動く白い通路をさらに歩いて進む。最後の隔壁を抜けると、半球形の広間に出た。未来的と言ったらいいのか、見たこともない形状のソファや床や壁と一体になったテーブルや家具等が並ぶ居間のような空間だ。
あちこちにドアがあり、そちらには寝室や風呂、キッチン等がある。数人が暮らせるぐらいの広さがある。こんなでかい宇宙船に数人じゃ少ないような気もするが、基本的にセラスの操縦は一人で出来る。メンテナンスや修理も内部の機器や作業用ロボットが行うので船員はほとんど必要無いってことか。
「では、艦橋へ」
セラスはそう言って、俺を居間の中央にある透明な円柱へと導く。俺とセラスはその円柱に入った。すると床が静かに上昇する。速いが少しも登る抵抗を感じないエレベーターに乗せられ、俺達は艦橋へと辿り着く。
そこは直径20m程の、広い球形の空間だった。エレベーターから降りたすぐ先に、TVで見た戦闘機のものと比べるとやけにでかくてゆったりとした操縦席がある。俺はぐっと手を握って自分を奮い立たせると、そいつに飛び乗る。セラスを戦わせるのに自分が怖いなんて感じちゃいられないよな?
操縦席のシートは信じられないほど柔らかく、俺が乗るとぐっと体が沈み込み、俺の体を吸い込むように支える。シートベルトは無い。これで固定完了なのだ。
体の固定が終わると、ふわっと操縦席が浮かび、球形の空間の中央へと俺を移動させる。セラスも浮き上がり、俺の横へと来る。
「さあ、発進命令を」
セラスは緊張した様子を見せながら言った。
「ああ」
俺はそう答え、セラスの手を握る。セラスは強張った顔を少し緩ませ、微笑んだ。
「セラス、出してくれ」
あんまりカッコ良く、アニメの宇宙戦艦の艦長みたいに発進! とか言うのは気恥ずかしかったので、俺はできるだけさらっと言った。
「はい。宇宙戦艦セラスチウム、発進します」
俺に答えて、セラスが発艦を告げる。すると白い球形の部屋が光りを放ち、艦の周囲を映し出す。そして音もなく船体が前進を始めた。艦首が船体を格納していた灰色の次元の膜を突き破り、青い光を放つ。
「す、すげえ!」
俺はつい感嘆の声を上げてしまう。膜から出た先はもう宇宙空間。月が目の前だ。後方に月より小さく地球が見える。うわ、すげえ! 本当に青い! 日本が地図で見るような形じゃなく、ぐにゃっと歪んで見える! 本当に丸いんだな! 地球って! 宙に漂う操縦席と、全方位モニターのおかげで、マジで宇宙に浮かんでるみたいだ! こころのことが心配でなければもっと興奮していただろう。
その時、ピッと電子音が頭の中に響き、脳に直接艦の状況が伝わってきた。
「全機関、正常稼働」
セラスが一言で総括を俺に告げる。待ってろよ、こころ。ラナンキュラスがどんな戦艦かは知らんが、これは負ける気がしない。すぐに助けてやるからな! まあ、俺の力じゃないんだけど。
「ブラックサレナ、来ます」
セラスの声と共に、近くの空間に青い火花が散り、黒い戦艦が生まれた歪みをこじ開けるように出現する。あれがサレナの船体ブラックサレナか。セラスチウムに似た流線型の艦形だが、やや太めで、船首に巨大なレーダーがツノのように付いてる。太陽光を浴びてきらめくその船体は、闇の中で輝く巨大なオパールのようにも見えた。
「どう、調子は?」
カルティの声が響く。
「問題ありません。そちらは?」
セラスの問いに、
「ふん、こちらも艦の修復は完了している。心配は無用だ」
と、サレナが自信たっぷりに答える。
「で、どこに居るんだ? こころは?!」
こころが心配な俺は早急に話しを本題へ戻す。
「あらあら? せっかちね~? 早くお姫様を助けてちゅーして貰いたい~?」
ぐほっ、なんでそうなる! 俺にやましいことは無い! はずだ! だ、だが、ここでこころを助けたら、一気に何か進むようなこともあるのか? 何かが? な、何かってなんだ! ってちくしょう、余計なこと考えさせるな!
「キスぐらいコーイチが望むなら私がいくらでもしてあげます」
セラスがむすっとした顔で問題発言をする。お、おお? そ、そうなのか? ってこんな時に俺は何を・・・って、カルティの奴くすくす笑ってやがる。ち、ちくしょう! 純朴な少年を笑うな!
「ここだ」
サレナからデータが脳に転送されてくる。へえ、別の船からもこういうことができるのか。
俺はマゾではないのでカルティの失笑は無視して、データに意識を向ける。場所は・・・ここから約35億km・・・天王星の向こうかよ! マジで宇宙戦争だな?! だが、どこだって行ってやるさ、ここまで来たらな!
「セラス!」
「はい、コーイチ!」
静かに船体が動き、艦首を目標の方角へ向ける。
「超高速航行、機関駆動確認。航行、開始します」
セラスの言葉と共に、宇宙戦艦セラスチウムは前進を始める。凄まじいスピードで後方へ流れる星々。だが、それもすぐに見えなくなり、船体が青い膜で包まれ、その周囲は無数の七色の閃光が、暗闇の中から後方へ過ぎ去る。まるで虹の中を進んでいるようだ。
「超高速航行、終了。減速します」
セラスがそう言うと、閃光は消え、青い膜が流れ星のように散り、無限とも思える星々が輝く空間へと視界が戻る。あっと言う間だな・・・すごいもんだ。少し遅れて青い光を撒き散らしながら、ブラックサレナも姿を現した。
「ここに居るのか?」
俺が呟くと、前方の漆黒の空間が拡大されて目の前に表示される。赤・青・緑と不思議に淡く輝く星雲のような空間が見える。
そして、その近くに黒い宇宙空間で目立つ、黄色の宇宙船もはっきりと認識できた。ラナンキュラスだ。
「さて、どうするの?」
カルティが俺にぽわんとした口調で尋ねる。俺に振るのかよ? お前達の方が向こうの情報に詳しいだろ。何も考えて無かったのかよと突っ込みたいところだが、こころを助けたいのは俺だ。他人に押し付けるのも情けないか。
「ラナンキュラスってのはどんな戦艦なんだ?」
俺が尋ねると、
「艦隊の役割で言えば、ラナンキュラスは防御を担当する」
「ラナはセラスの一つ上のお姉ちゃん。だから攻撃には使えないけど、空間に干渉する機関を持っているわ~」
サレナとカルティが答える。
そう、空間に干渉する力。今までサレナやセラスがやったような、別々の場所を繋げたり、超高速航行のように一瞬で移動する、重力で空間を操る力とは違うもの。この俺達の存在する空間に干渉して全ての物理運動を捻じ曲げる力。本来接触するはずのない別の宇宙への断層を作ったのはその力だ。育子さんはそれを欲しがっている。
「ラナンキュラスはそれをどう使う?」
「あらゆる攻撃を逸らす」
俺の問いにサレナはそう答えた。
「逸らす?」
「そうだ。たとえば重力で空間を歪ませて、攻撃をずらしたり別の空間に飛ばすということは私も出来る。空間障壁というものだ。私達の宇宙の最新鋭艦には搭載されている」
「だけどそれには限界があるの。結局は重力で空間を歪ませているだけだから、同等の力で空間を元に戻す中和行動をされたら消えてしまうし、歪みを無視出来るほど質量のある物体や高熱には効果がないのよ~」
「だが、ラナは自分の周囲の時空、つまり空間の構成自体を変化させ、どのような攻撃をも自分に当たらなくする、逸らすことが出来るのだ。それを時空障壁と呼ぶ」
「そ、そんなやつどうやって倒すんだ・・・?」
俺の呟きに、セラスはびくっと震えた。
「あ、悪い・・・」
そうだよな、戦うって決めてくれても、そう簡単には吹っ切れるもんじゃないよな。しかも相手は姉妹なんだ。俺はなんて無神経なんだ・・・俺はセラスの頭を撫でながら謝った。
「いえ・・・」
セラスはしょぼんとしてうつむく。ぽろりと、そのつむった目から涙がこぼれた。俺は指でそれを軽く拭う。
「セラスは逆にその力を攻撃に使える」
「そう。セラスの主砲『時空振動砲』は、ラナが書き換えた時空そのものを破壊することが出来るわ~」
その様子を知ってか知らずか、カルティとサレナが追加で説明を行う。ちくしょう、結局、セラス頼みってことか。でもそれってお前らがこっちの宇宙に来る理由になった兵器だろ? 簡単に言うなよ?!
「大丈夫、今のセラスならきっとコントロール出来るわ~」
カルティはセラスに優しく微笑む。
「私達が先行する。お前達は隙をついて仕留めろ」
「船体の左右にある駆動機関を壊しなさい。艦橋さえ無事なら、こころちゃんもラナも心配ないわ~」
ブラックサレナが船体の後方から、黒い、だが宝石のようにも見える光の粒を撒き散らしがら加速する。
「大丈夫か、セラス」
俺はそれを見送りながら、セラスの頭を撫でた。
「大丈夫です。こころが大変な時に、私だけ情けないことを言ってはいられません」
セラスは自分で残りの涙を拭って言った。
「私達も、前進しましょう」
「ああ」
俺達もブラックサレナの後を追う。白く、銀色に光る粒を撒き散らして。
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王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
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