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5.バイバイ!
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『失神せよ』
ネネが怯えていたので、のたうち回る男を眠らせた。
ふと自分の手のひらに視線を落とした。
ジリジリと熱い何かを感じたからだ。
「……怪我?」
ぱっくりと裂けた皮膚から、真っ赤な液体が溢れ出ていた。
アースドラゴンは初めて痛みを感じる。
元の体なら、絶対に経験しないであろう感覚。
不思議だなあと眺めていると、傷はすーっと閉じていく。そして痛みも引いていく。
ハッとしてネネに視線を送る。
彼女はシーツを目元まで覆い震えていた。
この分なら傷が治る瞬間は見られてないだろう。
そう思ったアスドーラは、安堵に胸を撫でおろし、ネネの側に腰掛けた。
「大丈夫かい?」
声をかけてみるが、反応はない。
けれどそれで良かった。
もともと返事は期待していないから。
だから、自分の正直な気持ちを話してみた。
「……寂しくなったんだ。ネネがいなくなると思うと。だから助けに来たよ」
その言葉を聞いたネネは、目元まで隠していたシーツを下げて、か細い声で一言呟く。
「ありがと」
すると、緊張の糸が切れたのか、滂沱の涙が溢れた。
わんわんと泣きじゃくるネネに、アスドーラは困惑する。
恐怖の元凶は倒れていて、寂しがる必要はもうないのに、どうして泣くのだろうと。
けれど何も聞かず、ただ側に座っていた。
屋敷から出た二人は、満点の星空を眺めてため息をつく。
「綺麗だね」
「……そうかな?ラハールならいつでも見れるよ?」
アスドーラが44億年座してきた北端は、とうの昔に自然環境が変わり天候も破滅的であった。
星空を垣間見る余地はなく、光といえば瞬く雷と融解する岩床だけ。
だからこの夜景はとても新鮮で、とても美しいなと、心底感動していた。
「僕はラハールに向かうけど、ネネは?」
「私も一緒にラハールに行きたいな。1人じゃ怖いもん」
「そうだね。じゃあ行こうか」
「向こうに着いたら、騎士団の詰め所に行ってくれる?」
「なんで?」
「だって、まだ捕まったままの人がいるもん」
「……助けたい?」
「うん、助けたいよ」
「……じゃあ、待ってて!」
そう言うと、アスドーラは駆けた。
けれどすぐさま戻って来る。
「ネネ!場所は覚えてる?」
「フフ。あっちにいると思うよ。音が聞こえる」
「分かった!」
また駆けた。
ネネの指し示した方向へと、木々の間を縫って走る。
暗がりのせいで何度か木にぶつかり、どこかの骨を折りながら木をなぎ倒しながら、あの小屋へと辿り着くことができた。
「……みんな連れてきたんだね」
「うんッ!ラハールに行こう!」
どうやって牢屋から抜け出し、どうやって護衛たちを倒し、どうやって小屋からみんなを助けたのか。
ネネは不思議に思ったけれど、さして興味はなかった。
「やっぱり綺麗だよ」
どこか間の抜けている少年が、空を見上げて星の美しさに感動していたから。
「そうだね。綺麗だね」
見慣れた空が、こんなにも綺麗だと思えているから。
ラハール王国国境の町【ラハール】についた一行は、各々が帰途についた。
「ありがとうな。本当に、ありがとうな」
「命の恩人だ!ありがとう!」
感謝とハグの嵐に見舞われたアスドーラは、引き攣った顔で手を振っていた。
ハグがこんなにも強烈だとは想像もしなかったようで、体は問題なくとも心が疲弊してしまったらしい。
「なにその顔」
「ビックリしたあ。皆抱きついてくるんだもん」
「フフフ。変なの」
アスドーラとネネは、夜の町を歩く。
松明が照らし出す人の営みに、アスドーラは目を輝かせていた。
アレはコレはとネネに質問しては、ほうと頷きまた質問する。
そんなささやかな時間はあっという間に過ぎていく。
「……ここが親戚の家だよ」
「おお。ここは似たような家がいっぱいだねえ」
「うん。お金がない庶民はこれが普通だよ」
「……」
「……フフ。なに?」
「どうやってお別れすればいいんだろう」
アスドーラは44億年間ひとりぼっちだった。
当然ながら、まともな意思疎通を図ったのはノース王国が初めてで、こうして長い時間特定の人と過ごしたことはなかった。
しかも、友だちを作ることだけ考えてきたアスドーラにとって、友だちとの別れは想定外。
さてどうしたものかと、悩んでしまう。
「いつもどうやってお別れしてるの?」
「ネネが初めての友だちだよ。だからお別れはしたことがないんだ」
「……そっか。これから学校に通うんだもんね。お別れできないと困るもんね」
「うん、どうしたらいいかなあ?」
「……笑って、バイバイすればいいんだよ」
「へぇ~。それだけでいいんだあ」
「……一つだけアドバイスしても良い?」
「うん?なに?」
「もっと笑って。そのほうが可愛いもん」
「ほうほう。笑うんだねえ、こうかな」
グッと口角をあげて、目を細めてみせた。
ネネはその顔を見て吹き出す。
「下手っぴ!下手くそだよ!練習しなきゃね」
「難しいねえ、笑うって」
「星を見てたとき、ちゃんと笑ってたよ」
「ええ?そうなんだ、気づかなかった」
「……明日、頑張ってね」
「あっ!そうだった。朝から試験なんだ」
「フフフ。宿に泊まるの?」
「うんッ!お金もちゃんと持ってるんだ」
そう言って、空中に手を伸ばした。
すると伸ばしたはずの手は、収納魔法の中に消え、次に出てきた手には革袋が握られていた。
「スゴい!それって、難しい魔法でしょ!」
「……そうなの?」
「うんうん、人前で使わないほうが良いかも」
「どうして?」
「また拐われるのは嫌でしょ?」
「うん、確かに」
「それとお金も、人前で見せびらかしたらダメだよ」
「拐われる?」
「そうそう」
「……じゃあ」
そろそろ帰るねと言いかけて、アスドーラは口を噤んだ。
「明日早いんでしょ?早く眠ったほうがいいんじゃないの?」
「うん。でもなんだか、寂しいねえ」
「……また会えるよ。私は、暫くここにいるから」
「そうだよねえ」
そしてアスドーラは、ぎこちなく笑って言った。
「バイバイ!」
てくてくと向かう先は、ネネに教えてもらった安い宿。
「こんにちはー」
「あいよ、1人かい?」
「はい!」
「10ゴールドで、相部屋だけどいいかい?」
「お願いします!」
お金を見せびらかさないように、受付台の下で空間魔法に手を突っ込み、適当にコインを掴んだ。
「……多いね。これはしまっときな。階段上がってすぐの部屋だよ」
「はい!ありがとうございます」
金貨をしまって階段を上り、言われた通りすぐの部屋へ。
2段ベッドが2つ、部屋の左右に設えられており、右側の上には人影があった。
「こんにちは。お邪魔します」
一応挨拶をして、左側下段のベッドに潜り込む。
「ふぉぉぉ」
ベッドに横になったアスドーラは、堪えきれずに感嘆の声を漏らした。
岩床で暮らしてきたアスドーラにとってみれば、まるで雲に体を預けているような感覚であった。
アスドーラはチラリと上に目をやる。
ベッドの作法を盗み見るためだ。
赤髪の短髪の彼は、肩から何やら掛けているではないか。
自身の体の下にあるシーツを引っ張って、赤髪くんのように被ってみるとどうだろう。
「ひょお」
太陽の柔らかい日差しに浴したかの如く、温かみと安心を纏っているような気分になった。
ベッドというのはこんなにも心地よいものなのかあ。
思い返せば色々あった1日。
早速友だちもできたし、明日は学校の入学試験だ。
「早く眠らないとなあ」
44億年も1人だったのだ。
独り言は当たり前。
ポツリと呟いてぬくぬくベッドで、微睡みの中に沈んでいきそうになったのだが……。
「なあ、気が散るから黙ってくんね?」
二人しかいない部屋で、語りかける声がする。
アスドーラはベッドから顔を出して、声の主に視線を向けた。
「明日試験なんだわ。集中させてくれや」
苦情を入れたのは、赤髪の少年であった。
鼻、眉、唇には銀色のピアスがついていて、赤髪も相まってなかなかに厳つい相貌が、ギロリと睨んでいるではないか。
アスドーラは素直に謝った。
「うん、ごめんよ。静かに眠るねえ」
なんだか、僕はよく怒られるたちみたいだ。
そう思いながら、今度こそ微睡みに沈んでいった。
翌朝、気持ちの良い朝を迎える。
雷雨もないし、燃えたぎる溶岩もない。
屋根があってフカフカのベッドがあって……。
「あれ?」
赤髪の少年はいないようだ。
外を見ると、まだ暗い。
早起きしたと思ったのに、赤髪の少年はもっと早起きなのだろう。
「スゴイや」
寝る前にも勉強していたみたいだし、本心が溢れた。
さて、今日は入学試験。
さっさと学校に行って、ちゃちゃっと受かって友だちを作ろうではないか!
意気込みアスドーラは階段を降りて、受付のお婆さんにご挨拶。
「こんにちは!」
「……はい、おはよう。飯は食うのかい?」
「飯、か」
「初等学校の入学試験を受けるんなら、飯を食ってる暇はないだろうけど。こんな時間まで寝てたアンタは、入学希望じゃないんだろう?」
「え?まだ暗いですよ?」
「曇ってるだけさ……まさか入学希望なのかい!?あと5分で試験が始まっちまうよ!さっさと行きな!」
「は、はい!あっ!学校はどこですか!?」
「ったく。恐ろしいね、最近の若いもんは」
そう言いながらも、宿を出てまで道を案内してくれた。
「ほれ、あのバカデカい建物が学校だよ。とりあえずここをまっすぐ行って、左に曲がれば着くからね。ほれ、走りな!」
「はいッ!ありがとうございます!」
アスドーラは、全力で駆けた。
44億年、岩床の上で横になって過ごしていたので、昨日から走り詰めの彼は、ちょっとした高揚感を覚えていた。
ドラゴンの体での移動は専ら飛翔。
歩くことはままあれど、走ることはほぼない。
それがどうだろう。人間の体になって走ってみると、その爽快感は言い表し難いものがあった。
「ひょぉぉぉ!」
飛ぶことに飽きたドラゴンは、走ることに快感を見出したらしい。
奇声を上げなら、お婆さんに言われた道をひた走り、とうとう見えたラハール初等学校の校門。
「こんにちは!」
「おはようございますだ!遅刻ギリギリ、そのまま走れいッ!」
校門横で門番のように佇んでいたのは、ガタイの良いマルハゲのおじさん。
言われた通り、校門を駆け抜ける瞬間、何故かニカッと笑って親指を立てていた。
全く意味がわからなかったアスドーラだったが、悪い気はしなかったようだ。
初めての学校だ。感動に浸りたいのは山々だったが、なんせ遅刻寸前。
とにかく走るのだが、だだっ広い敷地のどこへ行けばいいのか分からない。
このままだと、また迷子になるのでは?
少しだけ焦るアスドーラだったが、またもや番人が待ち受けていた。
「入学希望ならコッチだよー!」
ヒョロっとした体調の悪そうな男性が、手を振っているではないか。
建物を繋ぐ渡り廊下があって、その下を抜けろと指さしている。
その先には何があるのか。建物で見えないけれど、未知に突っ込む冒険心が、心をくすぐる。
「こんにちは!ありがとうございます!」
「ゴホッ、まだおはようございますだと思うよ」
男性の側を駆け抜けて、渡り廊下の下をくぐり抜けると……。
「おおっ!スゴい人だ」
そこには、人人人。
人の群れが、生き物のように蠢いている。
アスドーラは足を止めて、てくてくと人群れの最後尾にちょこんと並ぶ。
あたかも遅刻してないかのように。
すると何やら、聞こえてくる。
「受付をしていない者!直ちにこちらへ来い!さもないと試験は受けられないぞ!」
「受付かあ」
アスドーラはまた駆けた。
声の主のもとへ走り、元気に挨拶をする。
「こんにちは!アスドーラです!」
「……自己紹介は受かってからだ。これに記入してその辺で待機していろ」
手渡された紙を見つめ、アスドーラは固まった。
「何をしている?まさか鉛筆を持ってないなどと抜かさんだろうな!」
しかめっ面の男が、神経質そうに眼鏡を押し上げた。
語気鋭く、アスドーラを威圧するのだが、固まったまま何も返答がない。
「……おい、受付終了時間までそうしているつもりか?」
するとアスドーラは、小さく答えた。
「これ、なんて書いてるんですかねえ?」
「……は?」
「それと、鉛筆は持ってません」
「……は?」
アスドーラの幸先は、途轍もなく悪かった。
※※※
「ネネ!」
「おばさんただいま」
おばに抱かれ、ネネは照れくさそうに顔を埋めた。
「どこで何をしてたんだ?」
心配そうにするおじさんも、ネネが怪我なく無事でいることに安堵していた。
おばさんは泣いていた。ずっと私を抱きしめたまま、良かった、ホントに良かったと。
「それにしても、騎士団が駆けつけてくれて……本当に良かった」
私は2人に嘘をついた。
本当はアスドーラが助けてくれたけど、それを言うと、なんだか困ったことになる気がして。
「うん、良かった……」
アスドーラが助けてくれなかったら。
アスドーラが居なかったら。
アスドーラが……。
隣に居ないことがとても寂しい。
「ネネ?大丈夫よ、もう大丈夫だからね」
「そうだぞ。俺たちがついてる。お父さんたちにも連絡して、こっちに来てもらうからな」
「……ゔん」
また会えるのに、寂しい。
涙はもう枯れたと思ったのに、拭っても拭っても溢れてくる。
アスドーラが居てくれないと……。
私の心は、泣き止んでくれないのかも。
ぽっかり空いた穴は塞がらないのかも。
あなたの傷のようには。
――――作者より――――
最後までお読みいただき、ありがとうごさいます。
作者の励みになりますので、♡いいね、コメント、☆お気に入り、をいただけるとありがたいです!
お手数だとは思いますが、何卒よろしくお願いします!
ネネが怯えていたので、のたうち回る男を眠らせた。
ふと自分の手のひらに視線を落とした。
ジリジリと熱い何かを感じたからだ。
「……怪我?」
ぱっくりと裂けた皮膚から、真っ赤な液体が溢れ出ていた。
アースドラゴンは初めて痛みを感じる。
元の体なら、絶対に経験しないであろう感覚。
不思議だなあと眺めていると、傷はすーっと閉じていく。そして痛みも引いていく。
ハッとしてネネに視線を送る。
彼女はシーツを目元まで覆い震えていた。
この分なら傷が治る瞬間は見られてないだろう。
そう思ったアスドーラは、安堵に胸を撫でおろし、ネネの側に腰掛けた。
「大丈夫かい?」
声をかけてみるが、反応はない。
けれどそれで良かった。
もともと返事は期待していないから。
だから、自分の正直な気持ちを話してみた。
「……寂しくなったんだ。ネネがいなくなると思うと。だから助けに来たよ」
その言葉を聞いたネネは、目元まで隠していたシーツを下げて、か細い声で一言呟く。
「ありがと」
すると、緊張の糸が切れたのか、滂沱の涙が溢れた。
わんわんと泣きじゃくるネネに、アスドーラは困惑する。
恐怖の元凶は倒れていて、寂しがる必要はもうないのに、どうして泣くのだろうと。
けれど何も聞かず、ただ側に座っていた。
屋敷から出た二人は、満点の星空を眺めてため息をつく。
「綺麗だね」
「……そうかな?ラハールならいつでも見れるよ?」
アスドーラが44億年座してきた北端は、とうの昔に自然環境が変わり天候も破滅的であった。
星空を垣間見る余地はなく、光といえば瞬く雷と融解する岩床だけ。
だからこの夜景はとても新鮮で、とても美しいなと、心底感動していた。
「僕はラハールに向かうけど、ネネは?」
「私も一緒にラハールに行きたいな。1人じゃ怖いもん」
「そうだね。じゃあ行こうか」
「向こうに着いたら、騎士団の詰め所に行ってくれる?」
「なんで?」
「だって、まだ捕まったままの人がいるもん」
「……助けたい?」
「うん、助けたいよ」
「……じゃあ、待ってて!」
そう言うと、アスドーラは駆けた。
けれどすぐさま戻って来る。
「ネネ!場所は覚えてる?」
「フフ。あっちにいると思うよ。音が聞こえる」
「分かった!」
また駆けた。
ネネの指し示した方向へと、木々の間を縫って走る。
暗がりのせいで何度か木にぶつかり、どこかの骨を折りながら木をなぎ倒しながら、あの小屋へと辿り着くことができた。
「……みんな連れてきたんだね」
「うんッ!ラハールに行こう!」
どうやって牢屋から抜け出し、どうやって護衛たちを倒し、どうやって小屋からみんなを助けたのか。
ネネは不思議に思ったけれど、さして興味はなかった。
「やっぱり綺麗だよ」
どこか間の抜けている少年が、空を見上げて星の美しさに感動していたから。
「そうだね。綺麗だね」
見慣れた空が、こんなにも綺麗だと思えているから。
ラハール王国国境の町【ラハール】についた一行は、各々が帰途についた。
「ありがとうな。本当に、ありがとうな」
「命の恩人だ!ありがとう!」
感謝とハグの嵐に見舞われたアスドーラは、引き攣った顔で手を振っていた。
ハグがこんなにも強烈だとは想像もしなかったようで、体は問題なくとも心が疲弊してしまったらしい。
「なにその顔」
「ビックリしたあ。皆抱きついてくるんだもん」
「フフフ。変なの」
アスドーラとネネは、夜の町を歩く。
松明が照らし出す人の営みに、アスドーラは目を輝かせていた。
アレはコレはとネネに質問しては、ほうと頷きまた質問する。
そんなささやかな時間はあっという間に過ぎていく。
「……ここが親戚の家だよ」
「おお。ここは似たような家がいっぱいだねえ」
「うん。お金がない庶民はこれが普通だよ」
「……」
「……フフ。なに?」
「どうやってお別れすればいいんだろう」
アスドーラは44億年間ひとりぼっちだった。
当然ながら、まともな意思疎通を図ったのはノース王国が初めてで、こうして長い時間特定の人と過ごしたことはなかった。
しかも、友だちを作ることだけ考えてきたアスドーラにとって、友だちとの別れは想定外。
さてどうしたものかと、悩んでしまう。
「いつもどうやってお別れしてるの?」
「ネネが初めての友だちだよ。だからお別れはしたことがないんだ」
「……そっか。これから学校に通うんだもんね。お別れできないと困るもんね」
「うん、どうしたらいいかなあ?」
「……笑って、バイバイすればいいんだよ」
「へぇ~。それだけでいいんだあ」
「……一つだけアドバイスしても良い?」
「うん?なに?」
「もっと笑って。そのほうが可愛いもん」
「ほうほう。笑うんだねえ、こうかな」
グッと口角をあげて、目を細めてみせた。
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「下手っぴ!下手くそだよ!練習しなきゃね」
「難しいねえ、笑うって」
「星を見てたとき、ちゃんと笑ってたよ」
「ええ?そうなんだ、気づかなかった」
「……明日、頑張ってね」
「あっ!そうだった。朝から試験なんだ」
「フフフ。宿に泊まるの?」
「うんッ!お金もちゃんと持ってるんだ」
そう言って、空中に手を伸ばした。
すると伸ばしたはずの手は、収納魔法の中に消え、次に出てきた手には革袋が握られていた。
「スゴい!それって、難しい魔法でしょ!」
「……そうなの?」
「うんうん、人前で使わないほうが良いかも」
「どうして?」
「また拐われるのは嫌でしょ?」
「うん、確かに」
「それとお金も、人前で見せびらかしたらダメだよ」
「拐われる?」
「そうそう」
「……じゃあ」
そろそろ帰るねと言いかけて、アスドーラは口を噤んだ。
「明日早いんでしょ?早く眠ったほうがいいんじゃないの?」
「うん。でもなんだか、寂しいねえ」
「……また会えるよ。私は、暫くここにいるから」
「そうだよねえ」
そしてアスドーラは、ぎこちなく笑って言った。
「バイバイ!」
てくてくと向かう先は、ネネに教えてもらった安い宿。
「こんにちはー」
「あいよ、1人かい?」
「はい!」
「10ゴールドで、相部屋だけどいいかい?」
「お願いします!」
お金を見せびらかさないように、受付台の下で空間魔法に手を突っ込み、適当にコインを掴んだ。
「……多いね。これはしまっときな。階段上がってすぐの部屋だよ」
「はい!ありがとうございます」
金貨をしまって階段を上り、言われた通りすぐの部屋へ。
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「こんにちは。お邪魔します」
一応挨拶をして、左側下段のベッドに潜り込む。
「ふぉぉぉ」
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思い返せば色々あった1日。
早速友だちもできたし、明日は学校の入学試験だ。
「早く眠らないとなあ」
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独り言は当たり前。
ポツリと呟いてぬくぬくベッドで、微睡みの中に沈んでいきそうになったのだが……。
「なあ、気が散るから黙ってくんね?」
二人しかいない部屋で、語りかける声がする。
アスドーラはベッドから顔を出して、声の主に視線を向けた。
「明日試験なんだわ。集中させてくれや」
苦情を入れたのは、赤髪の少年であった。
鼻、眉、唇には銀色のピアスがついていて、赤髪も相まってなかなかに厳つい相貌が、ギロリと睨んでいるではないか。
アスドーラは素直に謝った。
「うん、ごめんよ。静かに眠るねえ」
なんだか、僕はよく怒られるたちみたいだ。
そう思いながら、今度こそ微睡みに沈んでいった。
翌朝、気持ちの良い朝を迎える。
雷雨もないし、燃えたぎる溶岩もない。
屋根があってフカフカのベッドがあって……。
「あれ?」
赤髪の少年はいないようだ。
外を見ると、まだ暗い。
早起きしたと思ったのに、赤髪の少年はもっと早起きなのだろう。
「スゴイや」
寝る前にも勉強していたみたいだし、本心が溢れた。
さて、今日は入学試験。
さっさと学校に行って、ちゃちゃっと受かって友だちを作ろうではないか!
意気込みアスドーラは階段を降りて、受付のお婆さんにご挨拶。
「こんにちは!」
「……はい、おはよう。飯は食うのかい?」
「飯、か」
「初等学校の入学試験を受けるんなら、飯を食ってる暇はないだろうけど。こんな時間まで寝てたアンタは、入学希望じゃないんだろう?」
「え?まだ暗いですよ?」
「曇ってるだけさ……まさか入学希望なのかい!?あと5分で試験が始まっちまうよ!さっさと行きな!」
「は、はい!あっ!学校はどこですか!?」
「ったく。恐ろしいね、最近の若いもんは」
そう言いながらも、宿を出てまで道を案内してくれた。
「ほれ、あのバカデカい建物が学校だよ。とりあえずここをまっすぐ行って、左に曲がれば着くからね。ほれ、走りな!」
「はいッ!ありがとうございます!」
アスドーラは、全力で駆けた。
44億年、岩床の上で横になって過ごしていたので、昨日から走り詰めの彼は、ちょっとした高揚感を覚えていた。
ドラゴンの体での移動は専ら飛翔。
歩くことはままあれど、走ることはほぼない。
それがどうだろう。人間の体になって走ってみると、その爽快感は言い表し難いものがあった。
「ひょぉぉぉ!」
飛ぶことに飽きたドラゴンは、走ることに快感を見出したらしい。
奇声を上げなら、お婆さんに言われた道をひた走り、とうとう見えたラハール初等学校の校門。
「こんにちは!」
「おはようございますだ!遅刻ギリギリ、そのまま走れいッ!」
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言われた通り、校門を駆け抜ける瞬間、何故かニカッと笑って親指を立てていた。
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とにかく走るのだが、だだっ広い敷地のどこへ行けばいいのか分からない。
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少しだけ焦るアスドーラだったが、またもや番人が待ち受けていた。
「入学希望ならコッチだよー!」
ヒョロっとした体調の悪そうな男性が、手を振っているではないか。
建物を繋ぐ渡り廊下があって、その下を抜けろと指さしている。
その先には何があるのか。建物で見えないけれど、未知に突っ込む冒険心が、心をくすぐる。
「こんにちは!ありがとうございます!」
「ゴホッ、まだおはようございますだと思うよ」
男性の側を駆け抜けて、渡り廊下の下をくぐり抜けると……。
「おおっ!スゴい人だ」
そこには、人人人。
人の群れが、生き物のように蠢いている。
アスドーラは足を止めて、てくてくと人群れの最後尾にちょこんと並ぶ。
あたかも遅刻してないかのように。
すると何やら、聞こえてくる。
「受付をしていない者!直ちにこちらへ来い!さもないと試験は受けられないぞ!」
「受付かあ」
アスドーラはまた駆けた。
声の主のもとへ走り、元気に挨拶をする。
「こんにちは!アスドーラです!」
「……自己紹介は受かってからだ。これに記入してその辺で待機していろ」
手渡された紙を見つめ、アスドーラは固まった。
「何をしている?まさか鉛筆を持ってないなどと抜かさんだろうな!」
しかめっ面の男が、神経質そうに眼鏡を押し上げた。
語気鋭く、アスドーラを威圧するのだが、固まったまま何も返答がない。
「……おい、受付終了時間までそうしているつもりか?」
するとアスドーラは、小さく答えた。
「これ、なんて書いてるんですかねえ?」
「……は?」
「それと、鉛筆は持ってません」
「……は?」
アスドーラの幸先は、途轍もなく悪かった。
※※※
「ネネ!」
「おばさんただいま」
おばに抱かれ、ネネは照れくさそうに顔を埋めた。
「どこで何をしてたんだ?」
心配そうにするおじさんも、ネネが怪我なく無事でいることに安堵していた。
おばさんは泣いていた。ずっと私を抱きしめたまま、良かった、ホントに良かったと。
「それにしても、騎士団が駆けつけてくれて……本当に良かった」
私は2人に嘘をついた。
本当はアスドーラが助けてくれたけど、それを言うと、なんだか困ったことになる気がして。
「うん、良かった……」
アスドーラが助けてくれなかったら。
アスドーラが居なかったら。
アスドーラが……。
隣に居ないことがとても寂しい。
「ネネ?大丈夫よ、もう大丈夫だからね」
「そうだぞ。俺たちがついてる。お父さんたちにも連絡して、こっちに来てもらうからな」
「……ゔん」
また会えるのに、寂しい。
涙はもう枯れたと思ったのに、拭っても拭っても溢れてくる。
アスドーラが居てくれないと……。
私の心は、泣き止んでくれないのかも。
ぽっかり空いた穴は塞がらないのかも。
あなたの傷のようには。
――――作者より――――
最後までお読みいただき、ありがとうごさいます。
作者の励みになりますので、♡いいね、コメント、☆お気に入り、をいただけるとありがたいです!
お手数だとは思いますが、何卒よろしくお願いします!
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