異世界ファンタジー系短編〜人気エピソードは連載!〜

マルジン

文字の大きさ
2 / 4

転移した貧乏孤児院の料理人、スキルでほのぼの人生を守る〜領主様と料理対決!?〜

しおりを挟む

~あらすじ~
日本で給食のおじさんをしていた男、佐藤純二(ジュン)は、異世界の貧乏孤児院に転移してからというもの、可愛い孤児とほのぼのした人生を過ごしていた。

ところがある日、領主から一通の手紙が届き、料理対決をすることに。

自重せず使いまくってたスキルのせいで、渦巻いてしまった陰謀。
しかしジュンは、立ち向かう、
貧乏孤児院の支援を勝ち取るために!



◇◇◇


「熱ッ」

バリンッ――。

「キャサリン!大丈夫か!?」

「……ご、ごめんなさい」

床にこぼれたシチューと、粉々になったパイ生地、割れてしまった容器が、湯気でかすむ。

「残り15分!」

監視員の言葉に、俺たちは呆然と立ち尽くしていた。


◇◇◇

40手前、バツイチ子なしのおじさんである俺は、学校給食の調理場でぶっ倒れて、なぜかこの世界に転移した。
それから数日。
領主様からの手紙を見てため息をついていた。

「どうしたんですかジュンさん」

この孤児院で暮らす、御年10歳のキャサリンが心配そうに声をかけてきた。

「この前領主様に手紙を送ったんだよ。そしたら、この返事が返ってきた」

キャサリンに手紙を手渡すと、わずか数行の文面を一気に読み終えて、苦い顔をしている。

無理もない、手紙にはこう書かれていたのだから。

『孤児院を支援する余裕はないため、貴公の提案は却下する。ただし、当家が抱える料理番と料理対決をして勝てたのならば、支援を検討する』

断るだけではなく、なぜか対決と来た。
しかも、殴り合いとか、魔法の試合とか、そんなのではなくて料理対決。
俺を狙い撃ちしているのは明々白々で、狙われる理由はたぶんスキルのせいだと思う。
ここ最近は、自重せずにスキルを使ってたから、目をつけられてしまったのかもしれない。

この世界では貴重な、香辛料やら調味料を使って、道端の孤児たちに料理をふるまった。
この世界にはないであろう、チョコレートや乾麺やシーチキンを使って。冒険者たちに感謝の意を表した。

そんな噂を聞きつけた領主は、是が非でも我が物にしたいとか考えているんだろう。

今も食うに困っている孤児をだしにして、俺が断り辛い提案をしてきよった。

「どうするんですかジュンさん。料理対決するんです?」

キャサリンは心配してくれてるようだ。
まあそうだよな。相手は領主なんだし……。

断ったら断ったで、粘着してきそうだしなあ。

対決して負けたらどうなるかな。
孤児院を支援してほしかったら、俺のもとで働くのだ!とか、言われそうだな。

せっかく、ほのぼの暮らせる安住の地を見つけたと思ったのに……。

「仕方ない。やるしかないな。手伝ってくれキャサリン」

「もちろん!任せてください!」

まあでもやるしかないだろう。
給食のおじさんが、貴族様のお抱え料理番と対決なんて、敗戦色濃厚すぎるんだけども。

可愛い子供たちの未来を守るために、おじさん、頑張るぜ!


それから俺たちは、特訓に特訓を重ね……的なことはしていない。

領主へ、対決してやるぜ!と返事を書いてからは、何を作ろーかなーとぼんやり考えつつ、のんびりと一日一日を過ごした。

学校給食のおじさんは今、貧乏孤児院の料理人。
この世界はとにかく食材が少なくて、貧乏ともなればなおさら食べられるものは限られてくる。

そんな中、育ち盛りのキャサリンのために、栄養バランスを考えつつ、イチャイチャさせてもろてます。

「プリン美味しいですね!」

「ええーそうかなー。ありがとねー今度はババロア作るねー」

「ジュンさんの料理はいつも美味しいです!」

「うーん、ありがとねー。キャサリンだけだよーいつも褒めてくれるのはー」

鼻の下伸びまくりなのは、仕方のないことだ。

給食作ったってさ、面と向かってありがとうと言われるわけでもないし、美味い!と言ってくれるわけでもないし、残飯も毎日出るし。

なーんか大事なこと忘れちゃうんだよな。

料理って結局、ハートなんだよ。
美味しそうな食べてくれる人のためなら、いくらでも作ってあげたくなるし、どんな作業も全く苦にならない。
そういうことなんだよなー。

いい子だーキャサリンは。

毎日トコトコやって来て「お手伝いします!」って言ってくれるしさー。
目に見えて料理の腕が上達してるんだー。
こないだなんか、桂むきしてたからね?
子どもの成長は恐ろしいよ。

それにさ、日本にいた頃は、スーパーで買った惣菜を一人さみしく食べてたのに、この世界に来たら、美味しい美味しいと言ってくれる子どもと、三食食べれるんだよ。

ただの天使だよ。

変な男が近づいたら、三徳包丁のサビにしてやろ。

と、のんびりほのぼの過ごしてたら、領主から手紙が来た。

『明日の昼、料理対決を行う!テーマは、一品で大満足のホカホカ料理だ!』

◇◇◇

「さてキャサリンよ」

「はいジュンさん」

調理台を前に、俺たちは神妙に突っ立っていた。

「ギリギリ用意できたけども、もう経験値の余力がない」

「予備はないということですね?」

「はいおっしゃる通りで」

孤児たちの未来がかかった大一番。
スキルを惜しげもなく使おうと考えた矢先、経験値が足りないことに気づいた。

俺のスキルは、経験値を消費することで食材を調達することができるのだが……。

ミスった。

キャサリンがあんまりにも可愛いもんだから、対決のことなんて度外視で経験値を使いまくってしまった。
幸いにも、テーマ通り一品分の食材は調達できたけれども、予備は出せないので一発勝負になる。

だったら、スキルを使わずに現地調達しなよって話だけども。
正直言うと、この世界の食材ってあんまり美味しくないんだよね。
しかも貧乏なうちの孤児院で買えるのは、玉ねぎと全粒粉の茶色いパンとチーズぐらい。
つまり、それ以外の材料はスキルだ頼りとも言える。

はあ。
四十路目前にして、キャサリンが可愛いからって経験値使いまくって、ここぞという時にすっからかんですって、孫をかわいがりすぎて破産しかける爺さんじゃないんだからさ。

「ジュンさんなら大丈夫です!私も頑張ります!」

白目で虚空を眺めていたら、キャサリンが励ましてくれた。
そしたらなぜだろう、なんかイケる気がしてくるんだ。
ほんと不思議だよなー。

「よしっ、気合入れていくぞ!」

「おー!」

拳を突き上げた俺たちは、数時間後に迫った対決に備えて準備を始めた。

◇◇◇

ガラガラと車列がやって来た。
その威圧感たるや、生半可なものではない。
馬車の周囲には騎士が配備され、連なる馬車は後続が見えないほど先まで続いてる。

通り沿いに住む方々には、大きな迷惑だろう。
明らかに一般人じゃない方々が、なぜか急にやって来たのだから。

俺たちは孤児院の前で、その車列を眺めつつ、直立不動で佇んでいた。
初めて会う本物の領主に、ちょっとだけビビっていた。

先頭の馬車が、俺たちの前でゆっくりと止まり、騎士が扉を開ける。

すると中から、ぽっこりと腹の出た悪人ヅラの、典型的な方がやってきた。

「準備はできておるか」

「あ、ああはい。お初にお目に――」

「審査員を紹介してやろう」

俺の言葉を当たり前のように遮り、領主様は背後に視線を向けた。
一人目は、俺よりも年上っぽい騎士の方で、獰猛な目が数々の武勇伝を物語る、騎士団長さん。
二人目は、好々爺然とした白髪のおじいさんで、領主邸の家令らしい。
三人目は、ニコニコした青年で、この国では5本の指に入る大商会の御曹司だとか。

「そして当然ながら、吾輩も審査に加わる。質問はあるか?」

「え、あーと、そうです――」

「ないようだから始めるぞ。ああ、お前たちが毒を入れんとも限らんから、一人監視員をつける。常に目が光っているから、余計なことはせぬように」

「はいあのー質問が――」

「制限時間は90分でいいだろう。始めろ」

まったく質問させてもらえず、料理対決は突然始まった。

ぷるぷるしたコラーゲンたっぷりの領主の顎が腹立つけど、ここでうだうだ言っても仕方ない。
気持ちを切り替えて、さっさと調理場へと向かった。

「ジュンさん、火をつけますね」

調理場につくや、キャサリンは頭巾を巻き付けて、窯の前に立っていた。
すでに薪は組んであるから、あとは着火するだけ。

「よろしく!」

彼女は頷くと、手のひらで薪に照準を合わせて、呪文を唱えた。

火よイグニス

ゴオオオオオオ!

手のひらが火炎放射器のようになってるのを見たのは、この世界に来てすぐのことだった。

ビビりすぎて、10歳のキャサリンをキャサリンさんと呼んだのは懐かしい思い出だ。

「もろもろの下処理よろしく。ホワイトソース作ってくる!」

「はい!」

フライパンに、切ったばかりの玉ねぎとバターを入れて、ちりちりと燃える薪の火を当てる。
バターがとろけて玉ねぎがしんなりしてきたら、小麦粉を加えて、木べらでかき混ぜつつ、焦げ付かない様に細心の注意を払う。

小麦粉がバターと混ざり、玉ねぎに絡みついて茶色っぽくなってきたら、牛乳を注ぎ入れてダマにならない様にかき混ぜ続ける。
この時、一気に牛乳を入れないのがポイントで3回ぐらいに分けるといいだろう。
牛乳の水分が飛んで、木べらが重くなり始めたら、軽く塩胡椒してホワイトソースは完成だ。

「キャサリンちゃん――」

「はいどうぞ!」

「ありがとう!」

キャサリンから、鶏肉、人参、じゃがいも、しめじの入ったフライパンをもらい、こちらも炒めていく。
人参とじゃがいもは、なかなか火が通りずらい厄介者だ。
でも炒めてやることで、煮崩れしにくくなるし、うま味を閉じ込められる。

さて、ここで味付けと煮込みを一気に行っていこう。
水、白ワインとコンソメを加え、塩コショウで味付けしてと。

待機……。

フライパンをもったまま、焦げ付かない様にかき混ぜつつ、火から離したりして大体15分ぐらいだろうか。

「オッケー。ホワイトソースお願い」

「はい!」

あらかじめ作っておいたホワイトソースを木べらで流しいれて、薪から離しながら弱火の状態でかき混ぜて、一応味見。
これで問題なければ、シチューの出来上がり!なのだが、これでは終わらない。

秘策があるのだよ、秘策がねえ!

作ったばかりのシチューを、4つのスープボウルに均等に入れたら、キャサリンの出番だ。

冷ませミクスフリーガス

キャサリンの両手から、コォォォッと冷風が吐き出され、熱々のシチューが冷めていく。

常温ぐらいになったら、秘策の出番だ。

「これを、被せるんですか?」

「そうそう。こんな感じ」

あらかじめ作っておいたパイ生地を、シチューポットを塞ぐように被せて、卵黄をパイ生地の表面に塗りたくっていく。卵黄を塗るのは焼き色をつけるための、大事な作業だ。

お次は竈の中に入ってる薪を両端に避けて、シチューポットを置く空間を確保して、セット!

5分ぐらいしたら、シチューの蒸気がパイ生地を膨らませて、いい感じのドーム状になる。
あとは焼色がつけば、終わりだ。

「おお、いい感じ」

竈に目をやると、生地がうまい具合に膨らんで、香ばしい色づきになっていた。

シチューポットパイの完成だ!

「よし、取り出そうか。濡れ布巾もらっていい?」

「どうぞ」

この竈に限らず、竈はめちゃくちゃ熱い。
家庭用オーブンの蓋が全開の状態で、熱波を放ってると思えば、いかに熱いかが分かるだろう。

当然、ポットも熱いわけで、濡れ布巾がなかったら完全に指が終わる。

「アチチチ」

ゴトリ――。

よーし、あと1個。
水桶に指を浸して、布巾に水を染み込ませて、万全の状態で竈に向かい合った時だった。

「熱ッ」

バリンッ――。

調理台の方から、嫌な音がした。
視線を向けると、キャサリンが手の甲を押さえて呆然としている。

「キャサリン!大丈夫か!?」

「……ご、ごめんなさい」

火傷したかもしれない。
俺は濡れ布巾をもって、キャサリンのもとへ駆け寄った。
割れてしまったシチューポット、溢れたシチューに、飛び散ったパイ生地を飛び越えて、彼女の手を見てみる。

「軽く火傷してるみたいだ。これで冷やしといて」

うっすら水ぶくれになっていたけれど、この程度でよかった。
シチューを被ってたら、とんでもないことになってからな。

この状況から推測すると、シチューポットにキャサリンな手が触れて、熱さのあまり落としてしまったのだろう。

さて、提供するはずのシチューポットパイが一つ、なくなってしまった。
三つのシチューポットパイを四人の審査員で、分けてもらう?
子どもじゃないんだから、分け合ってね!なんて言えるわけない。

どうしたものかと悩んでいると、とても活き活きとした声が、調理場に響いた。

「残り15分!」

今まで無言だったくせに……。

まずいなあ、どうしよう。

すると何を思ったのか、キャサリンは布巾を調理台に置いて、しゃがみ込んだ。
ちょうど、溢れたシチューの辺りに。

「ひ、拾います!」

そう言うと、素手でシチューを掬い上げようとしたので、慌てて止めた。

「いやストップ!キャサリンちゃん、これは後でいいよ。冷めてから片付けよう」

「で、でも、これ……使えば、4人分になりますよ」

今にも泣き出しそうな顔で、俺の顔を見上げている。
その表情を見て俺は、大きな失敗に気づいてしまった。

まだ10歳の彼女の気持ちを、置き去りにしていたのだ。

まったく、四十路目前にしてなにをしてんだか。
調理台濡れ布巾を拾い上げて、キャサリンの手に当てた。

「落ちたものは捨てる。こんなもの人に出せないでしょ」

「で、でも」

「大丈夫だって、時間はあるし新しい料理を作り直してみせるよ」

「……ごめんなさい」

「もう謝らないで!給食のおじさんが、なんとかするよ!」

と言って調理台の上を眺めてみるけれど。
食材はほぼ使い切った。
残ってるのは、バターと小麦粉……。
玉ねぎとチーズと茶色いパンなら、明日のお昼ごはん用に買ってあるから、それも使えるし、さあ何を作る。

シチューポットパイに引けを取らない見た目、一品で大満足のホカホカ料理というテーマに沿うような、料理か。


あ、ちょうどいいのがあるじゃん!


シチューアレンジといえば、アレがいいよ。

「キャサリン、パンの中身をくり抜いてくれる?」

「パン、くり抜く?」

「そうそう、急いで急いで!」

「は、はい!」

シチューを流用できて、なおかつ見た目もインパクトがあって、そして美味いやつ!
あるよ、作れるよここにある具材で。

◇◇◇

孤児院前の通りは騎士によって封鎖されていた。日本でもあるよね、総理とか偉い人のための交通規制。
それが目の前の通りで起きてました。

どこから持ってきたのか、でっかい長テーブルが道の真ん中に置かれていて、4人の審査員の方々は、楽しそうに歓談をしていた。
けれど、ピタリと会話を止まり、4人の視線が俺の手元に一気に集まる。

料理を持って孤児院から出た俺は、テーブルへと慎重に歩く。

「パン?」

ゴトリ――。

領主様の胡乱な目に俺は答えた。

「中をご覧になってください。ただのパンではありません」

4人の男たちは立ち上がって、その中身を覗き込んだ。

「おお、なんだこれはソースか?」
「チーズの香りがしますね。いい焼き色だ」
「パンを器代わりにしたということですか」
「美味そうだ!」

そもそも白いシチューは、日本発祥で日本独特な食べ物だったりする。
だから、この世界でも珍しがってウケるかなーと思ってシチューポットパイを作ったんだけど、ゴタゴタがあって料理を変更した。

三つになったシチューポットパイのパイ部分は取り外し、シチューにチーズと小麦粉、バターでとろみをつける。
それを、中身をくり抜いたパンに流し入れ、オーブンで加熱。

パンの外側がある程度パリパリになったら取り出す。
中身をくり抜く時に出たパンくずをかき集め、熱々のシチューへと振り掛けて、さらにチーズも削って振りかけて。
キャサリンの魔法で焼き色を付けたら完成だ。

「こちら、グラタンです」

「ほお。して、どうやって食べるのだ」

「はい。では、よそいますね」

キャサリンが持ってきた、木の平皿にグラタンをよそう。
それからくり抜いたパンと、容器代わりになってたパンを切り分けて……。

「はいどうぞ」

「……うむ、ではいただこう」

正直、皿に取り分けると見た目は悪くなる。
というか取り分ける皿も、棚の奥から引っ張り出したもので、おしゃれとは言い難い。

けど……。

「ふーむ」

グラタンを一口食べた領主様は、息を漏らした。

「鼻から抜ける香ばしさと、とろっとする舌触り。悪くない」

領主の感想が出たところで、他の審査員たちもグラタンを口に運びだした。

パンとグラタンを合わせて食べた騎士団長さんは、獰猛な目つきを捨てて、柔らかい笑みを浮かべた。

「茶色のパンがこんなに美味くなるとは。やるな」

「ボソボソしているので、その分クリーミーな何かと合わせやすいかと思いまして。お口にあって良かったです」

家令さんは、グラタンを一口食べたあと、皿に顔を近づけて、驚いていた。

「バターのような優しい甘みと、ポトフのような旨味が渾然一体となり、得も言われぬ香りを醸していますな」

「……ありがとうございます。そこまで言っていただけて光栄です」

大商会の御曹司さんは、掬い上げた鶏肉やしめじをまじまじと見つめ、ニヤリと笑みを浮かべた。

「これはまた高そうな食材ですね。牛乳もそれなりに高価ですが、一体どこから?」

「まあ、今日のために、色々なツテを使いましたね」

「そうですか」

御曹司さんは頷いたあと、特に追求してくることもなく、皿の中身を全て平らげた。
領主様も他の方々もみんな、器のパンまでしっかりと完食してくれた。

それは嬉しいのだが、領主邸料理番の料理が入らないんじゃないか?
と思ってたら、領主様が突然立ち上がり、なぜか近づいてくる。

そして手を差し出した。

「すまなかったな無理を言って」

「え?」

「大変美味であった。感動したぞ」

「は、はあ」

何が起きているのか分からず、とりあえず領主様の手を掴んだ。

すると今度は、大商会の御曹司さんが近づいてきた。

「ウチの商会が孤児院を支援しましょう」

「え?」

「今日の会食は領主様自ら、商会に提案されたものでして、あなたの実力が噂に違わぬならば、ウチが経済的支援をすると約束したんです」

「あ、あの言ってる意味がよく分からないんですけど」

ニコニコしてるけど、話のほとんどが理解不能だった。
だって、領主様は子どもに救いの手を差し伸べない悪徳領主で、俺のスキルを我が物にしようと画策してる………んじゃないの?

ていうか会食って、料理対決はどこにいったんだ。

「当家に金がないのは本当だ。だから孤児院を支援することはまかりならんが、支援を得る機会ぐらいは作れる。今日はそのための会食だったのだ」

「……対決は」

「お主に、余計な勘ぐりをさせて、実力を隠されても困るからな。己の要求を賭けた戦いならな、本気で取り組むだろう?」

「……要するに、俺に本気を出させるために対決の形をとった。その理由は、大商会さんの支援を引き出すためと」

「そういうことだ」

あんなに憎々しい顔だったのに、今はなぜか愛嬌のある憎めない顔に見える。
ぷるぷるの顎も、コラーゲンたっぷりで健康的でいいじゃないとさえ思える。

「もちろん、タダで支援するわけではありませんよ?色々とお話し合いをして決めましょう」

御曹司さんは、爽やかな笑みで手を差し出した。

大商会とどんな話し合いをするのか、いささか不安ではあるけれど、領主様がお膳立てした案件でむちゃくちゃするはずもないだろう。

「よろしくお願いします」

がっちりと握手を交わし、料理対決と見せかけた、ただの審査会は無事に終了となった。

◇◇◇

領主様が帰った後、またいつもの時間が戻ってきた、はずだったが、そうもいかないよね。

俺もなんだかんだ緊張していたし、料理中はハプニングもあったし、結局領主様はいい人っぽかったし。

大混乱だよホントさ。

キャサリンは床に落ちたシチューを、掃除していた。
まだちょっと落ち込んでいるようにも見えるな。

料理なんて、失敗してなんぼなんだけどなあ。
失敗して改善して、美味いと思えたらまた作りたくなって。
失敗して改善して、誰かに美味しいと言われたら、もっと作りたくなって。

失敗はつきものなんだよ。

でもまあ、大一番での失敗だったから、こたえるよな。

「キャサリンちゃん、おやつ食べる?」

「……だ、大丈夫です。掃除します」

真面目で器量が良くて人懐こいキャサリンだけど、まだ10歳の子どもだ。
変に気を使うのも、真面目だからこそ。

「プリン作るから一緒に食べよう?おじさん一人しゃあ、さみしいからさー。お願い」

「……いやでも」

「お願い!作るのも手伝って!」

「……掃除が終わってからでいいですか?」

「うんいいよ。ありがとね」

「……こちらこそ、ありがとうございます」

はあ、良い子だなー。

失敗なんかで落ち込まずに、どんどん料理の楽しさを知ってほしいな。

「よーし、プリン作るぞ!」

「……おー!」

キャサリンちゃんがいる限り、これからも、この孤児院で働こう。

第二の人生、ホント最高だなあ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

こうしてある日、村は滅んだ

東稔 雨紗霧
ファンタジー
地図の上からある村が一夜にして滅んだ。 これは如何にして村が滅ぶに至ったのかを語る話だ。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

嘘つきと呼ばれた精霊使いの私

ゆるぽ
ファンタジー
私の村には精霊の愛し子がいた、私にも精霊使いとしての才能があったのに誰も信じてくれなかった。愛し子についている精霊王さえも。真実を述べたのに信じてもらえず嘘つきと呼ばれた少女が幸せになるまでの物語。

【完結】平民聖女の愛と夢

ここ
ファンタジー
ソフィは小さな村で暮らしていた。特技は治癒魔法。ところが、村人のマークの命を救えなかったことにより、村全体から、無視されるようになった。食料もない、お金もない、ソフィは仕方なく旅立った。冒険の旅に。

私は逃げ出すことにした

頭フェアリータイプ
ファンタジー
天涯孤独の身の上の少女は嫌いな男から逃げ出した。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...