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12. 浄化魔法が効かないケース
しおりを挟む穏やかにゆったりと微笑む、可憐な姫君。
年は、現在十八歳のルコルより少し下だろうか。
顔つきは朗らかながら凛とした空気を纏い、仕草も優雅で洗練されている。
件の妹姫は、一見、何も影響を受けてなさそうに映った。
やはり、闇魔法の気配は一切感じない。
魅了魔法も精神操作も受けていないことだけは明らかだ。
ルコルは、ちらりとエフェに視線を送り、顔を横に振る。
言いたいことが伝わったらしいエフェは、小さく頷く。
続いてノノに視線を送ってみると、ノノは少し困ったような顔をしていた。
「…空気は澱んでるって程じゃない………」
『空気が澱んでいない』ということは、ノノの解釈で言うなら、『心が汚れているわけではない』ということになるだろうか。
少なくとも今の段階では、姫は、悪しき考え方に染められているってことではないようだ。
「まあ。我が国の聖女さまは可愛らしいお嬢さんなのね」
たおやかに微笑む姫から、鈴の鳴るような涼やかな声が発せられる。
口調もスムーズだし、表情にも不自然さは何もない。
今のところ、気になる点はこれといってないように思える。
「はじめまして。ノノといいます。
お姫様の幸せを願って、お祈りをさせてもらってもいいですか?」
「まあ、ありがとう。ふふ。聖女さまに祈りを捧げて貰えるなんて光栄ね」
ノノは、自然な流れで浄化魔法をかけられるように無難な口実を述べる。
事前に誰かと相談したわけでもないのに、自分の判断でさらっとやってのけるノノは、冷静なだけでなく頭の回転も速く、六歳とは思えないほど肝が据わっている。ルコルは感心しきりである。
姫から許可を得たノノは、胸の前で両手を組んで祈りの姿勢をとると、目を閉じ、浄化魔法をかけはじめる。
温かく優しい光とともに、清らかな空気が広がっていく。
(これが聖魔法……)
決して強烈ではないけれども、じんわりと体の芯から温まっていくような穏やかで心地良い魔力が、部屋中に行き渡っていくのをルコルは感じていた。
ノノが目を開き、ぺこりとお辞儀をすると、姫はふんわりと微笑みながら、
「ありがとうございます。心地良い温かさに包まれました。
これが聖女さまの祈りの力なのね。」
と仰った。姫にも間違いなく浄化魔法が届いたのだとわかり、ほっとする。
でも、魔法が届いたからと言って、浄化できたのかどうかはわからない。
ルコルとノノは姫に会うのは初めてで、占い師に会う前の姫のことを全く知らないため、浄化魔法をかける前後での違いがわからない。
エフェは姫には会ったことがあるものの、効果が確認できるほどの違いは見受けられないらしい。
占い師の話題になっても無反応なくらいに綺麗さっぱり占い師への熱が消え失せていれば勿論気づけるが、いま こちらから占い師の話題を振ったりするのは、流石に唐突というか、どうにも不自然にしか思えない。
ここはいったん無難にやり過ごすしかないと、当たり障りない会話をしばらく続けた後、ルコルたちは姫の許を辞した。
この直後から、ノノやエフェが姫につきっきりになったりしたら、普通に考えて警戒される。
あとのことは、姫のことをよく知っている王子が、折に触れては様子をうかがうのが最善だということになり、姫の対応は一旦王子に託された。
もし聖女の浄化魔法を受けても、姫の占い師への崇拝に何ら変化がないのだとしたら、姫の心は浄化が及ばない類のものということになる。
完全なるイメージで言ってしまうと、浄化魔法は、闇魔法による精神操作になら通用するように思うが、そうでないのであれば通用しない気がする。
マインドコントロールと表現すると良い印象は与えないが、例えば『占い師の熱烈アプローチに姫が絆された』と表現すると、ニュアンスは随分変わってくる。
姫の意思を強制的に捻じ曲げたような印象は薄くなり、それに応じることが一概に悪いこととは言い切れないように思えてくる。
だから、闇魔法の精神操作による強制支配のように明らかなものでもなければ、浄化魔法は効かないのではとルコルは考えていた。
でも、じゃあもし浄化魔法が効かなかったとしたら、そのときは?
浄化できない以上、それが悪いものとは言い切れない可能性があるのに、
姫の気持ちを否定することが、果たして正解と言えるのだろうか?
何が正しいかもわからないのに、王子に頼まれるがままに、他人が横から手を出していいものなのだろうか?
考えれば考えるほど、正解がわからない。
適切な対応ができる自信もない。
(ノノちゃんの浄化魔法が効いていてくれれば…
浄化で払えるような、明確に良くないものであってくれれば…)
ルコルはそれを祈るしかなかったが、
数日後に王子からもたらされた報告は、案の定と言うか何と言うか、ルコルのかすかな希望を打ち砕くものだった。
「せっかく聖女どのにご助力いただいたというのに、
残念ながら、妹の占い師への心酔っぷりに、改善は見られなかった―――」
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