実在しないのかもしれない

真朱

文字の大きさ
9 / 10

09. 嫡男はそこに

しおりを挟む
 
「・・・・・・兄・・・上・・・?」

ロゼリエが呆然としながらお坊ちゃんを見つめると、
お坊ちゃんは不思議そうに首をかしげた。

「はい。色々厄介な兄ではありますが、末永くよろしくお願いいたします。」

間違いなく、きっぱりと、『兄』と言っている。
・・・兄・・・? え・・・? お坊ちゃん、兄がいるの・・・?

「―――――家令・・・?」
「ハイ?」
「お坊ちゃんは・・・ご嫡男ではない・・・?」

頭が働かないロゼリエを横目に、
すっかり普段の調子を取り戻した家令は、しれっと答える。

「そうですね。今のところ当伯爵家も、一応、嫡男は長男となってますね。
 『お坊ちゃん』が小僧のことでよろしければ、ソレは次男なので。」

お坊ちゃんの部屋に突入したとき、ロゼリエは確認した。『お坊ちゃんか』と。
そう、『ご嫡男か』とは、確かに聞いていなかった。
だから、お坊ちゃんの肯定は間違っていない。次男も『お坊ちゃん』には違いないのだから。

思い返してみれば、ロゼリエはいつの間にか、お見合い相手のことを『お坊ちゃん』と呼んでいた。
人見知りなんて理由をゴリ押ししてくる『甘ったれのお坊ちゃま』だと思ってしまっていたから。
そして いつの間にか、『ご嫡男』と呼ぶことをやめてしまっていた。

家令が2階の窓を指さしたときも、話題は『お坊ちゃん』のことだった。
・・・まんまと してやられた感はあるが、確かに、嘘は言っていないことになる。

もう状況的に確定ではあるが、有耶無耶にするべきではない。
ロゼリエは声を絞り出した。

「長男は?」
「ワタクシですねえ」
「(やっぱり)おまえか!」

どっとロゼリエの力が抜けた。
色々腑に落ちないところはあるが、ひとつだけはっきりしている。

ロゼリエのお見合い相手は、『お坊ちゃん』ではなく『家令』だったのだ。

名乗りもせず、身分も明かさなかったが、最初からちゃんと、ロゼリエのお見合い相手は顔を見せていたのだ。

「納得いく説明をしてもらえるかしら?そこのご嫡男?」

逃がさないように、家令 改め ご嫡男の首根っこを ふん捕まえながら、ズキズキと痛む頭を押さえつつ、ロゼリエはうめいた。

「いやあ、さすがロゼリエ様、すっかり伯爵家に馴染んでくれて。」

と、首根っこを掴まれながらも、ご嫡男は嬉しそうに笑うのだった。



「で、何で『ご嫡男は姿を現せない』なんて言ったの?」

一番はそこに尽きる。
最初から表に出て来てたクセに、何故そんなウソをつく必要があったのか。

「え、ワタクシ、『いつ自己紹介できるかわからない』とは言いましたけど、『姿を現せない』なんて言ってませんけど?」

きょとんと答えるご嫡男に、ロゼリエは当時を思い返してみるが、正直、細かい表現は思い出せない。なんか紛らわしい表現を使って誤魔化されたということだけ、はっきりしている。

「なんで自己紹介できないの? 最初に名乗らないから、ややこしいことになったとしか思えないんだけど。」

抗議の意味も込めて、恨みがましく尋ねてみると、はぐらかすことなく理由を答えてくれる。
まあ、もう正体も明かしたんだから、理由を話せる時が来たってことなんだろう。

「いえ、ワタクシ、初対面のときに被ってる猫が巨大すぎるらしくて、
 もはや別人と言っていいくらい実体とかけ離れてるとか、よく言われるんですよ。
 その猫の状態でオッケー頂きましても、偽物に近いですからね。
 あとから詐欺よばわりされましても、こちらとしても不本意ですので、
 猫が剥がせるくらいの関係性になるまでは明かさないことにしてるんです。」

確かに、あの暴れて暴言吐いてた方が本性なんだとしたら、
最初のあの丁寧な応対は、完全に商売用のソトヅラに過ぎなかったんだな、ということが良くわかる。

「つーか、あんたのどこが人見知り?」

あまり重要なことではないが、つい気になって聞いてしまうと、

「いやいや。本当の自分を出せるようになるまで、こんなに時間がかかるんですから、人見知りじゃないですか。ロゼリエ様なんか初日の数分で本性解禁だったの、覚えてます?」
なんて、カウンターが返ってきた。

(確かに、初日に胸倉掴んでるな私。今日も首根っこ掴んだし。
 女として相当ヒドイように思うけど・・・)

自分のことながら、ちょっと呆れてしまったロゼリエに、

「でも、すぐに自分をさらけ出せるロゼリエ様に、好感を持ったんですよ?」

と、ご嫡男は晴れ晴れと笑った。

「ええ・・・あれで・・・?」
一方のロゼリエは、苦笑を浮かべるしかない。

「そうですよ?私は健気だって言ってるでしょう?
 だから、ロゼリエ様も、小僧なんかによそ見しちゃダメですよ」

少し拗ねたようにジト目を向けてくるご嫡男。

うーん。だって、次男くんがご嫡男だと思ってたし。
お見合い相手と、ただの家令だと思ってた相手と、どっちを優先するかなんて・・・ねえ?

「変に誤魔化そうとした報いってことで。」

こっちがへりくだる必要もないと判断して、開き直るロゼリエに、
ご嫡男は楽しそうに、声をたてて笑った。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

特殊能力を持つ妹に婚約者を取られた姉、義兄になるはずだった第一王子と新たに婚約する

下菊みこと
恋愛
妹のために尽くしてきた姉、妹の裏切りで幸せになる。 ナタリアはルリアに婚約者を取られる。しかしそのおかげで力を遺憾なく発揮できるようになる。周りはルリアから手のひらを返してナタリアを歓迎するようになる。 小説家になろう様でも投稿しています。

婚約者に好きな人ができたらしい(※ただし事実とは異なります)

彗星
恋愛
主人公ミアと、婚約者リアムとのすれ違いもの。学園の人気者であるリアムを、婚約者を持つミアは、公爵家のご令嬢であるマリーナに「彼は私のことが好きだ」と言われる。その言葉が引っかかったことで、リアムと婚約解消した方がいいのではないかと考え始める。しかし、リアムの気持ちは、ミアが考えることとは違うらしく…。

貴族のとりすました顔ばかり見ていたから素直でまっすぐでかわいいところにグッときたという

F.conoe
恋愛
学園のパーティの最中に、婚約者である王子が大きな声で私を呼びました。 ああ、ついに、あなたはおっしゃるのですね。

嫌われ令嬢とダンスを

鳴哉
恋愛
悪い噂のある令嬢(妹)と 夜会の警備担当をしている騎士 の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、4話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。 姉の話もこの後に続けて後日アップする予定です。 2024.10.22追記 明日から姉の話「腹黒令嬢は愛などいらないと思っていました」を5話に分けて、毎日1回、予約投稿します。 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 妹の話を読んでからお読みいただきたいです。

友達にいいように使われていた私ですが、王太子に愛され幸せを掴みました

麻宮デコ@SS短編
恋愛
トリシャはこだわらない性格のおっとりした貴族令嬢。 友人マリエールは「友達だよね」とトリシャをいいように使い、トリシャが自分以外の友人を作らないよう孤立すらさせるワガママな令嬢だった。 マリエールは自分の恋を実らせるためにトリシャに無茶なお願いをするのだが――…。

【完結】救ってくれたのはあなたでした

ベル
恋愛
伯爵令嬢であるアリアは、父に告げられて女癖が悪いことで有名な侯爵家へと嫁ぐことになった。いわゆる政略結婚だ。 アリアの両親は愛らしい妹ばかりを可愛がり、アリアは除け者のように扱われていた。 ようやくこの家から解放されるのね。 良い噂は聞かない方だけれど、ここから出られるだけ感謝しなければ。 そして結婚式当日、そこで待っていたのは予想もしないお方だった。

【短編】誰も幸せになんかなれない~悪役令嬢の終末~

真辺わ人
恋愛
私は前世の記憶を持つ悪役令嬢。 自分が愛する人に裏切られて殺される未来を知っている。 回避したいけれど回避できなかったらどうしたらいいの? *後編投稿済み。これにて完結です。 *ハピエンではないので注意。

逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます

黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。 ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。 目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが…… つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも? 短いお話を三話に分割してお届けします。 この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。

処理中です...