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第一章 切望

02 出会いは唐突に

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 「君、写真好きなのかい?」

60代前後のおじいさんが僕の後ろに立っていた。
身長は僕より少し小さいぐらいで小柄な方。
大きいカメの甲羅の様な模様のしたリュックサックを背負って、手には大きく本格的なカメラ、テレビで見た戦場カメラマンが着ていたようなベストを羽織っている。
こんな何にもない公園でフル装備な出で立ちは完全に浮いていた。
そんなこともあり凍りついてしまったが、おじいさんが見せ続ける興味津々で優しそうな表情に少し平静を取り戻した。

「えっと、はい。好きです」

本当は好きでもないが、受け答えがそれしか思い浮かばなかった。
おじいさんは微笑んでいた顔が、更に口角が上がって満面の笑みになった。

「そうか、そうか、何を撮っていたんだい?」

家族以外との会話など相当に久しぶりだったので、なんとなく嬉しくなる。

「ええっと...花です。スズランとか、あとは......」

スムーズに言葉が出てこない、やはり一年以上のブランクは厳しいみたいだ。
おじさんはニコニコと手を出した。

「少し写真を見せてもらってもいいかな?」

「はい。いいですけど、下手ですよ」

言い訳をしながらカメラを手渡した。
ぴこぴこと手際よく操作しているのに少し圧倒されながら、こんなベテランみないな人に下手な写真を見せて、がっかりされないかなとそわそわしていた。あーっ、と言ったりおっ、と感心したような様子をドキドキしながら3分程待っている。

「すごい枚数だね、ほとんどが花だけど花が好きなの?」

「ええっと......花が好きというより、この公園は花ぐらいしか撮るものがないので」

おじさんは不思議そうに尋ねる。

「この公園でしか撮らないの?」

「ええ、まあ。色々ありまして」

「そうなんだ勿体無いな...あとね、一つアドバイスがあるんだけどいいかな。君オートで撮っているでしょ。こんないいカメラなんだからマニュアルとかにも挑戦してみたら」

まさか少し見たたげて撮り方までわかってしまうとは、この人はもしかしたら凄い人なのではないのか!こんな人に下手な写真を見せた事に、少し居た堪れない気分になった。

「そうですか、でも難しくて」

「そんなことないよ、やり方さえ覚えればすぐに使えるようになるよ」

「そうなんですか?このカメラ祖父にもらったんですけど、祖父がもういないので教えて貰えなくて、自分でいじっているんです」

「そうなんだ、おじいさんは写真好きだったんだね」

「はい!家にも祖父の写真が何枚も飾ってあります」

「そうかそうか。君の写真は飾らないの?」

「僕の写真なんて飾るほどのものは無いですよ、祖父のと比べると下手なの丸わかりですし」

「そんなことないよ。おじいさんも孫と一緒に写真が並んでいたら喜ぶと思うよ。写真はやっていけばどんどん上達していくんだから、自分の成長もわかっていいんじゃないかな?」

「そうですかね。じゃあ…今度自分の部屋に飾ってみます」

「そうだね。まずはそこからだね」

おじさんが楽しそうに笑ってくれているのが、おじいちゃんと喋っている時の雰囲気と似ていて無性に嬉しかった。
さっきまでしていた緊張もだんだん溶けてきた。

「仲良くなったことだし、もし良かったら私がやっている写真クラブに入らない?」

唐突にかけられた言葉によって、楽しかった時が一瞬で終わりを告げたように感じられた。

「すみません......勧誘とかはちょっと」

なんだそのために話しかけて来てたのか。
せっかく楽しかったのに。

「そうか...でも、年会費とか無いし、この町の人たちが中心で、趣味の集まりだから来れる時でいいんだけど、それでもダメかな?」

僕の疑念が伝わってしまったようだ。
年会費も取らないと言うぐらいだし、好意で誘ってくれていたみたいなので、話を聞くぐらいはしても良いかな。

「まぁそれなら。そのクラブにはどんな人がいるんですか?」

どんな活動をしているのかよりも怖い人が居ないのか、そっちの方が気になる。

「ここら辺の公園とかを中心に撮っていてね。メンバーは50代以上のおじさんおばさんとかが2人と、少し若いのが男女一人ずつだね。そうだそうだ、最近入ったんだけど若い君ぐらいの子が居るんだ。全員で6人少ないでしょ?」

「え、十分だと思いますけど......」

「そんなことないよ。誰かが休むと、少なくて盛り上がらないんだ。だから8人は欲しいかな。君なんか若いしちょうどいいと思うんだ」

期待混じりの目線をされたが、気づかないふりをした。

「どこで撮影したりするんですか?」

「うん、そうだな…この街が中心だけど電車で2~30分以内ならみんなで遠出したりもするかな。あっ、そうそう半年ぐらい前に高尾山に行ったね」

電車?高尾山?今の僕には縁遠すぎる話に絶句した。これではとてもクラブに入ることは出来ない。

「すみません。興味はあるんですが、遠出とかは難しいので」

「楽しいと思うんだよね、大勢で写真撮るのとか。みんないい人ばかりだし」

「すみません...あんまり人がいるのも得意じゃないので...すみません」

「そうなのか、残念だな。君が入ってくれたら楽しそうだったのに…じゃあ気が変わったら言ってね…この公園にはよく来るから」

じゃあね、と手を振り振り返るとぼとぼと気落ちした雰囲気を醸し出しながら僕の罪悪感を煽るように姿を消した。

何でこっちが落ち込まなければならないのかと思いながら、しょんぼりした気分で家路を急ぐ、後30分もすれば近所の都暦小学校からの下校する生徒が現れる時間になってしまう、それは唯一楽しかった小学校時代を思い出す事に繋がる。
一見良い事のようだが今の現状を思い出した時、なんとも言えないやるせない虚無感の様なものが僕の頭の中を埋め尽くす。

そんな予感達が僕の活動しようとする足を引っ張っている。
そんなことはわかっているのだが怖いものは怖い。

僕はもう怖いものには立ち向かわないと決めたんだ。
あんな思いをするぐらいなら全て見ないふりした方が傷は小さくて済むに決まっている。
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