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短期出陣の終わりは化け物の始まり

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「きゃぁ!おばけ~!!!」

「ぐすん、せっかく洞窟から出てきたのに、お化け呼ばわり……」
 
 それもそうだろう、血まみれで後ろに丸々一体の骸骨背負った少女が、熟練でも厳しいと呼ばれる上級ダンジョンを一人で出てきたのだ、魔物かお化けに見えることだろう。心身の疲労により自分のそんな状態に気づかずに、よれよれとお化けと思って怯える女冒険者をスルーしてその場を去る。

「う~グラス居ないようぅ……。グラスどこ」

 恐怖が突き抜け、大分幼児化した思考の中で、転移紋を触る瞬間を思い出して怯えながら暗い夜道を、よたよたと歩く。カリスティアの背中に乗っている髑髏が、リズミカルにカコカコと音がなる。今までのことを振り返りながら帰路につくカリスティアは始終ため息が止まらなかった。

(魔物は普通に強くて、倒せるけど最下層のあの死体の山とカーペットは聞いてない。反精霊の洞窟って言うくらいだから、生命を育む精霊の反対は死なんてところだよね。魔物より死体のが……うっぷ)

 思い出さなければ良いのだけれど、人間のストレスやトラウマを克服の為に、わざとその事象と対面してならす療法がございましてね。一部それが癖になる人種が居るわけでございまして……その癖になってしまっている人種の一人のカリスティアは、克服の為に無意識のうちにそれらを思い出して、道中の魔物を切り捨てながらグロッキーになっているのです。

 道中の魔物でさえ、その暗く過去のトラウマを反芻して目を濁らせるカリスティアの【無】の表情は恐ろしいものに写ったようで、段々と魔物が飛び出ては、恐れをなして切り捨てられたくないと言わんばかりに道を開けるように避けるようになった。

「なんだ……あの表情は……。まさか、魔王」

「コラ! 魔物と悪魔族と魔族を一緒にしないの!!! けど、獰猛なB級が道を空けてる……。化け物」

 その様子を見た、冒険者によって、精霊国に魔物を使役する化け物が現れたとふれまわられるとは、カリスティアは知るよちもなかったのだった。


ーーーー

コンコン

「はい、カリスッうっ!!!」

「グラスぅぅぅぅ!!! がえっっでぎた、もうやだ! 死体は動かないと思ったら足掴んで来たし、バイオなテロな感じで動いてくるし、やっと帰ってきたのにおばけって言われるし、夜道暗いし!!! 頑張った」

 フラフラと幽霊のようにふわりとした足取りでゆらゆらと村まで付いて一直線にグラスの元へ、今は自分の家なのにノックする律儀さは、幼児退行しても失われなかった。ノックをする冷静さも、扉を開いて現れたグラスによって霧散し、泣きながらグラスに飛びかかる。

 突然のことだがカリスティアのことを受け止めようと、身構えるも全力のカリスティアの抱きつきの威力に思わず唸り声を上げてしまう。泣きながら抱きついてくるカリスティアに愛しさを感じて、カリスティアの頭に乗っかった骸を少しずらしてカリスティアの頭を撫でて、昔の自分にしてくれたように、心臓と同じ早さで背中を叩き、大丈夫、大丈夫です……ゆっくり休んでください。と、玄関で震えながら泣き崩れる彼女を寝かしつけた。

(この背中の骸一つは戦利品として持って来たのでしょうか?)

 カリスティアの肩に丁度ひっかかるように、覆い被さっている骸を寝てるカリスティアから引っぺがして、取りあえず骸を庭の花壇の横に寝かせるように置いて、外に出たついでにウィーンを呼びに行く、玄関に寝かせるのは忍びないが、自分ではカリスティアの身を清めることはできない。

カコリッ

「ん?」

 骨の鳴る音がたので、すぐに骸骨の方へ目線をやるも、別に変化はなし。魔力もなにも宿っていないただの骸だ。万が一のことを考えて、骸骨の周りに魔属性封じの結界を張ってからウィーンのことを呼びに行ったのだ。


 呼びに行って帰ってきた早々に、自分の家から閉め出されたあげくに、上機嫌なウィーンの声を追いやられた庭で魔力循環の鍛錬をしながら、それを聞かせられて、こめかみを押さえるグラス。あぁ……これは相当かかるだろうな。そう予想が出来てしまうから。魂が抜けてぐったりしたカリスティアが、ウィーンの着せ替え人形にされている所を想像して、自分は男で良かったと思う。

「ぎゃー! ウィーンママなんでここに!? グラスどこ、うわあぁぁぁぁ」

 目が覚めたのかウィーンにたたき起こされたのか、カリスティアの叫び声を聞いて改めて帰ってきてくれたことの感謝と安堵が押し寄せてくる。できることならば速くカリスティアと一緒に居たいところだが、楽しんでいるのに怒気迫るような真剣に着せ替え人形している、ウィーンの邪魔をすると、余計に着せ替え時間が長引くことを知っているグラスは、カリスティアに心の中で謝罪しながら、魔力循環の練習を再開する。

カコッ

 カリスティアが自分の横に居る骸のようにならないことを祈りながら。


ーーーー

「グラスー……。グラスー……」

 空が白む頃にやっとのこと、ウィーンの着せ替えが終わったとのことで自分の部屋のベットにゆくと思った通りに、黒錦のネグリジェを着たまま自分の名前を呼んですぴすぴと寝る彼女。本当に思った以上のことを乗り越えてくれるカリスティアの寝顔はなんとあどけないことか、身体は14歳でも六年間の眠りで実質心は4歳だろう彼女なのだから、当たり前だ。

 帰ってきてくれてありがとう、思いを込めて彼女の額にキスを落とす。すやすやと眠るカリスティアを少し退けて隙間に寝転がる。並ぶように仰向けになって、さて寝ようかと顔を天井に向けると。

【据え膳は食べましょう】

「余計なお世話です!!!」

 天井にそう書かれた紙が貼られていて思わず紙に怒鳴ってしまった。自分の顔がじわりじわりと熱せられるように熱くなる。少し行儀が悪いがベットの上に立ち上がり、慌てて天井に張られた張り紙をちぎってゴミ箱に投げ捨てた。改めてベットに横たわって目を瞑ると、ふにゃりという感覚が腕に当たる。

 そこで、カリスティアのほうを見たのがいけなかった。

 ふにゃりという感覚に、先ほどの据え膳のせいで大いに動揺した為に慌てて見ると、黒錦のネグリジェから胸の谷間が見える。「んんぅ……」っと悩ましげに唸ると、自分の腕に絡みつくように抱きついてきて、思わず自分の呼吸が止まりそうになる。

 一緒に添い寝することは何度もあった。成長しても彼女は4歳なのだから、添い寝。添い寝であると、堅く自分に言い聞かせていたものが、少し意識しただけで容易にホロホロと崩れ去る。依頼で退治したサラマンダーの業火よりも熱い気がしてくる。それにトドメを刺すように寝息を立てるカリスティアが自分の首筋に、ぴたり、とくっついてくる。

(彼女は4歳、彼女は4歳、彼女は4歳、彼女4歳、身体は禁術で14歳のあと一年で成人ですが彼女は4歳、彼女は4歳、彼女は4歳、彼女は4歳、彼女は4歳、4歳の年齢でありながら、大人顔負けの頭を持っているが、彼女は4歳。
城に居た頃に、実は言うと中身は千年の時を生きたドワーフ、それこそ妖精や精霊だと言われて居ましたが、彼女は4歳。仮に4歳でなくとも、流れるように国と運命に翻弄された彼女を……。そんなことよりも、彼女は4歳……彼女は4歳!!! た、助けてください!!!)

 グラスは自分の働かせられる最大限の理性を持って、耐え忍ぶ中で、肝心のカリスティアはグラスの大声で一旦覚醒したものの「添い寝してくれてるなら、寝ている特権で甘えてしまえ」とグラスにいつも以上にひっついて、彼の腕に抱きついて、首筋にすり寄る。

 グラスが誰に向けたのかも分からない助けを心の中で叫んでいる中で、カリスティアは存分にグラスを堪能した。

(やっぱりグラスってひんやり冷たいし、スッキリとした香りが落ち着くわ……。けど、ちょっとグラス暖かくなってきた……照れてるのかなー……すぴー……)
 





カコッ……カコッ……。

カタ、コト……。

 
 太陽が見え始めた頃に、魔属性封じの結界をすり抜けた者が、カコカコと笑う。




 
 
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