76 / 175
空白の六年【グラス】
しおりを挟む
「何度通っても結果は一緒だ。目覚めてない」
「分かっています」
分かっているから、一人にして欲しい。恩人であるエルフの彼に失礼だけれども、その意味を含めて突き放した言葉で返した。無愛想だけれども、人の気持ちを汲めない訳ではない彼がため息一つに、部屋から出て行った。出て行く瞬間に「特別処置は今回だけだ」と、何度目かわからないその言葉を継げて。
特別処置、カリスティア並の重傷者は普通な面会謝絶、家族ですら容態の為に面談することすらできない。けれど、頼み込んでそれを可能にしてもらったのだ。
(見込みのない患者……ですからね)
エルフの村に頼み込んで彼女……。カリスティアを高名なエルフの医者の治療用プラントを用いて治療して貰いはや3ヶ月……未だに目覚める気配はない。黒い真珠よりも黒い錦よりも黒曜石よりも、澄み渡る黒の髪を持つ私の愛しい人が、安らかな寝息を立てて寝ている。
頬を触れば暖かいのに、唇に触れれば柔らかく瑞々しいのに、呼吸は確かに安らかなのに意識が戻ってはくれない。悲しい、苦しい、なのに、彼女が目覚めないことを望んでいる自分が心の隅にいた。流れるように世界の情勢とスキルにより結果的に保護は悪意へと変化した。それに彼女が巻き込まれるくらいならば、いっそのこと目覚めないで欲しかった。
「今日は、やっと精霊国の国王にこの村の永住を許可していただきました。許可の決め手は啓示をうけている貴女と自然の意思と対話できる精霊の言葉です。ほんと……うに、貴女は面倒事をひっさげてくるわりには、他人には幸運を運んできますね。これで、私も安心して修行ができそうです。
そうだ、目覚めたら、私の家で暮らしましょう。国王も自然の意思の啓示を受けられる人間を死なせるのが惜しいといって、カリスティアが望むのならば、国をあげて保護してくれるそうです。安心してくらせます。
それに、ウィーン様だって家族として居てくれると……。あの方は調べたら魔王の一柱だったそうなので、心強い……ですけど、やはり暴走君ではありますね。最近は私の冒険者業も時折飛び入りで、乱入することが多々……。曲がりなりにも私の修行なのですから……っと愚痴になりましたね」
聞こえないのは分かっているけれども、話したいこと言いたいこと、色々なものが喉からあふれ出す。あふれ出すのに一度言葉が切れるとなにも言えなくなってしまう。最後に彼女の頬に手を置いて、口吻を交す。これがさよならの合図。交したらすぐに、カリスティアとは逆方向の扉へ向かって早足に掛ける。
「また、また来ます」
それだけ、それだけ彼女に告げて惜しい気持ちが理性を振り切る前に部屋から飛び出した。
ーーーーー
そうして、特別処置のお礼をして病院から出る。外は帳が降りたように暗かった。自分が入ったときはまだ昼だったのに、カリスティアと居る時間はあっという間に過ぎてしまう。いつものことだから、今回もまっすぐ自身の家の帰路につこうと歩き出した瞬間に、何者かの気配がこちらを窺っている。
「どちら様でしょうか?」
気配のする病院と家の間に意識を向けて、様子を伺っている者に問いかける。通常ならば気配がした瞬間に凍り漬けにしてやるところだったが、気配に敵意がないので、確認の為だ。
「リュピアです。グラス様」
「分かるものは?」
姿形はリュピアでは間違いはないし、そこは疑ってはない。騙すつもりや陥れるつもりならば彼はわざわざ生身の姿ではこない。私が問うているのは、私とカリスティアに危害を加えないと分かる証のことだ。たとえ友人とはいえ、それがないならば話すことはない。
「カロフィーネ姫様から預かっています」
「確かに……結構。ここで話すわけには行きませんから、家へと案内いたします」
あと、私のことはグラスでいいと。添えて、女装してない普段の少年の姿のリュピア様に背を向ける。流し目で最後まで、カリスティアがカロフィーネ姫にプレゼントした髪飾りを確認しながら。確かに本物であることは一目で分かった。最後まで見てしまったのは、姫の安否と純粋にリュピア様がここまで安全にこられたことへの安堵から。
「僕のことも、リュピアとは……」
「それはできません。私が呼び捨てにするのは生涯通してカリスティアだけですので。呼び名で変わる関係ですか?」
「そうだね、あはは」
我ながらわかりにくい友好関係の示し方だとは思う。けれど、リュピア様はちゃんと受け取ってくださったみたいで、嬉しそうに笑ってくださっている。私は、冗談で友人などとは呼ばない。彼がエピク様の修行で悩んでいるときも、魔法の手ほどきをしたのも、全て友と思ってのこと……彼を敵だと最初に判断せずに話しを聞いたのも、友だと思ってこそ。
「安い紅茶ですが、どうぞ」
「お構いなく……」
家に招待したのはいいが、沈黙が降りる。最初にこちらが話した方が話しやすいかと、今のカリスティアの状況をかみ砕いて彼に、今の状況と、私が冒険者でなんとか生計を立ててやっとA級になったこと、自分が開示できるギリギリを見定めて話す。
「凄い! と、えーっとごめん。グラス、えーっと……。カリスちゃんあと六年くらいは、目覚めない。エピク様がそうした、意識だけ六年間時間停止させてあるから、えーっと」
「その間に、リチェルリットという国から逃げれるくらいに強くなれということですか」
リュピア様が控えめに、こくりっ、と頷く、ということは六年間精神系魔法での追跡も、魔力は意思や精神によってもたらされるものだから、魔力による探知も不可能。六年間の猶予、乱暴で彼女の意思も無視した方法だけれどもこれ以上ないまでの猶予。
「お話はわかりました……。姫にお伝えください。言われなくともそうしますと」
「あはは、やっぱりグラスは強いや……頼むよ。僕の分までさ、入る隙もなく僕の初恋たたき折ったんだからさ」
「それは失礼しました。私も必死だったので」
友といえど、彼女の隣に自分以外が居るという事実だけで嫉妬で狂いそうだ。冗談を言うのは自分に合わないとは知っているけれど、安い味の薄い紅茶を飲んで、彼に向けて笑った。彼は笑えないようで、僕も嫉妬で正直狂いそうっと睨まれてしまったが。
「では、そうお伝えください」
「わかったよ。これからちょくちょく見にくるから」
「えぇ、お願いします」
彼を玄関から見送ってすぐに、やらねばならないことを頭に並べる。まず最初に……。
「苦手な近接戦闘を練習しますか」
「分かっています」
分かっているから、一人にして欲しい。恩人であるエルフの彼に失礼だけれども、その意味を含めて突き放した言葉で返した。無愛想だけれども、人の気持ちを汲めない訳ではない彼がため息一つに、部屋から出て行った。出て行く瞬間に「特別処置は今回だけだ」と、何度目かわからないその言葉を継げて。
特別処置、カリスティア並の重傷者は普通な面会謝絶、家族ですら容態の為に面談することすらできない。けれど、頼み込んでそれを可能にしてもらったのだ。
(見込みのない患者……ですからね)
エルフの村に頼み込んで彼女……。カリスティアを高名なエルフの医者の治療用プラントを用いて治療して貰いはや3ヶ月……未だに目覚める気配はない。黒い真珠よりも黒い錦よりも黒曜石よりも、澄み渡る黒の髪を持つ私の愛しい人が、安らかな寝息を立てて寝ている。
頬を触れば暖かいのに、唇に触れれば柔らかく瑞々しいのに、呼吸は確かに安らかなのに意識が戻ってはくれない。悲しい、苦しい、なのに、彼女が目覚めないことを望んでいる自分が心の隅にいた。流れるように世界の情勢とスキルにより結果的に保護は悪意へと変化した。それに彼女が巻き込まれるくらいならば、いっそのこと目覚めないで欲しかった。
「今日は、やっと精霊国の国王にこの村の永住を許可していただきました。許可の決め手は啓示をうけている貴女と自然の意思と対話できる精霊の言葉です。ほんと……うに、貴女は面倒事をひっさげてくるわりには、他人には幸運を運んできますね。これで、私も安心して修行ができそうです。
そうだ、目覚めたら、私の家で暮らしましょう。国王も自然の意思の啓示を受けられる人間を死なせるのが惜しいといって、カリスティアが望むのならば、国をあげて保護してくれるそうです。安心してくらせます。
それに、ウィーン様だって家族として居てくれると……。あの方は調べたら魔王の一柱だったそうなので、心強い……ですけど、やはり暴走君ではありますね。最近は私の冒険者業も時折飛び入りで、乱入することが多々……。曲がりなりにも私の修行なのですから……っと愚痴になりましたね」
聞こえないのは分かっているけれども、話したいこと言いたいこと、色々なものが喉からあふれ出す。あふれ出すのに一度言葉が切れるとなにも言えなくなってしまう。最後に彼女の頬に手を置いて、口吻を交す。これがさよならの合図。交したらすぐに、カリスティアとは逆方向の扉へ向かって早足に掛ける。
「また、また来ます」
それだけ、それだけ彼女に告げて惜しい気持ちが理性を振り切る前に部屋から飛び出した。
ーーーーー
そうして、特別処置のお礼をして病院から出る。外は帳が降りたように暗かった。自分が入ったときはまだ昼だったのに、カリスティアと居る時間はあっという間に過ぎてしまう。いつものことだから、今回もまっすぐ自身の家の帰路につこうと歩き出した瞬間に、何者かの気配がこちらを窺っている。
「どちら様でしょうか?」
気配のする病院と家の間に意識を向けて、様子を伺っている者に問いかける。通常ならば気配がした瞬間に凍り漬けにしてやるところだったが、気配に敵意がないので、確認の為だ。
「リュピアです。グラス様」
「分かるものは?」
姿形はリュピアでは間違いはないし、そこは疑ってはない。騙すつもりや陥れるつもりならば彼はわざわざ生身の姿ではこない。私が問うているのは、私とカリスティアに危害を加えないと分かる証のことだ。たとえ友人とはいえ、それがないならば話すことはない。
「カロフィーネ姫様から預かっています」
「確かに……結構。ここで話すわけには行きませんから、家へと案内いたします」
あと、私のことはグラスでいいと。添えて、女装してない普段の少年の姿のリュピア様に背を向ける。流し目で最後まで、カリスティアがカロフィーネ姫にプレゼントした髪飾りを確認しながら。確かに本物であることは一目で分かった。最後まで見てしまったのは、姫の安否と純粋にリュピア様がここまで安全にこられたことへの安堵から。
「僕のことも、リュピアとは……」
「それはできません。私が呼び捨てにするのは生涯通してカリスティアだけですので。呼び名で変わる関係ですか?」
「そうだね、あはは」
我ながらわかりにくい友好関係の示し方だとは思う。けれど、リュピア様はちゃんと受け取ってくださったみたいで、嬉しそうに笑ってくださっている。私は、冗談で友人などとは呼ばない。彼がエピク様の修行で悩んでいるときも、魔法の手ほどきをしたのも、全て友と思ってのこと……彼を敵だと最初に判断せずに話しを聞いたのも、友だと思ってこそ。
「安い紅茶ですが、どうぞ」
「お構いなく……」
家に招待したのはいいが、沈黙が降りる。最初にこちらが話した方が話しやすいかと、今のカリスティアの状況をかみ砕いて彼に、今の状況と、私が冒険者でなんとか生計を立ててやっとA級になったこと、自分が開示できるギリギリを見定めて話す。
「凄い! と、えーっとごめん。グラス、えーっと……。カリスちゃんあと六年くらいは、目覚めない。エピク様がそうした、意識だけ六年間時間停止させてあるから、えーっと」
「その間に、リチェルリットという国から逃げれるくらいに強くなれということですか」
リュピア様が控えめに、こくりっ、と頷く、ということは六年間精神系魔法での追跡も、魔力は意思や精神によってもたらされるものだから、魔力による探知も不可能。六年間の猶予、乱暴で彼女の意思も無視した方法だけれどもこれ以上ないまでの猶予。
「お話はわかりました……。姫にお伝えください。言われなくともそうしますと」
「あはは、やっぱりグラスは強いや……頼むよ。僕の分までさ、入る隙もなく僕の初恋たたき折ったんだからさ」
「それは失礼しました。私も必死だったので」
友といえど、彼女の隣に自分以外が居るという事実だけで嫉妬で狂いそうだ。冗談を言うのは自分に合わないとは知っているけれど、安い味の薄い紅茶を飲んで、彼に向けて笑った。彼は笑えないようで、僕も嫉妬で正直狂いそうっと睨まれてしまったが。
「では、そうお伝えください」
「わかったよ。これからちょくちょく見にくるから」
「えぇ、お願いします」
彼を玄関から見送ってすぐに、やらねばならないことを頭に並べる。まず最初に……。
「苦手な近接戦闘を練習しますか」
1
あなたにおすすめの小説
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
転生幼女は幸せを得る。
泡沫 呉羽
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!?
今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる